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269 つくってあった『魔道具のペン』

 総長の作戦は人間の心理を上手く利用していると思う。

 効果は疑わしいけど試すならタダと言われた方が受け入れやすいもんな。

 もしかしたらという期待を抱かせつつ本気にするなと釘を刺す訳だ。

 そう言われると凄い凄いと煽られるより信憑性が増してしまうものである。

 少なくとも単純な人間なら信じてしまうだろう。

 逆に効能をアピールするだけでデメリットを言わないと疑う者も出てくる恐れがある。

 そういう懸念を抱かれないよう誘導できれば、後は毒ではないかと疑われないようにするだけだ。

 そこを気にして飲まない奴もいるかもしれないからね。

 疾しいことをしている連中は特に警戒するだろう。

 全員が飲んで初めて効果が出るように術式をセットしたからな。

 飲まない奴がいた場合は、そいつを嫌疑があるとして別室に連行する予定だ。

 連行した時点で全員が飲んだ条件が満たされるので魔法は発動する。

 後は連行した奴に魔法を使った尋問で有罪を確定させるという作戦である。

 飲もうが飲むまいが逃がしはしない。

 ただ、飲まない奴が多いと手間が増えて面倒になるんだよな。

 そうならないよう最初に飲むのはナターシャということにした。

 さすがに言い出しっぺが飲めば疑い深い連中も飲むだろう。

 確実とは言えないがね。

 このためにナターシャの分の薄めたポーションはまだ用意されていない。

 最初から用意されていると別物だとか難癖をつけてくる奴もいるだろうし。

 そんなのは第2班にしかいないだろうけど。

 なんにせよ全員に行き届くのは時間の問題である。

 こちらの問題も早く片付けないと。

 別に罠の魔法は空間に仕掛けたから後は所定の条件を満たせば勝手に発動はする。

 できれば見逃したくないってだけなので致命的な問題にはならないが。


「それじゃあ問題ないだろ。

 あの2人は俺が貰うからな」


 沈黙が返される。

 魔導女子のコンビを貰い受けると宣言しても待ったはかからなかった。

 別に宰相のダニエルが太っ腹という訳ではないだろうが。

 まあ、自分がほったらかしにして信用を失った相手だ。

 引き止めることはできないと思ったとしても無理はないだろう。

 俺からすると都合の良い話ではある。

 有り難い。

 揉めるのは俺としても本意ではないからな。

 本人たちの了承は? という声も聞こえてきそうではあるが。

 たぶん大丈夫だろう。

 魔導師団に残ろうとは思わないんじゃないかな。

 第2班で嫌な思いをしてきているはずだし。

 実家に帰るとかの選択もないだろう。

 男と違って他家に嫁ぐ選択をすればありだとは思うが。

 それなら最初から自立しようとは思うまい。

 他は平民として生きる選択肢もないではないか。

 冒険者ならやっていけるんじゃないかな。

 そういう選択をするというなら好きにさせるつもりである。

 まあ、あの2人を解放するために貰い受けるのだ。

 無理に国民にする必要はないだろう。

 アイツらが何をどう望むか次第だな。


「おっと、そうだ」


 いま気付いたかのように芝居じみた口振りでダニエルに声を掛ける。


「あの2人を貰い受けるのに、ただって訳にはいかないよな」


 白々しいという視線が身内から集まるが、これくらいはいいじゃないか。

 誰も損をしないようにするんだから。

 ゲールウエザー王国側はまったく損をしないということにはならないか。

 人材が流出するんだし。

 その辺に見合う魔道具でチャラってことにしてもらおうというのが俺のシナリオである。

 あまり派手なものは渡せないがね。

 あと、うちの面々にはシナリオ通りに進めていることがバレバレであった。


「これでどうだ?」


 用意していたものを引っ張り出した。


「これはガラスペン……」


 受け取ったダニエルの表情が変わる。

 形だけガラスペンを模していることを見抜いたようだ。


「いえ、似ていますが違いますね」


 正解だ。

 まあ、手に取れば色々と違いは明確に分かるからな。

 なんといっても重さが異なる。

 ズッシリとしたガラスペンとは比べるまでもない。

 サインペンに近い代物だ。

 ガラスじゃなくて魔物素材でできているから少々の衝撃で壊れたりもしない。

 故に質感もガラスのそれではないという訳だ。

 よく見ればガラスペンほどの光沢がないこともわかるはず。


「これもガラスペンと同じ使い方を?」


「まさか、そんな訳ないだろ。

 あの2人を貰い受けるのにガラスペンじゃ安すぎる。

 とりあえず席に座んな。

 で、この紙の上でペンを滑らせてみろ」


 これでようやく土下座スタイルから離れてくれた。

 上司より先に席に着く訳にいかなかった総長もな。

 椅子に座ったダニエルが戸惑いながら俺の提供したメモ用紙にペン先を乗せる。

 戸惑いがあったのか、すぐには書き出さない。


「っ!?」


 そして少し待っても書き出せずにいた。

 驚愕の表情で固まってしまっている。

 ペン先からインクが出てくることに衝撃を受けたようだな。


「おいおい、書かなきゃ使い心地は確かめられないぞ」


「これは失敬」


 俺の指摘を受けてようやく再起動したようだ。

 ペンを滑らせていくとインクもないのに字が書ける。


「まるでサインペンのようですな。

 しかも赤いインクとは珍しい」


「そいつは魔道具のペンだ。

 溜め込んだ魔力をインクに変換する。

 魔力が尽きても補充することができる」


「なんと!?」


 熱心にメモの上を滑らせていたペンの動きが止まった。

 このペンの価値に気付いたようだ。


「魔力の補充は魔法使いでなくてもできる」


 言葉もなく目を見張るダニエル。

 総長もか。


「あと、これが専用ケース」


 そう言いながら魔物樹脂製のケースを渡す。

 これも半透明なので中身が見える。

 ケースの中にはダニエルが使っていたのと同じようなペンが2本入っていた。

 そして1本分の空きスペースがある。


「……3本ですか」


 受け取ったダニエルがその状態のまま固まっていた。


「そ、1セットになっている」


「その仰りようでは残りの2本は別の色のインクが出るように思えるのですが」


「察しがいいな」


 伊達にこの国の宰相ではないということだ。


「黒と青のインクが出るペンが入ってる」


 言葉もなく頭を振っている。


「これでどうだ?

 あの2人を引き抜くのに文句はないか」


「むしろ過剰ですな。

 このようにコンパクトな魔道具で欠点らしいものが見当たらないとは」


「そうか?

 そのケースも魔道具なんだが」


「この上まだ何か機能があると!?」


「もしペンが壊れたらケースに入れて魔力を込めろ」


 ダニエルが震えている。

 総長もか。


「ま、まさか……」


「そんなに勿体振らなくても普通に修復するぞ。

 壊れ具合によって修復の時間は変わるがな」


「「────────っ!!」」


 なんか2人して仰け反ってるんだけど。

 漫画みたいな驚き方してるな。


「言っとくけど、そのペン専用の機能だからな。

 他の物なんか入れても何の変化もないぞ」


「そ、それはそうですよね」


 何とか復帰した総長がぎこちない笑みを見せている。

 ダニエルは絶句したままだ。


「あと欠損してると魔力の消費量が跳ね上がる」


「そんな状態でも修復するのですか……」


「欠損が3割を超えると修復不能になるがな」


「……そこまで直せるのであれば充分だと思います」


 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □


 俺たちが魔道具のペンでやり取りをしている間にナターシャの方は終わっていた。

 宰相と総長は魔法の発動する瞬間を見逃してしまった訳だ。

 残念だが仕方ない。

 結果だけでも確認できるのだから良しとしてもらおうじゃないか。

 という訳でテーブルに突っ伏しているのが36名。

 第2班の頭数から俺が引き抜いた2人を除けばジャストの数だ。


「倒れているのは第2班の連中かい?」


「はい、他の班員は無事なようですから」


 前のめりに倒れている奴の面を確認するのは接近しないと無理だからな。

 斜め上から監視している斥候用自動人形の目では捉えきれない。


「即答だな」


「座る席が決まっているのです」


「ああ、なるほど」


 余計なトラブルを引き起こさないためなんだろうな。


「ところでヒガ陛下」


 ダニエルが割って入ってきた。


「何かな?」


「あれはどういう状況なのか説明してもらえると助かるのだが」


 そういや何の説明もしてなかった。

 放置できない騒動が起こるからと呼びつけただけだし。

 ここに来てようやく総長暗殺未遂の犯人を見つけるために罠を仕掛けたことを説明した。

 罠と言っても特に複雑なことはしていない。

 あの空間に俺があらかじめ条件を満たした時に発動する魔法を仕掛けただけだ。

 呪いの一種であるが、そこまでは言っていない。

 変に勘繰られたくなかったのでな。

 あと発動条件のためにナターシャにも動いてもらうことになった。

 難しい指示じゃない。

 全員にポーションを飲ませるだけの簡単なお仕事である。

 飲ませるための理由も俺と総長で相談して決めた。

 現場で考えて適当にでっち上げろとか無茶は言っていない。

 芝居が下手なら勘繰る奴も出ただろうが、それは大丈夫だったようだ。

 全員が飲んだからな。

 それが魔法発動の条件である。

 結果、過去に犯罪を犯して罰されていない者は昏睡状態に陥った。

 軽犯罪レベルでは眠らないようにしたんだけどね。

 回りくどい真似をしているけど、これもナターシャが説明しているはずだ。

 向こうでも騒然となったようだけど大混乱には陥っていない。

 第2班だけが壊滅状態だからというのもあるのかもな。

 そうとう疎ましがられていたんだろう。

 だったら罪の重さに応じた始末の仕方でも良かったんだけどね。

 死刑相当なら永眠とか。

 まあ、でもここはゲールウエザー王国だ。

 それに奴らはうちの国民じゃない。

 国家組織に所属している奴らを何人も一遍に消すとか政治問題になりかねない。

 もちろん俺の仕業だとバレればだが。

 そうならないよう断罪はダニエルに任せるさ。

 宰相として忙しいはずのジジイを呼びつけたのはそのためだ。


「何から突っ込んで良いのやら……」


 当人は諦観を感じさせる呆れた表情を向けてきたけどな。

 ようやく慣れてきたようだ。

 いや、適応力はある方かもな。

 さんざん混乱させられた後だから慣れもするという意見もあるかもしれないが。

 とりあえずゴミを始末してくれりゃ何でもいい。


「とにかく奴らは重罪人だ。

 光魔法で判定しているから間違いねえよ」


 昏睡させたのは闇魔法だけどな。

 光魔法を強調したのは、そちらを意識させないための誘導である。


「ヒガ陛下は神官でもあらせられたか」


 こういう勘違いをしてくれる効果もあるか。


「まあ、神職でもあるのは間違いではないが」


 曖昧に肯定しておく。

 神職として最高位であるとか言ったら宗教国家と誤解されかねないし。


「では何故に断罪されなかったので」


「おいおい、驚きすぎで思考が麻痺してるのか?

 あんだけ目撃者がいるんだぞ。

 そいつらが俺と今回の一件を結びつけて噂を流しかねないだろう」


「それは……!?」


「噂って厄介だからな。

 ウソでも広まれば信じられてしまうし」


 この場合は憶測が当たってしまうことでウソではなくなるがね。


読んでくれてありがとう。


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