27 収拾がつかない
改訂版です。
「我ら一同、ハルト・ヒガ様の家臣として国民となることを誓います!」
カラカル顔のケットシー、カーラが高らかに宣言した。
妖精たちは話し合いをしたけど、その時間わずか1分足らず。
見ていたこっちが不安になるくらいの即決ぶりだ。
「今一度、問う。
異議のある者はいるか」
ハスキー顔のパピシー、キースが最終確認として問いかける。
「異議なし」
「ある訳ないニャ」
「右に同じ」
「異議なんてあるはずない」
「同感なんだな」
こんな具合に諸手を挙げてって感じで妖精たちは国民となることを選んだ。
俺なんかはひねくれ者だから「そんなんで大丈夫か」と思ったりするんだけど。
まあ、手を取り合ってワイワイと喜んでいる妖精たちは見ていて微笑ましい。
一気にお祭り騒ぎな状態になっているのが凄いしな。
そんなの見ていたら用心深すぎるのも考え物だと思う訳よ。
脱ぼっち路線を進むつもりがUターンなんて真っ平ゴメンなのだ。
それはそれとして隣のツバキを見る。
「君はどうする?」
妖精忍者たちの騒がしい声がピタリとやんだ。
固唾をのんで見守っている。
そりゃそうだろう。
完全にハブられてたからな。
「思う所がないと言えば嘘になる」
『今更だが事前に話し合っておけばなぁ』
浮かれて突っ走ったツケが出てしまったようだ。
現に妖精忍者たちは萎れた花のようにションボリしている。
「信頼は砂の城がごとく」
この世界にも諺がある。
その最初の一節を俺は呟いていた。
「築き上げるは難く崩すは易し、か」
ツバキが後を引き継いだ。
人間と関わりを避けてきたという割に学がある。
そんなことよりも現状をどうするかだ。
責任は俺にあるからな。
「彼等にそうさせたのは俺だ」
俺がいなければ別の未来があったはずなのだ。
「それは違うだろう」
即座にツバキが否定する。
「破綻に向かうことを自覚していた我らが逃げ続けた結果なのだ」
自分にも責任があると言いたいのか。
だが、それは背負い込みすぎだ。
「みんなに責任があるってことにしておこう」
罪悪感があるから反省もしている。
次から気を付ければいい。
「……そうだな」
少し考え込んでからツバキも頷いた。
「問題なのは今回の一件で引っかき回してくれた御仁が懲りないタイプでね」
怪訝な表情になったツバキだが思い当たる節に行き着いたらしい。
「ラソルトーイなる人物か」
ツバキの声に険が乗っていた。
ふざけた真似をする人間には容赦しないと顔で語っている。
美人が怒ると怖いよね。
「人物っていうか面倒な相手なんだ」
「面倒?」
「すでにお仕置きを受けているはずなんだけど忘れた頃に反省を忘れるんだよ」
「さすがはハルトだな」
不意に背後から声をかけられた。
「兄者の本質をよく見抜いた」
寸前まで気配を感じなかったのは転移してきたからだろう。
「脅かさないでくださいよ、ルディア様」
振り返ると金髪ショートカットの侍お姉さんがいた。
1年ぶりである。
侍とは言ったけど、今日の服装はイメージにはほど遠い。
黒のレザーで上下をそろえたパンツルックでバイオレンスな雰囲気がある。
これで鞭でも持っていればO・SI・O・KIの最中に抜け出してきたSMの女王様だ。
「すまぬ。
急遽、来ることにしたのでな」
イタズラにしても酷すぎると感じたわけだ。
でも、その行動もラソル様の計算の内なんじゃないかな。
スキルの種を詫びとしてチョイスするくらいだからね。
やってることが適当なようで後になってみるとフォローされてる気がする。
仕込みの期間とかそこそこあるみたいだし。
派手にやるから折檻されることも織り込み済みだったんだろう。
そうなると誰が動いてどうフォローするかまで計算してあるのが当然だよな。
掌の上で踊らされているようで地味に腹立つ。
思惑から外れようとすると収拾がつかなくなる可能性が出てくるしさ。
そういう訳でいちばん割を食うのがルディア様なんだよ。
最後の最後で尻ぬぐいをさせられるからね。
お仕置き中のラソル様が来られないであろうことも計算されているのが小憎らしい。
当然、ルディア様も気がついているはず。
なんたって兄妹なんだし。
「アレの思惑で私が振り回されるのは仕方あるまい」
やっぱりね。
「この者たちには罪はないからな」
確かに俺もそう思うんだが、妖精たちはそうではない。
完全に萎縮状態で土下座モードである。
ツバキですら完璧に平伏してしまっているし。
亜神であるルディア様の正体に本能で気づいている様子。
少なくとも遥か上位の存在だと理解しているはずだ。
精霊獣であるカーバンクルのローズでさえ驚いた様子を見せていたからね。
それだけで以後は動じた様子を見せないのは流石と言うべきなんだろうけど。
「皆の者、面を上げよ」
ルディア様がそう言ったくらいではどうにもならないようだ。
土下座の面々は微動だに……いや、ガクガクブルブルしている。
ローズは腕を組みながら首を傾けて困ったものだと言いたげにしていたけど。
「おーい、話が進まんぞー」
俺も呼びかけるが反応なし。
だからといって気絶しているわけでもない。
恐れ多くもという気持ちが極限に達した結果なのだろう。
反射的に土下座してそのまま固まってしまったというところだな。
「ダメですね」
「うむ、困ったものよ」
「くうー」
ローズも処置なしだと言っている。
人間と違って本能的な感覚がずっと鋭いからなぁ。
「ん?」
『もしかして敏感に感じ取りすぎてしまっているのか?』
「どうしたのだ」
「いえ、ふと思ったのですが推測の域を出ませんし……」
「構わぬ、聞かせてもらおう」
このままでは埒が明かないのだからと目で促され、俺は自分の仮説を話し始めた。
大したことじゃない。
妖精たちがルディア様を主神と勘違いしたかもしれないというだけのことだ。
ラソル様と同格以上であるのは本能で察知しただろうし。
軽い感じのラソル様と違って威厳もあるからなぁ。
その上で内心では未だ怒りが収まっていない状態だ。
怖くないはずがない。
寿命の縮まる思いすらしているのではなかろうか。
体が竦んでしまうのも頷ける。
問題はラソル様がそれを見越して計算しているであろうことだ。
ルディア様の怒りが静められない限りは話が先に進まない。
それどころか妖精たちにトラウマを植え付けることにもなりかねない。
一見すると混乱状態を引き起こして楽しんでいるのではと疑ってしまうのだが。
ここにも計算が透けて見える。
妖精たちの中にできた罪悪感やわだかまりが根深く残らぬようにというね。
恐怖が根付いては意味がないけど、それも織り込み済みっぽい。
ルディア様がクールダウンしない訳がないと踏んでいるのだ。
自分が受けるお仕置きがトーンダウンするかもという希望的観測もあるよな、これ。
実に狡いやり口である。
「ほう、兄者の性格をよく理解しておるな」
感心した口振りのルディア様だが、表情は能面のように無表情。
そのせいか怒りの感情が伝わってこない。
俺の話を聞いて彼女なりに工夫した結果なのだろう。
「似たような人を知っていますから」
「そうか」
俺が生まれ変わる前の話だと覚ったのだろう。
ルディア様はそれ以上はなにも聞いてこなかった。
『それよりも頼みたいことがあります』
ここで俺は念話に切り替える。
妖精たちに聞かれないようにするためだ。
『む、どうした』
ルディア様も念話に付き合ってくれる。
俺の意図を察してくれたようだ。
『ラソル様へのお仕置きの追加をお願いしたいのです』
『そうだな。
ハルトにもそれを要求する権利がある』
面白そうな声音で返事が返されるが表情は変わらない。
それを不自然に思えないのが不思議なのだけれど。
『そう言っていただけると助かります。
今回の一件、妖精たちを翻弄したことは許せません』
俺の自業自得な部分があるのは間違いない。
だが、それをイタズラの材料にされてはたまったものではない。
相手が亜神だろうが関係なくぶん殴りたい。
『もっともだ。
任せるが良い』
大きく頷いたルディア様が続いて物騒なことを言い始める。
『ハルトの話で我が怒りも再燃したのでな。
折檻フルコース、3倍に加増してくれるわ』
自業自得なラソル様がどうなろうが知ったこっちゃないけどさ。
この場で怒りに燃えられると困るんですがね。
とか思ったんだけど、怒りの波動が伝わってこない。
これって……
『もしかして感情が伝わらないような何かをしてらっしゃるとか』
『気づいたか。
ちょっとした封印術でな』
『はあ、それで表情が……』
『それは違うな。
表情を偽る余裕がないのだ』
『うわぁ……』
考えるだけで寒気がするじゃねえか。
絶対にルディア様を無表情にはさせないと密かに誓う俺であった。
さて、残る問題はビビっている妖精たちをどうにかすることだ。
このままだと日が暮れてしまいかねない。
まだ昼前だけどさ。
どうしたものかと悩んでいたらルディア様が話し始めた。
「そなたらは何時になったら土下座をやめるのだ。
そろそろ顔を上げてもらわぬと、このルディアネーナが困るのだがな」
「……………」
不器用だよな、この人。
いや、亜神だから人じゃないんだけど。
もう人でいいよね。
いちいち区別して考えるの面倒くさいし。
とにかく何しに来たのか問い詰めたくなってくる。
いまのお言葉で妖精たちのガクブルが酷くなったし。
『ルディア様、ここは俺に任せてもらえませんか』
『その方が良いかもしれんな……』
まるで空気が読めない訳ではないのが救いだ。
『とりあえず気配は消しておいてください』
ルディア様の神の眷属としての気配が妖精たちを畏縮させている恐れがあるんだよな。
俺は平気だったから気づくのが遅れてしまった。
生まれ変わって魂も体も神様に補ってもらっているんだから平気で当然、当たり前。
『ああ、それだったか』
さすがに本人も気づいたみたい。
徐々に気配を薄めていき消し去った。
オンオフで急激にしなかったのは妖精を刺激しないよう気遣ったからだろう。
侍っぽくて不器用だけどガチガチの体育会系でもないんだよな。
ルディア様の気配が消えてからさほど待つこともなく反応があった。
恐る恐るといった感じでツバキが顔を上げてきた。
そこにルディア様の姿はない。
念のために彼等の背後に回っただけだけど、気配を消しているから効果的だ。
「あのお方は……」
怖々と俺に聞いてくる。
「気にしなくていいよ」
「いや、それは無理だ。
畏れ多くもこの世界の神々の一柱であらせられる御方だぞ」
『やっぱり誤解しちゃってたか』
まあ、亜神だから最も神様に近い存在ではあるけどさ。
とりあえず誤解されたままはマズかろう。
ついでに俺が生まれ変わることになったところから説明してしまおうか。
少しは落ち着けるだろ。
たぶん……
読んでくれてありがとう。




