257 スカウトは終わらない
とりあえず進化自体についての話はここまでにしておこう。
続いての問題も翌朝までに解決しておかないといかんからな。
最後の詰めの一手がどうにも思いつかないがね。
まるでない訳じゃないけど、次善の策にもならぬような代物だ。
最後の手段ってやつだな。
それ故、時間の許す限りは考え続けた方がいい。
いつまでも現実逃避しているわけにはいかないさ。
「進化そのものの話についてはこれくらいにしよう。
どうしても聞きたいなら、明朝以降ってことでな」
故に方針だけでも先に決定しておく。
でなければ策を練ることもできなくなるからな。
大まかに言って方針は2通りなんだが、どちらも問題がある。
「それでだ。思いっ切りそれてしまった話を戻すが……」
クリス姫とマリア女史を真っ直ぐ見る。
「君らはどうする」
「どうするとはどういうことですか?」
小首を傾げてクリス姫が聞いてくる。
マリア女史は何も言わないが、俺の言いたいことに気が付いたようだ。
明らかに目の色が変わった。
敵対的な感じとか裏切られたと怒りをあらわにしている感じでないのが幸いである。
「俺としちゃあ君らもミズホ国に連れて行きたいところなんだ」
ああ、やはりとマリア女史が目で語っていた。
「それくらい進化した状態ってのは危険をはらんでいると思っていい」
一方でクリス姫はピンときていないようだ。
「そうなんですか?」
この通り分かってらっしゃらない。
もう少し危機感を持ってほしい。
たぶん深くは考えずに感覚的に判断するタイプなんだろうけど。
それが悪いことだとは一概に言えないのが悩ましいところである。
考えるより直感で行動した方がうまくいくことが多い人間ってたまにいるからな。
クリス姫はそういうタイプだと思う。
「情報が漏れてしまった場合は、という条件はつくがな」
ゲールウエザー王国に残る選択をした場合は俺も手を尽くすつもりだ。
それでも、いずれ発覚する恐れがある。
世の中に完璧などないからな。
そもそも見た目が変わってしまっているんだ。
魔道具で誤魔化しても、どうにもならない部分はある。
服のサイズとか急に変わったらバレないはずがないだろう。
王族が自前で用意するとか普通は考えられないんだから。
うちは俺が自分で用意することもあるけど。
風呂上がりに着る浴衣とか割と受けがいいんだよな。
じゃなくて、クリス姫たちのことを心配しないと。
服のサイズを修正する魔道具なんて都合のいいものは……できなくはないか。
ただし、布地の面積は変わらないから見た目はみっともないものになる。
そこを更に幻影魔法とかの術式で変に見えないようにする。
やろうと思えばできるけど、無理のある方法だ。
何処かで必ずボロが出るだろう。
身長やその他のサイズ変更は強引に一晩で成長したことにした方がマシかもな。
普通にあり得ないんだが「夢に神様が出てきた」とか話をでっち上げるしかない。
でもって神様から使命を与えられたが、それを証明するために成長した姿に変えられたとか。
極秘の使命だから内密に……は無理だよなぁ。
人の口には戸は立てられないって言うし。
噂が噂を呼んで他国に話が流れると厄介だ。
魔道具で見た目を進化前と変わらぬようにした上で信頼できる者にだけ事情を話すしかないか。
それでも不安は残るけどな。
「漏れる可能性は低くないと思った方がいいだろう。
その場合、質の悪い連中がどう絡んでくるかは俺にも分からん」
最悪のケースだと戦争に発展しかねない。
ゲールウエザー王国が世界征服に乗り出すとか勝手に思い込む奴もいないとは言えないからね。
ひとつの噂が伝言ゲームのように伝わり最終的に最初とはまるで違う内容に……
ないとは言えない。
伝言ゲームと違って噂は人の憶測や妄想で書き換えられていくからなぁ。
初期の変化は微々たるものでも後になればなるほど馬鹿げた被害妄想的なものに変化している恐れは大いにある。
そういう荒唐無稽に近いものの方が広まりやすいし。
インパクトのある方が話す側も聞く側も印象に残るからな。
そのくせ発言に責任が求められないのが噂だ。
根拠も証拠もない話を信じる人間ってのは幾らでもいる。
真実として広まってしまうことは充分に考えられるわけだ。
こうなると暴走する国が出てもおかしくはない訳で。
過剰反応で戦争や暗殺くらいはあると考えておいた方がいいだろう。
俺にはそれを防ぐ義務がある。
暴走する奴が出てきたら俺が介入せざるを得ないのがムカつく。
もちろん、どこかのすちゃらか亜神のせいで責任を取らねばならないからだ。
利用されたとはいえ俺にも責任があるのは確かだし。
けど、何か問題が発生したら俺に丸投げされるだけの状態なのが許せん。
この件で何かあったら、そのたびにラソル様のお仕置きが追加されるようにしてもらいたいね。
俺がムカつきながらあれこれ考えるのに対してマリア女史は沈痛な表情を浮かべていた。
そしてゆっくりと瞑目していく。
最悪の事態を回避するべく沈思黙考しようというのか。
最善が既に存在しないことは理解しているはず。
故に色々と保険をかけようと考えるだろう。
それをされると状況が複雑化するのは明らかだ。
妙なのを引き込む結果に繋がりかねない。
「悪いが状況次第でどちらにも移行できるような手は使えないと思ってくれ。
その場合はうちに来る気がないと見なした上で一切の縁を切る」
マリア女史が目を見開いた。
俺の本気を見極めようというのだろう。
「俺は国民を家族だと思っている。
彼らを害しようとする者がいたら俺は断じて許さない」
害を為す者というのは何も武器を持っているとは限らない。
詐欺師などはその典型だろう。
マリア女史が中途半端な行動をするなら、そういう連中を引き込みかねない訳で。
俺の言葉よりも瞳にこもるものを見てマリア女史は頷いた。
「あとは来る来ないを決めたら撤回はなしで頼む。
決めた後で発生しうる事態については何とかすると約束しよう」
うちに来るなら解決すべき問題が難問過ぎて困る。
来ないなら継続的に発生しうる問題を潰す必要があるので色々と制限が出てくる。
いずれにしても無理難題の類いではあるが、約束した以上は違えるわけにはいかない。
「答える前に聞いてもいいですか?」
マリア女史が真剣そのものの表情で俺を見ている。
「どうぞ」
気を引き締めて答えた。
逃げたり躱したりできないと感じたからだ。
「どうして強引に連れて行こうとなさらないのですか」
その気になれば簡単なはずという言葉が言外に含まれているのは明らかだ。
「俺の趣味じゃないからだ」
「え!?」
予想外の返答だったのか面食らっている。
「んなことしたらバーグラーの連中と同じになっちまうだろ」
連れ去った時点で奴隷にしたのと変わらない。
自力で帰れなくなるんじゃ自由を奪ったも同然だよな。
それを理解したらしく頷きで返される。
「もうひとつ」
マリア女史の質問はまだあるようだ。
「何かな」
「私たちがミズホ国なる国に行く場合、どうやって陛下や宰相閣下を説得されますか」
そこを聞いてくるか。
当然と言えば当然だよな。
一番のネックとなる部分だ。
適当な答えでは納得しないだろうし。
現状で考えている手は、できれば使いたくないんだが。
「説得はしない」
「それは……!?」
危うく大きな声を出しそうになって両手で口を押さえている。
ゲールウエザー王国を相手に無理やり力でねじ伏せて言うことを聞かせるとか考えたんだろう。
俺なら戦争せずにどうにかできるってのは今夜見せたからな。
「勘違いするなよ。
力ずくとは言ってないだろ。
俺は敵でない者に無闇に暴力で言うことを聞かせるとかはしない」
「では、どうやって?」
俺の返答に半ば呆然としつつも先を促してくるマリア女史。
「そこが悩ましいんだよなぁ。
穏便に済ませようとすると騙すより酷い手を使うことになる」
「それはどういう……」
「あまり使いたくはないが記憶をねじ曲げる。
具体的には夢に介入して過去の記憶を上書きする」
沈黙が場を支配した。
そりゃそうだろう。
どう考えたって妙案とは言い難い悪手だ。
「私からも、ひとつよろしいでしょうか」
入れ替わるようにしてクリス姫が口を開いた。
この人は緊迫した状況だってのに表情が穏やかなままである。
ヘラヘラしているのとは違うけどね。
余裕あるよなぁ。
「ああ、何かな?」
「私が国元に残ることを選択した場合、国民に負担がかかりますか」
表情を変えずにそれを聞く、か。
だが、本気で国民のことを考えているのは間違いない。
瞳の奥の輝きが鋭いからね。
殺気立つのとはまた違う鋭さだ。
俺には熱意というか情合いの輝きに思えた。
誰よりも国民のことを考えているのは間違いない。
ただの天然娘とは違うわけだ。
とんだ三味線弾きである。
そういやバーグラーのクズ王子と婚約することを検討していたのも、それが理由だよな。
国を去る場合でも完全に切り離しては考えられないだろう。
まあ、友好国として付き合うつもりはあるから何とかなるか。
向こうが敵対するなら話は別だが、その時はその時だ。
そういう状況はなかなか発生しづらいとは思うがな。
「見た目やステータスを誤魔化し続けられるなら負担などある訳がないな」
実際はついさっき検討したように色々と問題が出てくるけどね。
それを事細かに説明しても意味はない。
「そんなことが可能なのですか」
クリス姫も何となくではあるだろうが、問題のあることには気付いている。
永遠に誤魔化し続けられるとは思っていないはずだ。
「俺の作った魔道具ならな」
だから俺の返答を聞いて表情が引き締まってきている。
懐疑的な目を向けてこないのは俺が見せてきた色々があるからなんだろう。
「ただし結婚はできないぞ」
「それは、どうしてですか?」
「根本的に上位種族であることに変わりはないからだ」
見てくれだけを誤魔化しても根本的な解決にはならない。
「子供が上位種として生まれる可能性は高い」
「ああ、なるほど」
大いに納得がいったとばかりにクリス姫が頷いた。
「確かにそれは誤魔化せませんね」
生まれたばかりの赤子に魔道具を装着させるのも不自然だしな。
「結婚しておいて子供はつくれませんとも言えないですし」
「そういうことだ」
「わかりました」
にこやかに頷きながらクリス姫は大きく頷いた。
「私はミズホ国の国民になりたいと思います」
「姫様……」
やけにあっさり決めてしまったものだ。
マリア女史が呆気にとられるのも分かる気がする。
「私の未来は姫様と共にあります」
即座に持ち直すのは振り回されることに慣れているからだろうな。
言ってることは主体性が感じられないものだけど。
まるでハマーみたいなことを言っているが、こちらは拳骨が振ってきたりはしない。
互いに手を取り合って過剰に盛り上がってはいるけれど。
主従と友情がミックスされた感じで緩いような熱いような感じ?
なんか関西の方にある有名な歌劇団を思い出してしまったよ。
実際に見に行ったことはないんだけどさ。
にもかかわらず、そういう雰囲気を感じてしまったのは俺にも謎だ。
オーバーアクションで星空を見上げたりしているからかね。
とにかく割り込みづらい空気があるようで、みんな魅入られたように見ている。
俺は空気を読まずにスルー&ブレイクするけど。
「あのさ、自分たちの世界に浸るのはもう少し後にしてくんない?」
俺のツッコミが入ると勢いよくバッと離れて直立するんだけど。
その様子にエリスが笑いそうになるのを何とか堪えていた。
どうやら昔から、あんな感じのようだ。
「別に畏まる必要はないさ。
うちはそういう部分は緩いからな」
だらしないのはどうかと思うが、俺の話を聞いてくれればいいのだ。
「確認するまでもないのだろうが覚悟はあるんだな」
「「はいっ」」
元気のいい返事が返ってきた。
読んでくれてありがとう。




