266 ABには同情してもいいかもしれない
総長との話は続く。
「貴族の子弟といえど後を継げないとなれば成人後はただの人ですから」
継承権が低いために貴族という身分は失う訳か。
正確には貴族の庇護下にある未成年の家族という状態ではなくなるってことだな。
継承権が高ければ貴族の身内として家に残れるんだけど。
まあ、その場合は跡取りでなければ予備とかスペアみたいに扱われるのは確実なんだが。
自由がなくて飼い殺しのような状態になると言い換えた方がいいかもしれない。
故に幸せかと問われると何とも言い難い。
言ってみればカゴの鳥状態だからなぁ。
お家断絶にでもならない限り楽な生活を続けることはできるとは思う。
それを幸せと思うか不幸と思うかは当人次第。
贅沢な悩みと他人からは非難されるだろうけどな。
刺激がなくて退屈に押し潰されそうになるなら不幸だ。
が、継承権の低い者たちからすれば、それこそが歓迎すべきことなんだろう。
彼らは成人と同時にただの人扱いされるようになってしまうからな。
今までの贅沢な暮らしが急に粗末なものになる。
支度金くらいは用意されるだろうが、無計画に使えばすぐにパーだ。
結果、計画性のない連中は己の境遇を嘆くか恨むかなんだよな。
甘い話だよ。
努力を怠った結果であることには目を向けようとしないし。
貴族の家に生まれた以上は教育は受けられたはずなんだ。
総長はなおざりにされていたと言うけど実情は違うと思う。
最初から教えないってことはないだろう。
そういうケースもあるかもしれないが、この国では少ないと思う。
俺としては努力することを嫌った結果だと思うがね。
最終的に教えることを放棄された訳だ。
ある意味、見捨てられたようなものだろう。
当人たちは成人後のことまで考えてはいなかったと思うがな。
目先の楽を選択し、将来のための備えを身につける機会を放棄したことに気付かない。
知識や技能は何物にも代えがたい財産になるというのに。
アリとキリギリスの童話みたいだな。
元々の性格もあるとは思う。
けど、教育の過程で貴族としての義務や責任といったものも叩き込まれるはずだ。
少なくともゲールウエザー王国ではそのように思える。
一部の例外を除いて貴族がまともに見えるからな。
そういう教育から逃げて現実からも逃げる。
道を踏み外してドロップアウトする寸前で拾われるのが第2班か。
魔法が使えれば実力は問わない感じかね。
総長も救済措置だと言っていたし。
別の見方をすれば残り半分は別の理由があるということだ。
まあ、見当はつくけどな。
国民に被害を出さないためってとこだろう。
放置すれば我慢と世間の常識の両方を知らないバカが外の世界に放たれるのだ。
もちろん礼儀など弁えているわけがない。
いつまでたっても貴族の身内としての態度で周囲を見下す、と。
トラブル続きになるのは疑う余地もないよな。
魔法の才能がない者なら、そういう心配も少ないかもね。
幼い頃から魔法の使える貴族の子弟と比較され見下されてきているだろうし。
いや、更に下を見るような輩もいるからなんとも言えないか。
そういうのは嫌な中間管理職タイプを連想してしまうな。
とすると、やっぱり本人の性格次第ってことになるのか。
ただ、魔法を中途半端に使える連中よりはマシな気がする。
魔法が使えないことで嫌でも現実を見せられてきた者はしたたかに生きられるのだろう。
魔法を驕り高ぶるための拠り所とした連中よりは己の状況を弁えているというところか。
現実から逃げ続けたか否かの差は大きい。
つまり第2班に放り込まれるような輩はどうしようもない連中だと推測できる。
こういうのに期待するのは無理があるよな。
「公の役職を得られれば士爵位を授爵することができるのですが……」
いきなり第2班という訳ではないんだな。
ただ、総長が言い淀むことから考えてもハードルが高いことは容易に想像がつく。
「そうそう公職が得られるはずもない、か」
「はい」
税金で給料を払う以上は際限なく雇うわけにもいかないし。
当然のごとく狭き門となる。
言うまでもなく、こちらは実力主義だろう。
他所の国は知らないがね。
世間でまともと言われている国がコネや賄賂で人を雇うとは考えにくい。
能力が拮抗しているならコネも考慮されるかもだが。
最初からコネでは、どんなのが入って来るやら見当もつかないだろうしな。
「採用は頭の出来がいい者から順番だろ」
こちらこそ本当の救済措置だろうな。
頑張った者には御褒美を与える訳だ。
継承権の低い貴族の子弟にもチャンスがある。
少なくとも平民にならずに済むのだ。
更に頑張れば出世もできるはず。
モチベーションを維持するためには餌も必要だろう。
優秀な者が頑張るなら報いる。
よく考えられたシステムだと思う。
「ええ、筆記試験と宰相閣下の面接があります」
コネ枠が完全に消えましたー。
あの宰相が関わってコネなんて許すはずがないよな。
朝食会で話をしてより強く思うようになったさ。
ここの王族は不正を何より嫌うと。
それにしても筆記試験は大変そうだな。
あの木版みたいなのに書き付けるんだろ?
あ、でもマークシートっぽくすれば多少はマシかもしれん。
まるで大学入試とかSPIの試験じゃないか。
あれって0.9ミリのシャーペンが使いやすいんだよな。
鉛筆だと削る手間があって面倒だし。
削りカスの処理も汚れやすくて鬱陶しいし。
あと、芯が折れやすかったりするのも難点なんだよ。
ホルダーを使えば多少はマシになるようだけど、削らなきゃいけないのは変わらない。
その点、太い芯のシャーペンは芯が折れにくいし削る必要もない。
0.9ミリだと芯の濃さも選べるからな。
1.3ミリなんてのもあるけど、あれはなぜかHBの替え芯を探すのが大変なのだ。
何故か2Bばっかりだからな。
ちなみに俺は両方持っていた。
文房具って、ついつい買っちゃうんだよね。
買ってから「無駄遣いしたなぁ」と後悔することもあるんだけど。
なにはともあれ異世界でマークシートの試験を思い出すことになるとは予想外だった。
いずれにせよ、これからは紙で試験が受けられるようになるはずだ。
色々な所で負担が軽減するだろうな。
我ながら良いものを売ることになったと思う。
売れたら鶏とかたくさん購入しよう。
親子丼を心置きなく食べたい。
現状だと鶏の残数を気にしながらになるからな。
もっと増やさないとね。
そういやスーパーソニックフェーゼントを仕留めたきりだったな。
通称、赤面と呼ばれるコイツらはキジの魔物だ。
そして鶏もキジの仲間である。
案外、親子丼風の味になるかもしれない。
試す価値はありそうだ。
昼に試してみようか。
……おっと、思考がそれてしまった。
この国で成人する貴族の子弟は選抜されて平民落ちを免れるチャンスがあるんだったな。
「そこで落とされる奴らの一部が第2班で拾われると」
ある意味、セーフティネットみたいなものか。
「そうなります」
だから救済措置なんて言うんだな。
「ただし魔法を使えることが前提ですが」
そりゃそうだろうな。
魔導師団に在籍するのに「魔法が使えません」じゃ話にならない。
魔術士でも入れるくらいだからハードルとしては甘めではあるが。
それでも魔法が使えることが条件というのはシビアな条件みたいだ。
現状で第2班は40人近くいるようだが、そこからもあぶれる連中はもっと多いはず。
「もっとダメな連中はどうなるんだ」
ふとした疑問である。
脱線しているが、何かの参考にはなるかもしれない。
「……私からは申し上げられません」
なにやら深刻そうな表情で告げられてしまった。
どうやらヤバい話になるようである。
あまり深くは聞かない方が良さそうだ。
「では、ひとつだけ」
「何でしょうか」
「この場合、自立を前提に動いている連中は別扱いになるんだろ」
「自分から外の世界に出る者を引き止めてもお互いに益はありません」
「しがみつこうと足掻く輩をふるいに掛けて落ちた者はってことか」
総長は答えなかった。
だが、さっと顔色が変わってしまったのは隠しようがない。
「あまり追及するのは、お互いに益がなさそうだな」
「恐れ入ります」
俺の返事に総長はホッと胸をなで下ろしていた。
ここで沈黙してしまうと気まずいな。
少し話を魔導女子ABに戻そうか。
「そういや、あの2人も第2班なんだよな」
「ミュラーとリーゼですか?」
俺が魔導女子ABのことを言いたかったことを的確に察してくれたようだ。
「ああ」
「彼女らは最初から宮廷魔導師の道を選びました」
「あ、そういうの有りなんだ?」
公職の試験は必ず受けるものじゃないんだな。
「はい、たまに平民に混じって宮廷魔導師の試験を受けに来る者がいます」
「ほうほう、貴族として生きるより魔法を選んだのか」
「そのようです」
詳しい事情は本人たちから聞いていないのだろう。
俺も知らんが、彼女らなりの自立した選択だったんじゃないかな。
「ただ、宰相閣下の指示で第2班に組み込まれてしまいました」
「完全には志望が適わなかったと」
「はい、そうなると思います。
魔法の研究がしたいと言っておりましたので」
一応、軽くは聞いてるのか。
「そのせいか先日までは荒れておりました」
八つ当たりしてたのかよ。
子供っぽい奴らだな。
でも、これは強権を発動させた宰相が悪いと思う。
事情があるとは思うけどな。
「ジェダイト王国から帰ってきてからは元の大人しい彼女たちに戻っておりましたが」
職場にストレスを感じて鬱なんかに近い状態になっていたのかもな。
そこでふと思ったことがある。
「第2班って仕事がないんじゃなくて、させてもらえないのか?」
「はい、その通りです。
下手に研究開発を手伝わせると事故の元ですから。
彼らに許されているのは訓練と模擬試合のみです」
訓練などは仕事のうちに入らない訳か。
いや、第2班の訓練は魔導師団にとってお遊戯レベルなのだろう。
本当の訓練に付いて来られないから仕事扱いされないと。
俺の読み通りなら──
「模擬試合は他の班では認められていないか滅多に行われないってところか」
「はい」
「実戦的な部隊だとか何とか言って優越感を抱かせるわけだな」
「お見通しでしたか」
「気付かないのは第2班の連中だけじゃないか」
「かもしれません」
「ああ、あの2人は気付くだろうな」
「はい」
「それでも仕事をさせなかった。
結果として荒れに荒れた訳だな」
「彼女らに例外を認めると他の者が黙っていませんので……」
そういう連中に遊び半分で研究開発に口出しされては堪ったものではないだろう。
実力も知識も半端な輩では妨害にしかならないのは目に見えている。
なぜか授業妨害をする不良学生を思い浮かべてしまった。
実際、そういう感じになるだろうな。
飴と鞭でうまく閉じ込めているだけなんだろうし。
そういう連中を些細な切っ掛けで暴れさせてしまっては意味がない。
沈黙させておくに限る訳だ。
「そうなるとミュラーとリーゼだっけ?」
「はい」
「その両名を第2班に放り込んだ理由が不明だな」
宰相も何か考えがあってそうしたのだとは思う。
だが、判断材料が少なすぎて見当がつけられない。
「それはフタをしたのだと思います」
「フタ?」
「第2班の抑えが徐々にできなくなりつつあったので」
「調子に乗る連中が増えていたか」
「はい、お恥ずかしながら」
「……………」
それならそれで手厚く支援してやれよ。
対処療法的に放り込んだだけなんじゃないのか?
元は大人しかったんだろ。
孤立無援で歪められたんなら矯正できそうか。
あと、その状況に追い込んだ奴らはどうしてくれよう。
まずはその辺りを確認してからだな。
読んでくれてありがとう。




