455 ハルト食堂を売りつけられそうになる?
さて、シャーリーと食堂の姉妹たちを現実に呼び戻すとしよう。
全員が登録処理を終えたにもかかわらず固まったままである。
いくら何でも変だと思ったら失神していた。
「……………」
目を開いたままというのは些かホラーチックである。
『たかがあれしきで失神するかよ』
驚くにしても大袈裟だ。
『レベル3桁を見るのは始めてかもしれんがなぁ』
だが、一連の流れで考えるとそういうもんかなという部分もある。
俺のレベルを確認する前から一杯一杯だったと考えればね。
試験終了時点で頭の中は真っ白に近い状態だったのだろう。
だからこそ姉妹が余計な口を挟まなかったのだ。
挟む余裕がなかったと言うべきか。
つまりシャーリーだって虚勢を張っていただけだったと。
商人ギルド長の意地ってものがあるって訳だ。
まあ、俺のレベルを確認して脆くも崩れ去ってしまったけれども。
驚愕に次ぐ驚愕で許容範囲オーバー。
そして最後の意地で声も出さずに失神と。
『彼女らには些か可哀相なことをしてしまったか』
俺としては好都合だったけどさ。
皆のレベルとか見られてギャーギャー騒がれても時間の無駄になるだけだし。
本音を言えば、このままエスケープしたいところだ。
が、後々の騒動を大きくするだけだろうから却下一択である。
まずは3人の目を覚まさせる。
眠っている訳ではないが生活魔法の覚醒で事足りるだろう。
ということで覚醒、発動。
「ん……、あら?」
真っ先に戻ってきたのはシャーリーであった。
食堂の姉妹はほぼ同時。
さほど間隔を置かずに復帰した。
やはり覚醒の魔法は失神にも通用するな。
生活魔法にしては融通が利いて便利じゃないか。
『おっと、感心している場合じゃないな』
シャーリーが目覚めたなら、さっさと用件を済ませよう。
手続きが完了したことを説明しシャーリーに話を促す。
「お見苦しい所をお目にかけました」
頬を赤らめて軽く頭を下げてくる。
「気にしてないから先に進めてくれる?」
時間がないアピールをすると面を上げて頷いた。
『やけに物わかりがいいじゃないか』
空気を読んでくれるなら土下座の時に読んでほしかったね。
「では、結論から申し上げましょう。
彼女らの食堂を買い取っていただきたいのです」
言いながら姉妹の方を見るシャーリー。
神妙な面持ちで俺の方を見てくる長女と次女。
「はあっ!?」
訳が分からん。
「理由は?」
「店が維持できないからです」
長女がずいと前に出て口を開いた。
その表情は真剣そのものだ。
言ってることはネガティブだけど。
「あと、妹の療養のために転地する資金がほしいからです」
次女も長女に並んで必死の形相である。
芝居じみていないのが逆に痛々しい。
シャーリーがついていながら、これか。
必死なのは伝わってくるけどさ。
商人と交渉するつもりなら悪手から入ったと言わざるを得ない。
金は欲しいが商品は金にならないとぶっちゃけてるもんな。
俺が相手だから情に訴えようって腹積もり……
そう考えているのはシャーリーのようだな。
スルッと後ろに下がって申し訳なさそうに両手を合わせている。
シナリオを用意したのは間違いない。
ただし、姉妹に台本は見せなかったというところか。
とにかく腹を割って話せと指示を出したとは思われるが。
ぶっつけ本番の素人芝居じゃ何処かでボロが出るだろうからな。
シャーリーの奴は俺の性格やら状況やらを考慮して、こうするのが最適と判断したか。
決して間違いでないのが腹立たしくはある。
掌の上で踊らされるようでな。
商人としては下の下とも言える交渉方法だろう。
もっと商人らしくやる方法もあったはずだ。
だが、俺が面倒な話を好まないことを考慮して泥臭い手段に出た。
正攻法でやろうとすると、どうしても駆け引きなどで時間を取られてしまう。
それを回避したのは正解だ。
問題は色々とさらけ出してしまっていることだな。
態とらしすぎて裏があるんじゃないかと勘繰られるリスクがある。
シャーリーがそれをするとは考えにくい。
が、面識のない姉妹が関わっているからなぁ。
懸念が全くないとも言えない訳だ。
故にシャーリーは自分が仕組んだことだとバレるようにしたのだろう。
そうすれば姉妹を操っているように見せることができる。
『あえて自分を悪者にするかよ』
そうまでして姉妹を助けようとする理由は何か。
真っ先に考えられるのは白豚の跳梁を許したことで犠牲になった者への罪滅ぼしか。
証文の偽造を見過ごしていたのは商人ギルドの失態だ。
ならばシャーリーたちが買い取るのが筋というものだろう。
それをしないのは一切の保証をしないと決めたからだと思われる。
被害者が多すぎて保護保証をすると、たちまちギルド側が干上がってしまう。
故に一切の責任は犯人にあるとしてギルド側は関知しない方針を決定したのだろう。
シャーリーが姉妹たちのために動くのは父親に借りがあったとかじゃなかろうか。
個人的に動いているという訳だ。
まあ、推測に過ぎないがね。
「いくつか確認しておきたいんだが」
「何でしょうか」
悲壮な決意を滲ませる瞳で見てくる姉妹。
「まずは君らの名前。
聞いてはいるだろうが俺はハルト・ヒガだ」
「し、失礼しましたっ」
ペコペコと頭を下げ始める長女。
それに続く次女。
5分後、彼女ら3姉妹の名前が判明。
長女がスーで次女がシーオ、三女はミーン。
鑑定していたけど知らない前提だからな。
『あー、面倒くせえ』
部外者が相手だと手間がかかってしょうがない。
向こうがぶっちゃけてるんだし、こちらも単刀直入で行こう。
「店が維持できるなら続ける意思はあるか?」
「それは……」
長女が躊躇いを見せた。
「……無理よ、そんなの」
次女は諦めと悔しさがない交ぜになった表情で呟く。
俺には聞こえないと思ったようだな。
生憎と丸聞こえなのだけど。
この様子だと心情的には諦めたくないのだろうな。
現実がそれをさせてくれないという訳か。
「あと、君らの妹は転地療養を承服しているのか?」
「「ギクッ!」」
「……………」
普通、口に出すか?
あからさますぎるだろ。
しかも姉妹そろってとか芸人のコントネタじゃあるまいし。
後ろでトモさんが「ブホッ」とか吹いたくらいだもんな。
「ギャグアニメの世界に迷い込んだのか、俺」
その呟きはすごく理解できるよ。
「君らの妹、ミーンと言ったか?
俺は彼女に恨まれるのは御免こうむるぞ」
姉妹が何かを言いそうに口を開きかけるが、ここは俺のターンだ。
「大方、事後承諾ってことにして納得させるつもりだったんだろう」
2人してションボリと俯いて小さくなっている。
まるでイタズラを見つかった子供のようだ。
「妹を大事に思う気持ちは分からんではないさ。
が本人の意向を無視すると一生恨まれるぞ」
いかにもショックですと言わんばかりの顔でハッと顔を上げるスーとシーオ。
「あの店、思い入れが強いんだろう」
硬い表情で一度だけ頷く2人。
三女のミーンだけではないはずだと睨んでいたが思った通りだったな。
「売り上げを落として常連客が戻りそうにない状況で廃業を選択か」
姉妹そろって無念さを滲ませた空気を漂わせている。
涙すら滲ませているのは俺の心臓によろしくない。
まるで俺が悪党みたいじゃないかよ。
悪事など働いてもいないのに罪悪感で押し潰されそうになる。
「思い出の詰まった自宅でもあるんだろ。
そうまでして店を売る必要があるのか?
借金はチャラになったはずだろう」
犯罪による契約は無効のはずだ。
シャーリーも頷いている。
「でも、妹の療養が」
割と必死な表情でシーオが言ってくる。
長女のスーも心配そうな顔をしているな。
どこまで過保護なんだよ。
「安静にしなきゃならんほどの病人じゃねえよ。
普通に生活する分には何の問題もないぞ。
重いものを持ったりとか長時間働くとかは無理だがな」
俺の言ったことが信じられないらしい。
姉妹は硬い表情で俺の方を見てくる。
冷めた目をされないだけマシなのかもしれない。
「あのなぁ、解毒の魔法を使ったの俺だぞ。
治療した相手の体調が分からないはずがないだろう」
一瞬「あっ」という表情が見られた。
そして元に戻る。
実に頑なだ。
姉バカが過ぎるんじゃないか。
『これ、本人がいないとどうにもならんだろ』
「シャーリー」
唐突に呼ばれたシャーリーは何故か直立不動の姿勢になった。
「はひっ」
顔面は口がパクパクしてて焦っているのが手に取るように分かる。
「ここで解散だ」
この一言で俺の目の前にダッシュしてくる。
さすがに一瞬という訳ではないが必死の形相だ。
「先生っ、どうか何とぞぉ─────!」
その勢いのままに俺の手を握ってくる。
「お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますっ!」
滂沱のごとく涙を流し「お願いします」がエンドレス。
『どんだけ必死なんだよ』
「この子たちの母親には昔、世話になったことがあるのです!」
父親ではなかったか。
いずれにしても大きな借りがあるようだ。
「だったら自分で借りを返せばいいだろう」
「それができれば、とうの昔にしております。
私が個人的に資金提供するのはギルドの方針に反するのです!」
個人の都合と組織の方針で板挟みか。
なんだかなぁ。
読んでくれてありがとう。




