32 丁重にボコります
改訂版です。
「オープン・ザ・トレジャリー」
俺の背後にある空間が縦横十メートルほどの範囲で揺らぎを見せた。
水面に起きた波紋のように。
次々と波紋ができていき、そこから剣や槍などが姿を現す。
理力魔法で宙に浮かせて待機状態とする。
その数、二百。
まだまだ増やしても問題なく制御できる。
神級スキル【多重思考】もゴブリン討伐の時より熟練度が上がったし。
控えめにしたのはオーバーキル防止と見栄えを気にしてのことだ。
「やり過ぎちゃった、てへっ」
なんてのは御免被るし。
「なんかゴチャゴチャしててダッセェの」
とか言われるのも嫌だ。
適度な配置で威圧感もばっちりあるというのが理想である。
せっかく某金ピカさんのアレを再現したんだからさ。
『名称はまるで別物だけどね』
俺のは宝物殿じゃなくて亜空間倉庫なんだけど。
まあ、リスペクトだと思ってほしい。
向こうのお宝感満載の武器に比べるとショボいと言われそうだけど。
『大丈夫、狙い通りだ』
剣や槍の更に背後から「おおっ!」というどよめきが聞こえてくるもんな。
失敗したらどうしようかってドキドキしていたのは内緒である。
実は神級スキル【魔導の神髄】を得たからやってみたんだけど。
ぶっつけ本番です、ハイ。
なんにせよ【魔導の神髄】のお陰で倉庫への出し入れをする影響範囲が拡がった。
前は非接触だと数メートルまでだったのが倍以上でもまだ余裕がある。
さすがに影響範囲を具体的に検証なんてしていられないがな。
翼竜たちはもう目前にまで近づいているのだ。
「舐められたものだな」
こちらに接近しつつも減速を始めている。
一直線に飛び込んできて体当たりというパターンはなさそうだ。
「突っ込んできたらカウンターの餌食にしたのに」
『とりあえずは様子見だ』
大方、上空でホバリングや旋回をして威嚇しようというのだろう。
その時点で自分たちがビビっているということに気付いていないのか。
『ヘイヘーイ、ピッチャーびびってるー』
などと言いたいところだが、それだと妖精たちには訳が分からんからな。
「この勝負、勝ったぞ。
奴らは無意識に俺たちを恐れている。
勝利は我らにありだ!」
「くくぅー!」
勝つぞー! とローズが続く。
静かな殺気をジワジワと放ってバイオレンスな方面でやる気満々です。
そして妖精たちが続く。
「「「「「おお────────っ!!」」」」」
妖精たちの雄叫びが周囲に轟いた。
当然、翼竜にも聞こえていたはずだ。
故に更なる減速をしてくるのだが。
そこまでしてもビビっていることに気付いていないらしい。
帰るという選択肢は存在しないようだ。
『脳筋なのか、馬鹿なのか』
後者は確実だ。
知能は海竜並みだし。
本能レベルで恐れていることに気付けるなら大陸から飛んで来たりはしないか。
ペース配分とかも考えられないくらいだからな。
身体強化の魔法を使って速度アップしておきながらMPが残り2割を切っている。
帰りのことを考えていないどころか、到着後の戦闘についても考慮していまい。
『今ならまだ逃げても見逃すんだけどなぁ』
さっきから待ってるんだけど、一向に攻撃してくる気配がないんだよ。
とっくに到着してるのに頭上をグルグル飛び回って鬱陶しい。
まるでデカい蚊柱だ。
『威嚇すればビビって逃げ出すとでも思っているのか?』
確かに普通は象と同じくらいの巨体が数十メートル上空を飛べば威嚇になると思う。
けど、ここには恐れて震えたり逃げ出す者などいない。
妖精たちは訓練の成果から堂々としていた。
『こちらが背を向けるのを待つ時点でビビっていることに気付きやがれ』
攻撃してくるまでは待とうと思っていたけど方針変更だ。
今から逃亡は許さない。
「羽根が生えたトカゲの分際で俺たちに立ち向かおうなど笑わせる」
風魔法で圧縮した空気の塊を作って飛び回っている翼竜どもの鼻っ面にぶつける。
亜竜であるとはいえ龍の端くれ。
その程度で傷つきはしない。
が、見えない何かをぶつけられれば驚きはするよな。
案の定、当たった直後に奴らが顔を顰めて仰け反っていた。
飛び回るのを止めてホバリング状態でギャアギャアと鳴きながら威嚇してくる。
『思惑通り過ぎて笑えるわ』
「逃げ去らなかったことを後悔するがいい」
『わざわざ狙いやすくしてくれてありがとうってな』
「墜ちよ!」
展開させた剣と槍を撃ち出した。
一瞬で着弾し切り裂き貫通していく。
翼腕など簡単に断ち切ってしまっていた。
翼の膜で辛うじて胴体と繋がっている様な状態では飛べるはずもない。
次々と墜落していき轟音と地響きが周辺を支配する。
結構な高さから60を超える数の巨体がほぼ同時に落ちたからねー。
普通なら地面が派手に陥没する所だけど魔法で地面を硬化させておいたから問題ない。
ああ、でも翼竜たちには問題ありかな。
堅い場所に叩きつけられたんだから。
大半が脚を潰されて行動不能に近い状態だ。
首が長いお陰で重心バランスが下半身よりになっているせいだな。
もし、頭を打ち付ける間抜けがいたなら即死していただろう。
考えていた以上に都合の良い状況だ。
俺は振り返って妖精たちを見た。
「ワイバーンはもはや飛べぬが油断だけはするな。
首が健在なら噛みつくぐらいはしてくるはずだ」
そこは妖精たちだって分かっているだろうがな。
責任ある立場になれば老婆心も湧き上がってくるのだ。
俺1人でやるなら気楽なものなんだけど。
今なら俺が錬成魔法を暴走させたときのベリルママの心境もよくわかる。
すぅと息を吸い込んだ。
「者共、かかれ───っ!」
吸い込んだ空気をすべて吐き出すように号令をかけた。
「くー!」
俺の言葉にローズが真っ先に反応した。
「「「「「おお───っ!!」」」」」
少し遅れながらも気合いでは負けていない妖精たち。
士気も上がろうというものだ。
その勢いもあって、瞬く間に翼竜たちは仕留められていった。
翼竜も必死に抵抗しようとしたのだが。
「くくぅくうくっくくぅ!!」
そんなものは許さない!! とばかりに大張り切りのローズさんが突っ込んでいった。
鉤爪は収納して素手状態だけど。
俺が妖精たちを鍛えるために翼竜を撃墜したと理解しているからかね。
それでも嬉々として「くーくー」言いながらタコ殴りですよ。
腕を鞭のようにしならせながらグイーンと伸ばしてフック、アッパー、ストレート!
思わず「アニメかよ!」とツッコミ入れそうになった。
ドドドドド─────ッと連打で派手に殴るけど止めは刺さない。
次々に標的を変えていく感じだ。
殴られた奴はフラフラして朦朧とした感じになっていた。
中には完全にダウンしている奴もいたほどだが、ローズは手を抜いてるな。
あの様子だと軽度から中度の脳震盪を起こしていると見て間違いない。
「スゲえわ」
『鼻歌交じりに超ヘビー級の相手をKOするかよ』
ただ、中には横槍を入れようとしてくる奴もいる。
一応は翼竜にも仲間意識があるらしい。
でなきゃ群れたりはしないか。
けど、そんなの関係ねえとばかりに手数を増やして圧倒。
手を出させなければ回避するまでもないとばかりにね。
それでいて余裕がある。
レベル293は伊達じゃない。
もうね、完全にアニメの世界だわ。
残像で腕が何本にも見えるし。
理力魔法で宙に浮いて戦っているし。
移動なんて瞬間移動かよってくらい速いもんな。
「魔法で空気を固めて蹴っているのか」
『アレなら妖精たちにも真似できそうだ』
そんなこんなで、あっという間に作業完了。
ローズの場合は本当に戦闘じゃなくて作業だったよ。
パンパンパンと手を払って悠然と歩いて戻ってくるし。
手負いの魔物をタコ殴りにするだけの簡単なお仕事です、とでも言いたげに見える。
『アクシデントがあったら俺もフォローしようと思ってたけど不要だったな』
一方、妖精たちは忍者スキーなだけあって素早い動きで油断なく接近。
あとはノックアウトされた翼竜を仕留めていくだけの簡単なお仕事です。
キック一発、首ポッキリ。
以前の妖精たちなら何発蹴ろうとも翼竜には痛みさえ感じさせなかったはずだけど。
シュシュッと近づき一撃必殺。
この短期間でよく成長したものだ。
おかげで妖精たちも作業しているようにしか見えんわ。
子供組と呼ばれている幼い妖精たちすら至極あっさりと翼竜の首を蹴り折っていく。
俺が号令を掛けてから終わるまで、ほんの数分。
「うわー、終わっちゃったよ」
戦闘訓練にもなりゃしない。
経験値は得られたみたいだけど。
最初は戦闘が苦手だと言っていたツバキがレベル100の大台に到達したし。
一番レベルが低かった子供組も50になった。
効率良すぎだ。
本来なら一撃で始末できる獲物じゃないもんな。
『ああ、俺だけじゃなくて妖精たちまでもが翼竜を獲物扱いするようになったんだ』
今回は地上戦限定で敵の攻撃はなしという条件付きだったけど。
この勢いだと本当に翼竜を獲物扱いする日も近いか。
獲物にされる側は堪ったもんじゃないだろうが。
まあ、自業自得だろう。
ルベルスの世界は弱肉強食である。
惑星レーヌではいかに強力な力を手にしていようと弱みを見せた方が負ける。
それだけのことだ。
さて、獲物はおいしくいただきます。
実に楽しみである。
コイツらは鶏肉に近い味になるみたいなのでね。
豚肉っぽい海竜とは、また違う訳だ。
食べる前は海竜も鶏肉に近い味だと思っていたんだが。
これは【諸法の理】の評価情報が古すぎて間違っていたみたい。
古文書か何かの情報をそのまま吸い上げたのだろうか。
原典が分からないので、そのあたりは謎である。
そして量もある。
当面は肉の心配をしなくて良さそうだ。
早いとこ各種調味料も調達しないといけない。
そのあたりは実に切実な問題であると言えるだろう。
もうひとつ問題がある。
皮だ。
肉を捌くほどに余っていく。
チキンと違って皮は硬くて食えないからな。
防具の素材になるくらいだし。
「ああ、そうか。
防具にすれば良かったんだ」
そういや忍精戦隊ヨウセイジャーの戦闘スーツを作るんだったっけ。
ならばここは【万象の匠】スキルの出番だ。
魔力を纏わせた手刀で翼竜を捌いて手早く皮をはがしていく。
はがした皮を丁寧になめしていけば……
あっという間に翼竜の革の出来上がり~。
なんだけど今日はここまで。
そろそろ晩飯の時間だ。
読んでくれてありがとう。




