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310 手本と発奮する言葉?

修正しました。

止めらた → 止められた


 左手でハサミを止めたらザリガニが力を込めて押し付けてきた。

 生憎だがそれくらいじゃ潰れんよ。

 レオーネでも潰れないだろう。

 手本という以上は、そこを計算に入れておかないといけない。

 そんな風に考えていたら反対側のハサミを広げて突き出すモーションに入っていた。

 ほう、止められた方で押さえ付けてぶった切るつもりだったのか。

 狂乱状態だから本能的な動作なんだろうが。

 戦闘プログラムはそこそこ優秀なようである。

 機動性が皆無なのでお話にならないが。

 おそらく水中戦に特化したタイプだと思われる。

 いずれにせよ本能的にそういうことができるとは考えていなかった。

 俺としては予想外である。

 まあ、泡を食うほどのことではないんだが。

 少しザリガニを舐めていたのは事実だな。

 俺は止めたハサミを横にずらして受け止めた。


「ガチッ!」


 突き出してきたハサミと俺がずらしたハサミの殻がぶつかり合う。

 挟み込む動きはなかったが突き出されたハサミの一撃は巨大な斧そのものだ。

 岩の一つや二つならへし折るように切られていただろう。

 だが、当たったのはザリガニにとって己のハサミを支える腕部の甲殻である。

 筋肉がしこたま詰まっているであろうその部位は防御手段としても用いるのだろう。

 ひときわ堅い甲殻で覆われているようだ。

 現にハサミが叩き付けられても割れるような様子がない。

 せいぜい軽い傷程度の損傷があるかどうかだろう。

 ハサミの方も同様だ。

 折れたり欠けたりはしていない。

 奴の最強の矛と盾は一度ではけりがつかないようだ。


『おーおー、頑丈だなぁ』


『暖気なことを言わないでください』


 両腕で圧力をかけてくるザリガニにレオーネは慌てた様子を見せていた。

 ザリガニもレオーネも俺がこの程度で押し潰されると思っているのだろうか。

 レオーネには辛いな。

 このままだと手本にならなくなる。

 そういう時は──


『こうだ』


 力の方向をずらしてやるだけでいい。

 自重の助けも借りてのしかかるように力を込めていたザリガニはそれだけで前のめりに倒れていった。

 俺はその巨体が脇を流れるように倒れていくのを眺めるのみである。


『凄い……』


『別に凄くはねえよ。

 あのまま押し返しても良かったんだがな』


『え?』


 訳が分からないという顔をして俺の方を見てくるレオーネ。


『それをやったら手本にならんからやらんだけだ。

 あの攻撃を押し返すくらいはローズやシヅカにも楽々できることだぞ』


 レオーネが目を丸くしていた。

 いや、その状態で固まるほどのことじゃないだろ。

 俺がバーグラーの城をわずかな時間で破壊し尽くしたのを見ているというのに、それかよ。

 あれは魔法だったけどさ。

 もしかして俺って魔法特化型だと思われているのだろうか。


『言っておくが、俺にはあの程度の奴は雑魚でしかないぞ。

 あの程度の攻撃じゃ避けなくてもダメージは入らんし』


『は?』


 レオーネが間抜けな感じの顔になっていた。

 じゃあ何故という疑問がその瞳に見え始めた段階で邪魔が入る。

 ザリガニが起き出してきた。

 やはり遅い。

 地竜ならすかさず振り返っていたはず。

 ともかくザリガニの攻撃再開だ。

 ここでレオーネにバトンタッチは良くないだろう。

 動揺した状態じゃな。

 もう少し立ち直った状態になってからだな。

 ザリガニは再び威嚇してくるかと思ったんだが、それはないようだ。

 ハサミを広げて突いてくる。

 レオーネに可能な範囲の動きで捌いていく。


『手本を見せると言っただろ』


『はい』


 ようやく少し落ち着いてきたようだ。


『レオーネのできる範囲のことしかしていないってことだ。

 急激なレベルアップで戸惑っているのは分からんでもないがな』


 レベルアップする前の常識が頭にこびりついているのだろう。

 人間が超大型の魔物相手に単独で対抗できる訳がないと思い込んでしまっていたんだな。

 だから己の能力にも振り回されてしまう。

 加減すべきところで全力になれば、そりゃあすっ飛んでいくさ。

 じゃあ、さっきまで際どい回避ができていたのは何だということになるが。

 あれは声を出すことに意識を向けることで体への意識を弱めていたんだと思う。

 反応が遅れてギリギリになるのも声出しと体の動き出しが同時ではないからだ。

 とはいえ、これは俺の強引なこじつけ的な推測に過ぎない。

 正解は本人のみぞ知る、だろう。

 聞くつもりはないが。

 いや、聞いてもレオーネ自身が人に説明できる状態ではないと思う。

 本人だって無意識だったに違いないからだ。

 どちらにしろ無駄なことである。

 いかにレオーネが力加減を身につけるかが課題なのだ。

 そういう意味では今回の相手は丁度良かったのかな。

 間合いを取れば接近するまで時間が稼げる。

 俺は何度目かの連続突きを躱して飛び退いた。

 先程からこれの繰り返しである。

 ハッキリ言ってしまうと単調な作業になっていた。

 そろそろレオーネと交代してもいいだろう。

 そんなことを考えていたらザリガニが泡をぶくぶくと吹き始めた。

 今頃になって新しい攻撃かよ。

 泡を飛ばしてくるつもりなのは明白だ。

 こういう時のお約束だもんな。

 粘着性の高い泡で動きを止めるか。

 あるいは──

 ザリガニが泡を飛ばしてきた。


『ハルト様!』


 心配しすぎである。

 気持ちは嬉しいけれど不意打ちですらない攻撃に後れを取ったりはしない。

 泡は魔法で対処しても良かったが大きく横っ飛びして躱しきる。

 飛んで行った泡はジュウジュウと肉を焼いている時のような音を立てていた。

 音だけ聞けば旨そうに思えるんだが、奴が吐き出したものだしな。

 それに嫌な匂いがしている。

 明らかに溶解液の類いだ。

 ザリガニの口元が何ともないのが反則だと思うけれど。


『どうやら溶解液のようだから、ちゃんと躱せよ』


 念のためにレオーネに注意喚起しておく。


『そ、そんな!?

 早く変わってください!

 私が其奴の相手をしますっ!!』


 えらく焦っているな。

 俺があの程度でどうにかなると思われているというのなら心外だ。

 心配してくれるのは嬉しいがな。


『落ち着けよ』


 念話でそう言いながらも次弾が飛んで来た瞬間に俺は踏み込んでいた。

 今度のは量が少ないが勢いがある。

 まあ、弓矢ほどの速さでしかないが。

 そこを見極めてザリガニの懐に入り込んだ。

 易々と躱したはずだがレオーネの顔色がよろしくない。

 しょうがないなぁ。


『俺がこの程度で怪我でもすると思っているのか』


 ザリガニの懐に入りきった所で声を掛けた。

 最初から理力魔法で泡を引っ被らないようにしてあるけどね。

 だって、ザリガニは生臭いんだよ。

 ストレートに言うならドブの臭いだ。

 あれの臭い付きの唾液なんだぞ。

 ばっちいじゃないか。

 だったら躱さずに魔法で押し退ければいい?

 それじゃレオーネもそうせざるを得なくなるだろ。

 内包型の魔法は練習中のレオーネに真似をさせる訳にはいかん。

 懐に入った時も泡を吐き出してくるなら相応の対処をしないといけないしな。

 そのザリガニだが、待ち構えていたかのように振りかぶっていた。

 口元のブクブクはない。

 あれは距離を取ったときのみ使う攻撃手段のようだな。

 狂っていても本能に刻み込まれたパターンを無視するような無茶な攻撃はしてこないらしい。

 インファイトでの泡ブレスは自爆もあり得るからな。

 どうやら奴の甲殻もあの泡には耐えられないみたいだ。

 奴の口元が溶けない秘密は中和する泡を同時に出して口元を覆っているからである。

 わざわざ口元を鑑定したので間違いない。

 残されたコイツの攻撃手段はハサミだけだ。

 そしてザリガニがハサミを振り下ろしてきた。

 カウンターを狙っていたかのようなタイミングだ。

 狩りの時のパターンのひとつなんだろうが合理的だと言える。

 並みの相手ならまともに貰っていただろうな。

 だが、この程度じゃレオーネにだって通じない。

 俺はセーブした力でハサミを受け止めた。


『溶解液を被ろうが丸太みたいなハサミを食らおうが俺に効果がある訳ないだろう』


『……はい』


 レオーネの返事は鈍い。

 俺の言っていることが信じられても心配であることに変わりはないのだろう。

 とはいえ、これだけ見せれば充分だろう。

 他にザリガニの方で何か隠し球があったとしても、そこはレオーネに対応させる。

 それくらいはできなくては困るよ。

 まあ、なるようになるだろ。


『心配しなくても大丈夫だ。

 そろそろ交代するぞ。

 気持ちを切り替えろ』


『は、はいっ』


 些か不安の残るところではあるが、いつまでも過保護に待つのは良くないだろう。

 とりあえず切り替えのタイミングをどうするかね。

 向こうに放り投げるか。

 泡を飛ばしてくる可能性はあるけど、それは予備動作があるからな。

 そして予備動作のないハサミの突きが来た。

 まったく何とかのひとつ覚えだな。

 鬱陶しいので押さえ付けにかかっていたハサミを押し返す形でザリガニを投げ飛ばす。


「ガチン!」


 結果として目の前でハサミが閉じられることになった。

 残念賞だ。

 後はレオーネがお前を始末するだろう。

 心の中で手を合わせながら飛んで行くザリガニを見届けた。

 けっこう飛ぶもんだな。

 ハサミがもげないように加減したつもりなんだが。

 攻撃手段を失ったザリガニなど徐行運転しかできない戦車のようなものだ。

 たとえ反対側のハサミが残っても満足に使えるものではない。

 著しくバランスを崩して満足に攻撃できなくなってしまうのが目に見えているからな。

 固定砲台よりはマシかもしれないが。

 そんなことになったらレオーネを鍛える予定がパアになってしまう。

 当のザリガニは無事に着地した。

 脚部が華奢すぎて体で着地する形になったのが良かったのだろう。

 もちろんハサミは健在である。

 さて、丁度いい感じで距離が取れた。

 これでバトンタッチするとしよう。


『行け、レオーネ』


『はい』


 返事の具合から察するに少しは落ち着いただろうか。

 なんとなくだが不安感が混じっているような気がするんだが。


『これくらいは月影の面々にもできるぞ』


 煽るのは良くないかと思いつつも他に発奮させられる言葉が思いつかなかった。

 レベルが4桁になっても人生経験では若造も同然だ。

 情けないと思うがね。

 レオーネの方を見ると小さくガッツポーズをして気合いを入れていた。

 対抗意識を燃やしたという感じではないようだが、はて?

 なんにせよ目の色が変わった。

 だが、気負うような様子はない。


『行きます』


 静かな一言だった。

 なのに決意を感じさせる。

 今までのドタバタぶりが嘘のようだ。

 レオーネが歩くような一歩を踏み出す。

 かと思うと、次の瞬間にはザリガニの懐に飛び込んでいた。

 今までとは明らかに異なる緩急のある動き。

 完全にセルフコントロールできていると見て良いだろう。

 変化が急激すぎて、こっちが戸惑うじゃないか。

 振り下ろされるハサミへの対処も今までと違うし。

 呼び込むような動作でハサミを受け、円を描くように動き受け流す。

 ザリガニの方は思わぬ方向へハサミを流されたことで勢いを殺しきれていない。

 次の瞬間には勢い余ってクルッと引っ繰り返っていた。

 ハサミを振り下ろした時よりも派手な「ズッシーン!」という音が響き渡る。

 ザリガニはハサミを振り回して暴れていた。

 起き上がろうと必死な様子を見せている。

 あっと言う間の出来事だったな。

 まるで別人である。

 さっきまでアタフタしていた人間とは思えない。

 何処にスイッチがあるか分からんもんだな。

 先程の一言が切っ掛けだとは思うが、何がどう作用したのかはサッパリだ。


読んでくれてありがとう。

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