283 食いしん坊、万歳?
米の説明は続く。
興味を持っているなら饒舌にもなろうというものだ。
まあ、この後はそれほど話すこともないがな。
「米は炊かずに粉にして使うこともある。
米粉を小麦粉に混ぜてパンを作るとモチモチした食感になるな」
「ほう、それはぜひ食べてみたいな」
……食いしん坊がここにいます。
人のことは言えないけどクラウドのオッサンも食べるの大好き人間だったようで。
「考えておこう」
なんて言ったら、期待しつつもションボリするという器用なことをしていた。
パンくらいでガッカリするなよ。
「後はフォーという麺にして調理する料理なんかもある。
小麦の麺とは違って腰はないがツルツルした食感だな」
「ヒガ殿、麺というのは何だ?」
「……………」
しまった。
ゲールウエザーの食文化には麺類はないのか。
慌てて【諸法の理】で確認してみたら麺そのものはなかった。
水団や蕎麦掻きに類似するものはあるみたいなんだけどね。
もちろん説明させていただきましたよ。
どんな料理があるのかも含め幻影魔法を使ってね。
結果として「考えておこう」その2になったよ。
凄く期待された目で見られてしまった。
クラウドだけでなくダニエルにもな。
つくづく思うのだが似たもの親族である。
総長に笑われてるぞ。
メイドや護衛の騎士たちは我慢しているけど。
あと魔導師団の下っ端たちも。
「あとは餅米という品種の異なる米を使えばお菓子にもなる。
餅はシンプルなものからヨモギや小豆の餅があるし。
おはぎやきなこ餅なんかも軟らかくて甘い。
ああ、餡子の入った大福も捨てがたい」
大福で使うのは白玉粉だが、あれは餅米が原料だから間違いではない。
幻影魔法で見せながら説明したので質問されることはなかった。
が、オッサンコンビが甘味の映像に釘付けである。
と思っていたらメイドや護衛騎士の面々もだ。
本当に女子は甘いものが好きだよな。
とか思っていたら総長を初めとした魔導師団の一同もか。
ゲールウエザー組、全滅である。
「おいおい、これで終わりじゃないぞ」
「「なんとっ!?」」
真っ先に反応するのが甥っ子と叔父さんのコンビというのが、どうかと思うんだがね。
他のゲールウエザー組も反応してたけどさ。
この両名ほどあからさまじゃないよ。
アンタら王族なんだから、もう少し慎みってものを前面に出した方がいいんじゃないか?
俺が口にすると「お前が言うな」というツッコミがどこからともなく入りそうだけど。
「いま出している茶菓子の煎餅も、その餅米を使った焼き菓子だ」
「おおっ、これな!」
いい笑顔で煎餅を掲げるようにして眺めるクラウド。
どうやら、ことのほか気に入ったようだ。
「この噛み応えのある食感がまたなんともいえん」
そう言いながらバリボリと醤油煎餅をかじり始める。
「それに……バリッ。
このっ……ボリッ。
独特の……バリボリッ。
味わいが……ボリッ。
実に……バリッ。
素晴らしい……ボリッ」
クラウドさんよ、食べながら喋るのはよそうぜ。
少なくとも口の中に溜め込んでバリバリ言わせながらはみっともないと思うぞ。
称賛してくれるのは嬉しいんだけどさ。
メイド連中が能面みたいな顔になってるぞ。
ダイアン隊長も微妙に顔を引きつらせているし。
ツッコミ入れたいのを我慢しているんだろうな。
ここはプライベートな場ではありませんとかなんとか。
とにかく、その状態で喋るのはよした方がいいぞ。
一国の王が豪快な食べっぷりを見せていることでメイドたちがストレスを溜めているみたいだし。
他国の人間もいる場だってのを忘れてないか?
くつろぎすぎだろ。
総長も苦笑しているし。
こういうときに止めるであろう宰相も役に立ちそうにない状態だ。
やめられない止まらない、というフレーズが聞こえてきそうだよ。
甥っ子とおじさんが仲良くおやつタイムと聞けば微笑ましく思うかもだけど。
生憎とオッサンとジジイだからな。
用事がない休みの日に寝転がってテレビを眺めながらなんて光景が似合いそうだ。
掃除の邪魔になるとか言われて家を追い出されるところまで想像できてしまう。
どっちもダメ親父って感じがしないか。
まあ、この2人は欧米人顔でイケメンだからなぁ。
そういうだらしない姿が似合うかは微妙なところだが。
図太いという意味では大物であるのは間違いないようだよ。
この調子でポン菓子とか紹介したらどうなるんだろうな。
軽くてサクサクした食感も珍しがられると思う。
水飴と絡めるから甘いし、煎餅とはまた違う魅力がある。
ただ、今の発言からすると噛み応えを期待しているみたいだから低評価となるかもね。
それなら岩おこしとかかな。
あれはガチガチだからな。
雷おこしとは比べるべくもないってやつだ。
初めて食った時は「こんなのお菓子じゃねえだろ」とか思ったさ。
歯が欠けると言っても過言じゃない。
いや、マジで。
さすがにクラウドもダメ判定するかもね。
逆に気に入る可能性もあるけれど。
ダメな時は雷おこしにすればいいだけなので困ることはない。
問題は、これらを紹介するタイミングだ。
今はやめておいた方がいいだろうな。
今更だが「ぜひとも米の料理が食べたい」プレッシャーが増加中なんだよ。
米には充分に興味を持ってもらえたから煽るような真似をする必要はないだろう。
そんなことしたら紹介したもの全部つくることになりかねない。
片っ端から用意していたら出張から帰っても国に帰れなくなるぞ。
別に振り切って帰ればいいだけの話ではあるけれど。
次に来た時にグチグチ言われるのは御免被りたいしな。
まだ紹介していない分については、またの機会にしておこう。
忘れていたということにしておけば文句も言われまい。
ただ、ちゃんと話しておかないといけないことがある。
こうまで米に興味を持ってくれるのならね。
上げて落とすようで申し訳ないのだが。
「興味を示すのは構わないが問題があるぞ」
「ほう、問題とな」
些細なことなら解決してみせると言わんばかりの挑むような目でクラウドが俺を見る。
行動力のある有言実行タイプの王か。
国民に人気があるというのも頷けるというものだ。
ただ、今回の動機が飯がらみなのは微妙だと思うがね。
「米のなる草を稲と言い、稲を育てることを稲作と言うんだが……」
「それのどこが問題だと言うのだ?」
せっかちさんである。
勿体振るなと言いたいのかも知れないがね。
「稲作には水がとにかく必要だ。
水が不足する地域での栽培は考えられない」
「なるほど、確かにそれは問題だ。
それで今回の対策では用意されなかったのだな」
俺の説明に頷いているクラウド。
「となると、南部地域での栽培が望ましいか」
などと呟いている。
もしもし? 考えが甘いですよ。
南部の農業も大半が井戸水に頼っているでしょうが。
畑で育てる作物しか知らないんだろうなぁ。
「流量の豊富な川がなければ無理だな」
そういう意味では日本と環境が近いミズホは恵まれている。
よほどの異状気象でもないかぎり川が干上がるとか考えられないし。
この国の川は稲作で使えるほどの流量はない。
正確に言うなら安定した流量はないと言うべきか。
地域によっては貯水用の池とか作られるくらいだし。
乾期になると流量が変わる川とか普通にあるしな。
その割に井戸はあまり掘られていない。
深く掘らないと地下水がなかなか出てこないせいもあると思う。
まあ、井戸水で稲作なんて無理だけどね。
川の近くなら可能性もあるかなというぐらい。
ただ、やればできるかもという程度だ。
少量の生産なら安定供給できる地域もあるかな。
そこまでして生産するくらいなら他の作物を育てた方がいい。
この国の水の価値を考えるとね。
砂漠のオアシスレベルとは言わないが、決して無駄に使えるわけでもない。
風呂も一般的ではないからな。
俺としては住みたくない国である。
「そんなにか!?」
このタイミングで目を丸くするとか、やっぱり水量の見積もりが少なかったようだな。
田んぼを知らんとそんなものだとは思うけど。
険しい表情で考え込むクラウド。
その割に煎餅をかじるのは止めない。
晩飯が食えなくなるぞ?
まあ、俺の知ったことではない。
「稲作は畑ではできない」
この言葉にゲールウエザー組は首を傾げている。
作物が畑で育てられないとはなんぞ? となるのだろう。
地球では陸稲と言われる畑で育つ稲もあるが水稲に比べれば遥かにマイナーだ。
レーヌでも探せばあるかもしれないが、今のところ発見されていない。
探すつもりもない。
連作できないからね。
植生魔法を使えば解決できるけど、無駄に魔力を使うことになるのは言うまでもない。
国民が農業を仕事にする上でマイナスの要素になるよな。
その魔力で収穫時期を早めたり収量を増やしたりできるんだし。
俺がいれば解決?
嫌だよ、やりたくないね。
マズいとまでは言わないけど美味しくないって聞いたことあるからさ。
今の米の味に満足しているので、それより劣ると思われるものは探したくないよ。
どこかで陸稲の米が売られていたりしたら買って味を確かめるくらいはしてもいいけど。
「稲を育てる場所は田んぼという。
土は粘土質で全面に浅く水を張った状態にする」
常識にないことを聞かされると人間って呆気に取られるんだな。
真っ先に復帰したのは総長だった。
「それでは作物は育たないのではないですか?」
うん、そういう意見があるのは分かっていたよ。
故に俺は幻影魔法を駆使して説明を始めた。
百聞は一見にしかずというし、こっちの方が楽なのでね。
見せるだけとも言う。
横着をしているのは否定しない。
飯を食いながらなので適当に編集した動画を流しておくだけなんだけど。
農作業用の自動人形をこまめにバージョンアップさせておいて良かったよ。
視覚情報を報告用の動画として撮影するようにしてあったんだよな。
でなかったら、こんな横着はできなかったからな。
ゲールウエザー組はヤクモでの農作業の状態を見て呆気に取られている。
もちろん自動人形は映し出されないように編集したものしか流さない。
そんな時間的余裕が何処にあるかだって?
リアルタイムで編集と確認作業をしているに決まってるだろ。
【多重思考】を駆使すれば可能だ。
【並列思考】だったら編集と確認に集中してもできなかったとは思うけどね。
有り難いことだ。
食事を邪魔されたくなかったので字幕も入れてみた。
そしたら逆に声を掛けられてしまった。
「ヒ、ヒガ殿っ」
俺の方を振り向いて興奮した様子で呼びかけてくるクラウド。
唾が飛んでこないのは有り難いね。
食事中だしな。
「なんだよ?」
動画の方を見ていないので巻き戻して一時停止状態にすると、ダニエルや総長まで慌てだした。
「あれは何処か別の場所を映し出しているのではないのか!?」
思わず「何言ってんの」と言いそうになった。
別の場所に決まっているのは誰の目にも明らかだ。
クラウドもそういうことが言いたいのではないだろう。
録画という概念がないとこんなものか。
「こういうこともあるかと思って用意しておいたものだ」
しておいたのではなく、用意したばかりではあるが。
些細なことは気にしてはいけないのである。
「そ、そそそ、そうだとしても何もない場所に字まで書いておるではないか!?」
どもる程のことか?
興奮せずに落ち着けよ。
信じられないとばかりに首を振っているクラウド。
まるで映画のワンシーンのように仕草が様になっている。
オッサンでもイケメンだと得だよな。
問題は煎餅を片手に持っているから格好良さ半減でしまらない感じなことか。
どんだけ気に入ったんだよ。
読んでくれてありがとう。




