456 食堂3姉妹の意思
27話を改訂版に差し替えました。
シャーリーは気ばかり焦って柔軟な発想ができなくなっているな。
ここまで必死になるなら俺に頼む以外でもやりようはあるだろうに。
視野狭窄状態か。
少しばかり目を覚まさせてやるか。
「ギルドの方針などギルド長を辞めりゃ、どうとでもなるだろ。
それでダメなら、商売を畳めば商人ギルドも関係なくなるよな」
我ながら無茶振りである。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれとはいうけどね。
さすがにそれは無いと思っていたら──
「あ」
鬼気迫る表情が一瞬で抜け落ちた。
それこそ憑き物が落ちたかのように。
どうしてそれを考えなかったのかという気づきが見て取れた。
『覚悟は本物だったか』
少なからず驚かされたね。
自分の利益しか考えない者なら持ち得ない覚悟だったからね。
俺もそこまでは要求しない。
もし、そのレベルで追い込むなら国民としてスカウトする時だけだ。
「本気にするな」
驚いた後は呆れで溜め息が漏れ出てしまう。
「心配しなくても悪いようにはしない。
単に場所を変えるから解散というだけのことだ」
「ほほほ本当ですかっ」
必死さ、やや復活。
「俺が今まで信用を失うようなことをしたか?」
そう聞くと「そうでした」と沈静化したけれども。
後はスーとシーオの姉妹を納得させないとな。
鍵を握るのは三女ミーンだ。
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「絶対に嫌!」
ミーンがベッドの上で吠えた。
ここは3姉妹の家、ミーンの部屋である。
あの後、シャーリーと別れて俺と姉妹たちだけで三女の話を聞くためにやって来た。
ツバキに皆を任せて別行動ってことだな。
そうしないとダンジョンに潜るための時間がドンドン削られていくからさ。
できれば同行したかったが仕方あるまい。
ドルフィンの着ぐるみに映像を記録する仕掛けがあるから後で確認するつもりだ。
そっちは何とかなるとして、問題はこちらだ。
ミーンにこれまでの経緯を俺が説明した上でどうしたいか聞いた。
結果は御覧の通りの拒絶である。
ベッドに押し込まれて留守番を言い渡された不満もあったのかもしれない。
昨日の今日だから姉たちが心配するのは無理もないのだけど。
もともと体が丈夫じゃない上に長らく伏せっていたとなればね。
けれどもミーンが吠えた理由としては弱い。
彼女が本当に怒った理由は姉たちが思い入れのある家を売ろうとしたからだ。
話の途中で姉たちの独断専行が発覚すると顔を真っ赤にしていたし。
病人かと思うくらい悪かった顔色は何処へやらだ。
あまりの剣幕に姉2人は抱き合って震え上がっている。
部外者な俺には、なんてことはないんだけど。
この様子だと滅多に怒らない大人しい娘なのだろう。
「こんな調子で事後承諾に持ち込んでたら、どうなっただろうな」
俺が追い打ちをかけるとスーとシーオの方が病人のように顔を青くさせていた。
これでしばらくは静かになるか。
その間にミーンと話をしよう。
「店を売るつもりがないのは理解した」
「はい」
返事をした時には激情は消えていた。
これなら建設的な話ができるかな。
「ならば、どうやって稼ぐつもりだ?
言っておくが非現実的なことは言うだけ無駄だぞ。
あと、身売りも論外、却下する」
俺がそう言うと顎に手を当ててミーンは考え始めた。
その表情に焦りはない。
もちろん動揺もしていない。
『病弱キャラかと思ったら見た目だけか』
意外に肝が太いかもしれん。
よく見ると視線がゆっくりと左右に動いている。
限界まで遅くしたメトロノームのようだ。
考える時の癖なのだろう。
「………………………………………」
どれほど待っただろうか。
目線のメトロノームが止まった。
数分とは待ってはいないはずだが、静かなせいでそれ以上に感じたのは内緒である。
「一番現実的なのはギルドの融資を受けて屋台を開くことだと思います」
「今の状態で商人ギルドから融資を受けられると思うか?」
借金がチャラになったとはいえ、担保になるものがない。
自宅を担保にしないと言えば蹴られるのは、ほぼ確実だろう。
「そこは交渉次第かと。
商人ギルドは実利第一のように思われ勝ちですが決してそうではありませんから」
ずっと伏せっていた人間とは思えない情報収集力だ。
確かに商人ギルドは面子を重んじている。
個々の商人は実利を優先させるが群れると組織を守るために変わる訳だな。
「今回の騒動でのギルド側の判断を非難する方向に持って行くか」
「さあ、どうでしょうか」
ミーンは空惚けるが薄らと笑みを浮かべている。
『黒いな』
薄幸キャラに見えて策士だ。
黒いが現実的に状況判断をしている。
店舗営業を捨てる判断をするあたりなんかが特にそう思わせる。
営業利益が見込めるほど常連客が戻ってこないと見ているのだろう。
騒動で受けた被害は根深い。
ひとたび離れると心理的に客も戻って来づらいものだ。
ならば屋台の激戦区に打って出た方が勝算ありと考えたか。
確かに勝てる味はある。
どれだけ繁盛するかはメニューの選択などにかかってくるとは思うがね。
いずれにせよ新規開拓で常連を新たにゲットしようという腹積もりのはずだ。
状況次第で屋台から店舗への切り替えも考慮しているだろう。
そんな気がする。
だとしたら、なかなか食えないお嬢さんだ。
とても14才の未成年だとは思えない。
どこまで考えているのか気になったので切り口を変えてみることにした。
「転地療養できるほど稼げるとは思えないが?」
「療養は必要ありません」
姉の思惑などバッサリだ。
「私が寝込む前は無理さえしなければ店に立つこともできました」
根拠もそれなりにある。
「その頃より体力は落ちているはずだ」
寝るだけで何日も過ごすと足腰から衰えるからな。
「確かに当面は無理できないでしょう。
ですがベッドで寝ているよりはマシなはずです」
実体験があるだけに、そのあたりも理解しているようだ。
「では、もしも屋台の営業許可が下りなかったら、どうする?」
ここで始めてミーンが困惑の表情を見せた。
日本じゃないんだから屋台に営業許可など必要ないからな。
「そういう許可が必要なのですか?」
「もしもの話だ」
それだけで困惑の色が消える。
俺が対応力を見極めようとしていることに気付いたようだ。
『本当に14才かよ』
末恐ろしいものがあるな。
末っ子だけに。
……いや、すまん。
「その場合は許可が得られる方法を模索します。
ダメならしばらくの間、他所の街で営業することも考えます」
「地元に愛着はないのか?」
「ありません」
『うわっ、キッパリだ』
今度は俺が困惑する番である。
家を売りたくないんじゃないのかね。
俺の表情を見て察したのだろう。
ミーンが話を続ける。
「私達の出身はここではありませんから。
この街にさほどの思い入れはありません」
それにしたって何年も住み続ければ、そういうものもできるだろうに。
「私は体が弱かったせいで友達がいません。
知り合いも常連のお客さんだけでした。
そのお客さんも、もう戻ってこないでしょう」
俺のような選択ぼっちならともかく、マジぼっちじゃねえか。
『重い、重すぎる』
にもかかわらずミーンは、さらっと言ってのけた。
どうりで常連客のことをスッパリ切ることができる訳だ。
「だから愛着があるのは、家族の思い出が詰まったこの家だけです」
家を売るのを反対する訳だ。
大事なものがこれしかないんだから。
「だってさ」
姉たちの方を見ると抱き合ったまま泣いていた。
「い、家は……売り、まぜん」
しゃくり上げながらスーが言った。
シーオも姉にしがみつきながら何度も頷いていた。
「あ、そう」
こういうの苦手なんだよな。
ついつい素っ気なくしてしまうんだ。
「確認しておくが、家が残ればそれでいいんだな」
「はい」
まともに返事ができたのはミーンだけ。
姉たちは頷きだけで応じていた。
『誰が姉か分からんな』
見た目からすると明らかにミーンが一番下なんだけど。
「もしもの話をするが」
少し間を置く。
3姉妹が俺に意識を向け直すのを待つためだ。
「この家が丸ごと他所の街に移動したらどうだ?」
スーとシーオが泣き止んだ。
代わりに「なに言ってんだコイツ」の視線が向けられる。
一方でミーンの反応は違った。
「そこで食堂を開きます。
商人ギルドで融資してもらえないかとは思いますが。
その場合は賢者様が融資してくださいますか」
『やっぱり未成年じゃないよな』
突拍子もない話をしたくらいでは動じない。
まるでエリスを見ているようだ。
実際にその突拍子もないことが実現すれば、さすがに驚くとは思うが。
「妹はこう言ってるぞ。
姉はどうするんだ?」
そう言うと、姉たちも矜持があるのか表情を引き締める。
「そのようなことがあっても家は手放しません」
「なんとかお店を復活させてみます」
スーもシーオも決意を口にした。
それが聞きたかったんだよな。
「その覚悟があるなら俺が何とかしよう」
俺の返事を予期していたとばかりにミーンが笑みを浮かべた。
末恐ろしい三女である。
読んでくれてありがとう。




