29 妖精たちに必要なものは
改訂版です。
「さて、ベリルママたちも帰ったことだし……」
何から始めよう?
「いかにした?」
ツバキが訝しむようにして聞いてきた。
「国づくりの具体的な行動指針がない」
「……それは私にはどうにもできない」
大丈夫かコイツって目で見られてしまった。
「長期的な展望はある。
農業と漁業で食糧を確保しつつ外敵に備える」
「随分と適当だな」
俺もそう思う。
が、妖精たちを使うことになるからな。
俺だけならステータスにものを言わせて力ずくで色々とできるけれども。
「俺は皆の適性や適応力を知らんからな。
狩猟から農耕へシフトする訳だし、負担は小さくないぞ」
その前に農地をどこにするとか何を植えるのかって問題もある。
「ふむ、それも道理か」
「後は農作業中に敵から襲われることも考えておかないとな」
「このあたりは野良の魔物が多いのか?」
「いいや、熊とか狼とかの野生動物の方が多いかな」
「それなら問題あるまい」
「俺が心配しているのはダンジョンに潜っている時と農作業中では違うってこと」
「なるほど、隙ができやすいということか」
「ああ」
試しに妖精たちは外敵に対してどんな備えをしていたのか聞いてみた。
ダンジョンの外にも少ないながら野良の魔物はいるし。
肉食獣だって無防備だと充分に脅威だからな。
そしたら森の奥で樹上生活しているとのこと。
それなりに考えているようだ。
ただ、今後はミズホシティでの生活環境を考えないといけない。
樹上生活など望むべくもないからなぁ。
『面倒だから外壁でもどーんと建てて……』
やろうと思えばできるけど、せっかくの景観が台無しになるか。
却下だ。
そうなると結界ってことになる。
街全体となると維持するための魔力が膨大で現実的とは言えないけれど。
ケチると結界としての効力が弱くなって意味がなくなるし。
魔力切れする前に俺がいちいち補充しなきゃならんのも面倒で嫌だ。
自動で補給するシステムみたいなのがあれば良いのだけど……
『ああ、そういや迷宮核がそういう感じなんだっけ』
アレを参考にして魔素を集めて魔力を生成するような魔道具を用意すれば良いか。
広さをカバーするのは数で補えば何とかなるだろうし。
問題は今日一日でどうにかできる訳じゃないってことだな。
今夜はねぐらになりそうな小屋でも用意して結界で覆うしかないか。
残る問題は外に出て活動する昼間の対策をどうするか。
『俺とローズ以外はレベル低いしなぁ』
逃げ隠れが得意なツバキも戦うのは苦手なようだし。
三百年以上生きているからか、妖精たちの中では一番レベルが高いけどな。
でも、レベル45と微妙なラインなので安心はできない。
『よくもまあ戦わずに大陸の東側を横断できたものだ』
感心しているだけで終わらせてはいけないけどな。
妖精忍者たちにしても長生きしている割にはレベルが低いし。
リーダー格のカーラとキースがレベル33とツバキより更に低い。
ツバキとは百年以上の付き合いがあるはずだよな。
『それで人間の冒険者のボリュームゾーンをちょっと超えた程度か』
もしかすると狩りをするようになったのは比較的最近なのかもな。
それまでは採取生活だったと考えれば不自然ではないと思う。
だとすると模擬戦とかで実力を確認しておいた方が良いかもしれない。
残りの大半がレベル20代前半だし。
せっかく国民になってくれたのに早々に失うことになるとかシャレにならんからな。
そういう意味でもっとも怖いのはおチビさんたちだ。
レベル的には意外に健闘していて15前後なのが不幸中の幸いか。
『逃げ足くらいはどうにかなるか』
本当に人間の子供レベルだったら頭を抱える所だった。
俺とローズでカバーするにしても行動範囲が広がっていけば限度が出てくるだろうし。
守ってやれる存在が少ないのは痛い。
『ん? 守れる存在か……』
別に俺とローズでなくても良いかもしれないな。
召喚魔法でドラゴンやゴーレムなんかの強力な助っ人を呼び出すと。
「……………」
強力なのを召喚して言うこと聞かない暴れん坊だったら厳しいか。
ドラゴンというと、つい先日の海竜を思い出してしまうんだよね。
あいつはバカだったし。
それなら上位種の知能に問題のない奴を召喚すればいいだけかもだが。
ただ、頭がいいから理知的とは言えない。
『人間だって大学時代の主席くんみたいな奴もいるからなぁ』
そういう意味では意のままに制御できるゴーレムの方が都合が良い。
ただ、複雑な指令を受け付けるようにすると魔力消費が激しくなるのは考え物だ。
下手をするとドラゴンの召喚よりコストパフォーマンスが悪いかもな。
魔力が切れたらベースの素材に戻ってしまうのも痛い。
再召喚とか面倒くさいんだよ。
魔力を注ぎ込むだけで再起動するゴーレムとかあれば良いのにな。
そんなロボットみたいな都合のいいのがいるわけ……
『そうだ、ロボット作ればいいんだよ!』
魔道具版のゴーレムみたいなの。
自動人形って言うんだっけ?
護衛に使えるのは言うまでもないし。
監視や警戒任務にも使える。
結界の起点として利用するという手もあるか。
地球じゃ無理だろうけど、こっちなら魔法の力でなんとかできそうな気がする。
知識面は【諸法の理】があるから問題ないしな。
問題はすぐには用意できないってことくらい。
魔道具なんて作ったことないからさ。
もっと簡単なのから始める必要があるよなぁ。
結局、現状で妖精たちを守るために用意することができないんじゃ意味がない。
『だったら自分の身は自分で守らせるか』
当面は集団で行動して俺とローズで守りつつ地道に妖精たちを鍛える方向で。
なら、さっそく実力の程を見せてもらうとしよう。
「とりあえず皆がどれだけ戦えるか見せてほしい」
俺がそう言うと妖精たちは不安げな表情を見せた。
「そんな大層なことはさせないから安心してくれ」
みんな頷いているけど、何処かぎこちない感じがする。
自信のなさの表れなんだろう。
これはリーダー格のカーラやキースにやらせると厳しいかもな。
下手なことを言って心が折れたりしたらシャレにならん。
そんな訳で俺がトップバッターに選んだのはボーダーコリーのハリーだった。
カーラやキースに次ぐ実力でレベル的にも差が少ないから彼等の実力も予測しやすい。
他の妖精たちも彼よりも下と考えれば、おおよその目安になるだろう。
「ハリー、前へ」
「はい」
俺に呼ばれると多少困惑しながらも前に出てきた。
返事に堅さを感じるのは緊張しているからだな。
「これと模擬戦をしてもらう」
召喚魔法でゴブリンサイズのクレイゴーレムを呼び出した。
妖精たちから「おおっ」という驚きの声が上がる。
召喚魔法が珍しいのかね。
盾がわりに覚えさせてもいいかもな。
「俺は皆の戦い方も実力のほども知らない。
そういう訳だから、どのくらい戦えるのか見せてくれ」
この言葉で全員の顔が引き締まったものになった。
「気合い入れるのは構わんが普段通りで頼むぞ。
でないと後で苦労するのはお前たちだからな」
注意はしたものの彼等のやる気は変わらない。
「念のために言っておくが模擬戦だからな。
ゴーレムの手足は柔らかくしてあるから怪我はしにくいはずだ」
攻撃の受け方によっては無傷とはいかないので怪我をしないとは言えない。
「致命打を受けたと判定したらその場で終了だ。
逆にゴーレムを仕留めても模擬戦は終わる。
本物のゴブリンと同程度の強さにしてあるからそのつもりでな」
「はい」
真剣な表情でハリーは頷いた。
開始の合図はしない。
返事をした時点で始まっていると気づけているかも重要な判断材料だ。
模擬戦とは言ったが実戦を意識できないようでは話にならない。
ゴーレムが動き始めるとハリーが反応した。
落ち着いた様子で飛びすさり距離を取る。
油断なくゴーレムの様子を覗いながら腰を落とした。
構えに隙はないし、此方をチラリとも見ない。
合図がなくて当然と認識しているようだな。
『まずは合格』
皆の見守る前でハリーの戦いが始まった。
ゴーレムが無造作に距離を詰めていく。
対するハリーは待ちの姿勢を見せていた。
が、一定の間合いになったところで飛び掛かる。
なかなか機敏だ。
忍者の格好をしたがるだけはある。
ゴブリンなら反応できないだろうという勢いで急接近。
爪で一撃を入れて即座に離脱。
『誘ってるな』
皆が密集している場所から少しでも引き離そうとしている。
ゴーレム相手には意味のない行動だが、ゴブリン相当と言ったからな。
ハリーはゴーレムをゴブリンと見立てて戦っているようだ。
俺が普段通りと言ったことも忘れていないようで何より。
模擬戦だからこそ本番と同じ意識を持ってもらわないと困る。
これは訓練ではないのだから。
ただ、些かあからさま過ぎる。
速さで圧倒しているがフェイントを織り交ぜたりしないのは微妙だ。
『本当にゴブリンを相手にしているなぁ』
それ以上の相手を想定していない。
弱い魔物としか戦っていない証拠だ。
だが、まあ当面は問題ないか。
この辺りじゃ知能の低い相手しかいないだろうし。
『目配りは良いな』
相手だけじゃなく周囲や足場も素早く動きながら確認している。
格下相手だからできて当然とも言えるけどね。
が、最初からしない奴とは雲泥の差だ。
おそらくだが同じレベルの冒険者よりも隙は少ないだろう。
これでレベル30未満なのが不思議なくらい動きは良い。
『動きは、ね』
すれ違うたびにゴーレムは傷を増やしていく。
ゴーレムも反撃はしているがハリーには擦りもしていない。
ハリーが一方的に鋭い爪を入れるだけだ。
そう、それだけ。
ハリーが相手をしているのはゴーレムであってゴブリンではない。
動きや攻撃力は同等でも失血死が期待できる相手ではないのだ。
魔力が尽きぬ限り戦い続けようとする。
『本物だったとしても死ぬレベルではないがな』
ハリーの爪はそれなりに鋭い。
きちんと踏み込めば急所に致命傷を負わせることも苦ではない。
が、数十を超える攻撃でそれができていなかった。
急所でなくても深手を負わせていれば腕や脚は使えなくなっていたはずだが。
一撃が軽いし急所も狙っていないせいだ。
攻撃に重さがないのは離脱動作に入った瞬間にヒットしているからだ。
腰が引けた状態と同じである。
ダメージが小さいのも道理というもの。
急所を狙わないのも理由は同じ。
過剰なまでに離脱を優先しているせいだ。
とにかくダメージを受けないことだけに注力している。
『これならレベルが低いのも頷けるわ』
目配りも動きも良いのに勿体ない。
完全に壁に突き当たっているだろう。
何らかの切っ掛けがないと強くなる余地がない。
【諸法の理】によると、こういう状態だと経験値もほぼ得られないという。
敵を倒しても得るものがない訳だ。
『こういう部分はゲームとは違うね』
レベル80で英雄扱いされるのも、むしろ当然なのかもな。
壁を乗り越えない限りレベルアップできないんだから。
冒険者の多くがレベル30以下のボリュームゾーンで引退する理由がこれだ。
でも、妖精たちは違う。
これは越えられない壁じゃない。
読んでくれてありがとう。




