43 ハルト失敗する
改訂版です。
俺は変身を解除した。
全身から光が溢れ出し、次の瞬間には変身スーツが跡形もなく消えていた。
「「「なっ」」」
護衛の何人かが目を見開き固まっている。
が、程度の差はあれ他の面子も驚いていた。
平然としていたのは少女のみ。
『大人と子供が逆転してないか?』
「どういうつもりだ」
リーシャが訝しむように聞いてくる。
変身したままでは不信感を抱かれるかと思ってのことなんだが。
手酷く騙されたことがあるように見受けられる相手だからと気を遣ったつもりである。
が、裏目に出てしまったかもしれない。
「なにゆえ素顔をさらす」
それでも変身したままでは本当の意味では信用されなかっただろう。
たとえ【看破】スキルを持つ少女が信用できると言ったとしても。
彼女が皆から一目置かれる存在なのは間違いないようだが。
それでも俺が心から信頼されることはなかっただろう。
『いきなりすぎたか』
たとえ腹を割って話す必要ができたのだとしても。
信用というものは時間をかけなければ築き上げられるものではない。
焦っても碌なことがない。
「そっちのお嬢ちゃんが信用してくれたからだな」
ストレートに言ってみた。
深読みする相手なら更に警戒されるだろう。
『さて、どっちだ?』
幸いにして賭には勝てたようだ。
護衛たちのピリピリした空気は薄らいでいく。
困惑の色は残しているようだが。
その中でリーシャが自らのフードに手を掛けようとした。
「ああ、フードを取る必要はない。
俺が断りなく勝手にやったことだ」
俺が制止すると困惑の中に残っていた重苦しい空気が和らぐように感じられた。
ただし、侍ガールのリーシャを除いての話だ。
「そういう訳にもいくまい。
助けられた上に礼まで失するとは我が一族の恥だ」
相手の目線を失念していたのは迂闊だった。
「それは済まない。
俺としては君らの正体は見抜いているつもりだったのでね」
『あ、失言だ』
一瞬でザワリと周囲の空気が凍り付いてしまった。
余計な一言で自滅してしまう典型的パターンじゃないか、コレ。
『アホだ、アホすぎる。
豆腐の角に頭をぶつけて死ぬレベルのアホだ』
こうなったら自棄くそである。
「俺は遙か東から来たハルト・ヒガだ。
色々とスキルを持っているから見抜くのは得意だぞ。
たとえば、あの連中は隊長格以外は全員が重犯罪を犯した奴隷だ」
俺は後ろを親指で指さし振り返りながら解説する。
そのせいで護衛組を余計に警戒させてしまったことに気付けなかったのだが。
再び前を向いて固まってしまった。
『ど真ん中ストレートの墓穴じゃねえか』
彼等を余計に不安にさせるようなこと言ってどうすんの、俺。
まるで目の前を氷の壁で阻まれているかのようだ。
『どーすんの、コレ』
史上最悪の大失態。
ずっと選択ぼっちで過ごしてきたツケが回ってきた。
『仕事以外じゃ、まともな人付き合いをしてこなかったからなぁ』
職場で鉄仮面とまで呼ばれた男に打開策などあろうはずがない。
不可能は不可能であって無理無茶無策無謀なのである。
『ああ、神様なんとかしてください』
こんなことでベリルママが手助けしてくれるわけはないんだけど。
今の俺にできるのは現実逃避と神頼みだけだ。
何か言わないと余計に悪化すると分かっちゃいるんだがね。
「ん?」
護衛組が慌てふためいている?
少女が俺の目の前に進み出てきた。
『この子も護衛対象なんだろう』
そりゃ、慌てるよな。
少女はリボンを使って長い桃色の長い髪をツインテールにしていた。
髪の色はこのルベルスの世界では多種多様にあるので染めているわけではないだろう。
そして透き通るような桃色の瞳。
『こんなの日本じゃアニメとかゲームでしかお目にかかれないぞ!』
妙なところで感動してしまった。
まあ、それが似合うくらいの美少女だってことだ。
ちょっと表情に乏しいような気はするけれど。
そのせいか少女は面立ちに似合わぬほど大人びて見えてしまう。
見た目は10才くらいの子供にしか見えないのだが。
なのに大人のように錯覚させる雰囲気と存在感を持っていた。
「賢者さん、慌てすぎ。
言いたいことがあっても時には我慢が必要」
静かな口調で諭されてしまいました。
幼女に……
「まったくもってその通り」
否定するつもりなど毛頭ないが、シャレにならんくらい恥ずかしい。
子供の正論に大人が逆ギレするとか、みっともなさ過ぎるだろ。
真摯に受け止めるのみである。
「正直、すまないと思っている」
反省も後悔もしている。
先程まではお手上げ状態でどうにもならなかったからな。
「ん、冷静に」
短いひとことが耳が痛い。
幼女に言われるような言葉じゃないのが余計に痛い。
錬成魔法で暴走して以来の大失敗だ。
「すまない。
軽率だった」
改めて護衛組に謝った。
とはいえ謝ったくらいで元通りとはいかないのも当然の話。
ただ、多少はマシな空気になったようだ。
「リーシャたちが警戒するのは騙されて奴隷にされそうになったから」
桃髪ツインテ少女が話を続ける。
「借金奴隷だな」
「ん」
少女が肯定する。
「それをお兄さんたちがお金を払って助けた」
改めて見てみれば、お人好しなように見えるのだが。
誠実さで信用を得るタイプの商人なんだろう。
それは【看破】スキルを持つ桃髪少女が共に行動していることからもうかがえる。
おそらく相当の無理をしたのだろう。
でなければ護衛たちが命をかけて守ろうとはしないはずだ。
「それで皆、お金がないと?」
「ん」
再び肯定。
「お兄さんたちは先祖代々受け継いだ店を失った」
『そりゃあ恩義も感じるよな』
特にリーシャのような律儀なタイプは。
「騙した相手も今回も悪い貴族が関係してる」
胸糞が悪くなるような話だ。
「それがルボンダとかいう貴族なんだな」
『段ボールみたいな名前しやがって』
「ん」
桃髪少女の肯定を耳にして怒りゲージが加速度的に増している。
この場にいたら、問答無用でぶん殴っただろう。
『解体して紙ゴミの日に捨てに行くぞ、この野郎』
「脂ぎったブタ親父。
禿げてて息が臭い」
良い子さんな幼女が嫌悪感あらわな表情で毒を吐く。
一瞬、自分の目がおかしくなったのかと思ったさ。
「私もその貴族に捕まって利用されそうになった」
「あー……」
思わず上を仰ぎ見て嘆息してしまった。
三重苦のオッサンが欲望丸出しで幼女を利用しようとする?
被害者側にとっては悪夢以外の何物でもないだろう。
嫌悪するなと言う方が無理というものだ。
「お姉さんたちが助けてくれたけど、そのせいで狙われることになった」
護衛の6人のことか。
なんとなく、この面子の繋がりが見えてきた。
確実に言えるのは段ボール野郎の被害者だってことだ。
「逆恨みかよ。
典型的な馬鹿貴族だな」
しかも追っ手を差し向ける執念深さまである。
外見だけでなく精神面でも多重債務を抱えていそうだ。
『話を聞くだけでウンザリだな』
まあ、状況は理解した。
桃髪ツインテ少女と話している方がスムーズに話が進むのが微妙な気はするけど。
『スキルのせいで苦労の連続だったんだろうな』
経験に次ぐ経験が幼女を精神的に成長させたのは想像に難くない。
この場にいる他の誰よりも濃密な人生経験を持っていても不思議ではなさそうだ。
嫌な世の中である。
「デブ貴族が言ってた。
看破の魔眼は金と権力を思いのままにできるだろうって」
「お、おい……」
さすがに護衛組の一人が動揺しつつも制止しようと声を掛けた。
「大丈夫、賢者さんはいい人。
私のことも全部見抜いている。
私なんかよりずっとずっと凄い人」
桃髪少女はそう言って左腕にはめていた腕輪を外した。
「「「「「っ!」」」」」
その場にいた向こうサイドの全員が息を呑んだ。
制止することもできず凍り付いてしまっていた。
魔道具の力で変えていた彼女の容姿が元に戻ったからだ。
向こうの面々は固まったまま何も言えず何もできず。
俺からすると大した変化じゃなかったのだが。
髪や瞳の色もそのままだし。
大人の姿になった訳でもない。
だが、一点だけ変化した部分があった。
『キタ────────!!』
お陰で内心じゃお祭り状態。
分かっちゃいたが、実際に目にしたときの感動はハンパなかった。
それを外に出す訳にはいかんがね。
『これ以上、警戒されたらシャレにならん』
桃髪少女は自らの連れの方に振り向いて話し出す。
「ほら、賢者さんは驚かない。
私のことも、とっくに気付いていた」
幼女が再び俺に向き直る。
細長い耳がピクリと動いた。
そう、エルフだったのである。
読んでくれてありがとう。




