448 弟子はいりません
今日も6時には間に合わず……
すみません。
案の定、壁の穴を塞いだら騒がれた。
「俺、賢者!
地魔法、使う、万事解決!」
大声でそんなことを言ったら「ああ、賢者だもんな」で納得された。
俺の喋り方が片言になったのはやむなくだ。
訓練所にいる全員に聞かせるつもりで大声を出そうとしたら喉を痛めかけたのでね。
区切らずに喋っていたら口の中が血の味になっていたかもしれない。
まあ、すぐに治るんだけど。
ちなみに喋り終わってから確認したら喉に耐性がついていた。
次からは大声出しても片言にならずにすむだろう。
あと、スキルもゲットしていた。
上級スキルの【拡声】という使いどころが難しそうなやつ。
変に使い勝手が悪くても困るのでスキルポイントを使って熟練度MAXにした。
これで自由自在に使える。
裏を返せば使わずに封印しておくのも楽勝ってことだ。
ついでに担架で運ばれようとしていた槍使いも魔法で治癒しておいた。
一部の冒険者から崇めるように感謝された。
本人は普通に「すまない、助かった」だったのに。
崇めてくる連中の根拠がよく分からない。
だが、確実に言えることがひとつある。
これでまた賢者の噂が変に拡散するであろうということ。
ゲンナリだ。
まあ、俺だけに注目が集まってくれるだけマシか。
壁を直したり槍使いを治癒するのが子供組のチーであったならチーが騒がれていたはず。
人見知りがかなりマシになったとはいえ、そういうのが好きじゃない子である。
目立ちはしたが、俺が直後に騒がれたお陰でそれほど注目はされていない。
将来的にはどうなるか不明だけどね。
その頃にはもう少しチーも人見知りが改善されているだろ。
なんにせよチーに絡んでくる連中は少なくなりそうなので良かった。
ほっと一安心である。
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「問題がある」
次は誰が模擬戦をするか決めようとしたらゴードンに呼び止められた。
「なんだよ」
「残りの全員がどういうレベルか教えろ」
ここで言うレベルはステータスのレベルのことではないな。
このまま試験を続ける訳にはいかなさそうな雰囲気だ。
それでは困るのだがね。
けれども控えめに言っても意味がない。
「子供組はチーと同じくらい。
カーラはそれより少し上でツバキに及ばないくらいだ。
こちらの2人は子供組に胸を借りるくらいの強さかな」
正直に言ったらゴードンが頭を抱え込んでしまった。
この話を聞いていた周囲のギャラリーが絶句している。
チーだけが突出して強いとでも思っていたのだろうか。
舐められたものである。
「お前が連れて来る奴はどうして規格外な連中ばかりなんだ」
「俺の弟子だからかな」
正式に弟子にした訳じゃないが、訓練とか見ているしな。
「「「「「でっ、弟子ぃ────────っ!?」」」」」
ゴードンだけじゃなくギャラリーまで加わっての絶叫だ。
ああ、煩い。
そんなに驚くほどのこともないだろう。
何人かは期待感に満ちた目をしてテンションが上がっている。
ハッキリ言って気持ち悪い。
取らぬ狸の皮算用がそこかしこで見られる。
俺の弟子になれば強くなれると勘違いしているようだな。
手っ取り早く強くなって活躍したいのだろうね。
強くなるまでの過程が大変だということを理解できていないか。
幸いにして、そういうバカなのは経験の浅い連中だけらしい。
レベルで見てもボリュームゾーンを越えられないようなのばかりだ。
『修羅場のしの字も経験してなさそうだ』
経験が足りないから甘っちょろいことを考える。
現実というものを舐めすぎだ。
逆にレベルが高い者ほど、そのあたりをシビアに見ているようだね。
ゴードンの教育が行き届いているのかもな。
始めてルーリアと知り合った時の一件から引き締めにかかったと思われる。
すべての冒険者をどうにかできる訳ではないけどな。
若い連中ほど聞く耳を持たないだろう。
痛い目を見たことがある奴ほどギルド長の話を素直に聞くと見ていい。
「先に言っておくが、情も金も役にはたたんからな」
色めき立っている連中が上げまくっている期待値のトーンが少し下がった。
現実を突き付けるとこんなものか。
これくらいで引き下がる連中の方がまだ見込みがある。
まだというだけで全然足りてねえけどな。
「見込みのない奴は弟子にはしない」
トーンはそのまま。
上がりも下がりもしない。
条件が曖昧すぎたか。
変に期待を抱いている連中だから己が見えていないのだろうし。
「さっきの模擬試合で驚いたのなら見込みはない」
さすがにトーンダウン。
ただし、下がり方は多くない。
俺に指摘されたことが図星であろうと、それを認めたくないという心情が働くらしい。
『だったら未練がましい連中を生け贄にするか』
何とかとハサミは使いようである。
ついでに緊張でガチガチになっているフェルトを必死にさせてやろう。
【拡声】スキルを使ってフェルトに声を掛ける。
ただし、音量は極小だ。
【拡声】は極めれば声を大きくするだけでなく音量を自在に調整できるようになる。
したがって指向性を持たせていれば周囲の冒険者どもには聞かれずにすむ訳だ。
念話を使えば確実なんだけどね。
せっかく取得したスキルだから使い勝手も確認しておきたい。
「フェルト、バカどもの始末を任せる」
名前の部分だけスキルは使わない。
「は、はいっ」
返事はちゃんとしたが理解してないだろうなぁ。
それでも俺の呼びかけに答えたという体裁だけは取れた。
「ゴードン、何も分かっていない奴らを教育するが構わんか」
「好きにしろ。
若い連中にはいい薬になるだろう」
「場合によっては引退するとか言い出しかねないんだが」
「気にせずやってくれ。
それくらいでないと理解できん」
苦々しい表情で吐き捨てるように言っている。
『あー、かなり手を焼いているんだな』
思わず苦笑してしまう。
ならば徹底して潰してやろう。
再び【拡声】スキルを使う。
今度は訓練場内全体に行き渡るように音量を調整した。
本来の使い方だな。
使い勝手は良いが、よくよく考えれば魔法があるからなくても困らない。
「そんなに俺の弟子になりたいなら、少しばかり試してやろう」
こう言うと期待している奴に限って歓声を上げる。
「「「「「ぅおおおおぉぉぉぉぉ─────っ!」」」」」
煩い。
この時点で不合格者が続出している。
騒がなかった者に冷ややかな目で見られていることに気付けていないからな。
それに俺が言ったことを理解していない。
『俺は試すとは言ったが、弟子を取るとは言ってない』
ゴードンなどは皮肉げな笑みを浮かべて「食えねえ奴だ」とか言っている。
「我こそはと思う奴は前に出ろ。
ただし、命をかけられる奴だけだ」
迷う素振りも見せずに20人ほどがゾロゾロと出てきた。
緊張感が足りないね。
覚悟ってものが見られない。
「他の者は下がれ。
巻き添えで怪我をしても治さんからな」
サッと機敏に動く。
『違いは歴然か』
ゴードンが訓練場の中央に戻ろうとするので引き止めた。
「なんじゃい?」
「ここからフェルトの動きを見ておけ。
もちろん試験のつもりでな」
「む」
「まとめて相手をさせる。
レベルが少々低かろうと数で補えるだろ」
「本気で潰す気だな」
ここに来て、俺の意図を理解したようだ。
「最初に叩き潰しておかんと、ずっと煩いからな」
「違ぇねえ」
その返事を受けて俺は動く。
数歩前に出てから振り返った。
「フェルト、あの連中を戦闘不能にしろ。
殺さなければ状態は問わない。
ただし制限時間は2分。
あと、攻撃以外で体に触れさせるな。
条件を満たせなければ、罰ゲームだ」
罰ゲームという単語にビクリと体を震わせるフェルト。
そんなに大したもんじゃないけどな。
お仕置きじゃないんだから。
ぶっちゃけると子供組によるくすぐりの刑だ。
これを罰ゲームと言って良いかどうかという話もあるだろうがね。
お仕置きにはほど遠いので、そう言っている。
なんにせよ緊張していた状態からは脱した。
『入れ込みすぎているのが気になるがな』
即死させなきゃ何とかしよう。
フェルトを伴って訓練場の中央に出ていく。
「全員でこのエルフを倒せ」
フェルトのことをエルフと言ったのは間違いではない。
フェアリーはエルフよりレアなのでそういう偽装をしているのだ。
「始めろ」
言うなり俺は軽く飛び退いた。
俺が淡々と開始させたために反応できた奴は少ない。
数人がフェルトを囲むように動き始めただけだ。
『鈍重だな』
最初に動いた数人が配置について攻撃を始めようかという時点でようやく動き始める。
それを見逃すフェルトではない。
そういう風に教えたからな。
囲いから飛び出して棒立ちしていた男にローキック。
「ぐあっ!」
脚を折られて倒れていく1人目の犠牲者。
そいつが地面に倒れる頃には次々と悲鳴が上がっていく。
全てローキック。
確かにあれなら殺すこともない。
『少しは冷静さを残しているか』
いずれにせよ罰ゲームはかなり嫌なようだ。
囲ってきた連中以外を沈めるのに1分とかかっていない。
さて、残りはどう片付けるかな。
読んでくれてありがとう。




