461 後始末の完了と新たな騒動の予兆
結論から言えば取り越し苦労だったか。
あれから転送魔法でレプリカ店舗に移動した俺たちは別行動を取った。
俺はボーン兄弟の元へ交渉に行き。
食堂3姉妹はシャーリーへ引っ越すことを伝えに行った。
まあ、その前に店舗改装はしておいたけど。
雑貨販売業に大きな厨房は必要ないもんな。
「あ、お久しぶりです」
「御無沙汰だな」
この挨拶の直後からレプリカ店舗を売却する話をすると兄弟は飛びついてきた。
「「是非ともお願いします!」」
一も二もなくという感じだ。
よほど切羽詰まっていたのだろう。
売り上げが落ちなくても危機感はあったようだ。
俺が提示した条件が破格だったというのもある。
「本当にそんなに安くていいんですか!?」
「我々としてはありがたいですが……」
彼等が言うほど安くはない。
仲介手数料のことまで考えているようだ。
売り主の希望価格に何割か上乗せするのが通常のようだ。
何割であるかは、仲介する商人の匙加減しだい。
場合によっては何割かではなく何倍ということもあるとか。
それは例外としても最低ラインは1割らしい。
俺の場合はそれすら含めていないからな。
仲介で利益を得るつもりなどない。
これは救済策の一種なんだから。
彼等にとって安いなら、それでいい。
その事実をわざわざ告げる必要もないだろう。
「で、買うのか?」
2人そろって凄い勢いで首を縦に振る。
無理もない。
彼等が安いと思っている上に支払いは分割払い可。
しかも無利子無担保で支払いの開始は新店舗で余裕ができてからで良いとしてある。
これを破格と言わずして何と言うのかってなもんだ。
唯一のネックは店の場所だが、それは扱う商品しだいでどうにかなるものだ。
これが切っ掛けでブリーズでは紙が急速に普及していくことになる。
しかしながら、それはまた別の話である。
今はそんな未来を予測も想像もできるわけではない。
故に条件だけを聞かされると話がうますぎて疑ってかかるところだ。
が、そういうことは一切なかった。
ずっと商品を卸してきたのは無駄ではなかったらしい。
俺の知らぬ間に信用が積み重なっていたようだ。
そのまま臨時休業にして移転の案内を店舗の表に貼りだしてレッツ引っ越し。
「あ、あの、その鞄……」
「どう考えても入りきらないはずの量が入っているような……」
兄弟の荷物と商品を次々と放り込むのを唖然とした様子で2人が見ていた。
「ああ、ダンジョンでゲットした魔法の鞄」
そんな風に言ったが、実は何の変哲もない革の鞄である。
ポーチでも良いかと最初は思ったんだがな。
3姉妹たちを仰天させ続けた前科がある訳だし、それっぽい物を用意してみた。
少しでも衝撃が薄まればと考えてのことだ。
「「な、なるほど……」」
俺の説明に腰を抜かすまではしなかったので、何とか状況を受け入れてくれたようだ。
荷物をすべて回収して新店舗へ。
明日から開店の張り紙をして看板を先に出しておく。
多少の宣伝になるだろう。
適当に荷解きした後は別行動だ。
兄弟は明日からの営業に備えなきゃならんし、前店舗はこれで契約終了である。
家賃の件で揉めるようなら商人ギルドに行けとは言っておいたが。
俺はシャーリーの所へ行ってボーン兄弟と契約が完了したことを伝えるのみ。
そちらは先に3姉妹から話を聞かされていたことでスムーズに終わった。
「彼等なら任せても大丈夫ですね」
実にアッサリしたものである。
ボーン兄弟の信用もなかなかのものらしい。
売って正解だった訳だ。
そちらの話は楽に終わったのだが想定外のトラブルもあった。
姉妹が遠くに引っ越すという事実を告げたら、シャーリーに泣かれてしまったのだ。
彼女としては年の離れた姉の感覚で彼女らのことを見ていたらしい。
だったら3姉妹のピンチをどうして助けてやらんかったのかと思ったさ。
まあ、最近は忙しくて会う機会がなかったそうだが。
そのせいで窮状を知ったのは解決した後というのは、どうなんだろうな。
姉妹は姉妹で一切相談しなかったと言う始末。
何も言ってこないから平穏無事とは限らないのである。
その反動もあって、おいおいと泣いているのだが。
『勘弁してくれよ』
この状況で泣かれるとか俺が悪党みたいじゃないか。
「そんなに会いたきゃジェダイトの方へ店を出しゃいいじゃないか」
それは苦し紛れの一言だった。
やろうと思えば可能である。
故に口から出任せにはならないのだが……
「そんなことが可能なのですかっ!?」
食いつき具合がハンパない。
無茶振りのつもりだったんだが。
涙でグシャグシャになった顔で迫ってくる。
美人が台無しだ。
後で思い出したら黒歴史ものだぞ、これ。
それだけに圧倒されるものはあるがな。
「あ、ああ……」
たじろぎつつも何とか答える。
「ダンジョンが近くにできたせいで街の整備をし直したからな」
それは朗報と言わんばかりに瞳を希望に輝かせるシャーリー。
「本当に今なら新規出店ができるんですねっ!」
念押ししてくる。
『顔が近いよ』
ゴードンのように唾は飛ばしてこないけどさ。
チューでもしたいのかってくらいアップで迫ってくる。
「ああ、そうだ」
シャーリーの顔を手で押し退けながら答えなきゃならんほどだ。
『疲れるわー』
どうして、この街には普通の奴がいないのだろう。
それは適当に言ったことを真に受ける思考の極端さにおいても同様である。
ほとんど条件反射だったからな。
俺としては、たまの行き来くらいは不可能ではないのだと思わせたかっただけなんだが。
この提案が俺によってなされたものでないならシャーリーも考えたはずだ。
相手によっては「何をバカな」と一蹴していたことだろう。
それだけに背筋が冷えるというもの。
俺のことを先生と呼んでいるが、ほとんど信者ではなかろうか。
でなきゃ、ここまで本気にするはずもない。
ブリーズの商人ギルド長という立場を一顧だにしていないもんな。
商売の方は部下に指示を出せば回るとしてもギルドはそうはいくまい。
斡旋、管理、裁定と、様々な仕事があるようだし。
マニュアル的な方法でこなせないことも度々あるようだし。
責任者としての決裁もしなければならない。
月に2回程度の出張でも商人ギルド的には厳しいものがありそうだ。
シャーリーの勢いからすると本店を移転してもおかしくない。
つまり出張ではなく常駐しかねない訳だ。
「需要が見込めるかは業種によるけどな」
なんて牽制してもなんのそのである。
「是非とも前向きに検討させていただきますっ!」
こんな具合じゃ、やめておけとも言えない。
店を出せと言ったのは失敗だったかもしれん。
どうなっても知らんぞ。
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結局、シャーリーの所でもっとも時間を食った。
既に夕方である。
「やれやれ……」
肩が凝ったわけでもないのに、ついつい解すような動きをしてしまう。
俺はシャーリーを説得するのは諦めた。
今後どのような選択をするかは本人次第である。
その結果、この街のギルド長を辞することになっても俺は知らない。
無責任だって?
この街の商人たちの心配をする義理はないぞ。
それにギルド長1人がいなくなったくらいでガタガタになる組織なら所詮その程度。
いずれダメになる。
まあ、アーキンがいるから大丈夫だろう。
そんなことより俺が考えるべきことは他にある。
別行動を取った皆がどうしているかだ。
ボーン兄弟のことではない。
もちろん食堂3姉妹でもない。
俺が連れて来たミズホ組だ。
ここのダンジョンで後れを取るようなことがないのは分かっている。
それでも他の冒険者と揉めたりしないという保証はない。
むしろ、そういう部分で経験を積んでほしくて潜ってもらっているのである。
故に積極的に遭遇するよう指示は出しておいたんだが。
それが吉と出るか凶と出るかは帰ってこないと分からない。
よほどのことがあればスマホに連絡を入れるようには言ってあるけどね。
そんな訳で商人ギルドを出た俺はダンジョンへと向かうべく街の門の方へ歩いて来た。
「なんだ?」
門の近くが騒がしくなっている。
徐々に野次馬が集まりつつあるので、人垣ができる前に門の外へと向かう。
衛兵に冒険者カードの提示はしたけど顔パスに近かった。
「賢者様ですね、どうぞ」
そのまま門の外へ出たが、目の前の光景に思わず足を止めてしまった。
3姉妹をシャーリーの元へ残してきたのは正解だったと思う。
門の外は血の海で殺伐とした雰囲気に包まれていた。
大破した馬車。
惨殺されている馬が数頭。
血塗れで倒れているオーガが十数体はいるようだ。
「思った以上に大事だったな」
衛兵たちには災難を通り越した状況である。
よくぞ倒せたものだと思ったら……
「ハル様ニャ!」
「ハル様っ!」
「ハル様だー」
「「ハル様なの」」
子供組が次々と飛び込んできた。
「うおっと」
抱き留めると当たり前のように抱きついてくる。
あっと言う間に幼女まみれになってしまった。
ついでに血塗れにもなったけどな。
『オーガの返り血か』
倒したのは衛兵ではなく、うちの子たちだった訳だ。
あれこれ考えている間に残りの面子も歩み寄ってきた。
「どういう状況だったんだ?」
子供組と自分にドライ洗浄の魔法をかけながらツバキに聞いてみる。
魔物の暴走にしては規模が小さすぎるし。
単なる襲撃にしては数が多い。
「アレが元は人間だったと言えば説明としては十分ではないかな」
一瞬、なかなかの無茶振りをしてくれると思ったけれど。
心当たりがあったことを思い出した。
「禿げ豚か」
「左様」
あの技術が流出していたとすると厄介だ。
読んでくれてありがとう。




