384 存外にしぶとい
攻撃力はあっても単調なパターンでしか攻撃してこない漆黒のクラーケン。
丸っきりの脳筋と言うほど酷いものでもないが警戒して損したというのが正直なところだな。
2段変身を用意したのが馬鹿馬鹿しくなる。
まあ、能力を上昇させるような特殊効果はないけどな。
見た目が豪華になるだけという……
負荷の機能は解除されるから状況によってはパワーアップしたように見えるか。
今回は最初から負荷なしにしてるから、どうなんだろ。
様子見だから本気にはなっていなかったけど。
演出するくらいはできるか。
「ここで2段変身するのも悪くはないかもな」
強くなったと思わせてあっさり片付ける。
ありだと思う。
敵が身悶えている間に止めを刺すというヒーローものの様式美は無視している気はするがね。
「そうでもないのか」
あれって弱らせてから必殺技とか使うのがパターンだし。
2段変身を初披露する時なんかは今回のように敵に付け入る隙は与えないしな。
それで行くか、そう思った時のことだった。
「お?」
漆黒のクラーケンの様子が変わった。
それまでは触手が点でバラバラに蠢いていたのだが。
「まるで空気の抜けたボールだな」
奴は歪な形の球体に変化していた。
脚をすべて捨てたりした訳ではない。
単に丸まっただけだ。
「うへぇ、キモい」
丸まった状態でウネウネと蠢く脚が地味にメンタルなダメージを与えてくる。
それまでの触手然としたクネクネ感も気持ち悪かったがね。
たぶん内臓っぽく見えてしまうから、より嫌悪感をもよおすのだろう。
「おいおい、何するつもりだよ」
こういうときのパターンはどうだったかな。
凄い攻撃のためのチャージ中とか。
パワーアップもあるか。
その派生で変身するってのもパターンだな。
俺は2段変身することも忘れて見入ってしまっていた。
見届けずにはいられない感じかな。
キモいのは我慢する。
あと、何があっても対処できるように集中だ。
魔法攻撃だって充分に考えられるからな。
俺に対するものならどうとでもなると思う。
火球や爆炎球みたいな直接攻撃系なら相殺するなり弾くなりすればいい。
広域魔法なら対抗呪文を使うとか結界で防御するとか、手段なら色々ある。
問題は直接攻撃する魔法でもレーザー的な長射程のものだ。
そういう魔法で薙ぎ払いとかされたらたまらんぞ。
俺じゃなくて陸地にいる面々が。
結界で守っているけど、ダメージが及ばないとは言い切れないからな。
「念のために結界を強化しておくか」
ローズたちが海岸線に張った結界の外側に俺が構築した結界を重ねていく。
奴の様子を確認しながら2重に結界を張った。
「……………」
結界はオーケー。
即席で追加したにしては丈夫な結界になったと思う。
ただ、向こうはNGだ。
奴はドクンドクンと心臓が脈打つように蠢いていた。
いつの間にか漆黒だったそれがドス黒く変化していたのも気持ち悪さに拍車をかける。
「一回り小さくなったか?」
彼我の距離は変わっていないはず。
ならば小さくなったのは見間違いではあるまい。
色の変化も、それが影響しているのかもな。
そんなことを考えていた時だった。
一際、力強く拍動するかのように蠢いた。
「ようやく終わりか」
無意識にそう呟いていた。
あの一際キモい蠢動を見なくて済むと思ったからか。
何故、そう思ったかは自分にも謎なんだが。
しかしながら、その想像は正しかった。
俺が呟いた以降から奴は微動だにしていない。
それまでの蠢きようは何だったのかというくらいである。
実に大人しい。
いや、変化がなさ過ぎる。
まるで死んだかのようだった。
「アレがハリボテで、逃げたってことは……」
いくら何でもそれはない。
俺は頭を振っていた。
いま見ているのは抜け殻だというなら逃亡の手際が見事すぎる。
気配というか圧倒的な存在感は健在だからな。
むしろ存在感は強くなっている気がする。
特に殺気が強い。
先程までとは比較にならなかった。
これまでが瞬間的にピリッとくる感じ。
静電気とでも言えば良いのだろうか。
だとするなら今は感電している状態と言えるかもしれない。
生憎と感電したことはないので正しいかどうかは不明だ。
ただ、先程までの殺気が静電気と結びついたのだけは間違いない。
そしてアレよりも今の方が明確に強い。
「俺の隙を覗っているのか」
だとするなら持久戦も覚悟しなければならないか。
そう思い始めた頃になって奴は動いた。
表面に無数の亀裂が走り始めたのだ。
その亀裂から赤黒い血を連想させるような光が漏れ出していく。
徐々にその光は強まっていった。
そしてついに奴全体を不気味な光で覆い尽くすと一気に収束する。
光の中から出てきたそれは今までとは少し違っていた。
色は漆黒のそれに戻っている。
ドス黒かったのは殻だったと言わんばかりだ。
殻に相当する部分は光に覆われたときに本体からパッと浮き上がっていた。
中身から浮いた後は塵も残さず消えている。
普通なら見えないが、光の中で消えるところを見た。
どんなに光量が強かろうと俺には目眩ましにはならない。
【天眼】スキル持ちは伊達じゃない。
「うわぁ……」
思わず声を漏らしてしまったのはアレの新しい姿から変な連想をしてしまったからだろうか。
ウニとタコの融合。
ひとことで言うなら、そんな感じだ。
触手がすべて短くなってしまったからだろうか。
均等な長さになったせいでキモさが倍増している。
反面、と言って良いのかどうかはともかく大きさが二回りほど小さくなっていた。
「まさか戦闘中に脱皮するとはな」
動かなかったのは殻の中で体を作り替えていたからか。
だとすると単に触手が短くなっただけなんてことはないだろう。
「さて、次はどんな攻撃をしてくる?」
ちなみにオリジナルのクラーケンには墨を吐く攻撃がある。
視界を塞ぐ効果だけでなく状態異常があるようなので厄介だ。
俺以外の相手ならな。
吐き出す勢いによってはノックバックの効果も見込めるかもしれない。
ただし、墨を吐き出す口があればだが。
それを考えるなら水魔法を警戒すべきか。
今までは物理攻撃ばかりであったが無いとは言い切れない。
少なくともオリジナルは水魔法が使える。
墨よりもこっちの方が厄介だろう。
基礎的なものから海流を操るような上級の魔法まで使いこなすようだからな。
それをまだ使っていない。
向こうも本気ではなかったのか。
だったら、なぜそれを披露することなく変身してしまったのか。
それとも本質的な部分が変わって使えないのか。
「勿体振っているようには見えないがな」
射程ギリギリで攻撃してくるくらいだし。
あるいはそう思わせる作戦か。
様子見で舐めプしていたら思わぬ反撃に遭ったとか。
対戦型のゲームじゃあるまいし。
「むっ」
短い触手の切っ先がすべてこちらを向いた。
「来るか?」
明らかに物理攻撃の射程ではない。
脱皮前のように伸ばしてくるなら、その限りではないが。
すべての触手が痙攣するようにビクビクと振るえ始めた。
「おいおい……」
なんでこう気持ち悪い姿を見せたがるんだ。
辟易としながらも警戒は緩めない。
頭の中で警報が鳴り響いているからだ。
絶対に何かあると思った瞬間──
「なんだぁ!?」
触手の先端から黒い糸状の何かが一斉に発射された。
速い!
光速には遠く及ばない。
故にレーザーではないだろう。
が、今までの攻撃に比べれば確実に数倍は速くなっている。
しかも1発は点に等しいが、百発を超えるそれは面制圧の攻撃だった。
「ちっ、面倒な」
鑑定してみたら正体は墨だった。
しかしながら俺はそれらを聖炎で焼き尽くす。
1発たりと見逃しはしない。
接触すると呪われるからである。
クラーケンの墨ならば麻痺する程度なんだがな。
これは魔法で対抗しなくても耐えられる可能性が残されている。
洗い流せば簡単な治癒魔法やポーションで回復するしな。
ところが、コイツの墨はそうはいかない。
魔法抵抗力が俺の守護者たちくらいでないと確実に呪われる。
魔法で防ごうにも並みの防御用の魔法では貫通するだろう。
例えば月影の一同で聖炎を使っても今の攻撃を防げたかは怪しいところだ。
しかも呪いの効果は精神汚染と腐食のコンボだ。
呪いだから洗い流しても意味がない。
解呪もレベル100程度の者では成功率は0%だろう。
欠片の灰だったものがもたらしたものだからな。
厄介どころの話ではない。
だが、しかし──
「次が来ないか」
先端は俺の方を向いている。
試しに奴と水平だった位置から見下ろす高さまで一気に上昇してみた。
先端が追ってくる。
「完全にロックオンされてるな」
だが、次弾装填まで時間がかかるらしい。
あの気持ち悪い痙攣が合図だ。
連射されないだけでも有り難いね。
「そっちがそう来るなら、俺も遠慮はしないさ」
まずは、こちらの決意ってやつを形にして見せつけてやろう。
そんな真似をしている暇があるなら、さっさと片付けろという声も聞こえてきそうだが。
こちらに奥の手があると思わせるだけで奴も動揺するはずだ。
現に触手を切り落としたからこそ奴は脱皮を選択したんだし。
「貴様の方が優位だなどと思わせるものかよ」
俺は追加の変身アイテムを取り出し奴を睨みつけた。
読んでくれてありがとう。




