457 ハルト根回しと準備に動く
「じゃあ、ここでちょっと待ってろ」
俺は言うなり返事も聞かずに転送魔法を使った。
向こうの反応はすぐに帰るから【天眼・遠見】スキルを使うまでもないだろう。
なんとなく想像がつくしな。
姉2人は腰を抜かすかパニックを起こして大騒ぎするかだろうし。
ミーンもそれなりに泡を食ってそうな気はする。
こっちはこっちで3人ほど目の前で腰を抜かしてるけどな。
「なななっ!?」
何か言いたそうではあるが混乱してまともに喋れそうにないガブロー。
そしてその側近が2名。
「おー、すまんすまん。
急いでいたので直接来させてもらった」
今度からは何か予告みたいな信号を送った方がいいかもな。
「勘弁してくださいよぉ」
何とか立ち直ったガブローの開口一番がこれである。
ガンフォールが聞いていたらどやしつけられること間違いなしだ。
「そのうち慣れるから気にするな」
「無茶苦茶です……」
ガックリ肩を落とした。
哀れみの視線が側近2人から向けられていることにも気付いていない。
「それで、どのような御用件なのでしょうか」
側近の片側が落ち込んだままのガブローに代わって聞いてきた。
「国民を3人ほど増やす」
「随分と中途半端な人数ですね」
復活してきたガブローが怪訝な表情で聞いてきた。
「詐欺師に騙されていた3姉妹を拾った?」
要約すると何かが違う。
「なぜ疑問形なんですかっ」
ツッコミが入るのも無理はないが、一から説明するの面倒くさいんだよ。
こういうときこそ魔法の出番。
クイックメモライズでレッツ記憶譲渡だ。
この程度なら副作用の頭痛に苛まれることもないだろう。
今回の事件を説明するのに要した時間わずか数秒。
実に便利だ。
と思っていたら、ガブローが頭を抱えだした。
『あるぇー?』
もしかして痛かったのだろうか。
慌てて痛みを取り除くリムーブペインを使ったが回復した様子がない。
激痛だろうと関係なく鎮めることができるはずなんだが。
何が良くなかったか考えようとしたところでガブローがおもむろに顔を上げた。
ジットリした目で見られる。
「予告なくいきなり記憶を流し込んでこないでください!」
復活したと思ったら噛みつかれた。
「いや、ごもっとも」
面倒だったとか間違っても言えない雰囲気だな。
「ごもっとも、じゃありませんよ」
ブリブリ怒っているが苦労人は立ち直るのも早い。
「経緯は分かりました。
ですが、大丈夫なんですか?」
何がと聞くまでもない。
信用できるのかと言いたいのだろう。
「それは間違いないな。
うちの面子がひと暴れした日にローズのチェックが入ってるから」
抜かりはないのである。
少しでも関わった以上は後々どんな風に絡んでくるかわからんし。
結局、こうなったのだから用心しておいて正解だった訳だ。
「分かりました。
では、手続きの方をこちらでしておくということで」
「それとな」
「まだ何かあるんですか?」
「家ごと引っ越すから」
「「「はあっ!?」」」
側近とそろって跳び上がっている。
「そんなに驚くことか?」
家を手放したくないというところも含めて記憶を渡したはずなんだが。
ガックリと項垂れる3人。
思った以上にショックが大きいようだ。
「大丈夫か?」
「またアレをやるんですか?」
アレという言葉でショックを受けた原因が判明した。
俺がやった区画整理が再現されると思ったらしい。
確かにあのレベルでやれば大事だ。
「あそこまで派手にはやらんよ」
「一部でも全部でも同じことですっ」
「……そうなんだ」
認識の隔たりが大きいな。
ここまでとは思わなかった。
「ちょちょっとずらす感じで整理して1軒入れるだけだから」
「何処がちょちょっとですか!」
言い繕っても誤魔化せないようだ。
「1軒だけだからなぁ。
後で調整できるように余剰スペースは確保していたし」
「それにしたって色々動かすじゃないですか」
恨みがましい目で見られてしまった。
「まあ、そこはしょうがない。
食堂として営業させるんだし」
隅っこに入れる訳にはいかないよな。
「ちなみに市街区画の方へ入れるから」
店舗での営業という面では部外者が訪れる新区画の方が向いている。
市街区画だと客がドワーフばかりになってしまうからな。
ただ、冒険者の中には3姉妹の店を知っている者もいるはずだ。
店ごと引っ越したのが知られたら騒ぎになるどころの話ではない。
消去法で新区画への移転はなしって訳だな。
ガブローたちも何を今更って感じで受け止めているようだ。
「食堂としても営業させるので、そのつもりで手続きと手配の準備を頼む」
食材の仕入れなんかは白紙状態だからなぁ。
ガブローが力なく「ハハハ……」と笑った。
「も、好きにしてください」
側近たちがガブローを気遣わしげに見ながら頷いている。
「んじゃ、そういうことで区画整理してくるぜ」
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ジェダイトシティでの作業はすぐに終わった。
寄せて避けて道を再構成して更地を確保するだけだもんね。
公園が少し狭くなったけど、元々広めに確保しているから問題ない。
「さて、3姉妹たちの元へと戻りますか」
思ったより時間がかかったしな。
主にガブローたちとのやり取りに食われたんだけど。
「っと、その前に」
確保した更地を結界魔法で囲っておく。
食堂を転送させる時に誰かが敷地内にいたら退去させる手間が増えるからな。
『それと、いきなり帰るのは問題あるみたいだ』
ガブローたちの反応を見た後だからな。
対応策くらいは考えるさ。
実験台のようになってしまったガブローたちには申し訳ないがね。
今度、よく効く胃薬を送っておこう。
え? 今すぐ送れだって?
まだ作ってないから無理だ。
胃薬魔法ディジェストが便利すぎて必要なかったんだよね。
それはともかく帰りの対応策だ。
大したことはしない。
音声案内で予告を入れるだけだ。
「ピンポンパンポーン!」
合成音をミーンの部屋に転送した。
【天眼・遠見】スキルで確認すると……
『まあ、驚くよなぁ』
上の2人がギョッと目をむいている。
ミーンも何事かと言わんばかりにキョロキョロしているな。
「間もなくー、当室内に賢者が到着しまーす。
白線の内側に下がってお待ちくださーい」
てな感じで今度はわざと小節を利かせた俺の声を送る。
俺の仕業と分かって安心したのかスーとシーオが脱力した。
ミーンは苦笑している。
『これなら行けそうだな』
予告通り白線も幻影魔法で用意する。
そのままだと消費魔力が桁違いになるので転送魔法とのコンボを試してみた。
室内に白線が点滅しながら描かれる。
成功だ。
やってみるものである。
「ということで、ただいま~」
転送魔法で帰ってきたら約2名がへたり込んだ。
ちょっと想定外。
『予告ありでもダメなのかぁ』
後は慣れてもらうしかないよな。
「お帰りなさい、賢者様」
妹は立ち直りが早い。
だが──
「向こうの受け入れ準備は済ませてきたぞ」
「え?」
さすがに俺が何を言っているのかは理解できなかったようだ。
困惑の表情を浮かべている。
その間に、この建物全体を結界と幻影魔法で覆う。
倉の方で錬成魔法を使ってレプリカを用意し中身はリファイン。
ここに残していく方は別の用途で使わせてもらうからな。
完成したら仕上げの入れ替えだ。
と、その前にやっておくことがある。
姉妹の意思確認だ。
店を家を残すための覚悟は聞いたが、国民になるかどうかは聞いていない。
そういう意味では随分と先走ってしまった訳だけど。
「さあ、最終確認の時間だ」
「何をでしょうか?」
ミーンが聞いてきた。
スーとシーオも「何だろう」と言いたげに俺の方を見てくる。
「これから君らを魔法で移送する」
返事は沈黙で返された。
訳が分からないと瞳が語っている。
ガックリだ。
「君らね、今まで俺が姿を消してただけだと思っているのか?」
「え、違うの?」
とはシーオである。
「そんなことをして何の意味がある」
「えっと、もしかして賢者様は魔法使いでもあると?」
今更な質問をしてくるスー。
見た目はそんなでもないが内心では、かなり取り乱しているようだ。
「姉さん、それはもう分かってることだよ」
冷静にツッコミを入れているミーンだが、君も呆気にとられてたよね。
どんな魔法を使ったかまでは分からないようだ。
滅多に街から出ない住人だと魔法を目にする機会もほとんどないのかもな。
生活魔法レベルなら多少はあるかもだけど。
『そこから説明しなきゃならんのか』
頭が痛くなりそうだ。
読んでくれてありがとう。




