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308 矢で射るだけでは終わりませんでした

 俺が知らないはずのことを言い当てたせいでレオーネが混乱している。

 良くあるパターンだと思って言ってみただけだってのに。

 世慣れてないというのを考慮すべきだったな。

 一発で言い当てられた方はそんな風になってしまうのか。

 たとえ偶然であってもね。

 こっちが混乱させられそうだよ。


「たまたまだ、気にするな」


 そうは言ったが信じてもらえそうにない。


「はあ」


 返事をしたレオーネが周囲の待機組に視線をさまよわせていた。

 助けを求めるようなそれに皆うなずきで応えていた。


「あれくらいで驚いていたら体が幾つあっても保たないよ」


 リーシャが割と失礼なことを言ってくれる。

 いや、フォローしてくれているのは分かるんだけど。

 方向性を間違えているのがもどかしいというか、ねぇ……


「そ、そうなのか?」


「色々と見てきたでしょ」


 つい先日の出来事だけを色々あったように言われるのはなんだかなぁ。

 まあ、でも総長たちがいるし。

 あからさまに言う訳にはいかない。

 そう考えると、その言い方もしょうがないのか。

 納得しがたいものがあるけれど。


「あ……」


 レオーネが思い出したように納得している。

 インパクトのある出来事だったろうしな。

 忘れる訳もないか。

 複雑な心境だが、納得してくれるならそれでいいさ。

 怖がられるよりはマシだと思う……


 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □


 あれからどれ程の時間が経過しただろうか。

 面倒くさいから計ってはいなかったんだよな。

 まあ、でも雑談しながら待っても退屈しない程度の時間なのは確かだ。


「終わりましたね……」


 総長が全滅した魔物たちを見て呆然としている。


「まさか、こんな短時間で方がつくとは思いもしませんでした」


 自嘲気味の笑みを浮かべる総長。

 そのあたりは仕方がない。

 本来なら国が総力を挙げて対処しなければならないほどの緊急事態なのだ。

 俺のように直前とはいえ発生を予測したりできないし。

 魔物が狂乱しているせいで普段よりも何倍も手強くなる。

 痛みを感じず体力が尽きるまで攻撃してくる魔物なんてアンデッド並みに厄介だ。

 その上、数の暴力で押し切られてしまう。

 今回のように大半がオークである場合は最初から打って出るのは下策と言われるだろう。

 それを完封してしまったのだからな。

 いや、総長がそう思い込んでいるだけなんだが。


「まだだ」


「え?」


「まだ迷宮は完全に暴発しきっていない」


「ど、どういうことですか!?」


 目を丸くした総長が聞いてくるが、それには答えなかった。

 後が面倒そうだがちょっと派手目に演出しながらオークを凍り漬けにしたまま回収していく。

 何回かに分けて回収したけど、それでも大事に見えるだろう。

 召喚魔法の応用ということにしておくが、規模とか半端ないんだよな。

 分割しとかないとさすがにマズい。

 部外者がいなきゃ一発回収なんだけど。


「……………」


 思った通り、さすがの総長も口を開いた状態で固まってしまっていた。

 1回で倉庫行きにしなくて正解だったな。

 そんなことしたら総長ですら腰を抜かす程度ではすまなかったと思う。

 ああ、でもどうしたもんかな。

 気にしている余裕がない。

 時間的猶予は多少あるけど、出てくるのが厄介そうなんだよ。

 仕留めた魔物を回収するよりもヤバそう。

 倒すのがじゃなくて部外者に見せるのがね。

 今回、仕留めた魔物たちを排出するのに使われた魔力量とほぼ同等の魔力が残っているのだ。

 最初はそれで全力だと思っていたんだけど、途中で気付かされた。

 2段構えの迷宮とか反則もいいところだろう。

 それだけなら1回目の湧き出した魔物を回収後に同じ作戦で対応すれば良かったんだが。

 嫌なことに次に湧くのは1体だけのようなのだ。

 何となくだけど俺には分かる。

 オーク数百体分以上の魔力で湧き出す魔物?

 冗談でしょと言いたいが、冗談ではない。

 推定される魔物は間違いなく亜竜クラスだ。

 何が出るかまでは俺にも分からないけど、そこだけは感じ取れた。

 それはいいとしてだ。

 問題は連戦になるレアケースにギリギリまで気付けなかったことである。

 第1陣が湧いた後に第2陣の存在に気が付くとか俺も間抜けすぎだろ。

 思い込みがあったせいなんだが、そんなのは言い訳にもならない。

 ちゃんと確認しなかった俺が悪いのだから。

 そのせいで対応をどうすべきか考えさせられる訳で。

 後始末のことを考えようにも対応策の方に気を取られてしまう。


「ツバキ、埋めといてくれ」


 指示の方も適当になってしまった。

 どう考えても人前で単独でやらせる仕事じゃない。


「了解した」


 苦笑しつつも俺の指示通りに動こうとしてくれるツバキ。


「妾も手伝おう」


「私も」


 シヅカやノエルも参加表明。

 すると──


「そこは我々もと言って欲しかったな」


 リーシャが苦笑しながら手伝うと言い出した。


「そうだな」


 ルーリアも同意する。


「決まってるやん」


「もちろんね」


「そうですよ~」


「「右に同じだよねっ」」


 結局、月影の一同も手伝うことになった。

 俺としては派手な部分が誤魔化せるから有り難いんだけど。

 適当なことをしているのに周りの皆に助けられているよな。

 有り難いことだ。

 そして、俺は余裕がなさ過ぎだ。

 もっとメンタルを鍛えないと。

 とりあえず、部外者にあまりみっともない真似は見せられない。

 今更ではあるものの、それっぽく振る舞ってみる。

 ここから先は俺が対応するとしてだ。

 形だけでも護衛くらいはつけておいた方が良さそうだ。


「レオーネ、穴の向こうに行くぞ」


「えっ? あっ、はいっ」


 突然の指名に泡を食ったようになったが、すぐに表情を引き締める。

 どうやら本能的に何かヤバいのが湧くことを感知しているようだ。

 それはうちの3桁レベルの面々も同様である。

 後は俺の様子からガンフォールやエリスがただ事でないと察しているようではある。


「大丈夫なのか」


 ガンフォールが聞いてきた。

 表情こそ何でもない風を装っているが声に緊張が乗っている。

 勘で心底ヤバい相手だと察したか。


「国で俺が見せたものを思い出せよ」


 俺がそう言っただけでガンフォールから力みが消えた。


「そうじゃったな」


 シヅカの天龍としての姿を見せた時に失神したことを思い出したのだろう。

 返事をしたガンフォールが苦笑していた。

 それを見たエリスが軽く驚いているように見える。

 ひょっとすると顔には出さないものの心底驚いているのかもしれんな。

 内心では何を見たのか気になって仕方がないということもあり得るかもね。


「ちょっと行ってくる」


「言うだけ無駄かもしれんが気を付けろよ」


「無駄ではないさ。

 気を付けよう」


 ガンフォールの気遣いに感謝しつつ返事をした俺はレオーネの方を見る。

 頷きで準備オーケーをもらった。

 では、行くとしよう。


「レオーネ、遅れるなよ」


 返事を聞く前から俺は動き出す。


「はいっ」


 軽く数歩ほど助走をつけてから前方に跳躍した。

 魔法の補助はない脚力だけのジャンプだが、それだけで貯水池にしていた穴は軽く飛び越えた。

 理力魔法の足場を入れたので地面がヘコんだりということはない。

 これなら風魔法と勘違いしてくれるんじゃないだろうか。

 今更という気が大いにするんだが、とにかく誤魔化すつもりだ。

 ダメ元の心境である。

 レオーネの方は俺がフォローした。

 足場は俺が作ったし、風魔法で跳躍の飛距離を調整したのだ。

 理力魔法を一度でも使っていたなら足場くらいはどうにかできたかもだが。

 まだ、まともに習っていないんじゃしょうがない。

 ジャンプの方は力の入れ加減を把握できなかったことによる飛びすぎの抑制である。

 レベル100オーバーになってから満足に訓練していないからな。

 ついつい以前の感覚で必死になりすぎてしまうのだろう。

 そのあたりは今から戦うことで感覚を掴んでくれるんじゃないかと思っている。

 レオーネの着地を向こう側にいる皆が確認できたであろうタイミングで俺は幻影魔法を使った。

 もう、本当に時間がないからな。

 数百メートル前方に空気の揺らぎが見て取れた。

 湧き出すかどうかのギリギリのタイミングだったらしい。

 とにかく、これで総長たち魔導師団にも何が出てくるかは見られないはず。


「結界で囲うからお前が戦って見ろ」


「はい」


 まだ敵の姿を見ていない状態で即答ですか。

 それとも見ていないからこそなのか。


「あれはっ!」


 湧き出し始めた超大型の魔物を見て驚きの声を上げるレオーネ。

 だが、怯えのようなものは感じない。

 亜竜サイズのザリガニを見ても動じませんか。

 胆力は本物のようだね。

 ちなみにデッカいザリガニは鑑定したら[ジャイアントクローフィッシュ]と出た。

 思わず「うん、知ってる」と呟きたくなったくらい普通のネーミングだ。

 まあ、スーパーソニックフェーゼントのようなギャグとしか思えないようなのばかりでも困るけど。

 とにかく堅いらしい。

 甲殻に覆われているから、それも見た目で判断できる。

 パワーとスピードは亜竜に劣るようだけど、侮れない相手だな。

 暴走状態なのは確定なんだし。

 完全に湧いた状態になったら突進してきそうだ。

 今でもハサミを振り上げて威嚇状態ではあるけどね。


「エビ? にしてはハサミが……」


 ハサミの大きさに困惑しながら聞いてくるレオーネ。


「あれはジャイアントクローフィッシュ。

 ザリガニというエビの仲間の魔物版だな」


「そうですか」


 なにやら渋い表情をしている。

 怖じ気づいた風ではないんだが、はて?


「どうした?」


「ハルト様、アレは素手で倒せるものなのでしょうか」


 ああ、そういうことか。

 レオーネには武器も防具も持たせていない。

 一方で向こうは堅い甲殻に覆われている。

 殴りつけても逆にこちらがダメージを負う可能性があると思ったのだろう。


「試しにひと当てしてみるといい」


 こういうのは案ずるより産むが易しである。

 それにレオーネが己の能力を確認する良い機会だ。


「わかりました」


 返事はあっさりしたものだった。

 いいタイミングでザリガニの出現が完了。

 今まで以上に威嚇してくる。

 ハサミを広げ腕を目一杯広げて仰け反っている。

 ガッツポーズのまま天に向かって吠えているかのようだ。

 ただし、鳴き声は一切ない。

 ザリガニの生態に詳しい訳ではないから鳴くかどうかまで知らないし。

 知りたいとも思わないけどな。

 だが、このジャイアントクローフィッシュとかいう魔物は鳴かないようだ。


「……………」


 おかげで鳴き声がないと迫力に欠けるということを思い知った。

 おっと、そんなつまらないことに感心している場合じゃない。

 レオーネにいきなり全開で行くなと注意しておかないとな。


「行きます!」


 レオーネが気合いの乗った声を発して地面を蹴っていた。


「あ……」


読んでくれてありがとう。

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