458 未来への覚悟を試食して確かめる?
一瞬、クイックメモライズを使おうかと思ったが思い止まった。
体験済みであるはずのガブローでさえ拒否反応を示したのだ。
俺が考えている以上に気持ち悪い代物なのだろう。
よほどの時でないと使うべきではない欠陥魔法だな。
緊急性が低い現状で未体験者に使用するものではないだろう。
予告ありだとしても拒絶的な反応をされるのが目に見えている。
少なくともスーとシーオはそうだろう。
下手をすればミーンもダメだ。
ここは慎重に行くべきところである。
驚かせはしても嫌悪感を抱かれるような恐れのある行動は慎もう。
とすれば、百聞は一見にしかず作戦だ。
短距離転送で部屋を移動すれば、さすがに信じるだろうと考えた訳だ。
結論から言えば成功した。
ただし、混乱の極みに達した約2名を宥めるのに苦労させられたと言っておこう。
できれば思い出したくない。
まあ、こんな具合だからクイックメモライズを封印したのは正解だった。
この魔法も改良して受ける側の負担が軽くすむようにしないとな。
【多重思考】で担当を用意して研究しておこう。
『うむ、任された』
それはそれとして魔法の説明で終わってはいけない。
最終確認をしなければならないのだ。
「結局、俺が言いたいのは新天地で挑戦してみないかってことだ。
転送魔法を証明して見せたから不可能でないことは分かるだろう」
「家には帰ってこられるんですか?」
すかさずミーンが聞いてきた。
「なに言ってるんだ。
家ごと転送させるに決まってるだろう」
返答は唖然呆然であった。
さすがのミーンもスケールの違いに絶句する。
そんなことができる訳ないと疑う余裕すらないようだ。
「言ったろう。
覚悟があるなら俺が何とかしてやると」
その言葉を聞いて3人とも間の抜けた隙だらけの表情を見せた。
「そうでしたね」
ミーンがそう言いいながら苦笑する。
姉たちも釣られて苦笑いだ。
「ですが……」
ここでスーが真顔に戻る。
「我々には返せるものがありません」
今度は3人で落ち込む。
まあ、詐欺師に騙された直後でうまい話をホイホイ信じる訳にはいかんよな。
「しけた面すんなよ。
お前らが考えているようなものはいらねえよ。
俺が求める代価はお前たちの覚悟だ」
「「「えっ!?」」」
予想外のものを求められれば驚きもするか。
すでに覚悟は聞いたと言ったしな。
「家は売らない、その覚悟は聞いた。
俺が問うのは未来への覚悟だ。
見ず知らずの土地で、違う国の民として生きていく気はあるか?」
即答はない。
彼女らにとってはスケールの大きな話だろうからな。
それくらいは待つさ。
今まで受け入れてきた面子と違って行き場所が全くない訳じゃないからな。
他の選択肢についても確と考えてから結論を出してほしいものだ。
「ひとつ聞いていいですか」
硬い表情でスーが聞いてきた。
聞かぬ訳にはいかないと瞳で語っている。
長女としての矜持があるのだろう。
妹たちを守るのだという決意がそこにあった。
「おうよ、ドンと来い」
「賢者様は国を捨てろと仰りたいのでしょうか」
「そういうことだな」
言いつくろいはしない。
覚悟を聞く時に飾られた言葉で誤魔化すのは良くないもんな。
かわりに質問で返してみることにした。
反応しだいで向こうの感触が少しは確かめられるだろう。
場合によっては早々に手を引く判断を下さなきゃならんかもしれんし。
できることなら、そうなって欲しくないけどな。
「ゲールウエザー王国に未練があるのか?」
街に郷愁を感じないとしても、国までそうとは限らない。
郷愁なんて風土や文化が感じさせるものだろうからな。
そういったものは、ひとつの街で完結するものではない。
この国の諸々は俺も嫌いじゃないよ。
日本ではなくここで生まれていたなら、きっと誇りに思っていた。
なんといっても国王が愉快でいい奴だしな。
逆に、何処かの犯罪者王国のようにトップがクズだと好きにはなれない。
色々と差が出てくるものだ。
だから未練があると言われても不思議ではない訳で。
「……未練かどうかは分かりませんが、生きやすい国だと思います」
ある意味、予想通りの答えであった。
近隣諸国の実態を比較的正確に知っているのは驚きだったが。
繁盛していた頃の客の情報か実体験かは不明だが。
「ここより良い国ですか?」
そう聞いてきたのはミーンだった。
「それを決めるのは君らだ」
そう言うと怪訝な表情を返された。
「人はみな違うだろう。
考え方も嗜好の好みも」
戸惑う様子を見せつつも頷きが返される。
何が言いたいのか量りかねているか。
「俺の目で良いとしたものも、違う目で見れば正反対ということもあるはずだ」
ここでようやく得心がいったという表情で頷きが返された。
「それでもです。
何の判断材料もありませんから参考意見を聞かせてください」
『しっかりしてるなぁ』
この子はすでに大人だよ。
伏せっている間に色々と考えていたのかもな。
そして彼女が言うように情報が何もない。
これでは判断ではなく賭をするようなものか。
配慮が足りなかったな。
反省だ。
「国の名はミズホ国。
人口は数千人といったところか。
ヒューマン以外の人種も多い。
農業はどの国よりも発展している。
漁業にも力を入れているな」
客観的に語るとするなら、こんなものか。
あまり細々と説明しても情報を整理しきれないだろうし。
それに龍や妖精がいるとか言っても信じないよな。
「控えめに言ってこれくらいだな。
ぶっちゃけるとビックリ箱みたいな国だ」
「ビックリ箱ですか?」
「説明しきれない色々があるってことだ。
知りたいなら説明してもいいが、どうする?」
「また後にしましょう。
今のお話だけでも少し整理しておきたいですし」
そう言って、ミーンは顎に手を当てて考える仕草をした。
さほど多くはないが複数の情報があるからな。
漠然と受け止めるのではなく考えた上で把握しようというのだろう。
「詳しく知りたいなら答えるぞ」
俺がそう言うと、ミーンではなくシーオがおずおずと手を挙げてきた。
「何が聞きたい」
「エルフが大勢いるのですか?」
「エルフは少なめかな」
元奴隷組に何人かいる程度だ。
まあ、エルフというかエルフ+だけど。
「海エルフの方が多い」
さらっと言ってみたが返ってきた反応は過敏なものだ。
「「「えっ!?」」」
ギョッと目を見開いてしまうほどに。
3姉妹が驚くのも無理はない。
レア種族だからなぁ。
「多いのはドワーフとラミーナだな。
ちなみに君らを移送する予定の場所はドワーフの街だ」
3人とも口が開きっぱなしだ。
なぜかシンクロナイズドスイミングを連想してしまった。
それくらい息がピッタリなのである。
そしてミーンが口を開く。
「人の数は多くないのに農業が発展するものなのでしょうか」
ミーンの問いは鋭いね。
ちゃんと考えている。
常識的な判断をするなら人手の多い方が発展すると考えるだろう。
しかし、ミズホ国に西方の常識は通用しないのだよ。
「賢者が農業指導するからな。
魔法を使うに決まっているだろう。
言っても信じないかもしれんが、収量は通常の何倍もある」
「あっ」
短距離転送とか色々見せただけあって想像するのも難しくはなかったようだ。
信じてもらえたようで助かる。
これを実演して証明するのは問題あるだろうしな。
「でっ、では、漁業というのは何ですか?」
動揺を残しながらも質問を続ける。
魔法の汎用性の高さに驚いているようだが聞きたいことは忘れていないようだ。
頭の中が真っ白になる一歩手前の状態かな。
「陸で狩りをするように海や川で漁をする仕事だな」
養殖についてはややこしくなるので省略。
魚介を見たことがない可能性があるので倉庫で保存しているのをいくつか見せた。
ついでに調理して試食ってことになったさ。
いきなりで刺身とかは抵抗あるだろうから火を通したものがメインになったけどな。
でも、バッテラは色々と作った中に紛れ込ませておいた。
しめ鯖は生っぽく見えにくいからな。
酢の風味がきつくなるから苦手な人には厳しいものがあるけれど。
それを和らげるのが白板昆布だ。
これも甘酢で煮るから酢の味がしない訳じゃないんだけど。
不思議なことにまろやかな味になるんだよな。
しかも見た目でも魅了する魔法の食材だ。
白昆布の透明感は独特だからな。
透き通るような綺麗な緑色は他の食材ではなかなか再現できるものではない。
煮る時に銅の鍋を使うのがコツだったりする。
まあ、バッテラは一切れだけで隅っこの方に置いた。
俺の一推しではあるが切り札ではない。
人を選ぶメニューだからな。
無難な感じになるようアジのフライや鯛の塩焼きを中央に持ってきている。
汁物はアサリと海藻の味噌汁だ。
そして切り札のイカ焼き。
これは姿焼きではなく卵と小麦粉の生地に細切りにしたイカが入ったものだ。
昔、旅行した時に立ち寄った百貨店で買い食いしたものを再現した。
家に帰ってから何度も再現を試みた逸品である。
B級グルメだけどな。
3姉妹はおっかなびっくりで食べ始めていたけど最終的には完食。
試食のつもりが少々早めの昼食になってしまった。
読んでくれてありがとう。




