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335 狂った戦士は風に舞う?

 通路の奥から駆けてくる人影。


「■■■■■■■■■■■■■■■!!」


 理性なき者の咆哮が地下116階の通路に響き渡った。

 うるさいね。

 なに吠えてんのか分かんねえとしか言えない。

 わざわざ口に出して言うことでもないな。

 意味のある言葉じゃないってだけだ。

 ただ、敵意があることだけは明確に理解できた。

 転送魔法で到着して間もない現状がこれである。

 そうなるように跳んで来たとも言うが。

 着くなり敵と鉢合わせにならないようにはしたけどね。

 そしてこのフロアは魔物がウジャウジャいる。

 ここを選んだ理由が、それだ。

 訓練組には狩って狩って狩りまくってもらうまでよ。


「来た早々に熱烈歓迎か」


「暖気なことを言っとる場合じゃないぞ!」


 ハマーが怒鳴っている。


「落ち着かんか、馬鹿者が」


 ガンフォールに頭の上から殴られてゴスッという痛そうな音がした。

 両手で頭を抱えて悶え苦しむハマー。

 それ見て笑っている月影の面々。

 戦闘態勢に入る訓練組。

 ハマーも痛む頭を片手で押さえつつ他の面々に合わせて前に出て並びにかかる。


「ガンフォールも落ち着けよ」


 そう言いながら俺はハマーに対して治癒魔法を軽めにかけておいた。


「いや、スマン」


 ガンフォールが素直に謝る。

 どうやら混乱気味だったという自覚はあるようだ。


「かたじけない」


 痛みの取れたハマーも礼を言ってくる。

 ただし前を向いたままである。

 視界に入った魔物から目をそらすことができないためだな。

 ちゃんと警戒できている。


「■■■■■■■■■■!!」


 またしても咆哮。

 接近した分だけよけいに煩い。

 やはり意味のあるものではなかったが。

 けれども、そこに怒りと渇望があるような気がした。

 バトルジャンキーなのかね?

 思わず聞きたくなってしまった。

 聞いても答えてくれる相手じゃないけどさ。


「主よ、些かハードルが高いのでは?」


 ツバキが進言するように聞いてくる。

 ハードルなんて単語をよく知ってたなと内心で感心してしまった。

 毎度のごとく動画で得た知識だろう。


「何のために訓練用の防具を与えていると思ってるんだ」


 ここで想定されるダメージ程度でどうにかなることはない。

 痛みだけはある程度入る仕様だけどね。

 死にはしない。

 ただ、連続して攻撃を受けたら酷いことになりそうだけどね。

 Mな奴は喜びそうだけど。

 生憎とうちにそんな変態はいない。


「……それを忘れていた、すまぬ」


「謝ることはないさ。

 それに忘れているのはツバキだけじゃない」


「え?」


「ハマーやガンフォールでさえ失念してたからな。

 でなきゃ、あんなに泡食ったようにアタフタしないって」


 俺の指摘にツバキは虚を突かれた表情になった。


「確かに」


「しかも誰も指摘しないしな」


「それは誰も気付いていないと?」


「少なくとも訓練組はな」


「そういう情報は伝えた方が良いのでは?」


 俺たちの会話は訓練組には聞こえていないだろう。

 引っ切りなしに聞こえてくる咆哮にかき消される形になっている。


「教えない方がいいんだよ」


 俺の返答にツバキが怪訝な表情をする。

 さすがに何を狙いとしているのか気付けなかったようだ。


「それに、今更だ」


 前衛として待ち構える訓練組に突進してくる狂気の戦士たち。


「■■■■■!」


「■■■■■■■■!」


「■■■■■■!」


「■■■■■■■■■■■!!」


 初っ端から4体を同時に相手にすることになるとはね。

 意味不明な雄叫びと共に突っ込んでくる。

 迎撃するべく訓練組がエアスラッシュを次々に放つが──


「なんじゃとっ!?」


「うおっ!」


「くっ!」


「嘘っ!?」


「ええっ!?」


「硬っ!」


「そんなっ!」


 訓練組がみんな驚いていた。

 狂人戦士は傷つきながらも突進の勢いは揺るがなかったからだ。

 だが、これは当然の結果である。

 敵が鎧も着込んでいない人型だと侮って威力を絞り込んでいたからな。

 舐めすぎだよ。

 まだまだ甘いね。

 古参組は誰も驚いていないぞ。

 そう指摘したいところだが、そういう訳にもいかない。

 そんな暇はないからな。

 ここからどう対応するかでフォローが必要になる。

 もう距離がないぞ。

 さて、どう対応するかな?

 訓練組の中で唯一、驚きを見せなかったエリスを見た。


「マリア、クリス!」


 強い呼びかけで呆気にとられかけていた2人を現実に引き戻す。


「風壁を二重展開!」


「「はいっ」」


 妹たちの返事を待つ様子もなくエリスは次の指示を出す。


「プラム姉妹、さらに風壁を二重に!」


「「はっ」」


 合計4枚の風壁が突進してきた狂人戦士の行く手を遮る。

 横に広げた分だけ1枚1枚の威力は落ちていた。

 だからこその多重風壁。

 4枚もあれば阻むには充分だった。

 1枚目で突進の勢いを削ぎ。

 2枚目で完全に止めた。

 トロールとは比べ物にならない突進スピードだったんだけど。

 さすがに加減して放ったエアスラッシュのようなヘマはしないよな。

 それでも2枚は突破されたので冷やっとしているかもね。

 理力魔法が使えるなら、もっと確実に止められるんだけど。

 残念なことに訓練組が理力魔法で阻むには練度が足りないが。

 できないわけではない。

 魔法の発動が不安定になってしまうがね。

 一応、訓練組も理力魔法にも徐々に慣れつつある。

 昼の休憩時にマルチライトを使えるようになっていたからな。

 あの程度なら制御できるが、実戦で使いこなせるレベルに到達していないってところか。

 防御や攻撃で安定して使うにはまだまだ不充分だ。

 確実性がないものを安易に使う訳にはいかない。

 実戦で練習しようにも相手が悪いからな。

 何しろ死ぬまで戦い続ける狂気の戦士である。

 この狂人戦士たちは勇猛果敢という言葉さえ置き去りにしてしまうほど戦いを求める。

 見敵必殺とは此奴らのためにあるような言葉だ。

 猪突猛進にしてすべての攻撃が苛烈の一言に尽きる。

 理性を失っているが故に。

 それがバーサーカーである。

 訓練組が防具なしで攻撃を避け損なえば即死を免れないダメージを受けてしまうだろう。

 彼らのレベルは2桁中盤だからね。

 ステータス的には厳しいどころの話じゃない。

 近接戦闘は絶対に避けろと指示はしてあるがね。

 ちょっと意識させすぎたかな。

 そのせいで防具のことを忘れていたのかもしれない。

 ならば、その状況を最大限利用するまでよ。

 緊張感を持っている分だけ集中力が高まっているようだし。

 通常よりも経験値が多く得られるはず。

 少なくとも【諸法の理】では効率を上げる方法として記載されていた。

 そして格上の相手だ。

 パワーレベリングとしては十分な効果を発揮するだろう。

 ただし、並々ならぬストレスも同時に与えている訳で。

 ここに連れてきた俺は鬼畜と呼ばれても仕方がない。

 防具のことも伏せているし。

 そのせいで理性のないバーサーカーとの戦いは精神を消耗する。

 俺たちがフォローすると知ってはいても、狂気を帯びた殺気がその結果をもたらす。

 プレッシャーは死を意識するレベルで感じているかもな。

 まだ誰も怪我はしていないけど。

 いずれミスをする。

 その見極めはしっかりしておかないと訓練組がボロボロになってしまいかねない。

 注意しておかねばな。

 さて、考え込みすぎたか。

 【多重思考】で戦闘自体はちゃんと見守っていたけど。

 バーサーカーたちは風壁で止められた後は為す術なくという感じだった。

 突進を止めた直後にエリスがエアハンマーで上から地面に叩き付けていた。

 ダウン状態になってしまえば隙だらけだ。

 向こうだって起き上がろうとはするけどな。

 だが、わずかな時間とはいえ決定的な隙を見せてしまったのだ。

 それを見逃す訓練組ではない。

 全員で打ち下ろしのエアスラッシュを撃ち込んで終了。

 今度は威力を間違えなかった。

 いや、オーバーキルしていたという点からすると間違えたと言えるか。

 バーサーカーの頭蓋に連続で手加減のないエアスラッシュを入れていたからな。

 終わった後はゾンビも真っ青な状態。

 ハッキリ言ってグロ注意であった。

 見たくないので早々に倉庫へ回収である。


「いかがでしたか?」


 代表してエリスが聞いてくる。

 ガンフォールが目をそらしているところを見ると、自覚がある者もいる訳だな。

 エリスがオーバーキルを自覚できていないのが意外だったが。

 冷静に指示を出していたりしたが、彼女も泡を食っていたってことか。


「やりすぎだ、馬鹿者。

 風壁からエアハンマーまでの流れは良かったのに台無しだぞ」


 珍しくしおしおと萎んでいくエリス。

 プレッシャーに負けていたことに気付いたようだ。


「皆にも言っておく」


 訓練組の面々を順に見ていく。


「何度も言ってることだが、何度でも言うぞ」


 身に沁みて理解できてないからミスをする。


「相手を見た目だけで判断するな。

 本質的な実力を見極める目を持て。

 それができないから今回みたいなことになってしまうんだ」


 みんな表情は渋いが目は真剣だ。

 反省はできているだろうか。

 だが、もう少し続ける。


「想定外は常にあると思え」


 何人かは悔しげな表情を浮かべた。

 どうやらまともに対応できなかったことを恥じているようだ。

 場数を踏んでいるはずのガンフォールやハマーが最も悔しそうだった。

 瞼の裏に焼き付いてしまったかもね。


「これで終わりじゃないからな。

 教訓は次で生かせよ。

 でないと、学んだことを無駄にしてしまうぞ」


 丸っきり無駄になるとは思っちゃいない。

 けれども、これくらい言うことで大きな効果を発揮するだろうことに期待する。

 だから具体的な戦術などはあえて提示しなかった。

 俺が指定したのは行き先や道順のみ。

 そうすることで、このフロアにいるバーサーカーたちを片っ端から片付けていった。

 実にスムーズに始末していくものだ。

 下に隙間を空けた風壁で止める。

 エアスラッシュを下から撃ち込んで足首を片方だけ切り飛ばす。

 なかなか考えたものだと思う。

 走るどころか歩くことすらままならなくなるからな。

 後は風壁を解除してバーサーカーの首にエアスラッシュを放つのみ。

 最初と違って簡単に首が落ちる。

 一度、体験しただけでねぇ。

 こうまで変わるものなのだろうか。

 初戦の慌てふためく姿は何だったんだよ……


読んでくれてありがとう。

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