263 DO・N・KA・N
「うちと友好関係を築くつもりがあるなら紙とペンを売るが──」
どうするとまでは聞くことができなかった。
「買うっ!
買うぞ、買う買うっ!」
凄い勢いで跳ね起きたクラウドが前のめりで購入を即決したからな。
「お、おう。毎度あり」
迫力に圧倒されてしまった。
にしても、犬が吠えているかと錯覚するかのような購入宣言だ。
本当に王様かよと言いたくなる。
「してペンの価格ですが」
ダニエルも乗り気だ。
ここに財務大臣とかそういう役職の人間がいたら顔色変えてたんじゃないかな。
両名ともに、有るだけ買うと目で語っていたから。
いくら安いと言っても、塵も積もればなんだし。
「とりあえず、そっちの白い普通紙の方も使い勝手を確かめてからにしようか」
2人が確かめた後、すごく抗議された。
これは上質紙であって普通紙と言う神経が理解できないと。
しかもコストが安すぎるって、そこは喜ぶべきところだろう。
製紙業者が廃業すると反論されてしまった。
自分たちがボッタクリの被害者だとは夢にも思っていなかったらしい。
奴らの技術で紙を作った場合の製造原価を教えたらダニエルが怒り狂っていた。
うん、販売価格が原価の千倍なら誰だって怒るさ。
せめて10倍くらいなら技術料と言い訳もできただろうけど。
この国の宰相を怒らせたのはマズいよな。
俺の知ったことじゃないけど。
なんにせよ、これで紙が世間に出回るようになるんじゃないかな。
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なんやかんやと騒々しくなった朝食会が終わった。
この国の製紙業者がボッタクリで儲けていることを俺が暴露したせいだ。
宰相のダニエルが怒りながら大いに張り切っていた。
王であるクラウドそっちのけでな。
これではどちらが王なんだか分からんぞ。
「一気に疲れた気がする」
両名が去って行った廊下で俺は溜め息を漏らした。
ほとんど尋問だぞ、あれ。
俺は善意の情報提供者だというのに。
落ち着けと言っても鼻息荒く迫ってきたし。
むさ苦しいオッサンに迫られて喜ぶような趣味はないっての。
キモすぎて寿命が縮むかと思ったくらいだ。
「仕方あるまい。
あの剣幕なのも頷けるというものじゃ」
「いや、目の前に顔を突き出してこられたのがな。
男に迫られているようで気持ち悪かっただけだ」
微妙に誤解しているガンフォールに対して訂正しておく。
そしたら吹き出すように笑われた。
「そっ、それはっ、確かに、気持ち悪いっ、じゃろうな」
「他人事だから笑えるんだぞ」
「スマンスマン。
じゃが、彼奴らの事情も察してやれ。
今まで完全に虚仮にされる形で騙されていたのじゃからな」
「それは分かってるさ」
いくらなんでも原価の千倍で売りつけるのは非常識が過ぎる。
前々からおかしいと思って斥候用自動人形で調べてたんだよね。
材料が入手しづらいとかの理由があれば対応しようと考えていたんだけど。
そんなものは何一つなかったよ。
楽してボロ儲けを目論む連中しかいなかったというだけのこと。
それも近いうちに終わるけどな。
この世界でも徐々に紙が広まっていくことだろう。
ただし、この国では俺が一気に広める予定だがな。
商人ギルドで登録したのもゲールウエザー王国だし。
商売の活動拠点がこの国になるのは当然である。
「問題はそこじゃないんだよ」
「むう、他に何がある?」
「午前中にもう一仕事できただろ」
「おお、そっちの話じゃったか。
確かにウンザリするような仕事だな」
「俺に面倒事を押し付けるなと言いたい」
「お互い様じゃろう」
ガンフォールが苦笑した。
確かにそうか。
バーグラー王国の後始末を丸投げしたことに比べれば大したことじゃないしな。
「しょうがないから、ささっと片付けるか」
「殺すなよ」
その一言に思わず、ズッコケる。
「そっちの片付けるじゃねえって。
仮にそうだとしても、そこまでやらん。
禿げ脳筋だって死んでなかっただろう」
「寸前くらいまでは行ったがな」
皮肉な笑みと共に返された。
「ひでえ言われようだ」
そこは事実なだけに反論できないんだがな。
そんな風に言い合っている間に身内がメイドに案内されてやって来た。
エリスたちフェア3姉妹もいるぞ。
彼女らもすでに身内である。
色々と誤魔化すのは大変だった。
設定を考えるのがな。
作業はルディア様がやってくれたから楽はできたけど。
でも、辻褄を合わせるのに苦労したぞ。
ジェダイト王国を度々訪れていた王女がいなくなったからな。
誰かが訪れていたことにしないと面倒なことになる。
今回の飢饉の話をどうやって持ち込んだことにするのかとかさ。
かと言って面識のない王子とかを引っ張り出すのもなぁ。
宰相も考えたが結局はボツった。
月一でホイホイ視察に行く大国の宰相って不自然だと思ったからな。
なかなか困らせてくれたのは事実だ。
しょうがないのでシンプルに行くことにした。
護衛騎士部隊のダイアンやリンダをそのまま使うことにしたのだ。
最初は王妃の護衛部隊に設定変更する予定だったんだけどな。
視察に行っていたのは王直属の独立機動騎士団ということにしておいた。
女性ばかりなのは王妃の護衛部隊としても自由に動けるようにという理由だ。
こじつけだが、妙案なんてものはそうそう出てくるものじゃない。
なんにせよ3姉妹が上機嫌なら、それでいいんじゃなかろうか。
笑顔も自然で俺も一安心。
そういや着ているものが色違いのお揃いなんだよな。
これはツバキの仕事である。
できる弟子は服が得意分野だ。
デザインが確定しているなら、あっと言う間に作ってしまう。
サイズの確認は服を着たままでありながら目測で行えるという特技を持ってるし。
俺と出会う前に妖精組の生活用品を一手に引き受けていたのは伊達ではないのである。
デザインについては俺が脳内スマホを使って検索したものを情報提供したりもするがね。
それでもアレンジとかしていてオリジナリティも出している。
今日の服も洋装でありながら和装のテイストが混じった服で日本でも見たことがない感じだ。
俺がファッションに頓着してなかったから知らないだけという可能性も捨て切れないが。
それはともかく、この服をミズホ服と俺たちは呼んでいる。
和服でも洋服でもないからな。
故にバリエーションは豊富である。
デザイン面で色々と違いはあるものの、今日は全員がミズホ服を着ているのだ。
「よお、そっちも飯は終わったようだな」
俺が声を掛けるとノエルが小走りで駆け寄ってきた。
「ハル兄、元気ない」
そう言いながら俺にそっと抱きついてくるのは、ちょっと恥ずかしい。
「心配してくれるか。
ノエルは良い子だな」
桃髪ツインテな天使ちゃんは今日も癒やしてくれますよ。
「兄バカだ」
「兄バカや」
俺がノエルの頭を撫でて癒やされているとヒソヒソ声でそんな声が聞こえてきた。
声の主がレイナとアニスであるのは言うまでもない。
もちろん俺が聞き逃すことがないことを承知の上でだ。
意地悪くもからかおうという連中には反撃あるのみである。
「レイナくん、アニスくん、羨ましいならそう言いたまえ」
両名にニヤリと笑いかけてみた。
「なんでやねん」
アニスが割と呆れたような感じでツッコミを入れてくる。
少し顔が赤いのは自分がノエルと同じ状態になった時のことを想像したからだろう。
成人した女子が人前で男に抱きついて頭を撫でられるとか恥ずかしいに決まっている。
恋人でもなければ罰ゲームにもなりうるな。
だが、俺の狙いは羞恥心を煽ることにはない。
俺の読み通りの展開になるならレイナが禁句を言うはずだ。
彼奴も羞恥心に頬を染めているからな。
レイナがNGワードを口にすれば君も共犯だよ、アニスくん。
自分が先にツッコミを入れてしまったことを後悔するがいい、フハハ。
「そうそう、子供じゃないっての」
はい、アウトォ!
予想通りすぎて笑ってしまいそうになるけれど、ここは我慢である。
レイナの言葉にノエルが膨れっ面になってしまったからね。
ここで俺までレイナたちの側に回ることになっては意味がない。
あくまで俺とノエルが、からかわれた被害者でなければならないのだ。
レイナとアニスはまだ気付いていない。
まあ、あからさまな膨れっ面じゃないからな。
知らない人間からすれば無表情にしか見えない。
月影の面々もかなり分かる方だが、レイナとアニスだけが気付いていない。
ダニエラが顔色を変えて「それ以上はダメですよ~」と呟いている。
レイナやアニスに聞こえないように言ってるけど。
とばっちりを恐れてのことだろう。
双子やリーシャも哀れみの視線を向けるだけだ。
ルーリアは我関せずとばかりに視線を外している。
これだけの反応があるのにレイナたちは自分たちが危険領域に踏み込んだことに気付いていない。
「子供ちがう」
ノエルがそう抗議して初めて顔色を変えた。
「「うっ」」
自分たちの失策に気付いたレイナとアニスが焦っている。
あわあわするばかりで言い訳すらできなくなってしまっているのが憐れだ。
「ノエル、この2人は照れ隠しでああ言っただけだ」
「本当?」
無表情で俺を見上げてくる。
欠片ほども疑いを抱いていないな。
あなた【看破】のスキル持ってるでしょうに。
身内には使わないつもりだろうか。
この純真さを利用するのは少々申し訳なくもあるな。
だが、俺とノエルの1セットでからかわれていたことを忘れてはいけない。
コンボで反撃ということにしておこう。
「ああ、本当だ」
いたって真面目な顔でレイナとアニスの頭を撫でる。
フフフ、反論したり俺の手から逃れることはできまい。
下手にそれをすればノエルの機嫌を損ねてしまいかねないからな。
ただ、俺も調子に乗って抱きしめたりするのは自重した。
そこまでやるとセクハラだ。
相手は成人女性だし、恋人でもないのにそれはマズかろう。
顔を真っ赤にして屈辱に震える両者に殴られてもおかしくはない。
まあ、殴られても痛くはないだろうけど。
それでも殴られたという事実が俺にとってはダメージになる。
「ほら、恥ずかしがって顔が真っ赤だろ」
本当は屈辱にまみれたせいなんだが。
ノエルの前で否定することもできない2人は小刻みに震えるばかりだ。
「ん」
ノエルが納得したので適当なところで頭ナデナデの刑は終了した。
案内のメイドさんが吹き出しそうになっているのを堪えていることだし。
いや、当事者以外の女子全員がその状態のようだ。
これ以上、調子に乗って続けると思わぬ反撃をくらいかねない。
俺は2人を撫でるのを止めた。
なぜか両者が微妙な視線を向けてくる。
これは犬とかモフった時、たまに見るやつだ。
奴ら的には「もっと撫でれ」とか「モフりが足りん」の視線なんだが。
はて、この両者がその目をする?
それはないない、気のせいだ。
きっと「よくも撫でやがって」という恨みがましい視線を勘違いしただけなんだよ。
そう考えるとブルッと身震いしてしまいそうになるな。
若くて美人の女の子に軽蔑の眼差しで見られるとか。
一部の性癖の持ち主なら御褒美なんだろうが。
脱ぼっちを目指してきた俺には拷問だ。
からかわれたから反撃して結局ダメージを受けるとかダメすぎるだろ。
ここから更に追撃するのは禁止だな。
あと、他の皆も些か物欲しそうに見ていた気がするのは何故なんだ?
考えてみたが該当するデータも推定できる結論も得られなかった。
分からないなら気のせいにしておく他あるまい。
間違っても自意識過剰な考えは厳禁だ。
それはモテない男にとって致命的なミスを招くからな。
大学時代の彼女もどきで懲りているはずだろ、俺。
故にここは君子危うきに近寄らずの精神で華麗にスルーするのが正解だ。
それが問題の先延ばしだと俺が気付くのは後で修羅場になってからであった。
まだ先の話ではあるのだけれど……
読んでくれてありがとう。




