459 家を丸ごと転送したら神様に間違われた?
早めの昼食となった試食会が終わって人心地がついた。
『ふぅ……
今日も平和だ、茶が旨い』
いや、お茶なんか飲んでほっこりしてる場合じゃない。
「それで他に聞きたいことはあるか?」
湯飲み以外の食器を倉庫の方へ回収していく。
もちろんドライ洗浄の魔法を使った上でだ。
もはやこの程度の魔法を使うくらいでは3人とも驚きはしない。
倉庫への回収については転送魔法を使っていると思われているかもしれないが。
スーが妹たちを見る。
両名共に頭を振った。
「ありません」
最後を締めるのは姉の役割か。
「結論は出せそうか。
即決できないというなら──」
「それには及びません」
スーがキッパリと言い切った。
『おー、最初の存在感のなさとは正反対だ』
絶望状態だったからなぁ。
抜け殻同然になっていたとしても不思議ではないか。
希望を抱くことで人はこんなにも変われるものなのだ。
「では、どうする?」
「私達を新天地へ連れて行ってください」
「ミズホの国の民になるんだな」
「「「はい」」」
静かな、だが力のこもった返事だ。
不安はもはや感じない。
気負いすぎの心配もない。
程良い緊張感と言えるのだろうけど……
返事の後に訪れた沈黙は重い。
真剣勝負って感じだ。
戦う訳でもないのにね。
『俺、こういう厳かな雰囲気とか苦手なんだけど』
こんなとき妖精たちならワクワクした空気を振りまいてくれるのにと思ってしまう。
『……出会った時は、そんなでもなかったか』
いずれにしても気まずい。
そう感じているのは俺だけかもしれんがね。
けど、無為に時間を過ごしている訳じゃないんだよ。
裏でやるべきことはやっている。
裏というか倉だけど。
そんなに難しいことじゃない。
用意したレプリカ店舗の方に遅延発動の術式を仕込むだけの簡単なお仕事です。
俺たちが転送魔法でいなくなった後にこの場所に定着させないといけないからな。
この場所に倉から送り込むのは俺が自分で転送魔法を使うだけだけど。
それだと建物を置いただけになるからさ。
強風に煽られただけで位置がズレたりなんてこともないとは言えない。
故に地面との接合をする訳だが問題がある。
遠隔で魔法を使うのって、ごっそり魔力を持って行かれるんだよね。
節約のためにわざわざ戻ってくるのも面倒いし。
そこで接地面に術式を仕込んでおく訳ですよ。
上手くいけば戻らずに済むので楽だ。
こっちはこっちで本命の建物を定着させる作業に専念できるってもんです。
【天眼・遠見】で確認はさせてもらいますがね。
しくじったらフォローしないといけないし。
複雑な術式じゃないので作業はすぐに終わった。
「準備はいいか?」
緊張した面持ちのぎこちない頷きが返ってくる。
大物認定したミーンでさえ、こうだ。
店ごと移送するとなれば無理からぬところか。
暗い雰囲気がないのだけは幸いである。
うちの国民になると決めた高揚感があるのだろう。
そういう気持ちも、より緊張するのを後押ししているようだけど。
不安よりも期待が勝るのは歓迎するが、相変わらずの緊張感。
『勘弁してくれよー』
これなら欠片の灰を相手にしている方が楽だ。
耐えられなくて、つい軽いノリで緊張をほぐそうかとか考えてしまう。
その瞬間に寒気がしたけどな。
きっと碌なことにならないのだろう。
実行していたら、たぶん黒歴史だったと思う。
「それじゃ行くからな」
こういうときは何も考えないに限る。
淡々と仕事をするだけだ。
変化がないと分かりづらいのでフィンガースナップを合図とした。
これで3姉妹の自宅でもある店舗はジェダイトシティへ転送。
直後に倉のレプリカ店舗をオリジナルのあった場所へと転送する。
だが、それで終わりじゃない。
レプリカの方は術式任せの全自動だが、こっちは手動制御だからな。
理力魔法で建物を設置させる。
細心の注意を払ったので揺れは全くない。
気分は木片をタワー型に積み上げた状態から始めるバランスゲームだ。
まあ、あっちはしくじればバラバラに崩れ落ちるけどな。
こっちは微かにでも揺れればそれと同じとして繊細にコントロールした。
絶妙な位置に──
『設置……完了!』
そこから錬成魔法で地面と接合させて完成だ。
これにも気を遣う。
ササッとやってしまうと揺れるからね。
転送から全部を終えるのに1分ほどかかった。
中に人がいないレプリカ店舗の方が早く仕上がっている。
「何も起きないようですが?」
困惑した様子でミーンが聞いてくるほどだ。
何の変化も感じなかった証拠だな。
「窓の外を見てみな」
ドヤ顔で言ってみた。
訝しみながらも窓の外へと視線を向ける。
そして眉根を寄せた。
「向かいのお店が……」
呆然とした様子で呟くミーン。
それを聞いた姉たちが窓の近くへ向かった。
1歩進むごとに表情が変わっていくのが面白い。
窓枠に手をかけた時には驚愕のピークに達していた。
「「うそぉ─────ん!」」
シーオが窓から身を乗り出して上下左右を確認する。
『危ねえな、おい』
俺がいる限り落下事故なんて起こさせはしないけどさ。
二度見して確認したシーオが乗り出していた身をガバッと勢いよく部屋へ戻した。
そのままズルズルと壁にもたれ掛かるようにへたり込む。
ペタンと尻餅をついて一言。
「ここ、何処ぉ!?」
窓枠にすがり付くようにして立っているスーが俺の方を見て必死に頷いている。
「ややや、山の中ですよ」
スーの言葉にベッドを抜け出してミーンも窓に近寄ってきた。
すがり付くようにして外の様子を確認して俺の方を見る。
「本当に家ごと……」
「おいおい、信じてなかったのかよ」
短距離転送しか見せてないけどさ。
「か、神様っ!」
「へ?」
ミーンが土下座した。
スーもシーオもそれに倣う。
「神よ!」
「神様ーっ!」
『どういうことぉ!?』
今までこのパターンはなかった。
斬新すぎる。
じゃなくて!
どこをどうやったら俺が神呼ばわりされることになるんだ。
訳が分からん。
責任者、出てこい!
『……俺だな』
この事態を引き起こした訳だし。
完全に予想外の展開に俺も混乱している。
この際、誰でもいいから説明プリーズ。
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「だから陛下の魔法は無茶苦茶なんです」
呆れた様子で溜め息をつくガブロー。
土下座の止まらない3姉妹に困り果てた俺が助っ人として呼び寄せた。
一応「ちょっと困ったことになってるから来てくんない」と断りは入れてある。
でなきゃカオスな状況が更に酷いことになっていたはずだ。
それを回避しただけでも自分を褒めたいね、うん。
その甲斐あって土下座は解除された。
ガブローが俺のことを神様ではないと証言してくれたからな。
でもなぁ。
「無茶苦茶とは心外だ」
そこまで言われるような魔法は使ってないのに。
「充分に無茶苦茶ですっ。
無自覚なのが信じられません」
言いながら頭を振っている。
もしかして呆れてる?
「今回は控えめにやったつもりだぞ」
「何処がですかっ!?」
『あ、キレちゃった』
「何も知らない人間が神と勘違いするくらいなんですよ。
むしろ悪魔や魔神と思われなかっただけマシだと思ってください」
酷い言われようである。
「これくらい国民は普通に受け入れているだろ。
大規模に街づくりした訳じゃあるまいし」
俺の言い分にガブローはガクッと脱力した。
「今は、です。
最初からそうではありませんでした。
そもそも転送魔法は街づくりと同じくらいのインパクトがあります」
脱力しながらも辛抱強く説明してくれる。
「うーん、そうか。
転送魔法はあんまり魔力消費しなくなったからなぁ」
使い慣れると制御効率とか上がるんだよね。
後はスキルの効果もあると思う。
【魔導の神髄】も前に比べると熟練度が上がってるしな。
そのせいで自覚が足りなかったということか。
「反省せねばならんな」
そう呟いたらジト目を向けられた。
疑わしいと言わんばかりである。
「本当にそうしてくださいよ」
念押しするように言ってくるし。
「陛下は本当に無茶苦茶なんですから」
ガブローも割としつこい男であるが文句は言えない。
色々と苦労させてるもんな。
まだまだ若いのに老け込みそうで心配だ。
またキレる恐れがあるから言葉にはしないが。
そのうち何らかの形でねぎらわないとな。
読んでくれてありがとう。




