253 何がしたい? 何になりたい?
異常な光景を目にして皆が呆然としている。
月影の面々までもか。
ノエルは割と平常運転みたいだけど。
後はシヅカやツバキは当然といった表情を見せている。
ハリーも俺のすることだからか、この程度では驚いたりしない。
残りは全滅……のようだ。
エリスでさえも言葉を失っていた。
それどころか俺の召喚魔法を見たことのある連中でさえ、これってのは解せない。
フェンリルとかの方がインパクトあるだろうに。
いま倉から引っ張り出したのは、ただの人間だぞ。
数は千人と多いけどさ。
……もしかして数の方がインパクトあったか?
フェンリルを呼び出すより凄いことをしたという実感がまるでないんだが。
お互いの感覚のギャップはどうであれ、驚く者が多いという事実は変わらない。
どうやって彼らの衝撃を消すかを考えていたんだが。
結局、言葉でどうこうはできないという結論に至った。
地味に待つのが正解だろう。
あんな状態が何時までも続くわけはないからな。
現に数分ほど待てば周囲が徐々にざわめき始めた。
それに合わせるように倉から引っ張り出した者たちも目覚め始める。
もちろん強制的に起こしたわけではない。
外に出した時に魔法の眠りを解除しただけ。
後は自然に目覚めるのを待つ状態だったんだよね。
目覚めた直後の彼らは忙しなく周囲を見渡していた。
いきなり見覚えのない場所に連れて来られたら、そうなるよな。
続いて騒ぎ出しそうな素振りを見せたのだが誰も騒がない。
はて? まだ魔法でバフってないよ。
一瞬、変だと感じたが彼らの様子を見て気が付いた。
騒がないのは理性的に行動したからではなく恐怖心からのようだ。
知らない場所に連れて来られたからではなく、姿の見えない貴族たちを恐れているのか。
しきりに奴らがいないか探しているような素振りを見せている。
その割には目覚めた場所から離れようとしない。
勝手に動いて叱責されることを恐れているのだろう。
首輪につながれた奴隷のままだと思ってるんじゃ無理ないか。
あのクソ貴族どもなら単なる叱責で終わらせるはずもないだろうし。
とりあえずマルチライトの魔法で周囲を照らしつつ全員にバフをかけておいた。
それだけで貴族を探してキョロキョロすることはなくなったので効果はあった訳だ。
使って正解である。
この人数が混乱や恐怖から騒ぎ始めたら止めるのが面倒だからな。
問題はこの先なんだよ。
事実を知らせてどうなるか。
「お前たちは既に奴隷ではない」
風魔法で俺の声が全員に届くように調整して語りかけた。
イメージとしては各個人が手元にスピーカーを持っている感じ。
ちゃんと隣同士に干渉しないようにしている。
千人分というと大変なように思えるけど制御が大変ということはない。
【魔導の神髄】のサポートがあるからな。
もし、これがなくても【多重思考】で千人分の同時制御をすれば問題ないし。
本当に神級スキル様々である。
これを手にすることができたのはラソル様たちのお陰なんだけどね。
スキルの種は亜神全員からということなので、これに関して特に思うことは感謝のみ。
直接渡してきたのはラソル様だけど亜神を代表してのことだったしな。
おちゃらけ亜神個人に対して思うのは「早く取っ捕まって泣きを見ろ!」ということだけだ。
スキルの種をもらった時の感謝とは別。
あれはあれ、これはこれである。
なにはともあれ俺は大きな声を出すことなく、千人からの奴隷に俺の声を聞かせた。
「ウソだと思うなら首輪を確認してみろ」
魔法の効果は拡声ではなく送り届ける感じなので穏やかに喋ることができる。
大声はダメな気がしたんだよね。
ほら、奴隷時代にさんざん怒鳴られただろうからさ。
フラッシュバックとか集団で引き起こされたら大変だぞ。
少し強めにバフったから、その状態には陥らないとは思うんだけど。
あんまり強くかけ過ぎると気分が高揚しすぎてしまうから、これ以上は無理だ。
やり過ぎると精神的な負荷を必要以上にやる気の燃料にしてしまうからね。
本来は耐える方の器に入れて処理すべきものなんだよ。
それを器の許容量が少ないからと言ってガンガン燃やせば大変なことになる。
器に入らないから許容限界を超えてパニックということはない。
反対に著しい興奮状態に陥って攻撃的になる恐れが大いにあるのだ。
落ち着かせるために魔法を使ってるのだから暴れさせちゃあ意味がない。
耐える器が小さいとバフの支援効果も、あまり期待はできないのである。
根本的に解決するには頑張ってレベルを上げて本人の精神力を鍛えるしかないだろう。
今すぐは無理ってことだ。
魔力が豊富にあっても魔法で何でもできる訳じゃない。
ならば刺激しないよう気を遣うことも必要になってくるよな。
信じがたい事実を前にしてしまえば、それもあまり意味のない行為になるのだけれど。
目覚めたばかりの元奴隷たちが首輪のないことを確認して騒ぎ出す。
「な、ないぞ!
俺もお前も首輪がないぞっ!」
最初にそう叫んだ男は己の首に手を当てながら反対の手で隣の仲間を指差している。
おめでとう、君たちは自由だ。
「本当だ!」
隣にいた男も驚きをあらわにしていた。
「私たち自由になれたんだ!」
自由を得て喜ぶのは女も同じ。
誰も彼もが興奮していた。
これがあるからバフの匙加減が難しかったんだよね。
高揚感が必要以上に上がってしまうと周辺に被害が及んだりすることもあるからさ。
とにかく、そこからは色んな反応が見られた。
仲間同士で肩を抱き合って喜ぶ者。
その場で号泣し始める者。
理解が追いつかないのか、しばし呆然とする者。
徐々に実感が高まり爆発させるように飛び上がって喜びを表現する者。
結局は収拾がつかなくなる訳だ。
避けては通れないから、しょうがないんだけどね。
待つしかなさそうなのが微妙なんですよ。
ルディア様、早く来ないかな。
……現実逃避してる場合じゃないのだよ。
千人規模の人間が感情を高ぶらせている現状はデリケートなんだから。
その場で喜んでいるだけだから、まだいいんだけど。
生の迫力はやっぱ違うわ。
これが怒りの感情だったらシャレにならん。
日本人だった頃にニュースで見た外国の暴動を思い出してしまった。
あれも所詮は他人事だった訳だ。
大変だなぁと思うだけで当事者になるなんて夢にも思わなかったもんな。
今は冷や冷やしてるよ。
ここで喜びの感情を爆発させている矛先が変化したら……ってさ。
「ねえ、これ放っておいていいの」
レイナがどうにかしろと言わんばかりに目を向けてくる。
「暴れてるわけじゃないからなぁ。
もう少し落ち着くのを待った方がいいだろ。
あの状態のまま、こっちに雪崩れ込んで来られるのは勘弁してほしいからな」
いくら喜びの感情とはいえ、揉みくちゃにされたくはない。
「うっ」
俺の反論にレイナがたじろぎ、あっさりと引き下がった。
人の海に飲み込まれることが容易に想像できたようだな。
魔物の群れが相手だったなら片っ端から仕留めるだけなんだが。
そういう訳にもいかない相手だし。
こういうのも触らぬ神にたたりなしって言うのかね。
何かが違う気がするけどな。
なんにしても待つしかない訳だ。
「レオーネ、それとブルース、ちょっといいか」
先に解放した奴隷組の代表者たちを呼び寄せた。
ただ待つだけでは芸がないので、やれることは今のうちにやっておこうって訳だ。
「「はっ」」
俺の側まで来て直立不動。
「……………」
アニメや映画の1シーンとして見る分には「いいねぇ」とか思ったりもするけど。
正直、リアルでされる側になるのは俺の趣味じゃない。
ブルースのそれは似合ってると思ったけど、それは第三者的な視点で考えた場合だ。
「うちは軍事国家じゃないから、そういうのはもっと緩く頼むわ」
「「は、はあ……」」
2人して顔を見合わせて困惑している。
奴隷時代に相当叩き込まれたんだろうなぁ。
「用件はそういうことじゃなくて別にある」
そう言うと、またも直立不動となった。
あのね……
このままだと堂々巡りになりそうなのでスルー決定。
「仲間は全部で50人ほどだな。
それぞれに大雑把でいいから今後の希望を聞いてくれ」
「希望……でありますか?」
やや面食らったような顔をしてブルースが聞いてきた。
「ああ、冒険者やりたいとか職人になりたいとかだな」
またしてもレオーネとブルースが顔を見合わせていた。
「自分たちは戦うことしか知らねえんです」
ブルースが苦しげに吐露してきた。
そんな風に言うってことは奴隷でいた期間が相当に長いのだろう。
「冒険者ならできるかもしれやせんが……」
尻すぼみになっていく理由がよく分からん。
言いたいことがあるなら言えばいいし、聞きたいなら聞けばいい。
「そんなに自由にあれこれとしても良いのでしょうか」
レオーネが代わりに聞いてきた。
「……………」
俺、絶句。
どんだけ奴隷根性が染みついてんだ?
この状態から抜け出させるのは思った以上に苦労させられそうだ。
「いつまでも奴隷じゃないんだぞ」
この言葉でブルースは、ハッと顔を上げた。
「うちの国民になるなら好きな職業を選べばいい。
俺の直属になるって言うなら給料を出すし。
あ、税金とかは差っ引くけどな」
最後は冗談めかして言ってみたんだが……あれ?
なんかレオーネもブルースも固まってしまっている。
もしかして、やっちまった?
税金を差っ引くとか言わん方が良かったか。
ドン引きされてしまうと俺としても困るんだが。
和ませるつもりが逆効果になるとは、なんたる失態。
言わなきゃ良かったと思っても後の祭りだ。
「好きな職業が選べる……」
「給料が貰える……」
目の前の両名とも呆然としたまま呟いていた。
そっちかよ!
思わず内心でツッコミ入れてしまったじゃないか。
いや、安堵するくらいなら反省しないとな。
今回は教訓を得たということにしておこう。
「最初に教育と訓練は受けてもらうが後は自由だぞ」
教育の部分で首を傾げていたものの、自由の部分でまたもフリーズ状態。
いちいち気にしていたら話が続かないので、そのまま突き進む。
「忘れてたけど最初に本気でミズホ国に来るつもりがあるか聞いておいてくれ」
これを確認しておかないと話にならないよな。
未だに騒いでいる千人の元奴隷たちと違って帰る場所のある者もいるかもしれないし。
そこまで確認してないし、今から確認するのも面倒だ。
その辺は本人の希望に任せて対応することにした。
「あ、ミズホ国ってのは俺の国な。
遙か遠い東の果てにある島国だ」
「賢者様の国でありますか?」
ブルースのオッサンが首を捻っている。
「島国……」
それに対してレオーネはなんかウットリした感じの表情になってるんですけど。
種族的に海が好きなんだろうとは思ってたけどさ。
これってフェチの領域に入ってないか。
……とりあえず放置しておこう。
「言い忘れてたけど、俺がミズホ国の君主だ。
住人の数は3桁に満たないから王都にしか人は住んでないけどな」
「「────────っ!?」」
あ、レオーネが復帰してきた。
と思ったら目の玉が飛び出すような勢いで驚いてるな。
ブルースもだ。
俺の言った後半部分は耳に入ってるかどうか怪しいところである。
君主の部分で大いに反応していたからさ。
しょうがないか。
俺ほど王らしくない王もいないだろうし。
そもそも護衛もなしで待ち伏せしている部屋に入ったからなぁ。
あそこで無双したのもイメージとは合わない気がする。
どう考えても王のすることじゃないよな。
普通なら無謀が過ぎるなんてものではないだろう。
弓の不意打ちをものともせず複数を相手に無傷で完勝しながら賢者を自称してたし。
その上、実は王様でしたとか言われたら混乱したとしても責められないだろう。
アニスだったら「訳わからんわっ!」とかツッコミ入れてきたんじゃないかな。
なんとなく気持ちは分かる。
だが、それに付き合って精神的に余裕ができるまで待ったりはしないぞ。
他にも話をしておきたい相手が何組かあるからな。
そんなに待ってはいられないのだよ。
読んでくれてありがとう。




