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481 直感を大事にする男

 一呼吸おいてから俺は説明を始める。


「給料から寮費として天引きする代わりに住む場所を提供する。

 この寮費は儲けなどを上乗せせずに実費だけで考えるのがミソだ」


「おお、そりゃあ大抵の宿屋より安くなりそうだな」


 寝る場所だけ提供する安宿くらいだろう。


「加えて生活に関連する最低限のことは寮で保証するんだ。

 寝る場所と食事、それから着るものは洗濯するってことでな」


 ゴードンが後半部分で目を丸くした。


「もちろん、これも実費だ」


「いやいやいやいやいや」


 俺の話を中断させるためか「いや」を連発させてくる。

 目を白黒させて言うと滑稽なんだがな。

 強面ジジイの顔が珍しくコミカルに見えるのが面白い。

 まあ、さすがに笑うほどじゃないが。


「それにしたって無理だぞ、そいつぁ」


「誰がそれらのサービスを提供するかって言いたいんだろ」


「おうよ、分かってんじゃねえか」


「賢者がそれを考えないと思ったか」


「ぬぬっ」


 ゴードンが唸る。


「引退した冒険者を管理人として雇えばいい」


「むっ……」


 勢いが削がれたようにゴードンが押し黙る。

 だが、納得した雰囲気でもない。


「無駄になる出費をゼロにしようと思うなよ。

 辞めていく人間が多いのが現状なんだろ」


「まあな」


「ひょっとすると転勤を命じられたとたんに辞める奴とかいないか」


「……そういうのも居るな」


「地元から離れたくないというのもあるだろう。

 だが、転勤先で住む場所の確保が大変だと分かっているからじゃないのか」


 俺の問いかけにゴードンは何かを思い出すようにして考え始めた。

 さほど時間をかけずに記憶を掘り起こせたらしい。


「言われてみれば、そうかもしれん」


 頷きながらそう答えた。


「そういう連中も寮があると知っていれば残る可能性は出てくるよな」


「ふむ、確かに」


「辞める人間が減るというメリットはあるんだ。

 しかも怪我とかで引退を余儀なくされた冒険者に再就職先を提供できる。

 働きぶりは現役時代の活躍や人となりで先にある程度は確認可能だし。

 予算は余分にかかるのがネックではあるがな。

 だが、職員減少に歯止めがかかるなら必要経費とも言えるだろ」


「ぬうっ」


 唸っちゃいるが不機嫌さはさほど感じない。

 検討に値すると考え始めたな。


「慣れない仕事で疲れて更に住居の問題でも疲れるなんて嫌だよな」


「それは……、分かっちゃいるんだがな」


「そういう心配がなきゃ辞めた連中の一部は戻ってくることだってあるかもよ」


「っ!?」


 ゴードンには相当の衝撃だったようだ。

 目を見開いて固まってしまった。

 俺としては普通の意見のつもりだったのだが……

 そこから表情が変化するのを待ってみる。


『吉と出るか凶と出るか』


 徐々に憮然とした感じになっていった。

 良い結果とは間違っても言えないだろうな、これは。


「予算はこれから辞めていく人間の人件費で相殺されるはずなんだが?」


「その予算が捻り出せんのだ。

 特に初期費用がなぁ」


「そこは本部に検討させればいいだろ。

 職員減少の危機だと煽ってやればいい」


「……お前、鬼だな」


 呆れたような視線を向けられてしまった。

 鬼とか失礼なことを言う奴だ。

 せっかく現実的な意見を出しているというのに。


「んー、職員にとっては天使だと思うが?」


「ぬかせ」


 苦笑で返されてしまった。

 さて、ここから先は細かな数字の話になる。

 それ故に黒板を使って説明することにした。

 紙が発達していない分、こういうのが発明されたりしている訳だ。

 カラーチョークなんかはないから作れば売れそうだ。

 そして黒板はゴードンの執務室にもデカいのがある。


「こいつを使わせてもらうぞ」


「おお、そりゃ構わんが」


 許可を出しておいてゴードンは少し困惑気味だ。

 俺が何を始める気なのかが分からないのだろう。


「職員を10人雇って8人が辞めるとしよう。

 それによって無駄になる予算がこれくらいとして」


 カツカツとチョークで数字を書いていく。


「寮の運営を完全に行った場合は7人が残ると仮定する。

 3人は辞めるから、まず損失を計上するだろ。

 その場合に必要な運営費から天引きする寮費を差し引いて──」


 黒板への書き込みが止まらない。

 呆気にとられるゴードンを置いてけぼりにしてチョークの音が執務室に響く。

 学校にあるようなサイズの黒板が数字で埋め尽くされる頃になってようやく終わった。


「こんな具合で雇えば雇うほど損失の差が開いていく訳だ。

 もちろん、ここには住居施設を購入する初期費用は含んではいない。

 辞める割合を固定にしたから、この数字通りにはならないだろう。

 人件費の損失も平均がこのくらいだろうという推測だしな」


 返事はない。

 必死で数字を目で追っていたから理解できずにパンクしたということではないだろう。


「穴だらけで概算でしかないが目安にはなるだろ。

 少しシビア目に計算したつもりだから、これでも結果はネガティブな方だ」


 チョークでコツコツと黒板を叩く。

 その音にゴードンが我に返った。


「無茶苦茶だ」


 そして第一声がそれである。


「そうか?」


 前提条件を固定にしたのがマズかっただろうか。

 だけど幅を持たせて計算すると、黒板1枚で足りなくなるし。


「まさか、ここまで計算できるとは……」


 ワナワナと震えている。

 どうやら思っていたのとは逆で、やり過ぎたようだ。

 俺としては穴だらけでツッコミどころ満載だと思うのだが。


「おいおい、こんなの目安程度にしかならんぞ」


「何を言うか!?

 ここまで具体性があるなら充分だっ」


 黒板の前に立っていた俺は素早くゴードンの正面から移動する。

 そう、毎度のごとく唾攻撃だ。

 興奮すると唾オプションつきで喋るのは勘弁してほしい。


『たぶん一生かかっても治らんけどな』


「まったく毎度毎度、汚えよ」


「……すまん」


 相変わらす興奮すると唾攻撃つきで喋るジジイだ。


「それにしたって、ここまで具体的に説明できるなら本部で予算が通るな」


「嘘だろっ!?」


 今度はこっちが驚く番だ。


「これはあくまで目安でしかないんだぞ。

 突き詰めて考えるなら、こんなんじゃ全然足りねえよ」


「うちは商人ギルドじゃねえからな。

 大雑把でいいんだよ。

 本部に打診して、うちをモデルに試してみるさ。

 上手くいきそうなら広げるし、ダメなら手を引く」


「あー、そういうこと」


 実に冒険者ギルドらしい挑戦的な発想だ。

 失敗すると痛いが当たるとデカい。


「問題は初期投資だよなぁ。

 そこさえクリアできればどうにかなるんだが」


 早速やる気である。

 拙速は巧遅に勝るとは言うけれど。


「本部に持ちかけるんじゃないのかよ」


 これが先だろうに。

 いくらなんでも気が逸りすぎだ。


「順番なんぞは、どうだっていいのさ」


『思い切りが良すぎるにも程があるだろ』


 まあ、その直感力で今まで人生の荒波を乗り切ってきたのだろう。


「資金はどうするんだ」


「そこはワシのポケットマネーでなんとかするしかあるまい」


「支払いきれるのか?」


「若い時に稼いだ分が飛んでしまうだろうな」


 一応はあるようだが。

 大胆すぎだろ。


『もっと慎重なタイプかと思ったんだが』


 細かいことで神経質になるしな。

 それは決して悪いことじゃない。

 そうでなきゃ生き残ってこられなかったはず。


『まさか、ここ一番で勝負に出るタイプとはね』


 これがホントの予想GUY。

 HA・HA・HA……

 いや、すまん。


「……ギャンブルにだけは手を出すなよ」


「おうよ、心配はいらん。

 息子らにもよく言われとるが、死んでも手は出さん」


 なにやら誓いでも立てているような雰囲気がある。

 ならば、俺がこれ以上とやかく言う必要はあるまい。


「とにかくやる気なんだな」


「もちろんだ。

 良いことはドンドン導入していくべきだろう」


 年の割に考えが柔軟なジジイである。


『しょうがない。

 アシストしておくか』


 転けられると俺の提案が無駄になってしまうからな。


「あとで商人ギルドに行ってきな。

 ゴードンならアポなしでも向こうのギルド長に会えるだろ」


「何をさせようってんだ?」


 怪訝な表情になるゴードン。


「少しだけ手伝ってやる」


「はあっ!?」


 首を傾げながら、ますます訳が分からないと言いたげな様子を見せている。


「俺の提案を実行するのは勝手だが、転けられると俺まで恥をかくだろうが」


「おおっ、そうだった」


 今頃気付いたようにポンと手を打つゴードン。

 まったく調子のいいジジイである。


「とにかくシャーリーに会って俺の案を自前で試す旨を言ってみな。

 そこそこの物件をぼったくらずに用意してくれるだろうよ。

 さすがに利益を無視したりはしないだろうが、変な奴に頼むよりは確実だ」


 なんてことを言ったが、自信がある訳ではない。

 俺の名前を出しても商売は商売としてドライに判断されることだって考えられる。


『何だかだ言って俺もギャンブラーだな』


 結局、俺の言う通りにしたゴードンは運良く職員寮を手に入れることになる。

 年齢を理由に引退を考えていた宿屋の主人がいたらしい。

 そのお陰か価格は信じられないくらい安かったとか。

 ちなみにシャーリーは通常の仲介手数料だけを取ったようだ。

 俺も一安心である。


読んでくれてありがとう。

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