264 総長は謝罪する
「それじゃあ、次の所に行こうか」
「次? お仕事?」
ノエルが首を傾げながら聞いてくる。
昼までは何もすることがないと思っていたようだ。
連れて行く連中にも準備とか申し送りとかあるからな。
こちらは待つだけ。
待機するのも仕事のうちみたいな軍人ではないからな。
比較的自由な行動を許されている。
ガンフォールがいるからこそ好きに動けるんだろうけど。
「そんなところかな。
宰相から宮廷魔導師のことで頼まれてな」
宮廷魔導師総長と会ってくれないかと言われたことを話した。
大した用件じゃないから引き受けた。
それくらいはしないとバーグラー王国の扱いを任せる身としては心苦しいものがある。
多少程度ではあるがね。
ガンフォールとも顔見知りらしいし困ったことにはならないだろう。
「総長さんと会談?」
思いつく用件がなかったのだろう。
どんな用件なんだろうという疑問が表情に出ている。
「部下の非礼を詫びたいそうだよ」
律儀な人物である。
ガンフォールによると義理と礼儀を重んじる人のようだ。
ちょっと面倒くさく思ったのは内緒である。
苦手なんだよね、礼儀にこだわる人ってさ。
一方で俺の答えに「あー」という訳知り顔になる者が何名か。
言うまでもなく魔導女子ABの2人のことを思い出している訳だ。
最初は鼻持ちならなかったからなぁ。
割とあっさり態度が変わったけど。
俺が召喚したフェンリルにビビったというのもあるか。
帰してからもビビりっぱなしではあったかな。
どうだろう?
それはともかく本質的にそういう性格じゃなかったと考えた方がしっくりくる。
何か憑き物が落ちたように以後の態度がコロッと変わっていたからな。
おそらく彼女らの指導者か上司に問題があったんだと思う。
洗脳とまでは言わないが、間違った思想を植え付けた奴がいるはずだ。
宰相ダニエルの口振りからすると総長は犯人ではないだろう。
おそらくは直属の上司だな。
「という訳で案内よろしくね」
ノエルたちをここまで案内してきたメイドさんに声を掛ける。
あ、この人はポンプの実演をした時に漕がせたうちの一人だ。
にしてもポンプで印象が良くなるものなのかね。
満面の笑みって感じでニコニコしてるんですけど。
まあ、こちらとしても気分良くサービスを受けられるというものだ。
「畏まりました。
では、こちらへどうぞ」
メイドさんが先導する形で俺たちは王城内の廊下を歩き始めた。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
通された部屋で対面した相手は2人。
どちらもローブ姿だったが年齢差があった。
1人は背の低い総白髪の婆さん。
もう1人は婆さんを介助している若い女だった。
「私の部下が、数々の無礼な、振る舞いをしたようで……」
短く区切りながら息も絶え絶えに話す婆さん。
「賢者にして、王であらせられる、ヒガ陛下に、非礼な働き……」
随分と苦しそうに話すものだ。
誰が見てもまともな体調ではない。
素人でも病気を疑うだろう。
「誠に、申し訳、ございません、でした……」
そう言って真っ白な髪をしたローブ姿の婆さんは頭を下げた。
その謝罪は土下座ではない。
椅子に座っているためだ。
が、それに相当する精一杯の謝罪であると俺は理解した。
だってヨボヨボどころじゃないんだぜ。
喋るのだって途切れ途切れで息継ぎが必要なほどだもんな。
案内された部屋で待たされたことにお冠だったハマーでさえ抗議しなかった。
婆さんが室内に入ってくるまでは不満を口にしていたのにね。
謝る者が先に来ていないとはどういうことかと文句をつけるつもりだったらしい。
ちなみに向こうはそれについても詫びてきた。
が、歩くのすら息を乱して介助が必要じゃあねえ……
これが日本なら即入院ってくらいの状態だ。
でもってペースメーカーの手術を受けることになるはずだ。
日本にいた頃、御近所の爺さんがそんな感じだった。
道ばたで倒れて大騒ぎになったんだよな。
ちなみに救急車を呼んだのは俺だ。
あのときは大変だった。
いや、こちらの方がより大変そうだ。
手術を受ける体力すらないかもね。
俺としても「いいから気にすんな」としか言えんわ。
思わず鑑定したよ。
どう見たって普通じゃねえからな。
とりあえず、この国の宮廷魔導師総長で間違いなかったさ。
宮廷魔導師を束ねる立場なのにヨボヨボなのはどうなのよと思ったけど。
芝居で意図的にそうしているわけでもないし。
最初は同情を誘う作戦かと思ったんだよな。
もちろん芝居でないというのは鑑定で確定している。
ちなみにこの婆さん、名前はベルベット・ジョイスというそうだ。
ガンフォールの方を見ると真剣な表情で頷いていた。
どういう状態かを確認したようだな。
「謝罪については了承した」
「恐れ、入ります……」
弱々しく震える声で婆さんが深々と頭を下げた。
介助者である若い女も安堵の表情を見せている。
ローブ姿の、この女は部下か弟子の一人のようだ。
女の方はともかく、婆さんはヤバい。
こちらが悪者になった気分にさせられる。
俺らが虐めてるみたいでさ。
椅子に座ってでさえ辛そうだし。
寝たきりでもおかしくない状態だから無理もない。
「ところでジョイス総長」
ガンフォールが話題を変えるように声を掛けた。
「なんで、ござい、ましょう……」
「以前に会った時より具合が優れぬ様子だが」
「寄る、年波には、勝てま、せぬ……」
自嘲気味に笑おうとしているが、それすら苦しそうに見える。
ただ、この様子では気付いていないようだな。
「気付いていないようじゃな」
「と、仰い、ますと……?」
ガンフォールはそれに返事をせず俺の方を見てきた。
俺は頷きを返して総長に向けて魔法を使った。
パチンと指を弾いて完了。
フィンガースナップだけなので介助の女は何をしたのか気が付かなかったようだ。
「何を……!?」
ただ、何かあると思ってこちらを注視している。
そのせいで変化には気付いていない。
効果は少しゆっくり目に出るようにしたからな。
日本で見たクイズ番組を思い出した。
リアルタイムで徐々に絵や写真が変化していく間違い探しみたいなやつ。
あんな感じなんだが、魔法の効果として考えれば急激かも?
本当なら一瞬で終わらせることも不可能ではないのだが。
それをやると、さすがに気付かれると思う。
一方で婆さんはヨボヨボに似合わぬ眼光の鋭さを見せた。
俺が魔法を使ったことに気付いたようだ。
「無詠唱の魔法ですか」
そう尋ねてきたが「あれ?」という顔をする。
それは介助者も同じであった。
老人特有の聞き取りづらい震えた声ではなくなっていたからね。
「総長、お声が……」
そこで初めて視線が俺から総長へと向く。
当然、先程までとはまるで違うものを見てしまうわけだ。
変化が声の張りだけでなかったことに目を見張る。
「それにお姿も……」
感極まるといった感じで介助者が両手を口元に当てている。
瞳も潤んでいるのは気のせいではない。
そりゃそうか。
声より見た目に顕著な変化があったからなぁ。
つい今し方まで百才を超えていると言われても不思議ではなかったし。
ところが今は還暦前と言われても不思議ではないくらいになっている。
実際の年齢もそれくらいだから今までが異状だったと言えるだろう。
真っ白だった髪の毛が元の色であるらしい赤さを随分と取り戻していたし。
老人と分かる程度には白髪も残っていたけどね。
肌も深々と刻み込まれていたはずの皺が数を大幅に減らし浅くなっていた。
顔の輪郭などは明らかに別人だ。
顔面の筋肉などが張りを取り戻したからだな。
「うむ」
動揺しているのか、介助者の弟子より喋れない状態になっている。
「俺が治癒効果のある魔法を使った」
「そんな!?」
弟子が目を丸くしている。
「儀式魔法でさえここまでの効果は……」
途中から言葉を失うぐらい驚くか。
どうにも芝居がかって見えてしまうな。
だが、治癒魔法と同時に使った光魔法で弟子に悪意がないのは確定している。
コイツは白だ。
総長をあんな姿になるように仕向けた奴は他にいる。
宰相の奴、このことを薄々気付いてたな。
で、事情は説明せず俺に話を振ったと。
食えねえタヌキ爺だぜ。
「体力回復だけを目的にした魔法じゃ足りなくて当然だ」
俺が何が言いたいのか理解した弟子が血相を変えた。
「病気でないのは確認済みです!」
そうじゃないんだな。
独自の解釈で理解したせいで正解からはズレてしまった。
それをどうこう言うつもりはない。
総長には敵対する相手がいなかったのだろう。
ならば狙われると思わないのも仕方のないことだ。
「別にお前らの不手際だとは言ってない。
あ、いや、不手際と言えるのか。
病気にだけしか目を向けなかったのだから」
態とらしいとは思う。
それでも俺が答えを言うのは、あからさますぎるだろ。
この弟子は馬鹿じゃない。
これだけ言えば気付くはずだ。
「っ!?」
俺の言葉に弟子が瞬時に顔を青ざめさせた。
赤くなったり青くなったり忙しい女だな。
だが、それだけ総長を心配しているってことか。
「どうやら正解に辿り着いたようだな」
「毒……ですか」
弟子が絶句してしまったのと入れ替わりで総長が口を開いた。
どうやら心当たりがあるようだ。
飲み食いするときに違和感ぐらいは感じていたのだろう。
犯人にまで辿り着いているのかは分からんが。
「その通り。
ある毒を薄めて長期間服用した感じの症状だったのでな」
鑑定したとは言わない。
この婆さんだと気付くかもだけど。
「申し訳ございません。
そしてありがとうございます」
深々と総長が頭を下げた。
この婆さんはまともなのに、その下にいる連中の誰かが犯人というのも皮肉なものだ。
まだ確定したわけじゃないが十中八九そちらの線だと俺は睨んでいる。
「礼が言いたいのは分かるが、詫びる必要があるか?」
「畏れ多くも私などのために大魔法を使われたではありませんか」
「大魔法?」
思わずうちの面々を見てしまった。
ノエルは首を傾げている。
他の月影の面々も顔を見合わせて困惑気味だ。
うん、うちでは大魔法とは呼べないレベルの魔法だったよな。
それを見た総長の婆さんの方が困惑の表情になってしまった。
「失礼ですが魔力を大きく消耗されたのではありませんか?」
「どうしてそう思うんだ」
「単に解毒しただけでは若返るというようなことはありません」
自分の手や髪の毛を確認するように見ながら総長が語る。
「寡聞にして若返りの魔法など存じ上げません。
古い文献を調べれば出てくるかもしれませんが」
どうやら壮大な誤解をしているようだ。
やれやれ、説明して信じてもらえるのかね。
しないと始まらないだろうけどさ。
読んでくれてありがとう。




