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468 ハルト死に神と勘違いされる?

修正しました。

「s汝 → 「汝

「……っ?

 …………ど、こ……、だ?」


 少年が周囲の明るさに醒覚した。

 さほど眩しくはないが何度か瞬きをする。

 目が乾いた感じがするからだ。

 そのせいで瞬きをするだけでもスムーズに行かない。


 もっとも、それは目だけではない。

 体全体で乾きを感じているのだ。

 現に喋ろうと思っても舌が喉が張り付くように引っ掛かる。

 思うように喋ることができない。


 そして思い通りにならないのは目や口だけではなかった。

 最近ではベッドの上で体を起こすだけでもままならなくなっている。

 どうにか首を動かし周囲の様子を確かめようとするが……


「な、にも……、な、い?」


 天蓋付きベッド以外は何もなかった。

 調度品の類いが見当たらない。

 一瞬、撤去されたのかと思ったほどだ。

 その考えはすぐに否定されたのだけれど。


 見慣れた壁や窓がないのだ。

 すべてが白い。

 白一色の空間だった。

 少年の視野範囲は限られているが、見えない場所で途切れているようには思えない。


 寝ている間にベッドごと連れ去られたのだろうかと考える。

 実に荒唐無稽な思いつきだ。


 つい苦笑が漏れそうになるが、それすらままならないのが今の少年である。


 いよいよお迎えの時が近づいているのかもしれない。

 そんな風に考えれば己の突飛な思いつきも奇妙だとは感じない。

 自然なことのように受け入れてしまうのは、とうの昔に諦観を抱いていたからだろうか。


 己の体の弱さに随分と苦しめられてきたおかげで覚悟はできている。

 むしろ、ようやく迎えが来たのかとすら感じてしまうほどだ。

 最期くらいは苦しまずに死なせてほしいものだと感じるのだが。


 何度も原因不明の発作に苦しめられてきたが故に。

 発熱と激痛で「いっそ殺してくれ」と願ったのは一度や二度ではない。

 少年の立場上それを口にすることはできなかったのだが。


 今にして思えば、よく耐えられたものだ。

 そう思うと自画自賛したくなってくるのが可笑しくて堪らない。

 生憎と笑うだけの余力がないのだが。


 できれば、そろそろ逝かせてほしいものだと考え始めた時のことである。

 不意に少年の耳へと誰かの声が届く。


「ヨウコソ、ワガ夢幻ノ大広間ヘ。

 ブレット王国ノ王太子、ヨ」


「だ、れ?」


 姿が見えないことで少年は思わず問うていた。

 が、聞くまでもないことだと内心で自重する。

 死に神だ。

 お迎えの時間がやって来たのだ。

 不思議と恐怖を感じない。


 死を覚悟しているからか、死に神が何らかの配慮をしているのか。

 後者なのだとしたら随分と優しい死に神だ。

 そのことが何だか楽しく思えてくる。


 この死に神はきっと道化師の姿をしているに違いない。

 少年、いや王太子はそう思った。


 成人しているはずの彼が幼く見えるのは病弱であったが故である。

 正しくは毒薬を定期的に盛られてきたからだ。

 本来であれば、とっくに死んでいる。


 それを覆していたのは王太子が【毒耐性】のスキルを持っていたからだろう。


 禿げネズミも向きになって毒の性能を向上させていたのだが。

 結局、その執念は実らずに終わることになる。

 俺たちが介入しなければ今夜中に王太子は亡くなっていたので紙一重の結果だ。


 ちなみにここは俺の倉の中である。

 王城内の王太子の部屋にはレプリカのベッドを残してきた。

 幻影魔法で偽装した自動人形が横たわっているのでそうそうバレることはないはず。

 念のために警報結界は張ってきたがね。


「ワガ名ハシノビマスター。

 王太子ヨ、喋ラズトモヨイ。


 話シタイコトヲ強ク念ジテミヨ」


『アナタは死に神ではないのか?』


 思った以上にレスポンスがいい。

 普通、念話はもっと苦労するものなのだが。

 こうも易々と使いこなすとは思っていなかった。

 ずっと寝たきりですることがなかったが故に妄想力が鍛えられたのかもしれない。


「ソウ思イタケレバ思ウガヨイ。

 汝ニハフタツノ道ガアル」


『二つの道?』


「生カ死カ」


 それは思いがけない言葉だったようだ。

 王太子はしばし沈黙した。


『こんな状態の私が生き長らえるとは思えませんが?』


「汝ノ現状ハ毒ヲ盛ラレタコトニヨルモノダ。

 ソノ元凶ハ、スデニ排除シテキタ。

 生ヲ選ブナラ汝ノ命ガ続クヨウニシヨウ。

 ソノトキハ時間ヲカケレバ回復スルダロウ」


『……この不思議な場所にいなければ信じなかったでしょうね。

 いつもより体の調子が楽なのはアナタが何かしたからですか?』


「解毒ノ薬ヲ使ッタ」


 本当は魔法である。

 急激に回復させると弱り切った体に負担がかかるので徐々に効果が出るようにしている。


「シカシ、死ヲ免レタワケデハナイ。

 選択ヲスルタメノ猶予ガ得ラレタダケダ」


 弱々しく王太子が笑みを浮かべる。


『元凶とは将軍ですか?』


 なかなか鋭いところを突いてくるね。

 何処まで確信を抱いているかは不明だが疑いを持っているのは間違いない。


「間違ッタ認識デハナイガ完全ナ正解デモナイナ。

 将軍ノ指示ニヨリ参謀ガ毒ヲ用意シタノダ」


『あの男ですか……

 どうやら内通者がいるようですね』


 王太子の周辺には将軍の息がかかった者を寄せ付けないようにしているようだからな。


「身内ヲ人質ニトラレレバ嫌デモ従ワザルヲ得マイ」


 王太子が瞼を閉じた。

 溜め息をつきたかったみたいだ。


『では二度と毒を盛られることはないと?』


「ウム、従ワサレタ者モ人質モ保護シタ」


 事情の説明もなくいきなりだったので保護と言うよりは人さらいである。

 ツバキとフェルトを組ませて実行させた。

 魔法で眠らせて倉へ放り込んでドロンの簡単なお仕事です。


「国外ニ連レ出スガ問題ハナカロウ?」


『……そうですね、そうしてください。

 発見されれば処罰は免れないでしょうから』


 いかな理由であれ王族を手にかけようとしたのだ。

 王太子が望むか望まざるかに関係なく罪人として捕らえられることになる。

 どう裁かれるかは、その国の法律もしくは国王の判断しだい。

 が、王族の毒殺が繰り返されたと知られれば死罪は確定的となるだろう。


 ちなみに王太子の暗殺に利用された人物は未だ人を殺してはいない。

 他の王族の暗殺はそれぞれが違う人間が暗殺要員として選ばれている。

 そして暗殺完了後は闇に葬られている。

 これは黒豚の日記につづられていたことだ。

 それなりに用心深く行動しているようなのに日記に残す神経が理解できない。

 俺としては楽で助かるのだが。


『ところで、ひとつ聞きたいのですが』


「ナンダ」


『アナタは私に何をさせたいのです?』


 また面倒なことを聞いてきたものだ。

 その問いには答えようがない。

 俺のやりたいことは既に終わったも同然だからな。

 後始末を残すのみの現状では誤魔化すしか道はなさそうだ。


「ソレヲ問ウカラニハ、マズ生カ死カ選ベ。

 死ヲ選ブ者ニ答エルツモリハナイ」


 こう言っておけば少しでも死を選ばぬ確率が上がるだろうかと思ってのことだ。

 すべてを諦めているなら気休めにもならない言葉だろうがな。


『やはりアナタは死に神だ」 


 王太子が苦笑を漏らした。


『私が死を選べば楽に逝かせてくれますか』


「痛ミハ感ジヌヨウニシヨウ」


『それで充分です』


「デハ死ヲ選ブカ」


 もしそうだとしても俺は止めるつもりはない。

 王太子に告げたように痛みを感じぬ処置をして放置するだけだ。

 放っておけば王太子は翌朝までに力尽きるからな。


 生き長らえさせるには回復魔法が必須の状態である。

 それをすぐにしないのは王太子の選択を尊重しようと考えたからだ。

 今までの辛い日々に疲れ切っているなら生き長らえても良いことはないだろう。

 生を選べば重責を負わされるのは間違いない。

 大国に喧嘩を売った落とし前はつけなければならないからな。


『いいえ、私は逃げたくはありません』


 先程までは精気の感じられない瞳をしていたが、今は違う。

 弱々しい体の状態からは信じられないほど力のこもった目をしていた。


『将軍は戦争を始めたのではありませんか』


 何か聞かされているのかいないのか。

 王太子の状態から察するに情報は制限されているだろう。

 体に障るという理由でな。

 だとすれば、少ない情報でその結論を導き出している訳だ。

 なかなか侮れない王太子である。


「戦ハ明朝ヨリ始マル。

 将軍ノ名デ宣戦布告ズミダ。

 相手ハげーるうえざー王国」


『……最悪ですね。

 あの男は国民の負担を何と考えているのか。

 ならば尚のこと私は逃げられません。

 民を見捨てて安易な逃げ道を選ぶなどブレット王家末代までの名折れ』


「生キルカ。

 ツラク険シイ道ガ延々ト続クノダゾ」


『知恵と勇気と信頼できる部下がいれば乗り越えられるでしょう。

 今までの抗いようのない闘病生活を思えば何ほどのものでもありません』


 死を受け入れるしかなかった状況よりはマシだと言いたいのか。

 華奢で病弱な少年にしか見えないが、どうして漢である。


「良カロウ。

 ナラバ国民ノタメニ死ヌガヨイ」


 俺のことを死に神と言ったのだ。

 同じ意味であっても働けとは言ってやらない。


『いいでしょう、望むところです』


 やけに気合いが入っている。

 どうやら毒は完全に消えたようだ。

 それだけで、ここに連れてきた時とはまるで違うとはな。

 内臓なんかはズタズタのはずなんだが。

 無理をしているだけなのは明らかなので早々に回復魔法を使う。


『それで、アナタは私に何をさせたいのですか?』


 どうしても聞きたいようだな。

 何をさせたいかと言われれば、何もない。

 だが、王太子はそれで納得はしないだろう。

 適当にでっち上げるしかないのである。

 さて、何と言ったものか。


読んでくれてありがとう。

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