475 死すべき者とそうでない者の差
『天罰と言うには生温かったかもな』
騎士と従者の何人かは生き残ったし。
見境なく皆殺しにするのもどうかということだ。
まあ、死なずに済んだのは犯罪者でないと鑑定で判定された者だけなんだが。
騎士は1名のみで、ほぼ全滅。
この生き残った1人はなかなか高潔な人物だったようだ。
病弱な王太子よりは幼い王子の方が将来性があるとして王子派に属していたみたい。
騎士団の中でも浮いた存在になっていたんだろうな。
それなりに剣の腕もあるのに小隊長にすらなれぬままアラフォーを迎えようとしている。
別の言い方をすれば窓際族か。
引退するまで下っ端騎士が確定しているのは悲しいものがあるな。
リストラがないだけ現代日本よりは恵まれているかもしれないが。
このオッサン騎士をせめて小隊長にしていれば少しは違った未来もあったかも……
いや、ないか。
上に行ったら行ったで煙たがられたはずだ。
他の騎士連中とは水と油の関係だったようだし。
高潔な人間とクズ中のクズじゃ相容れるはずはないな。
残りの名ばかり騎士どもに、まともな奴はいなかったぞ。
どいつもこいつも特に理由もなく罪のない相手に斬り捨て御免をしていたからな。
夜中に人通りのない場所で出会っただけで殺される方は堪ったもんじゃない。
中には盗賊もいたようだが、そういう連中だけを狙っていた訳じゃない。
完全に無差別だ。
一般人が数多く含まれていたのは間違いない。
典型的な通り魔的犯行である。
だからといって精神的な疾患がある訳ではない。
危険薬物に依存している訳でもない。
それでこの状態なのだ。
しかも何人斬ったと仲間内で密かに自慢し合っている。
これで病気じゃないというのが信じられない。
『人として終わってるだろ』
そのくせ周囲には自分が高潔な人間であると見せたがるらしい。
自分の従者にそういう所を見せない者が多いのだ。
『訳わからん』
ふと時代劇の台詞を思い出した。
「テメエら人間じゃねえ!」
まさにその通りだと思った。
鑑定しても人間種となるけれど、こいつらを同じカテゴリーに入れたくない。
奴らは人もどき種のクズという種族に分類できるようにしたいくらいだ。
どう考えたって人じゃない。
『アイツら人の皮を被った魔物だよ』
連中のことを考えるだけで胃の辺りがムカムカしてくる。
それは従者も似たようなものだった。
騎士たちほどではないが多少はマシ程度でしかない。
半数が名ばかり騎士どもと同類。
辻斬りに同行しているのもいた。
同行しない連中は徒党を組んで強盗を働くような奴が多かった。
もちろん押し入った先で生き残りなどいない。
盗賊の仕業に見せるためだ。
コイツらも盗賊団となんら変わりはない。
もちろん消えてもらったさ。
生かしておいても社会の害にしかならないからな。
『まったく、どいつもこいつも……
碌でなしばかりじゃねえか』
ならば生き残ったのはまともかというと、そうではない。
そのうちの9割方が真のクズへと進化しつつある犯罪者だった。
『首魁がクズなら下もクズがそろうのか』
最初はそんな風にも思ったが、そういう訳でもないらしい。
年齢が上になるほどクズになっていく傾向がある。
どうやら周囲の教育によって悪い方へと染まっていくようだ。
『騎士見習いのくせにカツアゲとかしてんじゃねえよ』
程度の軽い奴だと悪事の内容がセコい。
騎士見習いという立場には絶対に相応しくないよな。
誰の目で見てもチンピラだろう。
そういう輩で殺人にまで至っていない者は死なせなかった。
ただし、ノーペナルティにはしていない。
犯歴に応じた罰を刻ませてもらったよ。
ボーダーラインをかろうじて超えない程度の輩は利き腕を肩から失うことになった。
暴力沙汰の絶えない奴だったからね。
これで大人しくなるかどうかは本人次第だけど。
ここまでしても反省の色が見られないなら追撃が入るようにはしてある。
傷口を塞ぐ時に色々と体の奥底に刻ませてもらったからね。
失われた腕を再生するようなポーションや魔法の無効化は真っ先に仕込んだ。
金さえ用意できればポーションは手に入る可能性があるからな。
腕の欠損を補えるだけのものとなると確率的にゼロではない程度のものだろうけど。
魔法についても同様だ。
それだけの治癒ができる者がミズホ国以外の人間にいるかは知らない。
いちいち確認するのも面倒だから、有る居るを前提に超微細の術式を刻みつけた。
解除はおろか発見すらままならないだろう。
この作業は俺がやったからな。
俺自身はこの作業にも手を出すつもりはなかったけど。
「旦那よ、すまぬが頼む」
ツバキに頼まれた。
「全部、自分たちでやるというのを曲げてでもか?」
「万が一にもこんな連中を元の状態に戻させたくない」
「おいおい……」
ツバキの腕前なら万が一とかは無いに等しいのだが。
「念のためだ。
旦那であれば他の人間に破れる者などおりはせぬ」
絶対に罰を受ける前の状態になんてさせてやるものかという強い意志がうかがえた。
「わかった」
そう答えて作業を引き受けた。
俺もツバキたちの気持ちと同感だったからな。
だからこそ再生不可だけじゃなく追加の術式も刻んだ。
悪意を抱いて実行すれば衰弱していくようにね。
受けるダメージは悪意の強さと悪事の内容による。
故意の殺人行為なら実行に移そうとした時点で事切れる。
悪人を殺す場合は除外してるけど。
そんな感じで色々と細かく設定した。
物を盗んだ時とか人を殴った時とか。
条件設定が割と面倒だったけど【多重思考】を駆使して仕事させていただきましたよ。
事細かにシミュレーションしたお陰で最初の再生不可よりも長々した術式になった。
『悪党相手だとついつい仕事に熱が入ってしまうよな』
ちなみに一度でも衰弱したらそのままだ。
本気で悔い改めない限り。
まず、そんな奴はいないだろうとは思ったけど回復できる道は残しておいた。
『奇跡があるなら見てみたいもんだ』
その場合でも失った腕は再生できないがな。
罪は一生をかけて償ってもらう。
コイツはそれだけのことをしてきているのだ。
かなり悪質ないじめが数件ある。
被害者が自殺していた恐れもあるほどのものだ。
未遂であろうと自殺しようとしていた者がいればコイツの命はなかった。
『相手の心を殺したも同然だからな』
この男より悪質なのは、生きていない。
そして、ほかの悪党にも相応の罰が与えられていく。
ひったくりの常習者たちは片方の膝が二度と使い物にならなくなった。
杖が手放せない状態だ。
あるいは腱が断裂したことで走れなくなった者もいる。
どれだけ犯罪を重ねたかで差が出た訳だ。
手癖の悪い連中は色々と手のトラブルを抱えることになった。
こちらも色々と差がついているのは言うまでもない。
片目の視力を失う者とかね。
あと、性犯罪者の処理は女性陣に任せた。
男の俺じゃ被害者の気持ちを理解することなど永遠に無理だからな。
で、彼女らがどうやったか。
その部分だけを氷魔法で凍り付かせた上で氷弾で粉砕していた。
砕ける瞬間は痛みを感じないようだったが、その前の段階で悶絶していた。
筆舌に尽くしがたい苦しみであるようだ。
『絶対に味わいたくないな』
男性陣3人で顔を見合わせ一緒に震え上がったのは無理からぬことだと思う。
結局、性犯罪者で生き残れた奴はいなかった。
何か特別なことをされたからではない。
砕かれた後は放置されたからだ。
凍った周辺個所が溶けるにつれ出血が始まり。
同時に激痛に苛まれるのか、のたうち回っていた。
それにより下腹部まわりの半分凍ったままの血管の損傷が拡がる。
血管が裂けてしまっては助からない。
『出血多量でジ・エンド。
地獄の苦しみを味わってあの世行きか』
被害者の心情を慮れば、まだ生温いという。
そして従者の中で犯罪行為に手を出さなかったのは、わずか3名。
経験の少ない成り立てほやほやの従者ばかりだった。
全員が堅物騎士の従者たちである。
3人も抱え込むとは面倒見のいいことだ。
当然、きちんと教育もするよな。
真っ当に生きてきたのは堅物騎士の薫陶あってこそという訳だ。
『朱に交われば赤くなるとは、よく言ったものだ』
今回の一件は良い方と悪い方の両方で適例を見られた。
さて、司令官である。
この男は真っ先にローズがアキレス腱を切っていた。
鉤爪ではなく風魔法で。
もちろん片脚だけなんてことはしない。
その場から逃げられなくするためだからな。
這いずって逃げようとはしたが微々たるものだ。
その間に部隊が全滅していくのを見せつけられていた。
絶望と恐怖が男を苛んだことだろう。
トドメはこれまたローズが実行した。
ファントムミストの魔法を選択したのは予想外だったな。
最後は鉤爪で細切れにするのだと思っていたから。
『鉤爪で触れるのすら汚らわしいってことかもな』
アキレス腱を切ったのも魔法だったし。
なんにせよ霧に包まれてしまっては終わりである。
中が見えなくなるだけでなく悲鳴さえ聞こえなくなるのだから。
魔法を使えば聞くことも可能になるけどね。
もちろん中の様子を見ることだってできるだろう。
『グロ注意な状態は嫌だから見ないけど』
中では許しを請いながらギャアギャアと騒いでいた。
無駄な足掻きだ。
霧の中で恨みを抱いた霊魂たちが召喚されるんだから。
『コイツ、相当恨みを買っていたようだな』
許しを請う時に相手の名前とやったことをわざわざ言ってくれるから分かりやすい。
完全に自爆だ。
が、恐怖で錯乱している男には気付く余裕もなかった。
意図せぬ自白によると今の地位を手に入れるために多くの人間を殺めてきたようだ。
表立って争うことなく不戦勝を重ねてきたってことか。
そりゃあ、この男でも出世できる訳だ。
『何人、殺してきたんだか……』
それだけ大勢に恨まれているなら即座に司令官の人生が終了かと思ったが逆だった。
恨みを持つ霊魂が多すぎて少しずつ交代でジワジワと弱らせていく方針らしい。
他の連中を国境地帯から下げてもまだ死んでなかったからね。
その代わり終わった後は見たくもない無残な死にっぷりを見せていた。
半分、ミイラみたいな状態だったからな。
ベリアルの魔法で土葬したのは言うまでもない。
『こういう奴が強力なアンデッドになりかねんからな』
読んでくれてありがとう。




