474 ふたつ目の天罰
修正しました。
地代 → 地帯
銅鑼の鳴る音がした。
音だけ聞くと敵の装備が三国志っぽく思えてくるから不思議である。
実際は西洋風なんだけどね。
配布されたポーションを飲み干すブレット軍の前衛。
後衛の方が人数的には圧倒的に少ないので前後衛の区分は変かもしれないが。
とにかく明確に分けられていた。
前衛は言うまでもなく魔人化薬を飲むことが決定されている一同だ。
一部に防具が渡されていない一団がある。
犯罪者たちだ。
俺が事前に確認したところ情状酌量の余地はない。
一般兵は王太子派に属する者たちばかりなので扱いは正反対になるだろう。
そうなるように細工はしてある。
魔人化薬が入っていた容器の中身を入れ替えたのだ。
罪人には毒に、そうでない者には睡眠薬になるようにしてある。
こう説明すると凄いポーションのように思えるかもしれない。
睡眠薬に毒を混ぜているだけなんだけどね。
容器の方に術式を記述して一般兵が飲む時は解毒するようにしたのだ。
その結果、犯罪者は泡を吹いて倒れ永遠の眠りにつく。
一般兵の方は一時的に眠らされることになるが、簡単に目を覚ましたりはしない。
当然、立っていられるはずもなく全員がぶっ倒れていった。
後衛の状況は当事者にとっては最悪だろうな。
呆気にとられる奴。
混乱して右往左往する奴。
目の前の現実を受け入れられず頭を抱える奴。
誰彼かまわず話し掛けて状況を確認しようとする奴。
ちょっとしたパニックである。
『それでも騎士かよ』
まあ、従者も含まれてはいるんだけど。
そいつらだって騎士見習いなのだ。
普通であれば一般兵より練度が高くて当たり前のはずなんだが。
どう見てもまともな訓練などしていないのがありありと分かってしまう。
ただただ呆れるばかりだ。
『黒豚の子飼いじゃ程度も知れているか』
それでも指揮官が優秀なら混乱を収めることも不可能ではないのだが。
小隊長規模でも、その上でもいない。
更に上の司令官はどうなのかというと、これまた混乱の極みに達していた。
顔色を失った顔を引きつらせ体を顔は引きつり震わせる。
力みに力んで頭を振るのは現実を受け入れられないからだろう。
「何故だぁ─────っ!!」
絶叫が聞こえてきた。
俺たちの数キロ先にいる侵撃軍司令官の声だ。
なぜ聞こえるかって?
向こうに斥候用自動人形を配置してるからだな。
手元に置いている自動人形と同期させて生中継だ。
タイムラグがないのが素晴らしいね。
『それにしても……』
あの司令官は無能の極みだな。
ダメな部下の更に斜め下を行くだめっぷりを発揮している。
オーガ化すると思っていた前衛の兵士たちが全員倒れ込んだという事実に驚いた。
それは仕方がないさ。
予想外の事態に驚いたとしても誰も馬鹿にはしない。
次の行動が的確であればな。
『貴様は司令官だろうが』
真っ先に状況を把握すべきなんじゃないのか。
これが敵襲だったらどうするつもりか。
もし敵襲だったらあっと言う間に全滅だ。
そのような事実はないが、この先はそうではない。
襲撃を受けてのことでないなら周囲を警戒しつつ次をどうするか判断を下すべきだ。
ここが国境地帯だということを完全に失念している間抜け振り。
それもゲールウエザー王国側のギリギリまで来ているのだ。
判断にはスピードが要求される。
夜の間なら誤魔化しもできただろうが、夜が明け始めている今はそうではないからな。
発見されれば襲撃される恐れが時間と共に増大していく。
残された兵力は少ない。
騎士とその従者を合わせて百未満。
士気は最低とくれば、迎撃の部隊が来た時点で敗北が濃厚となる。
いや、間違いなく潰走するだろう。
どれだけ生き残れることか。
倒れた者をすべて見捨ててでも撤退すべき状況だ。
それを考えぬばかりか「あり得ない」とか「そんな馬鹿な」と喚くだけ。
『なんでコイツが司令官なんだ?』
すがり付いて撤退を進言している副官の方がまだマシだわ。
完全に無視しているとか自分の間近の状況すら把握できてないじゃないかよ。
ひとつ予定が狂っただけで、これとはね。
周囲の目など気にする様子もなく取り乱す。
頭を抱え身悶えさえし始める始末だ。
『一体、何がしたいんだか』
クネクネと奇妙な踊りを披露していた司令官の動きが不意にピタリと止まった。
そして……
「何故なんだぁ─────っ!!」
絶叫、再びである。
『何故って言われてもなぁ』
もはや呆れるしかできない。
「坊やだからさ」
トモさんが大先輩の物真似をしながら例の台詞を言った。
ほぼ同時に俺は手で合図を出す。
今回は見てるだけって決めてるからね。
見学なら開始の合図くらいはってことで頼まれたけどさ。
まるで何かの競技の審判みたいだ。
これから行われるのは競技じゃなくて戦闘だけどね。
実質的には一方的な形になるので戦闘と呼べるかは微妙なところだとは思うけど。
とにかく皆が俺のハンドサインに反応した。
『あ……』
十八番のネタを披露してドヤ顔で浸っていたせいでトモさんが反応していない。
結果としてトモさん以外の皆は数キロ先の敵を目指してダッシュ開始。
トモさんは置いてけぼりを食う形となった。
え、フェルト?
瞬間的に躊躇はしたけど先に行ったよ。
レベル的に一番下っ端だから、ついて行くのが大変なんだよね。
トモさんが追いかけてくるのを信じて行ったのだと思いたい。
「はいはい、遊んでると取り残されるよ」
気付いたトモさんが慌てて飛び出していった。
「やだぁ、置いてかないでぇ。
すぅぐ準備ぃすぅるからぁ。
むぅあてえぇ─────いっ!」
慌てて追いかけていった割に独特の巻き舌キャラのネタを入れていくし。
『綿本さんの音読丸か』
そういや妖精組と一緒にあのアニメ見たことあるな。
あれも忍者モノではあるのでね。
基本的にギャグなせいで、参考になったかと聞かれれば微妙なところである。
面白かったから見て損はなかったとは思う。
そういう話をトモさんとした。
『トモさんなりに気を遣ったってことか』
妖精組の緊張感を解すために。
今回の面子は人間相手に戦ったことのない面々の方が多いからな。
おまけに俺が手を出さないことになったせいかピリピリしていたし。
最初の物真似で皆の耳は完璧に捉えていた。
そこからアレだからな。
ダッシュのスピードが落ちたのはズッコケそうになったからだと俺は確信している。
少なくともピリッとしすぎた感じはなくなった。
減速したお陰でフェルトは楽になったようだしトモさんも追いつきやすくなった。
『やるなぁ……』
俺じゃあ、あんなの真似できないぞ。
声帯模写はスキルの力を借りれば苦労しないんだけどね。
物真似はそれだけでできるもんじゃないからさ。
なんにせよ気を遣わせてしまったのは確かだ。
そこは申し訳ないと思う。
自分が出遅れてまでネタをぶっ込んでくるのはどうかと思うけど。
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それまで騒がしかったブレット王国騎士団が一瞬で静まりかえった。
千数百名からなる前衛がかき消すようにいなくなったのだ。
驚くのは仕方ないとは思う。
いたはずの人間がいきなり消えるんだからな。
だが、その状態が続くのはどうよ。
隙だらけにも程がある。
その時間が長引くほど生き延びる時間は短くなっていくということを思い知るがいい。
『索敵くらいしろよ』
連中のレベルじゃ延命の助けにもならないだろうけど。
『誰の仕業か気にならんのか』
まあ、言うまでもなくうちの面々なんだが。
皆で分担して倉に放り込んだ訳だ。
大半を古参組が引き受けていたけどな。
騎士団の連中はその事実に気付くはずもない。
うちの面々が彼等を取り囲んでも反応は薄かったほどだ。
真っ先に気付いたのは意外なことに司令官であった。
「ななななんだ、貴様らはっ!?」
これで狼狽えてなければね。
少しは見直したんだけど。
それでも無能司令官の言葉が切っ掛けとなって騎士や従者たちが正気に戻っていく。
そして今更ながらに臨戦態勢をとりはじめる。
『とろい』
剣を抜き盾を構えるまでがトロい。
相手の人数が少ないから舐めてるんだろう。
それも最初の犠牲者が出るまでのことだったが。
「へ?」
その従者が漏らした声は何が起きたのか理解できぬが故だった。
直前まで目の前にいた騎士の腕が宙を舞っているのだ。
何がどうなったのか見えなかった。
それでも危険だということは認識できたはず。
自分の身に降りかかることを想像できないだけで致命的な隙となる。
従者もまた次の瞬間には腕を失っていた。
「え?」
自らの腕を見る。
肩から先がいつの間にかなくなっていた。
吹き出す鮮血。
従者は悲鳴すら上げる間もなく意識を失い血に倒れ伏した。
同じような光景が次々と広がっていく。
そのわずか数分後──
「ばっ、馬鹿なっ、そんな馬鹿な……」
絶望に表情を歪める司令官を残すのみとなった。
「さあ、貴様の罪を数えろ」
こんな台詞を言うのはトモさんだけだ。
「なんだと……」
狼狽えるのみとなっていた男がたじろぎ失禁した。
「おい」
思わず遠方からツッコミを入れてしまう。
最後まで締まりのない司令官だったな。
読んでくれてありがとう。




