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480 ハルト提案する

 ブリーズの街に戻ってきたのは予定より少し遅い程度だった。

 復路で無茶をする訳にはいかなかったのでな。

 始めて車に乗る面子だし。


 だったらハマーたちはどうなんだと言われそうだけど。

 これから仕事を覚えてもらうって時に無茶はしない。

 まあ、帰りの時は楽しいドライブを味わってもらうつもりである。

 何にせよ遅れた原因は往路の盗賊だ。


『待たずに終わらせておけば良かった』


 弱めたエアスマッシュを正面からぶちかませば首ポキぐらいはできたはず。

 行商人には何が何だか分からんだろうし。

 おそらく、奴らが死んだならこれ幸いと逃げたはずだ。

 あとは自動人形を見張りに張り付かせておいて復路で片付けりゃロスも少なかったんだ。

 そう思うと余計に勿体ない気がして凹む。


 ただ、時間の無駄遣いをしたと思ったのは俺だけであるらしい。

 ブリーズの街の門番には呆れられてしまったもんな。


「もう帰ってきたんですか!?」


『もうって何だよ!?

 こっちの方が驚きだわ』


 そうは思ったが【ポーカーフェイス】を使って誤魔化すことにする。


「まあな」


 秘技・曖昧な返事。

 何を言われるか分かったもんじゃないからな。

 あやふやにしてスルーが、この場合の最適解だ。

 間違っても「遅いくらいだ」なんて言っちゃいけない。

 下手すると深く追及されかねないからな。


『気にしない気にしない』


 一休みはしないがな。

 そのまま冒険者ギルドへ乗り込んだ。

 そして──


「も、もう、連れてきたのか……!?」


 ゴードンにも呆れられてしまった。


「こういうのは早い方が良いだろ。

 ダンジョンは待ってくれねえんだぞ」


 念のために自動人形をダンジョンの中に配置して見張らせてるけどさ。


「そりゃ、そうなんだが」


「そんなに心配か?」


「これだけの人数をどこに泊まらせるんだよ。

 宿の予約だってこれからなんだろう。

 夕方になると予約でもない限り団体は難しぞ。

 バラバラだとしても10人全員は時間がかかるぞ」


 ギルドが寮を用意していないのは百も承知である。

 些か不便だとは思うところだが。


『地球準拠で考えるのは良くないな』


 現代日本と言うべきか。

 いずれにせよ損した気分にさせられかねないので、そういうことは考えない。


「その辺は心配するな。

 アーキンの所で予約を入れてある」


 それくらいは一昨日の段階で済ませたことだ。

 ガブローから返事をもらっているのに動かないのは怠慢というものだろう。

 商人ギルドに行って直接アーキンに声を掛けたさ。

 ギルドに開設した口座から宿代を引いてもらえるように手続きしたかったのでね。

 最低でも1週間は最上階に泊まると言ったら喜んでいたよ。

 滅多に使われないらしいからな。


「そりゃまた豪勢なことだな」


「そうでもないさ」


「なにぃ!?」


「考えてもみろよ。

 研修期間中は慣れないことの連続だ。

 疲れ切って帰ることになるだろ?」


「ふむ、確かに新人は1日が終わるとヘロヘロになってることが多いな」


「疲れて帰ってきて洗濯や食事の用意なんかやってられんよ」


「食事はともかく洗濯は自分でするもんだ。

 別料金とはいえそこまでやってくれるのは、あの爺さんのとこだけだぞ」


 ジト目で見られた。

 このブルジョワめと目で語っている。


『確かに金はかかるけどな』


 それとゴードンは勘違いしている。

 最上階は食事も洗濯もすべて料金に含まれている。


『まあ、言わない方が無難だな』


 余計に煩くなるだけだ。


「そういう所でケチると結局は損をするんだぞ」


「どういうことだ?」


 訝しげな視線を向けてくるゴードン。


『ちょっとは考えろっ』


 どうでもいいと思っていることについては思考停止するよな。


「疲れて帰ってきて更に疲れることをして翌日のモチベーションが高まると思うか?」


「あー、そういうことか。

 新人を入れても何人かは辞めていくし」


「なんだ、勿体ない」


「そうか?」


 何故か不思議そうに聞いてくる。


『対策とか考えろっての』


 でなきゃ、いつまでたっても新人が育たねえだろ。

 それはさすがに言い過ぎかもしれんが。


「そいつら寮住まいさせてやれば残ったかもしれないのにな」


「寮住まいだって?」


 やはり、この世界じゃ寮という概念がないようだ。

 【諸法の理】を疑う訳じゃないんだがな。


「何なんだ、それは?」


「寮ってのは雇う側が労働者に格安で提供する住む所のことだよ」


「なにっ!?

 ギルドの業務に宿屋を加えろというのか?」


「んな訳あるか。

 雇っている相手限定だぞ」


「む?」


 訳が分からないって顔をしている。

 固定概念が強すぎるんだな。

 福利厚生の概念なんか西方じゃどこを探したってないし。


『一から説明しなきゃならんのか』


 途中で投げ出す訳にもいかないしな。


「いいか? 根本的な話からしていくぞ」


「おお」


 戸惑いながらも頷きが返される。


「まず、冒険者ギルドだって利益を出さなきゃ給料が払えんだろ?」


「ああ」


「出費は極力抑えたいよな」


「もちろんだ」


「けど、人を育てるのにかかる費用って馬鹿にならねえだろ」


「まあな」


 憮然とした表情で答えている。

 現状からして厳しいのだろうな。

 新人が育たずに辞めていくから人手が足りずに苦労していると見た。


「そのくせ途中で辞める奴らが多いんじゃないか?」


「ぐっ……」


 図星のようだ。

 すごく悔しそうな顔をしている。


「途中で辞められたら全部がパーだよな」


 そう言ったら尚更だ。

 苛める意図はないんだが。


「そうなったら、また一から人を雇って最初から教えなきゃならん」


 ゴードンはガックリと肩を落とした。


「それなんだ」


 渋い表情を見せる。


『そんなに酷いのか』


「ここのところ立て続けに雇っては辞めるの繰り返しでな」


 どうやら連敗中らしい。

 辞める奴が連続すると教育費用が無駄になるばかりだ。

 育てたくても育てる余裕がなくなってしまう。

 さすがに、そこまでとは思っていなかった。


「あー、そりゃ御愁傷様だ」


「そういう意味じゃ、今回の研修生受け入れは助かる」


「本部から補助金でも出るか?」


 適当に言ってみただけなんだがな。


「おうよ、それそれ」


 どうやら正解だったようだ。


「支部を増やすときに職員の教育をすると金が出る。

 何もない所に行かせる訳だから辞められちゃ困るんでな」


 確かに、ギルドを開設したはいいものの職員はゼロでしたなんてシャレにならんからな。

 少し多めに金を出すから丁寧に教えろってことか。


「全部が自由に使える訳じゃないが、余った分は運営費に回せるからな」


「……………」


 どんだけカツカツの状態なんだよ。


『ツッコミ入れるのも躊躇うっての』


「自分の所の人員を増やすための研修じゃ出ないようだな」


「出るには出るが、少ないな」


 ゴードンの全身から切実さが滲み出ている。

 俺のことをブルジョワ呼ばわりする訳だ。

 ここで下手な慰めを言っても傷つくだけだろう。

 スルーして話を進めた方が良さそうだ。


「話がそれたな。

 辞める人間が多いから教育費がかさむってことを言いたかったんだが」


「それな」


 勘弁してくれと言わんばかりに渋い表情でゆっくりと頭を振っている。


「本部の方には新人でない人員を寄越せと言っちゃいるんだが……」


 確かに仕上がった人間なら仕事を覚えられずに辞めるなんてことはない。

 ないのだが──


「そういう人材は向こうの方が欲しがるだろうな」


 ここよりも忙しい本部の方が即戦力を必要としているだろう。

 むしろ引き抜きがあってもおかしくはない。

 その辺りはゴードンも理解しているのだろう。


「だよなぁ……」


 力なくそう言って溜め息をついていた。

 ガックリと肩を落としている。


「それなら次善の策を考えろよ」


「んん? どういうことだ、そりゃ」


「辞めていく理由を潰せってことだ」


 ここでゴードンは少し考え込んだ。


「……そいつは道理だな。

 新人が辞めていく理由か」


「全部とは言わんが住む場所の問題が大きいな。

 職人なんかは住み込みの場合もあるだろう。

 そのぶん給料なんて仕事を覚えるまではまともに出ないだろうがな」


「むぅっ」


 忘れていたことに気付かされたと言わんばかりに目付きを鋭くしたゴードンが唸る。


「住み込みなら安心して眠れる寝床と食事は確保されているぞ」


 味は保証せんがな。


「後は洗濯だが、修行の一環とかで業務に含まれることが多そうだな」


「要するにギルドでも住み込みの制度を導入しろってことか?」


「もっと踏み込むんだよ」


「どういうことだ?」


 ゴードンが首を捻って困惑の表情を見せた。

 さあ、ここが正念場だ。


読んでくれてありがとう。

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