362 ハルト出発前から疲れる
修正しました。
棋士 → 騎士
人間ってのは単純な生き物だ。
他人からすれば些細なことで気力が復活するんだから。
俺の場合は嫁をナデナデしただけだ。
まあ、それだけでも場の空気が甘ったるくなってしまう訳で。
当事者以外には耐えがたい空気であったりする。
俺以外の男性陣にとってはそんなものだろう。
だから、やさぐれて勝手に朝飯を食べ始めていても仕方ないとは思う。
なんだか負のオーラに包まれているような気がしなくもない。
これが現代日本なら「リア充爆発しろ」という呪詛が漏れ出ていたことだろう。
触らぬ神に祟りなし。
スルーして俺らも朝食にした。
食べ終わる頃にはガチガチだったリーシャも元に戻っていたことは付け加えておこう。
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朝食後、間もなくしてゲールウエザー組がやって来た。
一緒に朝ご飯とならなかったのは昨日の騒動があったから。
ダニエルにしてみればそれは名目上の理由かもしれない。
王族らしからぬ食べっぷりを披露するクラウドを自爆させない。
そちらの方がメインと言われても不思議だとは思わんよ。
仮に同席することになっても、うちのメニューは出さないことになっただろう。
今日から周辺の村々を回って井戸掘りと農業指導である。
現場に到着する前から仕事のできない状態になられちゃ困るもんな。
すぐに到着するんだし、昼は昼で別メニューだろう。
「ところで昨日までは見かけなかった方々がおられますな」
クラウドやダニエルたちとの挨拶を終えた直後のことである。
ダニエルがミズキとマイカの方を見て言った。
なかなか目敏い爺さんである。
まあ、当然か。
容姿も目立つし俺の側にいるし。
「合流予定が早まったうちの精鋭だな」
「……また、バーグラーのようなことがある訳ではありますまいな」
なんだか警戒されている。
無理もないか。
バーグラーの一件では色々と押し付けているからなぁ。
そこは申し訳なく思うんだが。
「近隣諸国で問題を抱えている国でもあるか?」
「い、いえ、それはありませんが」
「仮にあったとしても俺やうちの国民が迷惑を被ったのでない限りは手は出さないさ」
そう言うと、ようやく納得したように肩を落とした。
「紹介する。
ミズキとマイカだ」
その場の流れで2人を紹介しておく。
嫁であることは内緒だ。
でないと、他の嫁も紹介しないといけなくなってくるし。
何を言われるか分かったもんじゃないからな。
お盛んですねとか言われた日には空の果てまでぶっ飛ばすアッパーを見舞う自信がある。
他国の人間相手にそんな真似をする訳にはいかんが。
自国の人間だったとしてもやらんがね。
気分の問題だ。
とにかく嫁であることを明かすのは、もっと先のことになるだろう。
「初めまして、ミズキです」
「マイカです。
今後ともお見知りおきを」
最初の接触は無難な形で収まった。
慣れていくにしたがって、どうなるかは不明ではあるが。
ミズキはともかくマイカが読めないからな。
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ふと気になったことがあったので総長に近寄る。
「おはよう」
「おはようございます」
深々と頭を下げてくる。
挨拶にしては大仰だ。
「昨夜は申し訳ありませんでした」
ああ、そういうことか。
事情聴取には辟易させられたからな。
俺が嫌がってるのを敏感に察知したのだろう。
露骨な態度を取った覚えはないんだがな。
些か申し訳ないところである。
「仕事じゃしょうがないさ」
国の危機となり得る問題だと察知した嗅覚に敬意を表するところだ。
「それより寝られたのか?」
そう言わざるを得ないほど疲れが見て取れる。
昨日、別れる直前よりもやつれた感じになっていたのでね。
「病み上がりなんだから無理はするなよ」
「お気遣いありがとうございます」
大丈夫という言葉が出てこない。
そこまで気を遣う余裕がないようだ。
「これは俺の勘なんだが」
「はい?」
「今朝になってから問題が発生したとかじゃないのか」
よく見てみれば寝不足って感じじゃないんだよ。
どのあたりがと聞かれると答えに窮してしまうがね。
「良い勘をしていらっしゃいますね」
総長が苦笑を返してきた。
「今朝、陛下にごねられまして」
「は?」
クラウドの奴、なにか無理難題を吹っ掛けたのか。
「ヒガ陛下と朝食を共にしたいと」
ああ、そういうことか。
俺も苦笑せざるを得なかった。
我が儘なオッサンだ。
ミズホ食を気に入ってくれたのは有り難いがね。
「それは御愁傷様だ」
昨晩のことより今朝の方が大変というのがどうなんだろうな。
一応、男の冒険者は多大な被害が出ているんだが。
対策などについてはちゃんと考えているんだとは思うけれども。
どう考えても問題の規模が違いすぎるなんてツッコミは言わぬが花である。
「それで夕食を御一緒できないかと思いまして」
相当ごねたようだな……
「晩飯を誘うことで手を打ったのか」
「はい、お恥ずかしながら」
あの総長が溜め息をついていた。
オッサンは少し自重しろと言いたくなった。
「厚かましいお願いでございますが、御検討いただけないでしょうか」
ペコリと頭を下げてお願いされてしまった。
どう答えりゃいいんだよ。
内心では王を暴走させないよう断ってほしいとか思ってそうだしな。
【天眼・遠見】スキルを使ってみたけど、クラウドはしっかりこっちを見ている。
期待のこもった目だ。
ダニエルを確認してみたが、こちらも俺を見ていた。
諦めの入り交じった目で。
これ、どう答えても俺が恨まれるんじゃね?
勘弁してくれよ、朝っぱらから。
せっかく嫁に癒やしてもらったのに。
台無しにされてしまいそうだ。
「食い過ぎて公務に支障を来すような真似をする人間がいないならな」
クラウドが一瞬だけ固まったかと思うと、激しく頷いた。
いや、そっちは見ていないんですがね。
スキルのお陰で見えてはいるけど。
「では、それでお願いしますかな」
ダニエルが寄ってきてお願いしてきた。
宰相が許可するなら断る理由はないだろう。
「じゃあ、そういうことで」
いざとなったら王の叔父として何とかしてもらおう。
何かあっても俺は知らん。
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晩飯の予定が決まり、さて出発かと思ったらリンダがやって来た。
「おはようございます」
護衛の彼女が持ち場を離れて来るとは珍しい。
一応は隊長のダイアンに許可を得ているようだ。
特に咎められるような様子がない。
「ああ、おはよう」
「昨日はありがとうございました。
我々だけでは脱出することもままなりませんでした。
私も部下も無事であるのはヒガ陛下のお陰です」
なるほど、咎められない訳だ。
きちんと礼を言ってこいということで送り出されたのだろう。
昨晩も礼を言われはしたが、慌ただしかったからな。
「あんまり気にしなくていいぞ。
たまたま俺が居合わせただけなんだし」
依頼を受けて救出に向かったとかならともかく。
俺としては礼を言われるほどのことではないと思う。
「いいえ、どのような状況であれ私どもでは脱出できませんでした。
陛下がいらっしゃらなければ玉砕覚悟でアレに戦いを挑んでいたでしょう」
まあ、そうするしかなかったか。
出口をふさがれて歯が立たない相手だったからな。
廃棄物が移動するなら待機し続けて隙を覗うという選択肢もあっただろうけど。
たぶん俺がアレを始末しなきゃ居座り続けただろうな。
その場合、待機という選択はイコール飢え死にを意味する。
余力のあるうちに死に物狂いで戦うというのも決して間違ってはいない。
まるで歯が立たずにという結末を迎えていたとは思うが。
「ただ犬死にするしかないというのは騎士にとって屈辱です」
そういうものなんだろう。
生憎と騎士ではないので共感はできない。
「いかに我々がモノであるとはいえ騎士の端くれです。
ヒガ陛下のお陰で王国の財産だけでなく我々の尊厳も守っていただきました」
何というかブレないね。
相変わらず物扱いか。
プライドはあるようだけど。
職業意識の問題だから、そこには触れないようにしておく。
怒らせる元だし。
付き合いきれないとも言う。
こういう感覚を持った人達はスカウトしたくない。
「感謝の念に堪えません。
ありがとうございました」
リンダが深々と礼をした。
昨日、同行していた部下たちもこちらに目礼している。
これが公務中のアクシデントだったらダニエルあたりが礼を言ってきたと思う。
後日、感謝状とか国として正式な形で礼をすることになったはずだ。
良かったよ、彼女らが非番で。
「とにかく気にしなくていい。
アレが邪魔だから焼き払っただけだ」
これで昨日の話は終わりにしてくれと暗に匂わせておく。
リンダもそれを察したのだろう。
一礼して持ち場に戻っていった。
「……………」
ようやく出発できるよ。
朝っぱらから疲れる。
王は我が儘だし。
仕事はちゃんとしてるみたいだけど。
あと、俺も人のことは言えなかったりするのは自覚している。
リンダは疲れる性格をしているし。
他人事なのにこっちまで肩が凝りそうだ。
嫁たちに癒やされたはずなのに、リセットされた気分である。
やれやれ……
読んでくれてありがとう。




