275 騒がれるのは好きじゃないんだが
さて、チンピラ1は片付けたんだし次に行こう。
目の前の奴にターゲットを絞り、チンピラ2とした。
奴らの横の動きに合わせつつ間合いに踏み込んでいく。
特に走る訳でも跳び込む訳でもない。
早足程度の速さで歩を進めただけだ。
「っ!」
チンピラ2は無造作に近づく俺に突きを放ってきた。
コイツも遅い。
しかも木剣は届かないときている。
もう半歩前に出なければ擦りもしないっての。
俺はその位置で歩みを止めた。
「お、おらっ、どうだ」
どうだと言われてもな。
何がしたいのか理解不能だ。
「さ、刺さるぞ。刺さっちゃうぞぉ」
何処がだ?
届いてねえだろう。
正真正銘のバカ集団のようだな。
奸智に長けているのに肝心なところで足りてない。
もはや残念とかいうレベルではないな。
「痛いぞぉ痛いぞぉ」
おまけに言い方がキモい。
もしかして余裕ぶってるのか?
一方的な間合いだと思い込んでるっぽいな。
俺にはビビっているようにしか見えないんだが。
それでも止めないのはギャラリーの多さゆえだろうか。
試合を投げ出せば色々と終わってしまうと感じ取っているのだろう。
まあ、今まで弱い相手には散々威張ってきたみたいだし。
1人相手に5人がかりで挑んでおいて退散というのは体裁が悪いどころじゃない。
一方的にボコられちゃ結局は同じだと思うのだが。
あ、それで牽制しているとか?
「死んじゃうぞぉ死んじゃうぞぉ」
引きつった顔で、そんなこと言っても説得力ないぞ。
お前が死んじゃうのか?
おまけに木剣を突き出したまま保持するのにブルブル震えてるしさ。
見た目はそれなりに鍛えていそうなのに見かけ倒しとか情けなさ過ぎるだろ。
コイツら本当にレベル30近くあるのか?
どうもレベル20以下にしか見えないんだが。
いや、15あるのかも怪しくなってきた。
あれだな。
他人の獲物を横からかすめ取るような真似をして経験値を稼いだんだろう。
この連中ならそういうセコくて恥ずかしい真似をしても不思議ではない。
問題はその方法だ。
獲物の横取りなんて誰も許すはずはないからな。
まあ、弓を使えば不可能ではないのか。
止めを刺した奴が経験値ボーナスを得るし。
安全圏から様子を覗って大物を仕留める時に影から撃つ訳だな。
剣の腕前がからっきしなのも、その手口であるなら納得だ。
他人の獲物をかすめ取るとかハイエナかよ。
今更ながらに呆れるな。
そして俺のテンションはどこまで下がるのだろう。
木剣を突き付けているチンピラ冒険者が剣士ではなく弓士だと判明したからだ。
最初は推測だったけど拡張現実の表示設定を修正してジョブを確認したし間違いない。
オッサン、コイツらの何処がそれなりに腕が立つんだ?
これなら冒険者ビギナーよりマシって程度だろう。
そりゃあ弓の腕は一流に属するかもしれないけどさ。
コイツらの見た目と常識外れな奇襲攻撃に騙されているだけか。
後は先程から両サイドや背後のチンピラどもが親指で礫を弾いてきているのも関係しているか。
最初は目の前の奴の援護にも来ないで何をしているのかと思っていたんだが。
コイツらなりにセコい手で援護していたようだ。
特にタイマン勝負の時に当てられると中堅どころでも隙ができるかもしれない。
初心者卒業程度の奴らじゃ気を取られるだろうな。
そうやって俺の隙を作って目の前の奴に木剣を叩き込ませるつもりか。
……アホくさ。
狙いはやたらと正確だが当たる訳ないだろ。
当たっても何の影響もないけどさ。
コイツらの攻撃だと思うと擦るのでも嫌だ。
正確な射撃ゆえコンピュータに予測させやすいとか言うオッサンとは違うのだよ、オッサンとは!
回避している訳ではなく魔法で分解している。
直撃など許す訳がないのである。
それよりもベテラン勢がこの嫌がらせのような攻撃に気付いてないのが気になる。
俺が消滅させてはいるが、奴らの手元から攻撃が飛んで来ているだろうに。
妙だと思ったらチンピラども全員が【隠蔽】スキル持ちだった。
マジかよ……
上級スキルで熟練度も半分以上となればベテラン連中でも騙されるのか。
そりゃあ泥棒みたいな真似で獲物をかっさらうのも楽勝だよな。
逆を言えば、それだけセコい真似を繰り返してスキルに磨きを掛けてきた訳だ。
なんかムカついてきた。
この連中の練習試合での勝ちパターンが読めてきたからな。
まず、見た目で威圧感を演出して潰せる相手は潰す。
それが通じない相手は仲間が礫で妨害して隙を作る。
それすら通用しないような相手にはそもそも逆らわない。
結果的にそれなりの評価を受けたってことなのだろう。
スキルの効果で不正がばれないし。
我流剣術で弱そうに見えても最終的には勝っている。
比較的短期間でレベルアップしてきた実績もあるからな。
今までズルし続けてきた結果でしかないけど。
やたらと腹が立つ。
「ひっ」
チンピラ2が血相を変えた。
おっと、無意識に殺気立ってしまった。
瞬間的に引っ込めたから目の前のコイツ以外には気付かれていないようだ。
「ちっ」
腰抜けめ。
膝がガクガクしてやがる。
まるで見かけ倒しじゃねえか。
おそらく残りの3人もこんな感じだろうし、さっさと片付けよう。
目の前のが錯乱しておかしなことを口走る前に終わらせる。
まずはコンパクトな右回し蹴り。
狙うのは木剣の根元あたり。
軽い手応えのまま蹴りを振り切って軸足の爪先で軽く跳んで前に出る。
回し蹴りの勢いを利用しつつ左で後ろ回し蹴り。
上中下の3段を顔面、鳩尾、膝に叩き込んだ。
「「「「「なっ!?」」」」」
一部の外野やオッサンの驚く声が聞こえてくるがスルーだ。
着地と同時に残りの3人と向き直りつつチンピラ2を蹴り飛ばす。
奴は既に沈んでいるチンピラ1の真横に飛ばされていった。
もちろん起き上がったりはしない。
中段蹴りで軽く浸透勁を使ったからな。
チンピラ1と同じく内臓のダメージは死なない程度に入っている。
上段蹴りで歯が何本か折れているだろうが、中段のダメージで失神してるから泣き喚いたりはしないだろう。
あと、右膝がおかしな方向に曲がっていたりするが気にしてはいけない。
「なんだ今のは!?」
ベテランらしい外野の一人が呻くように疑問を口にした。
「脚が3本に見えたぞ……」
追随するように別のベテラン風冒険者が呟いた。
見えたからって3本ある訳じゃないんだよ。
「信じられんが連続蹴りのようだ」
その隣にいた奴が俺の方を見たまま、それに答えている。
「バカな!? 連続蹴り? ありえん!」
答えを聞いて呟いていた男が興奮し始める。
「じゃあ、他にどうやって説明する。
魔法で脚を増やすのか?
それこそ、あり得んだろう」
面白い発想をする奴だな。
「マジか、マジか、マジかっ!?」
「うるせーよ」
吠える呟き男を軽く殴って黙らせる隣の男。
「だってよぉ……」
怒るかと思ったがそれで沈静化するんだな。
コイツら、もしかしていつもこんな感じなのか。
ちょっと仕込めばお笑い芸人でもやっていけそうな気はするな。
仕込むつもりは毛頭ないけど。
俺にそんな才能はないし。
それ以前にコイツらとは知り合いですらないんだ。
単に奴らの会話が俺の常人離れした耳に届くだけである。
「どうやりゃ、あんな真似ができるんだろうな」
「知るか、俺に聞くな」
3段蹴りが同時に蹴ったようにしか見えなかったのだとしても解説する気はない。
「あの優男、ありゃあ間違いなく化け物だ」
……加減してそんなことを言われるのは心外である。
「アイツ人間だぞ」
今度は呟き男がツッコミを入れるか。
「(比喩に決まってるだろうが、バカ)」
隣の男が呟きで返した。
おそらく呟き男が「比喩って何だ?」と聞いてくることを懸念したんだろう。
どうやら呟き男は根っからの脳筋らしい。
いや、俺には不要な情報だな。
「優男ってのは認めるけどよぉ」
俺って他人からはそういう風に見られるのか。
顔の形がずいぶん変わったからなぁ。
元の面影を残してるから、そういう自覚はあんまりなかったんだが。
「いいよなぁ、女にモテるんだろうなぁ」
モテてないですよ?
なに言ってんだコイツ。
周囲に美女美少女がいっぱいいるけど彼女は1人もいないからねっ!
……自慢することじゃないな。
モテそうに見られるのにモテないってことは何かしら問題があるってことだよな。
だが、何がダメなのか原因が分からん。
選択ぼっちが長かったせいだってことしか分からん。
「モテたければ稼いで貢ぐんだな」
貢ぐのは止めておけ。
「えー、騙されるから嫌だぞ」
碌なことがないってことを理解しているとは、しっかりしてるじゃないか。
こんな感じで脱線気味の会話をしている外野がいるかと思えば──
「お、おい、アレを見ろ!」
別の外野が根元から切り落とされた木剣を目の当たりにして騒然としている。
自分たちの間近に刀身部分が飛んで来たからだろう。
1人が手に取って断面を見ている。
「ウソだろ、おい……」
呆然とした表情になり呟いた。
「なんだってんだよ?」
怪訝な顔をして別の男が覗き込む。
「んー……?
うおっ、マジか!?」
そう言うと引っ繰り返りそうな勢いで飛び退いた。
「大袈裟だなぁ、たかが木の剣を折ったくらいで」
別の男が笑って流そうとするが、断面を見た2人は大慌てで首を横に振っている。
「み、見ろよ、これっ」
笑った男に突き付けられる木剣の残骸。
「あーん?」
怪訝な表情で断面を見る笑った男、他数名。
「な、なんだよ、これ!?」
「どうなってんだよ……」
「アイツ、どんな脚してやがるんだ」
断面を見た者たちは呆然としている。
そして笑った男が他の外野たちの方を見た。
「切れてやがる……」
呆然とそれだけを告げると、まだ見ていなかった何人かが木剣の残骸に殺到した。
「マジだ! どうなってる?」
「どうやったら、そんな真似できるんだよ!?」
3桁レベルになればできると思うよ。
いや、木剣だからレベル50くらいでもいけるかな。
切断面が綺麗ではないかもだけど。
「アイツら、間違いなく死ぬな」
殺す訳ねえだろ。
外野の連中もそれは承知しているんだろうが心の中で思わずツッコミを入れてしまう。
「俺もそう思う」
「だよな」
「できれば再起不能にしてくれ」
嫌われてるなぁ、チンピラ冒険者ども。
同情なんてできるはずもないがね。
「賭はどうすんだよ。
優男が勝ったら丸損だぞ」
こっちの外野も、俺のこと優男って見てるのかよ。
勘弁してくれ。
「俺は負けでいいぞ。
アイツらがボコボコにされるんなら見物料だ」
「俺もそれでいい。
銀髪の優男を応援する」
「俺も!」
「ワシもだ」
損をするのに応援してもらえるのは有り難いんですがね。
むさ苦しい野郎からだけってのは微妙だとは思わないかい。
あー、癒やされたい。
子供組とか元気かなぁ。
読んでくれてありがとう。




