30 お手本は大事です
改訂版です。
「それまで」
俺が合図を出すと、パピシーのハリーは素直に動きを止めた。
ゴーレムは倒しきれていない。
ただ、持久力はあるので収穫がなかった訳ではない。
その後、何名かに模擬戦を行ってもらった。
集団戦や閉鎖空間での遭遇戦などを想定した形にしたが結果は大きく変わらない。
総じて回避優先で攻撃力が驚くほど低い。
『ビビりすぎとも言えないんだよなぁ』
今までは誰が欠けてもジリ貧になっていただろうからな。
弱い相手でも安全最優先で無理をしないのは、むしろ正解だった。
格下相手なら噛み合うからな。
しかし、今後は違ってくる。
いずれ漁にも出てもらうつもりなのでね。
陸地ではこの辺でも前の状況とさして変わらないだろうが海は違う。
海竜がいるからな。
俺もまだ把握しきれていないから他にも凶悪なのがいるかもしれないし。
何かひとつでも妖精たちの能力を上回る敵ならいくらでもいそうだ。
水中ではスピードでアドバンテージが取れなくなるから大抵の相手が噛み合わない。
破壊力のある攻撃をしてくる奴とも噛み合わないだろう。
畏縮して動きが悪くなりかねないからな。
やたらと堅い亀のような魔物とかいたら、それで詰むし。
あるいは細長い上顎を武器に突進してくるカジキなら魔物でなくても脅威だ。
現状では漁に送り出すことなど到底できない。
格下の相手ぐらい一撃で仕留められるようになってもらわんと。
武器や防具で補うにしても本人たちの意識が今のままでは変革は望めそうにない。
回避だけが上達して攻撃の技術がまるで足りていないというのもあるからな。
意識改革には手本を見せるのが一番だ。
技術的な面でもね。
「という訳でローズさん」
「くう?」
「出番ですよ。
妖精たちに戦い方のお手本を見せちゃってくださいな」
「くっくー!」
まかせろとか言っちゃってますよ。
あのやたら長い鉤爪は引っ込めたままのようだ。
「じゃあ、相手はこれで」
ゴブリン相当のゴーレムを5体召喚した。
「くっくうくーくっ」
よく見ておくのだ、そう言った直後には1体目に肉薄していた。
「「「「「おおっ」」」」」
妖精たちの響めきと1体目が弾け飛ぶのが同時であった。
瞬く間に五体のゴーレムを粉砕していく。
1体目、掌底突きで胸部粉砕。
2体目、背後から肘で腰部粉砕。
3体目、ローキックで脚部粉砕から転倒させつつ逆の足で蹴りを繰り出し頭部粉砕。
4体目、アッパーで腹部から胸部にかけてを粉砕。
5体目、飛び膝蹴りで頭部粉砕。
そしてゴーレムは粉砕された順にボロボロと崩れ去っていった。
「ご苦労さん」
「くー」
ローズはわざとらしく腕で額の汗を拭うような仕草をしている。
『だからそういうの何処で覚えてくるんだよ……』
これを見ても本気で動いていなかったのは明らかだ。
攻撃力はともかくスピードは妖精たちに合わせたようだ。
鼻歌交じりに攻撃していたから、そちらもまるで本気じゃなさそうだし。
いずれも妖精たちは気付いていないようだけど。
そのくせ連続した動きでまるで隙がなかった。
ゴーレムに攻撃のモーションにすら入らせなかったからな。
終わってみれば圧巻の一言。
格下相手の手本としてはこれ以上ない出来だったと言える。
そんなわけで見学していた妖精たちはポカーン状態ですよ。
ほぼ一撃必殺だもんね。
というより完全にオーバーキルだわ。
これが本物のゴブリンなら血の海というかスプラッタホラーな惨劇が見られただろう。
グロ注意にならなくて良かった。
それはともかく妖精たちをフォローしておかないとな。
「ゴーレムはこれくらいやらないとダメってことだ。
中途半端に壊しても動くし、動くってことは攻撃してくる」
ぎこちないものの頷きが返ってきた。
「逆に食材や素材になる相手だとやり過ぎになるから気をつけろ」
今度はしきりにコクコクと頷いているが、どうしたんだ?
顔色も悪いし……
ああ、リアルに想像してしまったのか。
これも慣れてもらわないといけない。
「狩りの後は解体ぐらいするだろ。
いちいちビビってたら今後やっていけなくなるぞ」
そう指摘することで落ち着きを見せたので重症化はしないと思われる。
少々やり過ぎましたな、ローズさん。
いや、俺が止めろってことだな。
「いきなりこのレベルのことをやれとは言わない。
だが、これくらいは当たり前になるよう仕上げていく」
ザワザワと騒がしくなる。
戸惑い、不安、いろいろとあるようだ。
「それは私もなのか」
そう問いかけてきたのはツバキだった。
「もちろん」
最初からそのつもりの俺は即答する。
「ここは逃げ隠れに適さない場所だからな。
ミズホの最初の国民として高いレベルで戦えるようになってもらう。
国民が増えれば守られる立場の者も出てくるだろうが、現状でそれはない」
ツバキはそれで納得したようだが、俺は話を続けた。
どういう意図でそうしようとしているのか全員に知っておいてもらいたかったからだ。
「最初の国民として後から来る者の手本となってほしい。
強くなるだけではダメだ。
知識や生産技術も極めることが目標となる。
そうすれば後から来る者が触発されるだろう。
互いに切磋琢磨するようになるのが理想だ。
国を発展させるということは、そういうことだと俺は思っている」
俺がそう言うと静まりかえってしまった。
だが、皆の表情が引き締まっている。
理解されたと思っていいだろう。
とはいえ、いきなり欲張ってあれもこれもとはできない。
当面の目標は戦闘力の向上だ。
戦闘系のスキルを身につけさせたいところなんだけど。
妖精組の誰も持ってないんだよなぁ。
戦いとは縁のなかった元日本人の俺だって最初から持っていたんだが。
変だと思っていたら、俺は神の欠片が影響したレアケースで参考にならないってさ。
言うまでもなく【諸法の理】によって判明したことである。
それってスキルの種を貰う前から俺がチートだったってこと?
何も自覚できなかったんだけど。
むしろ人並みだったんですが?
[呪いの影響により、すべてマイナス補正を受けていました]
【諸法の理】さんの回答である。
要はスキルで加算された能力は呪いで抑えつけられて帳消しになってたってことだろ。
それで無意識にそのギャップを感じてストレスがかかるようにされてたと。
[これにより本能の部分で大きな負荷がかかり魔力生成が促進されていました]
『やっぱりね』
何かしら行動するたびに魔力が高まるように仕組んで俺から魔力を奪っていた訳だ。
『鬼畜の所業だな』
俺は家畜じゃねえんだぞ。
慰謝料を請求する。
とか言っても加害者が不明なんじゃ意味ないし。
でも秘匿されてるだけで神様サイドでは判明してたっぽいよな。
だったら元の世界の管理神に請求するのもありかもしれん。
忘れてたけど呪いの件はあっちの神様の責任だと思うのだよ。
そうは言っても今更か。
『既に貰いすぎなくらい色々と貰ってるしなぁ。
これ以上なにか要求するのは罰が当たるでしょ』
ああ、ひとつあった。
ミズキチとマイマイを不幸にするなってことだな。
そのくらいは慰謝料代わりに強請ってもいいんじゃないかな。
俺じゃどうにもできなくなったんだし。
『あいつら不幸にしたら許さんぞー!』
心の中で叫んでみました。
声には出さんよ、出しませんとも。
妖精たちの前で叫んでたらただのアホじゃないですか、ヤダー。
さて、気持ちを切り替えよう。
いかに妖精たちを強くするかが課題だ。
俺の経験はどこまでも参考にならないようなのが痛いね。
少なくとも戦闘系のスキルは一朝一夕で身につけさせるのは無理っぽい。
『しょうがない。
地道にやるか』
言っとくけど俺はどこかの鬼軍曹たちのようにはならんぞ。
間違っても口汚く罵ったり、誰にでも公平だとうそぶいたりはしない。
あるいはAK47をぶっ放して銃撃音を体で覚えさせたりとかもしない。
やる気を見せている相手にそんな真似する必要がないからな。
安全第一だったとはいえ妖精忍者たちはダンジョンで狩りを続けていたんだし。
ツバキも大陸の危険地帯を横断してきている。
誰もが皆、自分の命がかかっていることをちゃんと理解している。
平和ボケしていることなどあり得ない。
なら無闇に精神的負荷をかける必要もないだろう。
『さて、まずは踏み込みのタイミングと間合いの取り方からだ』
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
一週間が経過した。
結果は上々と言えるだろう。
というか出来過ぎだわ。
助手にしたローズが優秀であるというのも理由として挙げられるとは思うけど。
それにしたって妖精たちはコツを掴むのがうまい。
手本を見せて教えればさほど時間を掛けずに修得してしまう。
戦闘を苦手とするツバキやレベルが一番低かった子供たちも同様だ。
ツバキなど、何処が苦手なんだと言いたいくらいである。
本人が一番驚いていたけどね。
そういう訳だから落伍者など一人もいない。
しかも【格闘】スキルを全員がゲットしているのだ。
熟練度にバラツキはあるが、それはレベル差もあるし仕方あるまい。
もともと【格闘】を持っていたローズも熟練度を上げていた。
教えることで何か掴んだのかもしれないな。
それにしても妖精たちは今までの伸び悩みが何だったのかというくらい成長している。
実際、彼等の中でレベルの低かった子供たちなどはレベルアップもしていたし。
15前後だったのが全員18レベルですよ。
驚きです、実に驚きです。
ビックリしたから2回言いました。
しかもローズが使った粉砕技も威力が低めとはいえ全員が習得済み。
ここまで来たら改造人間かよってツッコミ入れたくなる。
人間じゃなくて妖精だけど。
とにかく飛躍的に攻撃力がアップした。
これで防御力も上がってたら、どこぞのライダーな変身ヒーローじゃないか。
全身を覆うスーツで防御力を高めてやればマジで変身ヒーローも夢じゃない。
ああ、でも忍者といえば戦隊シリーズの方がメジャーだな。
忍精戦隊ヨウセイジャーってね。
『……馬鹿言ってる場合じゃないな』
とにかく異常事態とも言える成長ぶりだ。
試しに一週間前と同じ条件のゴーレムで模擬戦やらせたら激変してたよ。
打撃技で派手に音を出して穴開けたり叩き折ったりするんだもんなぁ。
『君ら、一週間前はスプラッタな光景を想像して顔を青ざめさせていただろうに』
これをゴブリンとかでやられちゃたまらないので加減の仕方も教えたさ。
ついでに手刀での斬撃技も見せてみたらローズが真っ先に真似をしていた。
意味が分からない。
『鉤爪持ってるお前さんが覚えてどうするんだよ』
続いてツバキ、カーラ、キースの三名は即座に手刀技を使えるようになった。
他の皆も修得に時間はかからなかった。
クレイゴーレムが縦横斜めに切り落とされるんだよ。
五体バラバラになったのもあったな。
『ここまで来たらホント魔改造だよ』
俺が出来過ぎだって思うのも無理ないよな?
あまりにも非常識だから色々調べたら原因は俺でした。
知らないうちに俺が特級スキル【教導】を修得してたというのが真相だ。
このスキル持ちが教えると技術や知識が身につきやすくなるんだと。
しかも熟練度は上級スキルの【学問】と同じ65だ。
かなり高いレベルで教えることができるってことだね。
テヘペロものである。
おまけにこのスキル下位互換スキルがあるのだ。
上級の【指導】である。
このスキルも【教導】と同じことができる。
【教導】よりは効果が低いけどね。
そんでもってローズが【指導】を獲得していた。
俺の【教導】の効果で助手として教える側のスキルを得たってことのようだ。
スキルの種と【才能の坩堝】がコンボ決めた結果がコレか。
自重なんてものは消え去る運命にあるようだ。
『良かろう。
ならば徹底的にやってやる』
そんじょそこらの騎士団など屁でもないくらいに仕上げるからな。
読んでくれてありがとう。




