4 イケメンと美女がやってきた
改訂版バージョン2です。
責任者、出てこい!
今の心境である。
まあ、目の前にいる神様が責任者なんだけど。
ひたすら謝ってもらったし、しょうがないとは思った。
呪いの件が明らかになるまでは。
こっちの神様が出てこねえ。
そこだけがどうにも納得のいかないところである。
ただ、神様でも簡単には感知できない呪いだ。
同じような被害者がいないか確認中ということもありえる。
いないとしても後始末で手が離せないということも考えられる。
ムカつきながら異世界へ移住なんてしたくないからポジティブに解釈してみた。
そう、俺はもうこの世界の住人じゃないのだ。
「じゃあルベルスでしたっけ?
そろそろ向こうの世界に行きましょう」
こっちの世界で俺にできることは、もう何もない。
だったら未練がましく何時までも残っている訳にもいかないだろう。
気合いを入れて、いざ新生活と思ったのだが。
『待ってください』
ストップがかかるとは予想外。
ガクッと軽くずっこけてしまった。
「何でしょう?」
『まだ魂が新しい肉体に馴染んでいないのです』
「自覚症状はありませんが、問題があるのでしょうか?
『異世界転移の衝撃で魂が体から弾き出されてしまいます』
問題ありそうだ。
『何処に飛ばされるか予測がつきませんし』
迷子になる恐れがあるのか。
『状況によっては消滅することも無いとは言えませんので』
シャレにならん。
「あー、分かりました」
大人しく待つのが吉である。
吉、だよな?
「馴染むまで後どれくらいでしょうか」
夜明けまでに終わるだろうかと一抹の不安を感じつつ聞いてみた。
『数日はかかるかと』
「それって誰かに見とがめられそうなんですが?」
この近辺は最近にしては珍しくご近所付き合いが密であり防犯意識が高い。
空き家に不法侵入者の気配がすれば証拠がなくても普通に通報されてしまうだろう。
存在すら抹消された人間など住所不定無職より怪しいに決まっている。
警察が徹底追及しないはずがない。
『ご心配なく。
既に空間魔法でこの屋敷と外部は切り離されています』
思わず突っ伏してしまった。
ベッドの上で正座したままだったので土下座しているようなものだ。
神様の魔法なら大丈夫なんだろうけど。
そういうことは先に言っておいてほしい。
なんにせよ厄介ごとにならずに済んで一安心である。
「俺も魔法を使えるんですよね」
おかげで、そっちに興味が向いてしまった。
ついさっきまで36才のオッサンだったけどな。
趣味嗜好は昔から若いままだ。
精神面が子供とも言う……って、ほっとけ。
『素養があるようなので習得は容易でしょうね。
魂が馴染むまで時間があるので覚えてもらう予定です』
内心でガッツポーズした。
リアルで魔法が使えるとか人目がなければ狂喜乱舞していたかもしれない。
が、いまは浮かれずに話を進めるべきだろう。
「予定……ですか?」
『眷属たちがどうしても謝罪したいと言うのです。
場合によっては魔法習得の時間が大幅に削られることになりそうで』
ああ、魂喰いの一件だな。
全員から各々の言葉で謝罪を受けるとなると相応の時間がかかりそうだ。
ベリル様も本来の仕事があるだろうから暇ではあるまい。
延長講習はないと考えるべきだ。
魔法を完全に習得できずに終わる恐れもあるわけか。
ベリル様に謝ってもらったから充分と言いたいところなんだけど。
が、誠意を示そうとしている相手を無碍にするのは考え物だ。
「では代表者の方を決めていただけませんか」
向こうは謝罪したい。
こちらは時間がほしい。
双方が相容れない要求を持っているなら妥協するしかない。
俺の提案は妥当だと思う。
ただし、代表を決定するのに時間がかかるようでは俺も待ってはいられない。
なんてことを考えてた瞬間、室内に光が満ち溢れた。
「おおっ!?」
俺はとっさに身構えていた。
『大丈夫ですよ』
何事かと焦っている俺にベリル様が声を掛けてくれた。
神様が言うならと脱力。
無用の緊張は疲れるだけだからな。
光が消え去ると寝室に人が増えていた。
ベリル様の両脇に控えるようにして佇む2人。
白いローブ姿の金髪イケメンと黒いローブ姿の金髪美女。
イケメンが爽やか系の雰囲気があるのに対し、美女は神秘的な空気を纏っていた。
『やあ、僕はベリル様の眷属を代表して来たラソルトーイ』
『同じくルディアネーナ。
我ら2人で筆頭眷属だ』
2人なのに筆頭とはどういうことかと思ったがツッコミは入れない。
長々と説明されたりするのは時間がもったいない。
『僕のことはラーくんと呼んでくれたまえ』
イケメンの方が馴れ馴れしく語り掛けてきた。
『うん、遠慮はいらない』
本当に筆頭眷属かと思ってしまう。
『冗談は頭の中だけにしておけ』
美女がイケメンをたしなめる。
『少年、私のことは好きに呼ぶがいい』
根本的な思考パターンが似ている気もするが指摘すると説教されそうだ。
「はあ……」
頭の中ではあれこれ考えるが、言葉が出てこない。
第一印象は「なにこの美形漫才コンビ」である。
ノータイムで代表を決めて登場から自己紹介までを流れるように畳み掛けられた。
急な展開にどうにか場当たり的な思考はできたが。
そこから何をすればいいかが考えられなかった。
「えと、飛賀春人……です」
どうにか自己紹介するのが精一杯。
『いやー、ゴメンねぇ。
まさか、こんな事態になるとは夢にも思わなかったんだ』
やたらとノリが軽いな、このイケメン。
いや、イケメンは拙いか。
筆頭眷属ってくらいだから亜神なのは間違いないし。
本人の要求は恐れ多くて却下するしかないのでラソル様だな。
ともかくラソル様の人柄なのか軽々しい謝罪にもムッとすることはなかった。
なぜだか本気で謝っているんだというのが伝わってきたからだ。
『本当にすまない。
魔神に気をとられすぎた自分の未熟を恥じるばかりだ』
美女──じゃなくてルディア様の謝罪は言葉と意志の両方でしっかりと感じ取れた。
なんというか侍っぽい雰囲気がある。
金髪美女なのに侍……
髪型は丁髷じゃなくてストレートのショートヘアなんだけど。
見た目は外国人モデルって感じなのに。
身に纏った空気がそうさせているのだろう。
同じ筆頭眷属でもラソル様とは正反対だ。
いや、でも面立ちはそっくりなんだよ。
性別と髪型さえ同じなら双子かってくらいにね。
「それはどうも、わざわざ御丁寧に」
とにかく余裕がなくて詫びに返事をするのが精一杯だった。
謝罪するのは職場では日常だが、逆の立場は不慣れだからというのもある。
だから次のラソル様の行動に対応できなかった。
『お詫びと言っては何だけど僕ら眷属全員からプレゼントだ』
ラソル様の指先から淡く光る玉が放出される。
それは音も衝撃もなく俺の胸にすっと入ってしまった。
思わず背後を振り返ってしまったが、背中から出ていった訳ではなさそうだ。
「な、なんスか、これ」
何の感触もないのが逆に焦りを生む。
得体の知れない物が体内にあるからな。
『スキルの種だね』
俺の焦りや困惑とは対照的にラソル様は楽しげだ。
害はないんだろうけど少しばかり恨めしく思ったさ。
「種……ですか?」
『いろんなことができるようになるための下地だよ』
それで種か。
最初から何でもできるのではなく芽を出させて育てないといけないのだろう。
『物にするには君自身が成長しないといけないんだな、これが』
正解。
だけどスキルをゲットするために成長って、まんまRPGじゃないか。
「もしかして魔物を倒すとレベルアップしたりするのですか?」
『よく知っているね。
いや~、さすがは日本人』
ラソル様がちらりと俺の寝室にある書棚を見た。
そこには趣味の本や漫画が多く並んでいる。
異世界ネタの小説なんかも各種ございますよ。
いい年したオッサンのコレクションだけど何か?
念のために言っておくけど全部が全部そういうのじゃないからね。
俺の蔵書の半分以上を占めてはいるけどね……
いいだろ?
異世界と魔法は男のロマンなんだから。
あとメカアクションもな。
ロマンに年齢制限はない!
……ドヤ顔で断言することじゃないけどさ。
『兄者、その説明で終わらせるつもりではあるまいな』
ここでルディア様が口を挟んでくる。
やっぱり兄妹だったか、この2人。
『あ、いや、その……ダメかな?』
その返答にルディア様が嘆息した。
気持ちは分かる。
ラソル様の返答ではどうとでも解釈できるからな。
リアルかゲームか。
前者でも強くなればレベルアップしたと言ったりはする。
後者は数値的に表現される。
しかも色々とバリエーションがある訳で。
『ダメに決まっている』
ルディア様は漠然とした表現では誤解を生むと言いたいのだろう。
『少年が安易な行動で生死に関わる結果になったら誰が責任をとるのだ?』
ルディア様のしごく真っ当な指摘にラソル様がショボンとなった。
が、正直それはどうでもいい。
それよりも聞き捨てならない発言があった。
「生死に関わるって、そんなに危険な世界なんですか?」
『それこそ君の蔵書の何割かを占める小説のごとくだ』
「……………」
精神攻撃はマジ勘弁してください。
分かり易かったけど。
「弱肉強食で迂闊なことをすると簡単に死ぬ訳ですね」
『そういうことだ』
条件さえそろえば魔王や魔神まで発生するんだから無理もない。
『魔物を倒すのが少年の成長を最も促す行為であることは否定しない』
「でも、レベルが低いと弱い魔物が相手でも命懸けですよね」
ここが重要だ。
なんたって生死に関わる戦いなんて経験ゼロの典型的な現代の文系日本人だからね。
『その通りだ』
「その上、ゲームと違ってリセットもセーブデータのロードもできない」
ルディア様が頷いた。
『そうだ、それを忘れてはいけない。
このことを肝に銘じて慎重に行動するのだ』
今度は俺が頷く番だった。
浮かれて調子に乗っていると簡単に詰んでしまうだろう。
スキルの種もそのための保険というか対抗策なんだと思う。
一から育てる必要があるけど。
なかなかハードな設定だ。
シビアなデスゲームくらいの感覚でいた方がいいかもしれない。
『だが、そう恐れる必要はない。
スキルの種は任意で自己強化できるからな』
どうやらゲーム仕様のチート能力を貰ったみたい。
いくらお詫びでもやり過ぎだろ。
もしかして俺って眷属な方たちからも同情されてるのか?
『それ故に誘惑も強いであろうが、くれぐれも自重するのだぞ
特にレベルの低い間はダンジョンへ挑むなど無謀なことはするな』
「はい」
思わず頷いていた。
ルディア様の気迫に返事をさせられた感じだ。
しかしながら内心ではワクワクもしていた。
ダンジョンと聞くと血が騒ぐというか。
一応はゲーマーの端くれだからね。
『【ヘルプ】と【チュートリアル】のスキルは解放しておいた。
細々した事はそちらを参照すれば滅多なことでは困らんだろう』
「……はい」
なんというか本当にゲームだ。
読んでくれてありがとう。