447 槍使いの狙いは
すみません。
寝落ちしてました。
槍使いのオッサンの連続突きがすべて歩法だけで躱されている。
隔絶した差があるというのは理解できるはずだ。
なのに俺を絡めた評価になるのは何故なのか。
まあ、チーはそんなこと気にしたりはしない。
ジリジリと間合いを詰めていく。
手は出さない。
躱しながらジワリジワリと前に出続けるだけだ。
そのたびにオッサンが同じだけ後退していく。
「くっ」
やりづらいのだろう。
一瞬だが、顔をしかめ短く呻いていた。
『まだまだ甘いよ』
まだ3分と経っていない。
持久戦を望んだのはそちらだろうに。
この程度の攻防で苛立ちを相手に見せているようじゃあ修行が足りん。
数メートルは下がらせたところでギャラリーたちも騒ぎ始めた。
「お、おい、何か変じゃねえか」
「オッサンが下がらされてんじゃねえかよ!」
「冗談きついぜ。
子供の方はまるで反撃してないんだぞ」
「それどころかハンマーを構えてすらいない」
「あれなら盾代わりに使えるだろうに」
「そんなことより攻撃している方が退くってのが信じられねえよ」
「どうなってんだ!?」
なかなかの慌てっぷりを見せている。
「一方的に攻められているのにあり得ないだろ」
「現実を見なさいよ」
「分かってるよ、子供の方が躱しながら前に出てるのは。
あんなの見たことないからあり得ないつってんの」
「確かにな」
「悪い夢でも見ているみたいだ」
「その場で躱すだけでも至難の業だっていうのにね」
「それは言い過ぎじゃねえのか。
俺たちだってオッサンとタメを張れるだろ。
どうにか攻撃を食らわないだけなら皆やりようはあるだろうに」
「あんた、バカァ?」
何処かで聞いたような挑発的な言葉が聞こえてきたな。
トモさんが「異世界でその台詞が聞けるとは」とか言ってほくそ笑んでるし。
もしもし?
ここは、もう異世界じゃないんだよ。
向こうのヒューマン+の方に魂がある時ならともかく、こっちがホームなんだから。
もっとも注意している暇はない。
女冒険者の挑発を受けた冒険者が顔を真っ赤にしていたからな。
場合によっちゃ止めなきゃならんし。
「んだとぉ!?」
売り言葉に買い言葉とはまさにこのこと。
喧嘩に発展するかと思ったが、手は出ない。
「アタシは躱すだけでもと言ったのよ」
その代わりに口が出る。
「盾や武器で受けたり受け流したりなんて言ってない」
「むっ」
「ここにいる何人かはさばけるでしょうよ。
アンタの言う通り何でもありが許されるならね。
でも、あの女の子みたいに躱すだけなんて誰が真似できる?
あの子のように前に出ながら躱すのは論外だけど」
周囲にいた連中が一斉にうんうんと頷く。
女に噛みついた男は悔しそうに見ているだけだ。
反論の余地を探しているのかもな。
「アタシらじゃ逃げ回りながらでないと無理ね。
アンタにできる?
その場に留まったままで、ひたすらアレを躱し続けるの」
「ぐぬぬ……」
男は完全に言い込められてしまったようだな。
悔しそうにしているが、先程までの視線の鋭さはない。
あれなら喧嘩に発展しないだろう。
舌戦は女の方に軍配が上がったということで決着と。
この間にも、槍使いの連続突きは衰えを見せずチーに襲いかかっていた。
しかしながら見るべき所はないと言って良いだろう。
単調な作業になってしまっている。
今し方、噂話をしていた冒険者たちは回避が困難であると話していたが、そんなことはない。
よく観察すればリズムは一定だ。
しかも攻撃はいくつかのパターンを組み合わせているに過ぎない。
さすがに組み合わせはランダムだがな。
『あれで限界のスピードなのか』
どうやら攻撃をパターン化させることで連続突きのスピードを上げているようだ。
冒険者たちは気付いていないが、連続突きしかない時点で攻撃は単調である。
しかも数パターンからの組み合わせとくればな。
『アクビが出るくらい単調だ』
チーだったら目を閉じていても空気の流れを感じるだけで見切ることができるだろう。
オッサンは躱され続けているにもかかわらず、それを止めようとはしない。
『何かあるのか?』
徹底して単調なリズムに慣れさせて隙をうかがっている?
ないとは言えない。
リズムが一定なら躱す方も作業的な意識になりがちだ。
持久戦に巻き込まれれば尚更である。
一撃必殺を虎視眈々と狙っているのか。
それならば単調すぎるのも納得がいく。
『あの連続攻撃自体が罠とは食えないオッサンだ』
だが、このままではオッサンの負けである。
チーはあの程度で隙を見せない。
攻撃が単調だからこそ変化を見逃すまいと集中しているのが分かる。
しかもスタミナはチーの方が遥かに上だ。
オッサンも並みの冒険者よりは持久力があるようだが。
これだけ連撃しておいて、まだ息が乱れていない。
『もしかすると最初から持久戦に持ち込むつもりだったのかもな』
目論見通りに行かない割に焦った様子はなかなか見せない。
先程、一瞬だけとはいえ表情を変えてしまったのはミスだが。
『……いや、あれは演技か』
自分の作業的な攻撃に付き合わせるため、あえて辛そうに見せる。
相手が辛いならそのまま押し切ろうと考えるのは自然なことだ。
誘い込むための罠だとしたら見事なものである。
『敵ながら天晴れってやつだな』
己を格下と認識し、それでも諦めない。
工夫をすることで逆転の余地を作ろうとしている。
生半可な精神力でできることじゃない。
『窮鼠猫を噛むと言うし』
諦めなければ反撃の一発を入れることも不可能ではないか。
体格では立場は逆だが。
しかし、ネズミは所詮ネズミ。
一太刀を浴びせた後に逃げ切れなければ終わってしまう。
あるいは猫の方が更に上手で反撃の余地を与えないとしたらどうか。
チーは一切反撃していない。
余裕ぶっている?
答えは否。
チーは俺の言いつけを守っているだけに過ぎない。
評価しやすいように簡単に終わらせるなと言ったからな。
『防御面でのアピールはすでに充分だよな』
審判を務めているゴードンを見るが呆れている。
どうやら、ここまでとは思わなかったようだ。
『これ以上は長引かせてもマイナス評価になるだけだな』
チーが手にした掛け矢はハッタリで攻撃手段がないと評価されかねない。
躱しながら前に出続けていたからこそ、今まではそう思われなかっただけだ。
だが、俺はあえて今が反撃のタイミングだとは教えない。
指示を出せばチーは即座に動くだろう。
それでは意味がない。
目の前の相手だけを見ているようではダメなのだ。
ダンジョンに潜るなら常に周囲の状況を見極めなければならない。
それは模擬戦闘中であろうと同じこと。
俺が教えてきたことが実践できるなら、今を逃すはずも──
『動いた!』
それは一瞬の出来事であった。
連続突きのひとつに合わせてチーが掛け矢を突き出したのだ。
槍と掛け矢が正面衝突。
「ゴッ!」
鈍く重い衝突音がした。
この瞬間にオッサンが槍を持つ手に力を込めなければ違った未来があったはず。
が、オッサンは手放さずに踏み込んでしまった。
力比べで負けるものかと歯を食いしばり全身の力を込めて。
だが、相手が悪い。
レベルが違いすぎるのだ。
それでもオッサンは諦めない。
ベテラン槍士としての意地だろう。
誰の目にも子供としか映らない相手と真っ向勝負せず逃げたとあっては名折れであると。
それが致命的なミスであると踏み込んだ瞬間には気付けなかったようだ。
本人に相手を侮る気持ちなどないつもりだったのだろうが、ここ一番でやってしまった。
周囲のギャラリーを気にしてしまったのが痛い。
次の瞬間、オッサンは槍ごと吹っ飛ばされていた。
「うわあっ!」
数メートルは宙を舞っただろう。
尻から地面に落ちる。
「げふっ」
落下ダメージを負いながら飛ばされた勢いを殺すことができずに地面を転がっていく。
もうもうと土煙が巻き起こった。
何回転かして止まった後のオッサンは大の字で寝転がっている。
咽せるように咳き込んでは痛そうに顔をしかめていた。
『打撲と亜脱臼か』
やり過ぎ一歩手前、ギリギリの範疇でもマシな方と言えるだろう。
オッサンが槍を手放さなかったら、もっと酷い怪我になっていたとは思うが。
訓練場の壁に突き立てられた槍がそれを物語っている。
冒険者たちはその光景を目の当たりにして言葉を失っていた。
「勝者、チー!」
ゴードンだけが平常運転のようだ。
いや、何か悟ったような表情をしているから心中では色々あったのかもしれない。
チーがペコリとお辞儀をした。
そしてこちらを振り返る。
『指示待ちか』
下手にあれこれされると騒動が大きくなるし下がらせるとしよう。
俺は爪先ダッシュで前に出た。
「うおっ、なんじゃい!?」
急に目の前に現れた俺にゴードンが飛び退くように驚いた。
「これくらいで驚くな」
【縮地】は使っていない。
爪先でダッシュしただけだ。
「驚くなって無茶を言うでないわ」
その言葉は無視してチーから掛け矢を受け取りアイコンタクトで下がらせる。
「おい、こらっ」
無視されたことに憤慨するゴードンを更に無視して壁際にダッシュ。
やや高い位置に突き刺さった木槍をジャンプして掴み、体の捻りを使って引き抜いた。
巻き付けていた皮はズタズタだな。
これは備品だから弁償する必要もないだろうが、問題は穴の空いた壁の方だ。
『しょうがない』
俺は錬成魔法を使って壁を修復させることにした。
地魔法ってことにしておけば言い訳できるだろ。
読んでくれてありがとう。




