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375 鰹節から話に入って慣れてもらう

 恐る恐るといった感じで雑炊にリオンの手が伸びていく。

 米なんて初めて見るだろうしな。


「海の匂いがする」


 すくった雑炊をそのまま口に運ぶのでなく、まずは匂いをかいだようだ。


「ほう、分かるか」


 思わず感心してしまった。

 匂いで分かるほどの出汁だろうか。

 いや、俺は分かるけど。


「えっと……、はい。

 海藻と他にも何かあるような気がするのですが……」


 いい鼻してるなぁ。

 食べずに分かるとは思わなかった。


「すみません、何が使われているのかまでは分かりません」


 なぜ謝るのだろう。

 謎である。


「謝る必要はないと思うぞ」


 思わず苦笑しながら答えた。


「とりあえず、冷めないうちに食べようぜ」


 俺も箸を使って食う。


「あっ、はい」


 リオンがすくった雑炊を口に運ぶ。

 そして最初の一口。

 口に含まれた瞬間に目を見開くリオン。

 舌の上に乗った瞬間に旨味を感じたようだ。


 魚介や海藻の出汁には慣れていると思ったんだが、そうでもなかったようだ。

 リオンは驚愕の表情のまま咀嚼を始める。

 意識してないんだろうけど、ちょっと怖いよ。

 何回か噛んでから飲み込んでようやく真顔に戻った。


「どうだ、うまいか?」


「はい!」


 ブンブンと激しく頷くリオンであった。

 お気に召したようでなによりである。

 と思ったら、なにやら語り出した。


「香り以上に口の中で深みのある味が出てきました。

 しかも噛めば噛むほど素材の味が出てきます。

 まるで湧き出す泉のようです。

 複雑で繊細なのに調和した味が次から次へと……

 これは至福の境地と言える味です」


「そ、そうか……」


 どこの料理評論家だよ。

 ちょっと違うか。

 スプーンの動きが止まらない。

 喜んで食べてくれているようで何よりだけど。


「食感も柔らかい中に複数の歯ごたえの違いが感じられました。

 必然的に噛むことを意識させられ……

 ああ、食感と味もつながっているのですね」


 そんなことを言いながら陶酔した感じで食べ続けている。

 まるで人が変わっちまったな。

 ここまで来ると料理評論家じゃなくて、グルメレポーターだよな。


 一口食べてはあーだこーだと凄く饒舌だ。

 姉が「うわー」って顔をしてるくらいだからね。

 こういう一面があることを知らなかったようだな。

 もしかして新しいタイプの食いしん坊キャラ?



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 食事が終わって片付けは皆に任せた。

 食器を集めた後は適当にジャンケンをして洗う担当を決めている。

 こっちはリオンに慣れてもらうために世間話から始める。


「美味しかったです。

 ありがとうございました」


「どういたしまして」


 座ったままだがボウ・アンド・スクレイプっぽく一礼してみた。


「あっ、あの、聞いていいですか」


「何かな」


「さっきの料理で海藻が使われていたのは分かりました。

 でも、何か隠された味というか……

 よく分からないんですけど、凄く美味しい味があったんです」


「それが何か知りたいと?」


「はい……

 その、ダメでしょうか?」


「ダメではないな。

 リオンの言う何かは鰹節だ」


「鰹節……?」


「これだ」


 丸々1本を倉庫から引っ張り出してリオンのテーブルの上に置く。

 コトンと堅い音がした。


「これが鰹節……」


 そう言いながらしげしげと眺めている。


「木材に鰹の味を染み込ませているとか」


 何の説明もなしだと、鰹の身だとは思わないか。

 色から見ても木材っぽいしな。

 首を傾げながらリオンが姉の方を見た。

 が、レオーネは頭を振る。


「私は新参者だからな。

 これを見るのは初めてだ」


「えっ、そうなの?」


 驚くポイントはそこなのか。

 ああ、でもレオーネが村を飛び出して何年にもなるんだよな。

 その年数を丸ごと俺の所にいたと思われていたようだ。

 ならば今の反応も頷ける。


 だが、レオーネの話は本人がすべきだろう。

 後で2人きりのときに話せばいい。

 レオーネがどう話すかは彼女しだいだがな。


 些か妙な空気になりそうだなと思っていると乱入者が現れた。

 ひょいっとテーブル上の鰹節が掻っさらわれた。


「おい、マイカ」


 犯人に声を掛けるが気にした様子もなく鰹節をいじっている。

 色んな角度で見たり爪で弾いたり、ノックするように軽くテーブルを叩いてみたり。


「うわー、こんなものまで作ってるのぉ?」


「こんな物はないんじゃない、マイカちゃん」


「ハッハッハー、ゴメンゴメン。

 ついつい懐かしくってさあ」


 詫びているとは思えないテンションで謝ってくる。


「いいけどな」


「ねえ、これ割ってみてもいい?」


「ん? ああ、リオンにも断面を見せてやってくれ」


「了解ー」


 言いながらマイカが使ったのはフォルトスラッシュ。

 任意の空間に断層を起こして切り裂く魔法だ。

 考えたな。

 あれなら変に破片が飛び散ったりしない。


「おほー、見て見て!」


 半分をリオンに手渡し、残った方の断面をミズキと2人で見ている。


「うわー、綺麗なルビー色。

 これって本枯節だね、ハルくん」


 ミズキはやけに詳しいな。


「手間暇かけてるじゃん」


 マイカも本枯節のことを知ってるようだな。


「ハルもなかなかの暇人よねー」


 言ってくれるじゃないか。


「暇人じゃねえよ。

 魔法で加工してるからな」


 3枚に下ろす最初の段階から魔法でやってるもんな。

 下処理も燻したり天日干しをしたりするのも全部ね。

 同じ処理を何度も繰り返して水分を飛ばしていくんだけど。

 最終的に水分がほとんどなくなるんだよな。


 この状態の鰹節同士を打ち合わせるとキンと澄んだ音がするようになる。

 魔法を使わずに最高級品の本枯節になるまでやると半年はかかる。


「俺の場合は1日かからないんだよ」


「「うそだー」」


 そこでハモるかよ。


「嘘だと思うならツバキに聞けばいい」


「ぐぬぬ」


 なんで「ぐぬぬ」なんだよ、マイカは。

 ミズキはミズキでリオンの顔を覗き込んでいるし。

 フリーダムだな、おい。


「どうした?」


「なんだか固まっちゃってるよ、ハルくん」


 リオンを見るとミズキが言った通りだ。

 鰹節の断面を見て完全に固まっている。


「レオーネ、頼むわ」


「はい」


 その後、リオンが復帰するのに約3分を要した。


「それで何を固まっていたのかな」


「えっと、外は木なのに中は石に見えたので」


「「「あー」」」


 元日本人組が納得してしまった。

 これは口頭で説明しても始まらない。

 しょうがないので壁面モニターに動画を流すことにした。


 鰹節の製造工程を紹介する動画もちゃんとあるからな。

 音声の部分は俺がいじったけどね。


 こちらの共通語でないとリオンはもちろん、新規国民組も理解できない者がいるし。

 さすがにミズホ語の大本である日本語そのままで動画は流せないよ。

 そんな訳でなぜか動画鑑賞会になってしまった。


「どうしてこうなった」


 マイカが何か言ってる。

 乱入しておいてお前が言うのかと、ちょっとイラッとしたな。


「いや、説明するためだから。

 それとマイカが乱入してきたからでもある」


 嫌みのひとつも言ってやるとそっぽを向いて態とらしい口笛を吹き始めた。

 まあ、いいさ。

 動画を見せて納得してくれるかどうかの方が気になるし。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 結論から言えば、信じてはくれたんだが……

 余分にあれこれすることになってしまった。


 鰹節を削るところを実演してみせることになり。

 さらには、その削り節で出汁を取って味噌汁を作ることになった。


 今は午後のティータイムならぬ味噌タイムである。

 変だよなマグカップで飲む味噌汁って。

 具なしならともかく、ワカメと豆腐付きなんだぜ。

 旨いけどさ。


「これで納得いったか」


「はい」


 ほっこりした笑顔のリオンである。

 幸せそうな顔してるけど、半日前は行き倒れていたんだぜ。


「それでどうして、あんな場所にいたんだ?」


「あの……」


 レオーネの方をチラリと見るリオン。


「言いにくいことなら言わなくていい。

 だけど何かしら事情があるのだろう」


 事情と俺が言ったあたりでリオンの顔色が変わった。

 どうやら深刻な問題を抱えているようだ。

 沈黙の間が続く。


 が、俺からは語りかけない。

 向こうから話し掛けてくるまで待つと決めたからだ。

 その間にもリオンは思い詰めた表情で忙しなく上を見たり下を見たりしていた。

 とはいえ長続きはしない。


「どうしていいか分からなくなって……

 とにかくお姉ちゃんに知らせようと思って飛び出してきたんです」


 これはどうやらトラブルのようですな。

 俺たちで解決しないといけないんだろうなぁ。

 そんな予感がする。


読んでくれてありがとう。

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