347 見た目が同じでも中身は……
修正しました。
ちなみにノエルのスマホである。(該当行を削除)
「ねえ、ハルー」
再び歩き始めてすぐのタイミングでマイカが声を掛けてきた。
「あの氷弾って壱式とかいうやつなんでしょ」
「ああ」
「弐式ってどんなのよ?」
そういや説明してなかったな。
こっちの世界に来たばかりのマイカやミズキにゃ分からんことだらけだ。
壱式と弐式の違いか。
この2人に説明するなら、さほど難しくはない。
ライフルとミサイルと言えば分かるはず。
現代日本でオタク文化に染まっていたからね。
こちらの世界の人間に言葉だけで説明するとなると困難を極めそうだけど。
見た目は同じで着弾後の効果も同じだからなぁ。
それを考えると2人にも実際に見せた方が細かい部分の齟齬がなくて良いか。
「それは実際に見て確認してみな」
「えー、ここで実演するつもり?」
どうやらマイカは俺が再びゴーレムを召喚して目の前で魔法を使うつもりだと思っているようだ。
「いいや、わざわざそんなことをする必要がない」
「ノエルちゃんたちが氷弾弐式を使うから?」
「そゆこと」
ミズキやマイカがゴーレムで練習している間にノエルたちはフロアを駆けていたのだ。
俺が設定した地図のナビ通りの道順で。
小集団など足を止める必要もない。
氷弾壱式の一斉射で終わる。
離れた場所から撃ち込んで一撃必殺。
通過時に倉庫へ回収。
その際にも立ち止まったりはしない。
1人あたり1体か2体だから回収など一瞬で終わってしまう。
その勢いのままに走り回れば予定の消化などすぐだ。
フロアの小集団をすべて潰し終わっていたとしても不思議ではない訳で。
残るは冒険者たちが籠城する部屋の前の広い通路にいる大集団のみ。
そこに3桁に届こうかという数の魔物がひしめき合っていた。
ゴーレムの召喚に合わせて消していた幻影魔法でそこを表示させる。
魔物の向こう側からノエルたちがくる予定だ。
「うはー、通勤ラッシュを思い出した」
嫌なことを思い出したと言わんばかりに顔を背けて舌を出しているマイカ。
その表情からはウンザリ感が嫌という程良く分かる。
生憎と俺は電車通勤の経験がない。
大学卒業後に非常勤職員となってからはもっぱら2輪通勤だったからな。
テレビのニュースとかで見ることはあったけど。
確かにあれを体験したいとは思わない。
ましてマイカは女である。
痴漢被害にもあっているはずだ。
が、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「よそ見してる場合じゃないぞ」
「なんでさ」
「ノエルたちが来た」
その一言でマイカはウンザリ全開の表情を引っ込めて幻影魔法の方へと向き直る。
ちょうど突進してくる魔物の一団に氷弾壱式での斉射を行った瞬間だった。
「あれの繰り返しじゃないよね?」
ミズキが俺に確認してくる。
「それじゃあ後ろが狙えなくなるからな」
「死体の山を築き上げることになりかねない、か」
納得がいったようにミズキが頷いた。
宝箱トラップの部屋でオークを相手に体験済みだから、すぐに思い出せたのだろう。
「初手で足止めするかぁ。
ノエルちゃんたちも足を止めたね」
マイカが考え込むようにしながら呟いた。
「次で一気に行くつもりかな」
正解だ。
ここで幻影魔法の映像を増やす。
ノエルのスマホと連動させたものを映し出した。
「おわっ、増えた!?」
いきなり画面が増えたことにマイカが仰け反って驚いている。
今日はこんなのばっかりだな。
だが、まあ反省だ。
いきなりはちょっと心臓に悪いかも。
次からはエフェクトとか入れてからにしよう。
「なんかゲームチックな画面だね。
誰かのスマホの映像情報かな?」
「その通り」
わざわざ誰のかまでは言わないけどね。
「ちゃんと見ておけよ。
氷弾弐式がどう制御されるかをな」
外から見ただけで術式が解析できるほど甘いものでもないがな。
でも、ベリルママの薫陶を受けてきた2人ならという期待感はある。
「あ、氷弾が待機状態になったよ」
「うわー、ハリネズミじゃん」
引きつった顔でマイカが指摘する。
大袈裟だな。
そこまで言うほどの数はない。
せいぜい300ほどだ。
保険をかけて1体につき3発ってとこだな。
「でも、あれだと正面の敵が蜂の巣になるだけじゃない?」
「見ていれば分かるさ」
俺がそう言うと同時に氷弾弐式が発射された。
だが、直線的に飛んだ訳ではない。
「えっ!?」
マイカが意表を突かれて驚く。
「ちょっ、どこ狙ってんのよ」
驚きの表情のままにツッコミを入れてくるマイカ。
真正面にぶっ放すという先入観があったんだろう。
まさか斜め上方に向かって放たれるとは思っていなかったようだ。
「曲射?」
ミズキが疑問を口にする。
「違うな」
氷弾のそれぞれが出鱈目に動き始める。
いや、出鱈目ではない。
意志を持って獲物を狙っているかのように動く。
フェイントを織り交ぜて相手に目線で動きを追わせない。
壱式の直線的な動きと異なりランダムな動きを実現している。
その分、スピードは犠牲にしているけどね。
同時に何発もコントロールしているからというのもあるけど。
速さで敵を射止めるのが壱式。
相手を幻惑翻弄して仕留めるのが弐式。
上から襲いかかる氷弾弐式は次々と魔物たちを屠っていく。
高い再生力のあるトロールも頭に穴が空けば終わりだ。
一発必中で真っ先に仕留められている。
生命力の高いオーガも同様だ。
対して、それ以外への狙いは比較的に雑である。
数を頼りに乱れ撃ちに近い。
撃ち漏らしても驚異度が低いということを前提にしているようだ。
まあ、1発も外れてはいないが。
腕や脚がもげたゴブリンなんかは残っている。
これは即死でないというだけで死ぬのは時間の問題だ。
オーガなら片腕がもげたくらいでは止まりはしないだろう。
むしろ凶暴化して余計に暴れる恐れもある。
だからこそ雑魚より先に仕留めているのだ。
滅茶苦茶に暴れることで他の的に氷弾を当てることを阻害される恐れがあるからね。
トロールも同様である。
後が雑になるのはしょうがない。
【多重思考】どころか【並列思考】のスキルもない状態だからな。
複数の敵に対して多数の氷弾をリアルタイムで同時制御なんて無理がある。
そこで氷弾弐式の術式が重要になる訳だ。
複数のターゲットを狙う場合のことを考慮し、動作術式を組み上げた。
それを皆に公開して解析させ己のものとして取り込ませてある。
壱式と違って弐式は実演しただけでは真似をして完全に制御できる者はいなかったからなぁ。
単発なら少しの練習でどうにかなったようだけど。
複数同時制御になると、著しくスピードが落ちたもんな。
扱う数によっては弓矢より遅くなったし。
ノエルでさえノーヒントでの同時制御は4発が実用限界だった。
ツバキで3発。
それも動きの速い魔物に通用するような速さではなかった。
とてもではないが今のように何十発も制御はできなかった訳である。
これを実現させるために通常とは異なるアプローチで習得させるしかなかった訳だ。
そんな方法でも、かなり無茶だと思う。
ミズホ国民以外で習得できる者はいないだろうな。
術式のルーチン自体はそう難しいものでもない。
氷弾をまとめて管理するのではなく1発ずつ順番に管理していく方法にしただけ。
時間を区切って次に順番が回ってくるまでの速さと動きを一時的に制御する。
それを1発ずつ順に実行していく。
言うのは簡単だが、これだけでは2桁の数を一度に制御するのは難しい。
コンマゼロ何秒で次々と制御を切り替えていくのだ。
やってできなくもないが尋常でない集中力が要求される。
だから制御を楽にする術式第2弾。
いくつかの氷弾を1グループとして扱う。
特定範囲内の氷弾を一つの塊として考える。
塊内部での動きは術式依存にすることでランダム性を持たせる。
別の言い方をするならば範囲魔法として扱う、だろうか。
これにより一発必中の氷弾を単発で先行させる。
残りの氷弾と合わせて3グループで管理すると負担が軽減される訳だ。
一発必中の氷弾は制御の時間を長めに。
そうでない氷弾はスピードを控えめにして制御の時間を短めにする。
先行させた一発必中を命中させる。
残りのグループから1発引っ張り出して次の一発必中にする。
必中が必要なターゲットがなくなるまで繰り返し、後はグループのまま攻撃。
そう狙いが外れるものでもない。
ランダムな軌道を描く分だけ正確性が損なわれるけどね。
それでも狙った敵は逃さない。
それが腕や脚のもげた魔物たちだ。
キモいのを見たくない場合は最後までポイントした個所を寸分違わず狙っていくことも不可能ではない。
が、それをすると制御にかかる負担により疲労が蓄積されてしまう。
ポーションで対応しても残るものはある。
それを繰り返せば好ましくない状況になることも考えておかなければならない。
フロアはここだけではないということだ。
こんな所で消耗していては先が思いやられる。
奥の手は考えているけどね。
訓練組は今回は無理だ。
彼ら彼女らでは氷弾弐式を完全には習得できない。
もし仮にできたとしても、今回の事態に対応できるほど習熟はできないだろう。
そうなる前に疲労でへばるのは目に見えている。
ならば当てにできるのは俺たちである。
俺は最後まで手を出さないと決めているから残りの面子は4人となる。
シヅカもマリカも実戦に関して言うことは何もない。
問題があるとすれば現代日本人であったミズキとマイカだろう。
魔物を殺すことに対する忌避感がないのは確認済みだが実戦経験は極めて乏しい。
思わぬチョンボをする恐れがないとは言い切れない訳だ。
そのためにも氷弾弐式を見せている。
読み取ろうと食い入るように見入っていたのは思惑通りなんだがな。
そこから実戦の緊張感を肌で感じ取れたかは読み取れない。
更にそれを維持させたいと思うのは欲深すぎるだろうか。
どう考えても俺の我が儘なんだよなぁ。
解決できる能力が俺にあるのに周囲に投げようとしている。
ただね、この我が儘が必要な気がするんだよ。
なんとなくでしかないんだけど。
漠然としすぎてるけど、俺は俺の勘を信じる。
自分が酷い奴だという自覚はあるよ。
家族を守ると言っておいて、その家族に負担をかけているんだから。
矛盾しているとは思う。
思うが鍛えておかないとヤバい気がするんだよ。
根拠なんて何にもないのにね。
「はー、びっくりだね」
一息つきながらミズキが目を丸くしている。
「ファンタジー映画じゃなくてホラー映画だわ」
マイカの感想は的を射ていると思う。
凶悪な面構えの魔物の死骸が通路一面に積み上がっているからな。
スプラッターなシーンも多々見受けられたし。
大柄なトロールやオーガの体格に合わせた氷弾はゴブリンたちには過剰過ぎた訳だ。
腕や脚を吹っ飛ばす原因となっている。
傷口は凍り付いているので止血にはなっていた。
だが、生命力の低い魔物では生きていられるはずもない。
苦悶の表情で倒れている。
結構ひどいものを見せてしまったな。
これからも見せることになるんだけど……
読んでくれてありがとう。




