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306 湧いて出た食材

 帰ったら総長主導による特訓が待っているかもしれない魔導師団。

 そうなる原因を作ったのは俺だから些か憐れであるとは思う。

 だが、そうは言っても他国民である。

 そっちを気にかけている暇などないのだ。

 新国民組のフォローを優先しないといけないのでね。

 どうしても攻撃力が不足するからな。

 コンパウンドボウを作ったのは無駄じゃなかった。

 あれならクリスでも使えるし。

 軽く引けて高威力だもんな。

 別途、用意する矢があれば確実に湧いて出てくる魔物どもを仕留められるだろう。

 そのための下準備をしているから暴走していようと関係ない。

 命中率?

 ウジャウジャ湧いて押し寄せてくる相手に狙いなんかつける必要ある訳ないだろ。

 数の暴力を前にすれば弓なんか通用しない?

 何のために深い穴を掘ったと思っているんだ。

 堀りも掘ったり15メートル。

 いや、掘ったのは俺じゃないけどさ。

 とにかく落とし穴としては過剰とも言える深さまで掘っている。

 幅も奥行きもそれなりにある状態でだ。

 けれども、これで終わりじゃない。

 でなきゃハイフェンリルを召喚したりしないって。

 最初はフェンリルが進化したなんて思いもしなかったけど。


「おっ」


 ダンジョンの雰囲気が変わった。

 あと数分ほどの猶予しかなさそうだな。

 急ごう。

 足止めさえできれば武器の配布は後回しでいい。


「シヅカ」


「ほほう、ここで妾の出番か」


『戦うのは国民になったばかりの者にやらせるからな』


 レベル的にレオーネは不参加となるがね。


『なるほど、妾の見せ場はここということじゃな』


 急に念話に切り替えても動じることなく答えてきた。

 些細な情報だが、総長たちに聞かせて良いものではないからな。

 うちの新国民だと知られたら面倒な面子が色々いるのでね。

 ABコンビは問題ないけどさ。

 精鋭として紹介したレオーネだろ。

 ジェダイト国王であるはずのガンフォールもそうだよな。


「あの穴に水を」


 シヅカに水魔法を使わせる。

 ちなみに俺は穴と言ったが、そんな可愛らしい規模のものではない。


「うむ。して、水の深さはいかほどにするのじゃ」


「4メートルもあれば充分だ」


『あんまり時間ないからささっと頼むな』


 鬱な魔導師団員たちはスルーさせてもらうことにした。

 見ない聞かない口出さないの完全無視である。

 チンタラやっている訳にもいかないからな。

 このままだと湧いて出た魔物が穴に落ちて全滅しかねない。

 そうなれば経験値を得るのは月影の面々ということになってしまう。


『つい先程から妙な感じがしておるのじゃが、これが予兆ということかの』


 さすがはシヅカ、勘付いていたようだ。


『ああ、そうだ。

 本気はマズいが間に合うように頼む』


 月影の面々と違ってシヅカに本気を出させるわけにはいかない。

 ノエルたちですら全力ではなかったのだ。

 ギャップがありすぎると西方人に我々が危険視されかねない。

 まかり間違って噂でもされたら面倒くさいことになってしまうのが目に見えている。


『既に手遅れではないのかえ』


 言ってくれるじゃないか。

 俺もそうは思うんだけどさ。

 可能な限りは足掻けるだけ足掻いてみるさ。


「とにかく頼むよ」


「うむ、心得た」


 シヅカが両手を頭上に掲げて巨大な水の塊を作り出す。

 最初の段階でタンクローリー何台分なんだという大きさだ。

 それを横にどんどん広げていき──


「こんなものでどうじゃ」


 そんなことを言いながら、穴に放り込んだ。

 誰が見ても無造作な所作だった。

 普通なら派手に水飛沫が上がり水面は大きく揺れるところである。

 だが、これは水魔法の制御のうちだ。

 となると、シヅカの意思次第でどうとでもなる訳で。

 その証拠に水は穴の中で軽く波打つ程度。

 たった今、放り込まれたとは到底思えないほどの穏やかさだ。


「凄い……」


 これには総長も目を見張るばかりである。

 想像の埒外だったようだな。

 無理もないか。

 シヅカ1人でやっているんだし。

 俺としても誰かと一緒にと考えなくもなかったんだよ。

 でも、それだと量の調節がしづらいと思ったのだ。

 そもそも時間も無いから全員の呼吸を合わせてとかやっている場合じゃない。


「む」


 不意に穴の向こう側の地面が揺れた。

 震度2から3程度の地震に相当しそうだな。

 生憎と空間魔法で遮断しているので揺れが分かるのは俺だけだ。

 俺が反応したことで何かあると気付く者も出てくるんだが。


「ヒガ陛下、もしかして今から魔物が湧くのでしょうか」


 シヅカの魔法に感銘を受けていた総長もその1人だな。


「ああ」


 前方を指差す。

 数百メートル先に魔物たちの集団が現れていた。

 数種類いるようだ。

 共通点はどいつも人型の魔物というところか。


「あれは!?」


 総長が悲鳴に近い叫び声を上げた。

 オーガが含まれているのに驚愕したのだろう。

 俺としては、そんな1割にも満たない奴より大半を占めるオークの方が気になる。


『豚肉、確保ォ─────!』


『『『『『『そっちかい!』』』』』


 思わず念話で叫んだら、すかさずハイラミーナ組からツッコミが入った。

 ノエルやルーリアは苦笑している。


『いいじゃんか。

 肉は倉庫で保存すりゃいいんだし

 豚肉の量を確保できるのはありがたいことなんだぞ』


 言ってて虚しくなる言い訳だ。

 そのせいか誰もツッコミを入れてくれない。

 いいんだ、いいんだ、あとで絶対に旨いって言わせてやる。

 まずは生姜焼きにステーキに豚丼だろ。

 使う肉は少ないが、お好み焼きの豚玉も忘れてはいけないよな。

 量で勝負するならトンカツは外せないね。

 バリエーションでカツカレーにカツ丼だな。

 おお、カツレツバーガーも久々に食べたいねぇ。

 焼き豚やハムも作らないと。

 おっと、食欲にかまけて暴走した魔物のことをほったらかしにしてはいけない。

 今はまだ魔物であって食材ではないからな。

 キッチリ仕留めて食材にしてやらんと。

 さあ、罠にかけてやるからこっちに来い。

 そんな風に呼びかけなくても湧いた魔物はすべてこっちに来るんだけどね。

 罠以外の方向は見えない結界で封鎖しているからさ。

 嫌でも罠のあるこちら側に来るしかなくなるのだ。

 魔物どもが狂ったことでパワーアップしていようが関係ない。

 俺の結界はあの程度の魔物に突破されるほど柔じゃないからな。

 あれだけの広範囲を囲うのは無理だって?

 魔力をつぎ込んでゴリ押しすれば、そうでもないさ。

 事前に仕掛けを施して楽にできるようにはしたけどね。

 足裏から地中にワイヤーを通したのだ。

 遠くまで張り巡らせて手元と変わらぬ魔力消費となるようになった。

 種明かしをすれば、どうと言うほどのことでもない。

 後は結界の強度だな。

 並みではないので、これだけの規模でやろうと思うと莫大な量の魔力が必要になる。

 ワイヤーを使っていたとしてもね。

 しかも魔力の量だけの問題ではない。

 強力な魔法をより広範囲で使用しようとすることで制御が至難の業となるという話もある。

 故に誰にでもできるようなことではないのは確かだ。

 今いる面子で実行可能なのは俺を除けばシヅカだけだろう。

 我ながら無茶なことをしているとは思う。

 だが、反省はしない。

 もちろん後悔などする訳がない。

 すべては豚肉のためにっ!

 それはそうと、さっきから煩い。

 実に耳障りな鳴き声だ。


「プギャープギャーと鬱陶しいな」


 大半の魔物が豚頭では無理もない。

 鳴き声が甲高い上に大合唱状態だからなぁ。

 オーガも吠えているようだが、数が少ないからオークどもの鳴き声にかき消されている。

 地響きの方は先に遮断しているから何も感じないんだけど。


「耳障りだ」


 俺は風魔法で音の伝わりを半減させるように調整してみた。


「……ふむ、マシになったか」


 まだまだ煩いが、聞くに堪えないレベルではない。

 それに完全に消し去ると総長がそれで騒ぎ出しかねないからな。

 あんまりやり過ぎると部外者を刺激することになるっていうのが面倒くさい。

 罠に関してはギリギリ間に合ったけど、事前の準備が完全には終わらなかったしな。

 そうこうしている間に魔物の集団が月影の一同が掘った穴へと落ちていく。

 いやー、楽でいいねぇ。

 勝手に落ちていってくれるから。

 元々知能が無いに等しい類いの魔物ばかりだからな。

 しかも狂乱しているから進行方向が崖状態でもお構いなしだ。

 水を張っているので落ちても即死はない。

 それなりのダメージは負うけど。

 オークは水に浮くので落ちたら理力魔法で分散するように落下位置から移動させる。

 この辺は総長の目にも不自然に見えるだろうが種は教えたりしない。

 理力魔法は西方じゃ幻の魔法のようだし。

 とにかく次々と落ちてくるのを避けていく。

 でないと衝突のダメージで死んでしまいかねない。

 落ちる、避ける、落ちる、避ける、落ちる、避ける。

 ホントにこれだけ。

 注意点は落ちてる途中から避けないようにタイミングを見計らうことのみ。

 実に簡単なお仕事ですよ。

 鼻歌交じりにだってできてしまうからね。

 歌わんけど。

 勘のいい総長に俺が何かしていると思われかねない。

 理力魔法を使っているのがバレたら教えてくれとか言い出すに決まっている。

 とにかく黙って作業を終わらせるのみだ。

 という訳で、その後も淡々と落とし続けた。

 数百規模だとすぐに終わったけどね。


「全部、落ちたな」


 余裕を見て穴を掘らせたから鮨詰め状態にはなっていないというのが現状である。

 超満員には及ばないが満員であるのは間違いない。

 脱出しようと藻掻いているが足のつかないプールに入ったような状況ではまず無理だ。

 むしろ溺れているようにしか見えない。

 このまま放置しても連中は死んでしまうだろう。

 時間はかかるだろうけど。


「落ちましたね」


 呆気にとられたように目の前の光景を眺めている総長。


「まさか、このような手段で暴走を食い止めるとは」


 総長は感心しているが真似はできないことに気付いているのだろうか。


「事前に分かっていたからできる方法だ」


「あと、ヒガ陛下の部下の方たちだからこそですね」


 一応は分かっているようだな。


「まあ、そんなとこだな」


 言いながらハイフェンリルの方を見た。


「出番だぞ」


「ウォッ」


 嬉しそうに返事をしてきた。

 仕事がしたくてたまらないようだ。


「あそこの水だけを凍らせてくれ。

 奴らに砕かれないように堅めで頼む」


「ウォ」


 ハイフェンリルは返事をすると前に進み出た。

 続いて大きく息を吸い込んでいる。

 ブレスの予備動作か。

 暴走した魔物たちが蠢く貯水池と化している罠の中に向けて白い霧状の冷気が吐き出されていった。


読んでくれてありがとう。

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