469 王太子の健闘を祈った後は
面倒だし時間がないので言ったことを再利用することにした。
口任せにするよりはマシだろう。
王太子がどう解釈するかで対応は変わってくるがね。
「……言ッタハズダ。
国民ノタメニ死ネト」
ログが確認できるって便利だね。
助かるわとか思っていたら王太子の様子が何かおかしい。
妙にプルプル震えているのだ。
はて、毒は抜けたし後遺症もないようにした。
体力の回復は程々に抑えているけど身体的には治療を要するような状態ではない。
何かしくじっただろうかと、あれこれ考えを巡らせていると──
『アナタは……』
なんだか瞳を潤ませている。
もしかして感動したとか?
「……………」
ちょっと信じ難いくらいの良い人だね。
今後のことは任せて安心、かな。
体力面とお人好しなところに不安が残るけれども。
前者は周囲の人間に奮起してもらうしかない。
後者については、なるようになるだろう。
「最初ニ汝ガスベキコトハ将軍ト参謀ノ悪事ヲ暴クコトダ」
こう言っておけば、その後すべきことは自分で判断するだろう。
もし、王太子が盆暗であったなら指示書を用意するところであったが。
『残念ですが証拠がありません』
「確保ズミダ。
シノビノ術ヲ使エバ造作モナイ」
そう言ってからまずは王太子の寝室にあったサイドテーブルを引き寄せる。
その上に黒豚の犯罪告白日記を積み上げた。
『これは?』
あまりの量に王太子が目を丸くしている。
まあ、気持ちは分からなくもない。
証拠と言われて20年分の日記を積み上げられたんだからな。
「将軍ノ日記ダ。
ミズカラノ罪ヲ克明ニ記シテイル」
王太子の口から苦笑が漏れる。
『あの男らしいですね。
本当に自己顕示欲の塊だ』
自慢したがりってことか。
確かに小芝居させた時もそんな感じだったな。
『それにしても、よくこれだけの量を読めましたね』
「ソレモ、シノビノ術ナラバ容易イコトダ」
実際は自動人形を介して上級スキルの【速読】を使って読んだ。
熟練度がMAXであればパラパラ漫画の感覚でページを送っても読めてしまう。
悪筆だと遅くなってしまったりもするが。
幸いなことに黒豚は達筆であった。
このあたりも自己顕示欲の強さがそうさせているのかもな。
美意識が強かったのだろうか。
その割には色々と残念な男であったが。
自分の体型には無頓着だったし。
部屋の調度品なども悪趣味の極みだった。
『シノビの術を極めし者、それがシノビマスターですか』
「イカニモ」
『私にはとても真似はできそうにありません』
自嘲気味に笑っていたが、すぐに表情を引き締めた。
『ですが、私は私の仕事をするだけです』
「気負イスギルト長続キハセヌ。
宰相ヲ頼ルガ良カロウ」
引き締まっていた王太子の表情が少し緩む。
『長続きですか。
明日をも知れなかった私には縁遠い言葉だと思っていましたが。
そうですね、私にできることなど限られています。
宰相だけでなく借りられる手はいくらでも借りましょう』
思った以上に考え方が柔軟だ。
今まで散々不自由な思いをしてきたからなのだろう。
世の中、何が幸いするか分からないものである。
「ソレデハ王太子ヨ、健闘ヲイノル」
『もう行かれるのですか?』
「宰相ニモ挨拶シナケレバナ」
そちらにはハリーとトモさんに行ってもらってるんだけどね。
向こうはそろそろ終わっているんじゃないかな。
じゃあ何故こんな風に言ったのか。
質問攻めにされると困るからだ。
故に逃げの手を打たせてもらった。
『そうですか。
あなたに何もお返しできそうにないのが残念です』
「ソンナモノハ無用ダ。
ドウシテモト言ウナラ民ヲ我ダト思イ行動スルガヨイ。
ソレハイツカ汝ノタメトナロウ」
『無欲な人ですね』
王太子が笑みを浮かべた。
倉の中で始めて見せた柔らかい笑み。
そこに王太子の本質を見た気がした。
「無欲ナノハ汝ノ方ダ。
心シテカカルガイイ、心優シキ者ヨ。
コレカラ先ハ苦難ノ連続ダ。
ソシテ次ニ汝ガ目覚メタトキニハ状況ガ動キダシテイルダロウ」
『分かりました。
御忠告、感謝します』
「サラバダ」
王太子の返事を待たずに俺は魔法で王太子を眠らせる。
単に眠らせたのではなく改良型のスリープメモライズを使った。
睡眠学習してもらう訳だ。
相手を強制的に眠らせる術式を追加しただけなので本質的には何も変わっていないが。
手間が減って便利になっただけだ。
しかもクイックメモライズと違って痛みや酔うような感覚を味わうこともない。
時間はかかるけど、今の王太子を消耗させる訳にはいかないからな。
とりあえず動くのは宰相に任せればいい。
王太子は状況さえ把握させておけば問題ないだろう。
魔法で眠りについた王太子の様子を確認する。
毒が消えたのはすでに確認済み。
ズタズタだった内臓も今の回復魔法で治療済み。
落ちていた体力だけは徐々に回復するようにしてあるがね。
翌朝になって王太子がバリバリ働き始めたら気味が悪いもんな。
今の状態にまで回復させたことさえ奇跡に近いはずだ。
奇跡を過剰に超えると気味悪がられる恐れもある。
バランスが難しい。
王太子が無理をすることだって考えられるし。
その時は周囲の人間に頑張ってもらおう。
さて、この魔法で何をするかだが。
黒豚と禿げネズミの小芝居を見てもらう。
後は日記の概要と記述個所の把握だな。
詳細まで覚え込ませると内容の酷さにトラウマになりかねないので控えることにした。
ある程度の内容を理解した上で目次も把握できている状態なら充分だろう。
読み進める助けになるはずだ。
キツいと思ったら休憩すればいい。
宰相も手伝ってくれるはずだ。
現状でも寝たきりの王に代わって何とか切り盛りしているし。
何とかなるだろうさ。
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王太子を元の寝室に戻して状況を確認する。
『まずはツバキとフェルトだな』
国外へ連れて行く使用人とその家族を確保するという最も簡単な仕事である。
魔法で眠らせて上空待機中の輸送機の中へ放り込むだけだ。
もちろん輸送機は発見されないよう光学迷彩を使っている。
あと、人質の見張り対策は幻影魔法のみ。
朝の食事の時間まではこれで誤魔化せるはずだ。
参謀本部の中の警備はザルも同然。
外とは大違いだからな。
別行動に移行してから間もなくツバキからメールがあった。
王太子と会話している最中に確認済みだ。
内容が簡潔明瞭だったというのもあるけどね。
[任務完了。
問題なし。
これよりハリーたちのフォローへ回る]
こんな具合だし。
わざわざ【多重思考】スキルを使うまでもなかったさ。
ちなみに使用人一家は後でゲールウエザー王国に連れて行く予定である。
俺だって誰でも彼でも国民にする訳じゃないからね。
ローズの審査を受けるまでもなく、サヨナラを決定させてもらった。
前に飢饉対策で行った街ならブレット王国からも充分に離れているしな。
街中で井戸を掘っている時に無人の家屋が点在しているのを知ったのもポイントだ。
そのうちのひとつに放り込んでおく。
当面の生活費があれば後はどうにかするだろう。
問題があるとすれば、目覚めたら知らない街だったという状況か。
ショックを受けて騒がれても面倒なので記憶を偽装することにした。
使う魔法はスリープメモライズである。
良心の呵責から家族を救い出して逃げ出したことにしておく。
ベタだが、このでっち上げを受け入れる可能性は充分にある。
人間というのは都合の良いように解釈したがる生き物だ。
辛いことがあれば脳の方で勝手に記憶を封印したりねじ曲げたりするというし。
実際、実行犯は苦しんでいたようだしな。
ストレスで胃痛に悩まされていたことだけは確かだ。
新しい生活が始まれば、それも回復するんじゃなかろうか。
何度も夢に見たように偽装して夢と現実の境界をあやふやにする。
それこそ詐欺的なんだが他に良い方法も思いつかない。
モアベターだと思うことにする。
それでも気になるのはシナリオのクオリティだ。
出来過ぎもいいところだからね。
普通はどう考えたって、そんなに上手く事が運ぶはずもない。
偶然に偶然が重なった奇跡ってことにしておくけど。
御都合主義もいいところだな。
面倒くさいので、これで押し通す。
ただ、成功する保証はない。
新しい記憶に拒否反応を示すことはあり得るからな。
仮に受け入れても罪の重さに押し潰されることだって考えられるし。
まあ、その時はその時だ。
その場合の面倒まで見るつもりはない。
どうにか折り合いをつけてくれと祈るばかりだ。
家族で1ヶ月は生きて行けるであろう生活費は用意したんだし後は知らん。
『次はローズと妖精組か』
こちらは未だお願いした作業の最中である。
カーラから連絡が入っていないのでね。
参謀本部の中と地下で色々と細工してもらっている。
特に禿げネズミの研究室周りは念入りに
仕上げは皆が合流してからだ。
王都に住むこの国の民は度肝を抜かれると思う。
今までに体験したことのない事象が発生することになるからな。
結果として禿げネズミの研究を利用しようとか考える奴は出なくなると思う。
研究資料は押収済みだから即座に魔人化薬を作ることはできないけどな。
それでも人間を魔物に変えるという発想を元に研究を始めることはできる。
そう簡単に実現はできないだろうが実現しないという保証はない。
禿げネズミが実用化しているだけにな。
だから抑止力となるようビビらせておこうと考えた訳だ。
読んでくれてありがとう。




