462 門前トラブル
普通に考えれば、外部に流出するものではないはずなんだが。
あの業突く張りの禿げ豚が他人に譲渡などする訳がないもんな。
現に奴は切り札として最後まで温存していたし。
なにしろ取り入っていたカス王子にさえ秘密にしていたくらいだ。
誰かに知られることがないように細心の注意を払っていたのは明白である。
だが、ツバキたちは人間が魔物化するところを見ていると言う。
『どういうことだ?』
同じような発想をする別人がいたのか。
ないとは言えない。
禿げ豚の方はオリジナルの人工キメラになっていたし。
こちらはオーガそのものだからな。
それは鑑定しても変わらない。
[元人間]
という記述はあるけれど情報が少なすぎる。
「液体の薬をあおったら変態してオーガになったと」
「然り」
根幹となる技術が同じであろうというのは分かるけど。
製造元を断定するには至らない。
禿げ豚とは別の連中が用意したものではないかと推測できるくらいだな。
「いや、凄かったよ。
リアルであんなものが見られるとは思わなかった」
そんな風に言ってくるトモさんも先程までの子供組と同じように血塗れだ。
「人間があんな風になるなんて……」
フェルトは若干だが顔色が悪い。
でも、血塗れ。
他の面子は汚れていないんだが。
「大人は自分で汚れを落とそうな」
「おっと、忘れてた」
「失礼しました」
「まったく……」
子供組は泥まみれになるときに近い感覚で放置していたのかもしれないけど。
いい年した大人が子供と同じ意識なのは感心しないよ。
どうしてこうなったのかを確認しておくか。
何かしら人を魔物化させる薬につながる情報が分かるかもしれないし。
『ローズ、動画もらうぞ』
『くー』
念話で了承を得てドルフィンの着ぐるみから映像情報を引っ張ってくる。
ローズなりにいくつかの動画ファイルに区切ってあるようだ。
『ありがたいね』
相変わらず気配りの利いた相棒である。
全ての動画をスマホにダウンロード。
確認はファイルの数だけ【多重思考】で俺を呼び出して確認だ。
ダンジョン内の様子は各戦闘と他パーティとの遭遇に分けられている。
戦闘は超高速再生で充分。
見るべき所はほとんどないのでね。
遭遇は倍速程度に落として丁寧に確認。
概ね問題ないようだ。
マナーの悪い連中とトラブルになりかけたようだが、ちゃんと解決している。
乱入してきた魔物の集団を瞬殺すると相手側が大人しくなっただけだ。
さて、肝心の門前トラブル編なんだが。
「……………」
こういうのを開いた口が塞がらないと言うんだろうなぁという内容だった。
まず、魔物化したのは全員が白豚の身内であることが判明。
衛兵が捕り逃がした残党組である。
せっかく潜伏に成功したのに動くのが早すぎである。
街中の捜索状況が緩んだのを見て動くのだから。
『こんなに早く警戒態勢が解除される訳ねえだろ』
少しは怪しめと思った。
明らかに誘われているだろう。
現に門前で普段の何倍もの衛兵が待ち受けていたのだから。
連中は逃亡直後の混乱した心理状態からか、この作戦には気付く様子もなかった。
自分たちでは考えているつもりだったのだろう。
門の所に現れたのは夕方であったし。
そのまま門の検問を強行突破すれば数時間で夜になる。
追っ手をまいて逃げることができると安易に考えたのがバレバレだ。
衛兵隊だって一度は逃がした相手に油断するほど馬鹿じゃない。
意図的に街の警備状態を普段の状態に戻して門前に集結していたのだ。
まんまと誘い出された訳である。
衛兵隊の罠であることに気付く奴が1人もいなかったのは間抜けすぎるだろ。
詐欺事件の関係者とは思えないほど慎重さに欠けている。
悪事を働く狡猾さにおいてしか能力を発揮できないようだ。
『所詮は小悪党か』
そして脳筋だ。
包囲されると魔人化薬でオーガに変態して力尽くで突破しようというのだからな。
結局そのまま暴れ出した訳だけれども。
どうも知能が低下する副作用があるようだ。
本能に引っ張られ逃げるという発想が消えていたのは間違いない。
衛兵を何人か戦闘不能に追い込んだところまでは良いとしてもだ。
見かねて加勢したミズホ組により圧倒されたにもかかわらず死ぬまで戦い続けたからな。
こうして見てみると人工キメラの魔人化薬より性能が低いと言わざるを得ない。
単一の魔物の形態しか引き継いでいない上に知能も低下していたのだから。
『何らかの形で情報を得て独自に開発したとも考えられるか』
薬マニアの白豚なら無いとは言えない。
だが、そうだとしても完全オリジナルでは無い気がする。
そう簡単に魔人化薬が作れるとも思えないからな。
初期のレシピが流出したか。
いや、逆ということもあり得るのか。
基礎研究は白豚が持っていた。
それを実験好きの禿げ豚に売り渡す。
禿げ豚が実験を重ね発展させたのだとしたら辻褄も合うか。
いずれにせよ魔人化薬がどこまで流通しているか調査が必要だな。
俺が確認している間にも状況は動く。
トモさんたちがドライ洗浄で血を洗い落とし。
衛兵たちは残骸や死体をひとつ所に集めていた。
『焼却処分か』
犯人全滅じゃ証拠品なんて押収する必要もないだろうしな。
「ちょっと待ってくれないか」
指示を出している衛兵に近づいて声を掛ける。
「これは、賢者様!?」
一介の冒険者にビシッと直立する衛兵。
この男、鑑定で見たところ小隊長なんだが。
そう思って周囲を見ると……
小隊長に倣って周囲の衛兵たちも直立していく。
『あー、やっぱり』
声を掛ける相手を間違えたようだ。
「仕事中になんかスマン」
「いえ、それで御用件は何でしょうか?」
「少し気になることがあってな」
「気になること、ですか?」
よく分からないと言った具合に首を捻る小隊長。
「少しだけ死骸を見せてくれれば助かる。
ちなみに、後は燃やして埋めるだけか?」
「はい、そうなりますね」
と返事をするが、どうにも歯切れの悪さを感じる。
微妙なニュアンスの差だがな。
「これだけの魔物の死骸を燃やすとなると時間がかかるか」
思い当たることを聞いてみると苦笑された。
「ええ、血抜きはしたんですが内臓も一緒に燃やすので……」
本来ならオーガの内臓は利用価値のあるものだ。
薬の材料や錬金術の素材として用いられる。
内臓に限らず他の部位も本来なら冒険者ギルドで買い取りしてもらえるのだが。
この場に集められたオーガの死体は元人間。
それが分かっていると剥ぎ取りして利用しようとは思えないよな。
だからこその焼却処分だ。
ただ、生ものを灰になるまで燃やし尽くすとなると大変である。
それが分かっているから衛兵たちも油を用意してぶっ掛けようとしているのだ。
「油は勿体ないから使わなくていいぞ」
「いえ、ですが……」
「手を止めさせてしまった詫びもかねて俺が魔法で処理しよう」
「ほ、本当ですか」
「「「「「おおーっ」」」」」
何故だか驚かれている。
小隊長だけでなく周囲の部下たちにまで。
「本当も何も、仕事の邪魔をしたんだ。
これくらいはしないと悪いじゃないか」
「そんなことはありません!」
やけに力がこもった反論だ。
「お弟子さんたちには危ない所を助けていただきました」
「たまたま現場に遭遇しただけだ。
最初はそちらに任せるつもりで見ていただけだったから怪我をさせたと聞いた」
俺の言葉にうちの面子が頷いている。
「いえっ、あれは我々の職務ですので。
犠牲者が出なかっただけで充分です」
なんというか謙虚な男である。
「それに怪我人の治療もしていただきました」
「あ、そうなんだ」
動画には治療のシーンがなかった。
ローズが消去したのだろう。
「我々はとても感謝しております」
「「「「「ありがとうございますっ!」」」」」
「だそうだ」
そう言いながら振り返るとトモさんが小さくガッツポーズをしていた。
その隣で赤面しているフェルト。
『なるほど、治療は若夫婦がやったんだな』
実に分かり易い。
「礼なら本人に言ってくれればいいから。
その間に俺はアレを処理しておくし」
「えっ、あのっ、いいんですか?」
小隊長が驚いている。
まだ処分のための魔法は使ってないぞ。
「何がさ?」
「気になったことがあると仰ってませんでしたか」
確かに言ったけど気にしすぎである。
「それなら終わった」
「ええっ!?」
「薬品を使ってオーガに変態したと聞いたから匂いを確かめただけだ」
「匂い……ですか?」
「強い効力のある薬ってのは匂いも強いからな」
「……確かに、言われてみればそうですね」
小隊長はしきりに頷いて感心はしたが、一方で疑問も呈してきた。
「自分には血の臭いしか分からなかったのですが」
「魔法を使ったからな」
「おお、なるほど」
それで納得してくれるなら細かな説明は不要だろう。
実際は匂いはそれほど重要視していない。
血液と肉片のサンプルをいくつか倉庫に回収した。
もちろん、後で調べるためである。
「じゃあ処分するからな」
返事を待たずに魔法を使う。
積み上がった死体と残骸の山の真下に地魔法で数十メートルの深さで穴を掘る。
底の方で結界を張りつつラーヴァフロウを使って溶岩の海とした。
地下深くに落ちた処分すべきものをすべて溶かしていく。
これなら短時間で跡形なく消し去ることができるって寸法だ。
読んでくれてありがとう。




