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471 宰相の恐怖と怒り

修正しました。

イチコロですよ」→ ~』


「オーガとはこれほどの魔物なのか」


 塩水の恐怖から立ち直った宰相が漏らした言葉。

 そこにあるのは本当の恐怖。

 命の危機だ。

 強い魔物を目の当たりにしたことがないからこその反応だな。


 あまり恐怖心が強すぎても困るのだが。

 そこは加減が難しい。

 個人の資質に関わることだからな。


 幸いにして宰相は怯えきって何もできなくなるようなことはなかった。

 恐れはしたが目から力が失われていたりはしない。

 立ち向かう気持ちはあるようだ。

 矛先が自分たちに向けられた場合でも、挫けずにいられるかまでは分からないが。


「コレガ軍隊ノ規模デ攻メ込ムノダ。

 ドウナルカハ少シ考エルダケデ分カルダロウ」


 ゴクリと喉が鳴った。

 血の気が失せた顔を引きつらせてはいるが、取り乱すような雰囲気でもない。


「敗走してくると読んでいたが、このような……」


 オーガの大軍で蹂躙し征服するという発想はなかったようだ。

 普通なら圧倒的国力差のゲールウエザー王国相手に勝てるとは思わないだろうからな。

 戦の負けは確定的となれば責任追及のシナリオを用意するのが当然だ。


 その場合は真っ先に黒豚を糾弾できると考えたはず。

 誰がこの考えを取らぬ狸の皮算用と思うのか。

 黒豚の取り巻きも負け戦で数が減る。

 生き残れたとしても黒豚に責任を押し付ける者が続出する。


 そういう読みをもって宰相は黒豚を排除できると確信を持っていたことだろう。

 リスクはあまりにも大きいが。

 ゲールウエザー王国からの反撃や外交圧力だけではないのだ。

 周辺国からも戦争を仕掛けられる恐れがある。


 それらの悪条件をすべて計算に入れて宰相は決断した。

 この難局も黒豚さえいなければ乗り切る目があると踏んだのだ。

 裏を返せば、黒豚はそれ程の癌だった訳だ。

 故に宰相の判断はある意味、正解だった。

 大きな痛みを選んででも切除するべき存在なのは間違いなかったのだから。


 誤算さえなければ。

 黒豚が宰相の英断すらも利用して出兵したことに気付けなかったのは大きな痛手だ。

 もし俺たちが介入していなかったら宰相は黒豚に敗北していただろう。

 まあ、いずれの道を選んでも黒豚の破滅は免れないのだが。

 奴からすれば政敵に勝つか負けるかの差しかない。

 何十年とかけて密かに準備してきたにしては小さな収穫だ。


 ただし、宰相サイドからすると国の存続がかかった一大事である。

 集めた情報が少ない状態で勝負に出たのは失策だろう。

 読み違えたとも言う。

 まさか戦争に勝てる切り札を黒豚が握っているとは思わなかったが故に。


 結果として宰相の英断も黒豚には都合が良かった訳だ。

 出兵しやすくなったからな。

 黒豚の目論見を知った宰相が呻くように声を絞り出す。


「おのれ、逆賊めっ……」


 勝算が充分にあると理解しても宰相は黒豚を認めはしないようだ。

 戦争に勝っても統治などできるはずがないと即座に判断したのだろう。

 黒豚には欠落している視点だ。


 アレは征服すれば支配できると思い込んでいる節があったからな。

 武力制圧など地元民の反発を招くだけだと何故わからないのだろう。

 元の統治が安定していたならば尚更だ。


 しかも魔物を使って制圧されたとなれば嫌悪どころか憎悪にすら達しうる。

 迷宮の暴走と重ね合わせて見られてもおかしくないだろうからな。

 それを逆手にとって恐怖政治などと考えているなら浅はかだ。

 使い捨てのオーガ兵団がいなくなれば即座に反撃されるのは明々白々。

 自分が守る側に回った時のことまで考えていない。


 ハッキリ言って黒豚はゲールウエザー王国を舐めすぎである。

 底の浅さは天下一品だろう。

 一気に王都にまで攻め入って落とせば勝ちと思っているような男だからな。


『ゲールウエザー王家が滅びれば周辺国家は無条件降伏するだろうて』


 小芝居中にこんなことを言うくらいだし。

 暗示をかける際に、どんな計画を実行したか自慢しながら話せと指示しただけなんだが。

 そもそも王族を根絶やしにできると思う方がどうかしている。

 王城を陥落させることができたとしても脱出の阻止は難しいからな。


 魔人化薬で変身した後のオーガに知能でもあれば違うのだろうが。

 暗示薬で事前にあれこれ指示を出しても、ほとんどが無駄に終わってしまう。

 指示した内容が消えるのではなく理解できなくなるからだ。


 まず地名が分からなくなる。

 これで敵国の王都へ向かえという暗示が無意味なものと化す。

 方角も「南へ向かえ」のような指示では同じようなものだが、やりようはある。


 薬を飲ませる前に進行方向へ向けて並ばせておき前進させるだけだ。

 これで出発進行は問題ない。

 後は進行方向に敵がいると思わせておくだけで勝手に戦ってくれる。

 戦っている間に体の向きが変わったりもするだろうが進行方向は分かるようだ。


 ただ、長距離移動すれば誤差は生じてくる。

 そこは日記の情報によると音と狼煙で修正するようだ。

 冒険者に扮した兵士が先行して遠方から合図を送るのだとか。

 事前にホブゴブリン化する魔人化薬を使って実験したと日記には記されていた。


 こういうところだけは念入りにやっているようで反吐が出そうだ。

 魔人化薬を飲んでいない連中は後ろをついて行くのみ。

 進行方向に敵がいるという暗示があれば襲われないらしい。

 それも実験で確認済みのようだ。


『虎の威を借る狐の逆バージョンだな』


 虎であるオーガは疑問に思わない。

 これがもし知能のある状態だったら、こうは都合良く行かないと思われる。

 ただ、魔物になったことで精神に変調を来したりすることも過去にはあったようだ。

 感情の振れ幅が暗示の制限や指示を上回って暴走状態になるのだとか。

 そうなると見境なしに暴れる訳で。

 相手がホブゴブリンでなければ対処できないところだったという。


 だから禿げネズミは魔人化薬に人の知能を残すような研究をしなかったのか。

 禿げ豚は自分で使うから独自に研究を発展させたんだな。

 使用目的が異なると、こうも差が出てしまうとは意外だった。

 いずれにせよ今宵で魔人化薬は世に広まらなくなるがね。


 宰相は魔人化薬のことを知ってしまったが研究しようとは思わないだろう。

 ここまで真っ当に判断を下せる人間なんだから。

 考えが甘いのかもしれないが、魔人化薬に手を出すなら潰すまで。


「あの男は悪魔だな」


「ソウ断ズルノハ気ガ早いイ」


「なにっ」


「戦争ヲシテ敵国ニ勝ツコトダケガ奴ノ目的ダトデモ?」


「まだ何かあるというのだな」


「イカニモ。

 汝ニトッテハ続キノ方ガ許シ難イ話ヲスルハズダ」


 宰相が苦虫を噛み潰したような表情になる。

 映像の続きがいかなるものであれ碌でもないことだけは確かだと悟ったようだ。


「続けてくれ」


 そこから小芝居の再生に戻る。

 魔人化薬関連はすでに充分なので先送りした別の場面からだ。

 ここからは再び音声ありの映像に戻る。


『ゲールウエザー王国が陥落した後が楽しみですな』


『ブハハ、王太子派の連中はよもやそのような知らせが入るとは思うまい』


『そういうのを寝耳に水というのですよ。

 寝ているところに冷や水を浴びせられたも同然の奴らの顔が見てみたいものです』


『お前はたまに面白い表現をするな。

 だが、その通りだ。

 さぞかし驚くことであろうよ』


『それを堪能する時間もわずかしかありませんがね』


『ブハハハハハハッ、愉快愉快!

 ワシの力を思い知った連中が呆気にとられている間に王には永遠に眠ってもらおう』


「なんだとっ!?」


 宰相が吠えた。

 王を葬る発言を聞いて、さすがに我慢ができなかったのだろう。

 お陰で再生は一時中断せざるを得なかった。


「言ッタハズダ、続キハ許シ難イ話ダト」


 トモさんが淡々と語ると宰相は歯ぎしりした。


「ぐぬぬ」


 唸りながらも激高したトーンを下げていく。

 もっと理知的なオッサンだと思っていたのだがな。

 なかなかどうして感情をむき出しにしてくる。


「続けてくれ」


 理性で制御できる範囲内ではあるようだけれど。

 リクエスト通りに再生を再開するが、拳を固く握りしめていた。


『戦勝報告の名目で近寄り毒を盛られるとは思わんでしょうなぁ』


 ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら告白する禿げネズミの言葉に宰相は耐えていた。


『そして数日後に急逝する。

 その場で死なぬからワシは疑われぬ。

 ブハハハ、傑作ではないか』


『ついでに王太子にも一緒に死んでもらいましょう。

 報告がてら見舞いに来たということにして』


 ここで黒豚が急に不機嫌そうな表情を見せる。


『大丈夫なんだろうな。

 一体、これで何度目なんだ』


『えっ、ええ、もちろんですとも』


 禿げネズミも黒豚の機嫌を損ねるのは焦るものらしい。

 わずかながら動揺を見せていた。


『王太子の毒に対する耐久力には驚愕させられましたがね。

 今度の新型は、さしもの王太子もイチコロですよ』


『フン、貴様の言うイチコロは聞き飽きたわ。

 毒は効力を発揮してこそ毒であろう』


『今度のは大丈夫ですよ。

 何しろ体力の塊のオーガでさえ、あっと言う間にあの世行きなんですから』


『なるほど、それならば安心というもの。

 これであの目障りな王太子も始末できるわ』


 ここからしばらくは黒豚と禿げネズミの高笑いが続く。

 宰相の方を見ると……

 そこに鬼がいた。


「陛下の暗殺を目論むだけでも度し難いというのに……」


 ブルブルと体を震わせ。


「殿下まで、だと!?」


 顔をドス赤く染め。


「それも以前からお命を狙っていた口振りではないかっ……」


 憤怒の表情を見せていた。


「ナニヲ今更」


 トモさんのたった一言に宰相は過敏に反応した。


「ま、まさか……

 他の王家の方々まで奴らは手にかけたというのか!?」


「イカニモ」


「何ということだっ……」


 血の涙を流すのではと思うほどの激情を表情に宿し宰相は涙する。


「私がついていながら見抜けなかったとはっ……」


 その目に宿るのは悔恨の情。

 慟哭に至るのではないかと思うほど周囲の空気を染め上げていく。


「ソレダケ奴ラガ狡猾デ臆病ダッタノダ」


「そんなものは守れなかった理由にはならないっ」


 確かにな。


「ナラバ過チヲ繰リ返スナ」


 俯きがちだった宰相の顔が上がる。


「過チヲ繰リ返スナ」


読んでくれてありがとう。

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