416 懸念と杞憂
「それじゃあ純田くんの職業が空欄になっていたのって……」
そこから先が言葉にならなかったことに深い意味はない。
あえて言うなら喋っている途中から考え込んじゃう俺の悪い癖だ。
聞きたかったことはエルダーヒューマンとしての純田くんを鑑定したからなのかということ。
体が2つなら確かに結果が違って当然だよな。
絶対に種族欄が違う表示になるし。
病院にいる純田くんの年齢も元のままじゃないとヤバい。
ただ、重複する部分はどうなんだろうな。
名前はエルダーヒューマンの方は変更予定みたいだけど。
本人は一生懸命考えてる最中だよ。
腕組みして固まった状態でいるからね、純田くん。
なかなか決まらないみたいだ。
それはそれとして称号とかどうなるんだろうね。
治療を受けていることになっている純田くんまで[女神の息子]とか保持してるの?
まあ、元の世界なら見られる心配はほぼないそうだけど。
『あ』
種族欄はヤバいかも。
じかに見られる心配はなくても妙に勘のいい人間っているだろ。
俺は霊感の強い人間がそうなんだと踏んでいるんだけど。
ルーリアの御先祖様のようにな。
たぶん現代にも彼女の技術を継ぐ者たちが残っているだろう。
多くはないと思うが、そういう人達に見つかると厄介だな。
人にあらざる者とか言い出しそうな気がする。
明確に[ヒューマン+]と見抜けないが故にね。
そうなると厄介そうだ。
誤解されて退魔の技とか使われたりとかありそうで怖い。
下手すりゃ命に関わりかねない。
どうすんだよ。
「……………」
どうにか誤魔化す方法を考えるしかない。
けど、こっちの世界は簡単には魔法が使えないし。
残るのはヒューマン+の純田くんだ。
エルダーヒューマンであるなら、どうとでもできそうなんだけど……
いや、そっちの方が問題が大きくなりそうな気はする。
既にレベル98だからな。
隠せている間はいいだろうけど。
ひとつ歯車が狂えば……
トラブルがドミノ倒しのように次々と倒れ込んでくる未来しか想像できないぞ。
『そうだよ!
種族欄なんかよりレベルの方がヤバいじゃん!』
エルダーヒューマンよりはマシだとしてもヒューマン+のレベル98もヤバそうだ。
『シャレになってねー』
解決策なんて思い浮かびもしない。
2桁レベルのレベルアップは楽にできるとしても逆は無理だぞ。
本当にどうすんだと思ってエリーゼ様の方を見た。
見てから思った。
『余計なこと考えずに聞いときゃ良かった』
疑問を口にしかけたきりで答えは聞いていない。
数秒にも満たない間を使って悶々と考え込んだのは無駄な気がしてきた。
よくよく考えて俺なんかが考える問題点を神様が気付いていないはずがない。
ならば解決策を考えていない方がおかしいよな。
結局、余計なことを考えてしまったのかもしれない。
話を聞いてから考えても遅くなかった。
つくづく俺はバカである。
俺が心の中で七転八倒していることを知ってか知らずかエリーゼ様がおもむろに頷いた。
「そ、お察しの通りよ。
エルダーヒューマンとしてのトモくんは独立した存在なの。
魂で共有するとはいえヒューマン+の体とは違うわね。
例えとしては適切じゃないかもだけど車を2台所有しているようなものかしら」
確かに失礼かとは思うが、これ以上に分かり易い説明はないとも思う。
「魂が運転手で性能の違う車に乗り換える、ですか」
「そゆこと」
こういう時、俺の場合はアニメの車が真っ先に思い浮かぶんだよな。
変形したりブーストで加速したりするやつが俺のお気に入りだ。
エルダーヒューマンをこれとすると、ヒューマン+はなんだろう。
いますぐ思い浮かぶのは豆腐屋のやつくらいだ。
ずいぶん違う気がする。
まあ、元のヒューマンを軽自動車ってことで考えればバランスはとれるかな。
「向こうの体の方はレベルとか年齢なんかは元のままよ」
「レベルも、ですか?」
「あー、そこを心配してたんだ。
何を考え込んでいるのかと思ったわよ」
バレてしまった。
下手なことは聞けないものだ。
が、聞かない訳にもいかない大事なことだからな。
それに悩んでいるのはバレバレだったようだ。
「心配しなくても大丈夫。
あんまり違いすぎるとトモくんが困るでしょ。
それくらいは、ちゃ~んと考慮してるわ」
言い方は軽いが信用しよう。
丸投げ感がないからな。
「レベル98でリハビリなんて受けさせられないわよ」
「っ!?」
忘れてた。
純田くんは事故で入院してるんだった。
しかも現在は集中治療室のお世話になってるんだよ。
「完治してるんですよね」
「してるわね。
魂が入ってないから仮死状態だけど」
そうだった。
「あっちに魂が入って目覚めたらどうなりますか」
激しく嫌な予感がする。
いきなり起き出すくらいは序の口な気がする。
そのまま何事もなかったかのように病室を出て行く姿がリアルに思い浮かぶ。
直前まで意識不明だった人間が平然と動き出されちゃ病院内はパニックになりそうだ。
さすがに自重はしてくれると思うが、不安は払拭されない。
目覚めた直後で寝ぼけていたりしたらとか考えてしまう。
「大丈夫だって!」
笑いながらエリーゼ様が自信満々とばかりに言った。
「目覚めた直後から負荷がかかるようにしてるから。
それでリハビリで徐々に負荷が外れるようにもなってるし」
そこまで考えてくれているのか。
「でも、スキルとかあったらリハビリがあっと言う間に終わりそうな気がするんですが」
直接的にリハビリで使うようなスキルはないように思えるかもしれないけれど。
【ヘルプ・チュートリアル・システム】の3点セットがまず強力だ。
リハビリを効率的に行うために調べて検証して神経伝達とかの設定ができる。
しかも【並列思考・高速思考】でシミュレートもリアルタイムで可能。
リハビリの進め方がおかしいと思ったら自分で修正できるのだ。
【格闘】を応用すればリハビリで役立てることも不可能ではないし。
脚さばきや力のかけ方外し方も使えると思う。
しかもどのスキルも熟練度は最初からカンストしててMAXだからな。
負荷とかかけててもお構いなしでリハビリが終わりそうだ。
3ヶ月の予定が3週間とかになったら療法士が卒倒しそう。
実際にどれだけの期間が必要になるかは分からないけど。
それはそれとして悪目立ちしてしまうだろう。
だとするなら単純な負荷のかけ方ではないと見るべきか。
ちょっと見当がつかない。
だから、そのやり方は何かの参考になりそうだ。
そう思ってエリーゼ様を見ていたんだが……
なぜか「ん?」とか言って首を傾げてしまった。
次の瞬間には「あー」と言いながら納得してしまったけど。
「根本的に誤解してるわよ」
「え?」
「スキルは魂じゃなくて体の方に付くものだから。
体が別なら取得する諸々も別なのは当然でしょうに」
「は?」
間抜けな声しか出せなかった。
それくらい虚を突かれた答えだったのだ。
言われてみれば、もっともな答えだ。
なんでスキルを別々の体で共有するかのように錯覚したのだろう。
魂がひとつってことに意識が向きすぎたのかもな。
とにかくスキルは魂じゃなくて肉体の方に付随する、以上。
エリーゼ様の言葉によって確定した訳だ。
俺の見当違いな懸念がドンドン塗り潰されていくな。
「病院に寄ってくれば良かったかしら。
そうすれば【鑑定】して確かめられたでしょうし」
「無茶言わないでくださいよ。
そうでなくても俺らが異世界にいるのってヤバいんじゃないんすか?」
「あまり好ましくはないかな」
絶対ダメとかじゃないんだ。
そこはちょっと意外である。
「今回は不可抗力な事故を処理するためだから少しくらいはいいわよ」
「でも、今更ですよね」
「そうだねー」
そんな風に言いながら「アハハ」とか笑っているし。
「じゃあ、ここで開示しちゃおうか」
日本ならプライバシーの侵害で訴えられそうだ。
そんなことを考えつつも、エリーゼ様が幻影魔法で映し出したものを覗き込む。
[純田朋克/人間種・ヒューマン+/声優/男/38才/レベル18]
確かにエルダーヒューマンな純田くんと色々と違う。
「種族欄はどうするつもりなんですか」
「どうもしないよ」
「えっ!?」
我が耳を疑う返答が来た。
「ヒューマン+はエルダーヒューマンほどは違わないから。
違和感を感じる人間は出てくるだろうけど霊感の強い人ぐらいに思われるでしょうね」
あれこれ手を出す方がボロが出るのだろう。
職業欄を見てホッと一安心。
あとは危惧していた称号もない。
「称号もないんですね」
これも安心だ。
「そこはね、裏技を使ったわよ」
「裏技ですか」
「神のシステムへのアクセス権限の都合でね」
そう言われると、どんなものなのか聞くのが怖いね。
まさかハッキングしたとか言うんじゃないだろうな?
「まあ、上司を使っただけだけど」
ガクッときた。
俺が想像したよりはずっと穏当な手段だったからな。
確かに上司を使うのは裏技的ではあると思うけど。
そこで気が付いた。
「リハビリ用に負荷をかけるのってシステムを使うとかじゃないですよね」
憶測に過ぎないが確信めいたものもあった。
「おっ、バレちゃったかー。
称号をいじってもらうついでに、そっちもお願いしておいたのよ」
あっさり肯定されてしまった。
「手動じゃミスることはあっても自動ならミスらない」
「はい、正解。
上司の説得は骨だったけどねー。
それでも自分で難しい計算をリアルタイムでやるよりずっと楽よ」
さすがは丸投げ女王である。
そして思う。
『うだうだ悩んでいた俺って……』
やっぱり考えるより先に聞いておけば良かった。
読んでくれてありがとう。




