330 納得させた後は首を刈るだけの簡単なお仕事です
あー、もうっ!
親切心で首を突っ込んでくるお節介な奴ほど面倒なものはない。
どんな風にシミュレーションしても説得できる形が描けないのがもどかしい。
ノエルが4人組にとっては瞬間移動に等しい動きを見せたのに引き下がらないんだから。
暗にお呼びでないと告げられていることに気付いてくれよ。
言われなきゃ分からんか?
いや、言われても分からんのだろうな。
戦闘力ではベテランクラスかもしれないが、経験が圧倒的に不足しているってことか。
これが若さというものか。
いや、俺の方が十代だから若いんだけど。
とにかく槍男を説き伏せる時間がもったいない。
赤の他人のために貴重な休みの時間を使うのがと言うべきか。
結論。実力行使あるのみ。
俺だけなら噂になってもしょうがないと諦める。
それなら、やりようはあるのだ。
俺がデモンストレーションをして4人組を納得させる。
それで帰らせることができれば他の皆の魔法を見せなくて済むからな。
大魔導師の集団とか噂になると今後の活動に支障をきたしかねない。
いずれ皆も噂になることは充分に考えられるんだけど。
だとしても、俺ほどではないと思わせることはできるだろう。
上手くいくかどうかまでは不明だがね。
とりあえず、この場はさっさと納得させて御退場ねがおう。
「心配は無用だ」
槍男に語りかけると同時に右手を正面に向けた。
4人組の間を抜けるコース。
掌に炎を灯すとギョッとした表情で固まっている。
「動くな。
そしてよく見ておけ。
これが賢者の魔法だ」
野球のボールほどの炎の塊を撃ち出した。
4人組の間を矢が飛ぶほどのスピードで抜けていく。
1発目を見た4人組は信じられないものを見たという顔をしている。
無詠唱で魔法が撃ち出されるとは思わなかったのだろう。
だが、まだだ。
2発目をすぐに撃ち出す。
嘘だろと顔で語っている面々。
今度は発射間隔の短さに驚いたか。
そんなものは気にせず3発目を放った。
そして顎で飛ばした先を指し示す。
釣られるように炎の球が飛んでいった方を振り返った4人。
そのタイミングで1発目が通路の奥で爆ぜた。
「ドッ!」
続けて2発目が、そのやや手前で。
「ドオッ!」
最後の3発目は十メートルほど先の所で炸裂。
「ドゴォッ!」
何もない空間に向かって爆炎球を3連射というわけだ。
轟々と爆音が響き渡る。
そういう演出になるように放った。
飛んでいく速さも抑え気味に。
なおかつ3発の飛距離も威力も変えた。
奥の方を弱く手前の方を強く。
演出効果を高めるためにね。
3発目は音も派手だが、その後に来るものの方が本命だ。
破壊対象があれば威力を見せつけることができる。
だが、今は何もない空間で爆発させただけだ。
ならば見えなくても感じるもので分からせる。
「うわっ」
「っ……」
「くっ」
「きゃっ」
風だ。
爆炎球の熱を帯びた風。
痛みを感じるほどの熱はない。
が、それでも爆炎球が発した風であるとわかる。
音だけでびくついていた4人組が熱風を受けて固まってしまう。
「この程度のことは朝飯前なんだよ」
俺の方を振り返った4人組が驚愕の表情だった。
些かやり過ぎただろうか。
彼らの様子を見るに音だけで充分だったような気もする。
だが、まあここで遠慮などしない。
畳み掛けるのみだ。
「俺は賢者であって剣士じゃない」
槍男を見た。
唖然とはしているが、言葉は届いているようだ。
「噂に惑わされて現実を見ようとしないから判断を誤る」
見落としを指摘されたような小さな驚きを見せた。
「俺は実践派でな。
剣も使える、魔法も御覧の通りだ」
4人組の目に浮かび上がるもの。
隔絶した実力を見せつけられた者の諦めの混じった納得がそこにあった。
思わず溜め息が出そうになる。
納得させるためのデモンストレーションとはいえ、やり過ぎた。
彼らの脳裏には確実に焼き付いたことだろう。
ああ、噂の種がひとつ増えてしまったな。
噂されることは覚悟したとはいえ、加減を間違えたのは痛恨事である。
相変わらず俺はバカだ。
まあ、身内が化け物扱いされずにすんだことで良しとしよう。
「今の3発でトロール5匹は確実に爆散する」
返事はなかった。
だが、彼らの表情から察するに否定するつもりはないようだ。
「これでも引き止めるか?」
激しく頭を振る槍男。
納得してくれたようで何よりだ。
できれば最初からそうであってほしかった。
「じゃあ、そういうことで。
君らは帰った方がいい。
その心理状態ではミスを誘発しかねない」
余計なお世話だが忠告しておく。
彼らのためではなく、こちらの保険だ。
彼らが忠告を無視して致命的な事態に陥るなら、それは彼らの責任だ。
文句は言わせない。
それだけのことなので返事は確認しなかった。
言い終わる前から歩き始める。
トロールたちが湧き続けているであろう部屋へと繋がる脇道へと。
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顔色の悪いデカい首が地面から生えていた。
合計5個。
生首という訳ではない。
体が埋まっていることは見ただけで分かる。
故に生えている、だ。
首の正体は言うまでもなくトロールである。
約4メートルの体が地中にあるのだが身動きが取れずにいた。
その巨体がもたらすパワーをもってしても抜け出すことはできずにいる。
昨日のオークやオーガと似たようなことになっている訳だな。
首から上しか自由にならない状態では巨人といえど迫力はない。
凶暴を絵に描いたような怒り顔で何か吠えているけどね。
ちなみにその咆哮は言語になっていない。
ただただ吠えるのみ。
間近で聞くと煩いったらありゃしない。
4人組と遭遇した場所まで届かなかったのは風壁でブロックされていたからだ。
ノエルがやったのかと思ったらレオーネの仕事らしい。
「いえ、あの……
ノエルちゃんに頼まれまして……」
なるほど、さすがはノエル。
月影でリーダーをやってるだけはあるね。
俺がついて行かせた意味をちゃんと理解してくれている。
ということで双方を軽く褒めておいた。
「それにしても見事な足止めね」
マイカが感心している。
泥や土ではなく岩の中に閉じ込めた形になっているからな。
鑑定して確かめたようだ。
「これって、どうやったの?」
ミズキが首を傾げて聞いている。
「泥沼に落としてから岩にした」
「そうなんだ」
ミズキはすんなり納得したみたいだけど、気付いているのかな。
ノエルが事も無げに答えたけど簡単じゃないんだよ。
泥から岩に変える過程で高度な制御が要求されるからね。
粘性を上げていって最終的に固めた感じかな。
気になって確かめてみたらノエルのMPが大きく減っていた。
ここだけじゃなくて他に8匹のトロールを同様に処理しているようだし。
召喚型トラップになっている宝箱周辺も何らかの形で処理しているはずだ。
本人は涼しい顔をしているけどね。
でも、回復分を考えれば倦怠感を感じるギリギリまで魔力を使ったはず。
まったく……
「無茶してるな。
魔力は常に余力を持たせておけよ」
万が一を常に頭に入れておかないとね。
「わかった、ごめんなさい」
ちょっとションボリなノエルさん。
張り切りすぎた自覚はあるらしい。
「分かればいいんだ」
そう言いながらノエルの頭を撫でる。
俺だって苛めたくてこんなことを言っている訳じゃない。
それを分かってもらいたくて何度も撫でる。
「次に同じミスをしなければ上出来」
そう言いながら固形のMPポーションを渡した。
「ありがと」
はにかみながら受け取って口にした。
モグモグと可愛らしく咀嚼していく。
実に天使なお姿である。
一方でトロールはちょうど今、スパッと首をエアスラッシュで切り落とされていた。
現場到着から今まで時間がかかったのは順番をジャンケンで決めていたからだ。
4人組が見ていたら何と思っただろうな。
暖気すぎる?
それとも一撃必殺に驚くか?
いかにトロールでも頭部だけでは生きていられないんだが。
そういう情報は知らんだろうし。
知っていても人間の倍を超す上背のある相手だ。
首を刈り取るなんて普通はできない。
風属性の得意な魔導師でも一発切断できる者は少ないだろう。
動くに動けない状況なんて俺たち以外に作れるとは思わないし。
条件の悪い状態で切り損ねれば言わずもがなの結果が待っている。
少しでも胴体と繋がっていれば再生されてしまうのだから。
放出型の魔法じゃ連射は無理だ。
しくじった時に備えて複数の魔導師が準備しているなら話は別だが。
冒険者でそこまでできるパーティがどれ程あるだろうか。
頑丈な魔物の首を落とせる威力の風魔法を使える魔導師というだけでもレアなのに。
となれば、1発目をしくじってしまえば元通りに再生されてしまうということだ。
2発目の呪文を唱えるのと競争ってことになるからね。
それなら弱点である火属性の魔法を使った方が手っ取り早い。
逆にうちは風属性を使った方が魔力の消耗が少なくてすむ。
トロールは固定済みだし。
内包型の魔法を教えたことで制御力も上がっている。
首をスパッとやっちゃうくらいは楽勝コースだ。
それで絶命させることはできるんだけど後始末となると話は別。
首チョンパなんてしちゃうと派手にブシャーッと血の噴水が湧き上がってしまうからね。
ただ、そこも抜かりはない。
血圧で押し出された血柱は次の瞬間には凍り付いていた。
レオーネの魔法によって。
凍らせるとは考えたものだ。
飛散防止になるし体内に残る血を止めるフタにもなる。
傷口を焼くことでも血は止められるが、飛び出した分は散るからね。
けっこう派手に吹き上がるからレオーネの判断は素晴らしいのひとことに尽きる。
血飛沫を止めろと指示したのは俺だけどさ。
止め方までは指定していなかったからなぁ。
俺なら理力魔法で強引にフタをしたかな。
そんな訳で彼女の工夫に感心させられた。
本人は与えられた仕事をしただけと思ってそうだけど。
「いい判断だ。
引き続き頼む」
そう言うと照れくさそうに「はい……」と答えた。
姐さんと呼ばれていた頃の彼女からは想像できない可愛らしさがあるね。
たぶん、これが地なんだろう。
いい傾向だ。
今後もこういう一面を引き出してあげられればと思った。
それはヤクモにいる新規国民組もだ。
みんな俺の身内になったのだから……
一度に何でもかんでもできる訳じゃないけどさ。
少しずつでも、ね。
読んでくれてありがとう。




