26 妖精忍者たちは何を望む?
改訂版です。
「常識外れにも程がある」
ミズホシティに帰ってきた直後にツバキが発した一言だ。
「そうか?」
「かなりの高さを飛んでいたにもかかわらず、次々と景色が変わっていったではないか」
「ああ、スピード出しすぎってこと?」
音速の倍は出ていたからなぁ。
理力魔法で空気抵抗や衝撃波の発生などを防いだから分かりにくかったはずなんだけど。
ツバキはお見通しだったみたい。
「怖かったのか?」
「そんな感覚すら麻痺してしもうたわ」
酷い言われようである。
だが、こんなことを言う者がビビっていたなど考えられない。
なかなか胆力があると思う。
できればカーバンクルのローズのように楽しんでくれれば良かったんだけど。
「くぅくっくー」
「面白かったー、だってさ」
こいつはこいつで大物だ。
妖精たちだったら、こうは行かなかっただろう。
寝ている間に連れてきたので彼等は飛んでいたことを知らない。
結果として夜中に到着したので結界を張って雑魚寝した。
さすがに連れてきた全員を収容するのは無理があるので屋敷は使っていない。
鮨詰めじゃ、おちおち寝ていられないだろうし。
そもそも屋敷は出かける前に倉庫へ仕舞い込んだままだ。
これ以上ない防犯方法だろ?
どんな相手でも存在しないものには入れないし壊せないからな。
手持ちの建物で全員を収容するなら貰った城塞しかない。
というより屋敷以外の建築物は城しか持っていないのだが。
いくら何でもデカすぎだ。
かといって一から作れば妖精たちが目を覚ましてしまうだろうし。
倉庫内で処理すれば騒がしくはないけど、目を覚ますまでに終わらせる自信がない。
【多重思考】を駆使しようにもデザイン面の問題だからなぁ。
あーでもないこーでもないと考えている時間の方が長かったりする。
大きさに目を瞑って城塞を利用するにしても似たような問題を抱えているけどな。
そのまま再利用するにはドン引き確実の禍々しいデザインだから。
もともと魔族の所有物だっただけはあるのだ。
女神様の完全浄化処理済みで中は清浄な空気に満たされているけどね。
再利用するならリフォーム必須だ。
そしてデザインで頭を悩ませる、と。
記憶に残る日本の城を参考にイメージ上で魔族の城塞を改変してみる。
『何かが違うんだよなぁ』
どう違うのか言葉にできないが違うのだ。
ならばと、試しに簡単な縮小模型を錬成魔法で作って和風にアレンジしてみた。
『ドウシテコウナッタ』
禍々しさは失われたが失笑を禁じ得ないほど滑稽な代物になってしまったのである。
テレビで見たことのある外国の城を参考にしたけど五十歩百歩だった。
ここで時間切れ。
妖精忍者たちが目を覚ましてしまった。
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「ニャんだ、ここ」
「知らない。
知ってる?」
「見たことない景色であります」
「広い、広いぞ」
「向こうに大きな川があるっす」
「あっちには超デカい川だ」
「これは夢か」
現実だよ。
あと、超デカい川じゃなくて海なんだけど。
妖精たちは目覚めるなり右往左往して周囲の様子を確認し報告し合っていた。
ケットシーもパピシーも混乱しつつ興奮している。
好奇心を隠せない様子だ。
彼等の本来の性格を垣間見た気がした。
一方で群れのリーダー格である2人だけは顔を付き合わせてなにやら話し合っている。
山猫のカラカル顔とハスキー顔が向き合って真剣な表情をしていると迫力がある。
激論を戦わせるような状態だったら互いに威嚇しているようにしか見えなかっただろう。
「なかなかカオスな状況だな」
ローズまでもが彼等の興奮に巻き込まれているので頭が痛い。
アイツの場合はあっちこっち飛び回ってはしゃいでいるだけなんだが。
「原因を作り出した張本人がなにを言うか」
俺の独り言にツッコミが入る。
黒髪と赤い宝玉のような瞳を持つクモ妖精アラックネのツバキだ。
今は種族の特徴である蜘蛛脚は背中から出していない。
このため露出の多い着物を着ている妖艶なお姉さんと言った風情がある。
「ここまで取り乱すとは思わなかったんだよ」
「あれが本来の彼奴らの姿だ」
ツバキが溜め息をついた。
「リーダー格の2人がマシっぽいけど収集つくかな、コレ」
想定外の大騒ぎなので途方に暮れてしまう。
「放っておけば良い。
彼奴ら、あれで適応力が高いのだぞ」
そう言われて、ふと気づいた。
「付き合い長いのか?」
「さほどでもない」
急に不安になってきた。
「この島に来てすぐ知り合ったが、百年程度だろう」
「……………」
妖精の時間の感覚を舐めてました。
「どうした?」
「人間の感覚なら十二分に長いよ」
「……言われてみれば、そうだったな」
理解が早くて助かるわ。
けれども、それでホッとしてる場合じゃない。
他の妖精たちが落ち着いてくれないと話もできないもんね。
結局、彼等の興奮状態は半時間ほどで沈静化していった。
していったというかローズがそうさせたんだけど。
ローズがあちこちで騒いでいる妖精たちのテンションを少しずつ下げて回っていたのだ。
最初からそれを狙っての行動だったか。
我が相方ながら恐れ入る。
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「我ら一同、家来にしていただきたいのです」
カラカルが代表して喋り始めた。
北端のダンジョン前で瞬時に登場したときのように片膝ついている妖精忍者一同。
正面を向いているのは俺が前日にリクエストしたからだろう。
『マジか……
一番ないと思っていたんだが』
「どうして、そう思った?」
即答は避けて質問を返す。
理由くらいは知りたいよな。
安請け合いして「やっぱり違う」は嫌だし。
俺は来る者は拒まずなフレンドリーな人間でもない。
そうは言っても国づくりをする上で誰であろうとまずは拒むというのもマズかろう。
選択ぼっちな日本人だった頃の俺の生き方だったけどな。
脱ぼっちを掲げるからには、いつまでも国民がいない国なんてあり得ないだろう。
変な奴を招きたくないから慎重に進めるのは仕方がないとしてもね。
「我らが弱いからです」
再びカラカルが喋る。
直球勝負で嘘偽りがないのは好ましい。
「あの方は仰いました」
ラソル様のことだな。
「いずれ最悪の事態が発生する。
しかし絶望することはない。
最強の男がすべて解決するだろう。
彼の者の手足となって働くことを約束し庇護を求めよ、と」
その言葉に俺の右隣で座っているツバキを見るが首を横に振っていた。
「私は聞いておらぬ。
何かしら遭遇があったのであればダンジョン内だろう。
此奴らが潜っておる間に私は生産活動をしていたのでな」
視線を前に戻すと全員がコクコクと頷いている。
「金髪の兄ちゃんでラソルトーイと名乗ったんだな」
またも全員の頷きが返される。
『やっぱり……』
しかし仙人ならともかく亜神は人前に直接出向くことは滅多にないはずなんだが。
妖精相手だからノーカンとか言いそうではある。
それにしたってホイホイ出張ってくるとは思えない。
「見ず知らずの相手をよく信用したな」
「それ以前に色々と助けていただいたり教えていただいたりしましたので」
HAHAHA! ホイホイ来てたよ。
ラソル様が詐欺を働きに来ていたとルディア様に報告しておいた方が良さそうだ。
「教えてもらったというのは具体的には?」
「属性魔法と忍者です」
『忍者って……』
まあ良いとしよう。
お叱りを受けるのは俺じゃなくてラソル様だから俺の知ったことではない。
「忍術ではなく忍者なんだね」
少し気になったので聞いてみた。
「忍者の動きを見て参考にするようにと教わりましたが」
体術なんかも含めて忍術だと思うんだけど、その辺りは理解されていないらしい。
外国人が日本文化を微妙に誤解しているような感じだろうか。
「実践してくれたと?」
「いえ、アニメや特撮なるものを魔法で見せてくれたのです」
『あの能天気亜神め』
妖精たちが完全に毒されているじゃないか。
彼等の外見から手遅れなのは分かっていたつもりだけどな。
訓練を受けただけならともかく、そこまでやったら妖精がオタク化しかねないだろうに。
悪いとは言わないがファンタジックな妖精のイメージぶち壊しではないかい?
思わず想像しちゃったじゃないか。
せっせと同人誌を作って販売するパピシーと購入のために整然と並ぶケットシーを。
俺は再び右隣に目を向けた。
「なにかな?」
ツバキが小首を傾げて聞いてくる
初耳のようだ。
「ある日、唐突に服の作成依頼が殺到しただろう」
「そう言えばあったな。此奴らが今着ている服がそうだ」
予想通りすぎて溜め息がでてしまう。
念のため妖精たちにどんな作品を見たのか聞いてみると多岐に渡っていた。
『どんだけ見せてんだよ』
さすがにダイジェスト版にしていたようだが。
「で、参考になったのかい」
「はい。動きや連携が良くなったと思います。
ダンジョンでの狩りで怪我をすることも少なくなりました」
これに関しては重畳と言うべきなんだろう。
ラソル様がそこまで計算していたかは俺には分からんが。
いずれにしても深く反省してもらわねば。
「それじゃあ次は全員に質問だ。
俺の家来になって君らがしたいことって何?
手足になるとは聞いたけど具体的にはどうするの?」
先頭の2人が固まっていた。
後ろは戸惑うようにお互いの顔を見合わせているな。
「家来っていうのは奴隷とは違うよね。
だったらすべての判断を丸投げしちゃいけない」
俺の言葉はかなり衝撃的だったようだ。
家来になると決めたあたりで思考停止していたのかもね。
「難しくはないはずだ。
君らは今まで協力し合って生きてきたんだろ。
基本は同じで何も変わらないよ。
やることが変わる可能性はあるけど、気持ちまで変わるのか」
ハッと表情を変えて首をブンブンと横に振る一同。
この調子だと思考停止していたのは間違いなさそうだ。
そこまでフォローしてなかった辺りがラソル様らしくてムカつく。
ルディア様に追加でお仕置きしてもらいたいね。
「俺が求めているのは家来よりも国民だ。
皆のために働いて国を繁栄させようという国民をね。
だから、君らにその意欲があるのなら歓迎しよう」
読んでくれてありがとう。




