２４６ レベルアップしても豆腐メンタルです
まあ、帰る家のある者はいいさ。
家族が支えになってくれるだろうから。
元からこの国に住んでいた人間も似たようなものだな。
奴隷状態から解放されれば仲間同士で協力して生きていけるだろう。
そうするしかないとも言えるが、ネガティブな条件は減っているのだし。
彼等の邪魔になるような貴族や盗賊はファントムミストの魔法で全滅している。
あと、奴隷の中にもどうしようもないのは居たみたいだね。
そういう連中も貴族たちと同様の運命を辿った。
ファントムミストは相手がどんな奴であるかで効果を発揮するからさ。
身分とか立場とかは関係ない。
どうしようもない奴隷も色んなタイプがいる。
俺が直接始末したような連中に近い奴らとか。
奴隷にされたことで自暴自棄となり無茶苦茶やってた輩もいる。
無茶をすると言っても奴隷じゃできることに限りはあるけど。
ただ、奴隷同士なら隷属の首輪が反応するケースは少ない。
例えば奴隷同士が喧嘩をしても何も起こらないわけだ。
この場合、主人が注意しても止めなかったときに初めて魔道具としての効力を発揮する。
まあ、この国の貴族が奴隷の喧嘩を止めるはずはないけどね。
娯楽のひとつとして逆に面白がることの方があり得ると言える。
その結果がどうなるかなど容易に想像がつくというもの。
煽られて興奮した奴隷が別の奴隷を虐げるのだ。
己の境遇を悲観あるいは絶望し、その行動はエスカレートする。
過酷な環境に体より心が先に悲鳴を上げるわけだ。
弱者をいたぶる時点で同情の余地はないがな。
そして、心の弱さに負けた時点で暴力への渇望が止まらなくなる。
暴力に訴えている間だけが心の弱さを忘れられるからだ。
自分より弱い者がいると錯覚することで脆弱な精神を安定させようとする。
錯覚していられる時間は短い。
暴力を振るっている間と相手を打ちのめしてから少しの間だけだ。
いかに腕力に優れていようと、誰よりも心が弱いのだから。
当然のように次々と己より肉体的に弱い奴隷を暴力の餌食にしていく。
自分の弱さに打ち勝てぬ者が満足することなどない。
この状態に陥ってしまえば死ぬまで止まらないだろう。
そして、それは感染するかのように伝播する。
虐げられた奴隷の中からも同類が出現してしまう。
度重なる暴力に恐怖し耐えられなくなった者から更なる弱者を求める者たちが出てくる。
負の連鎖というやつだな。
あとは奴隷にも男女がいるわけで。
若い女が一番の犠牲者だと言えるだろう。
反吐の出る話だがな。
真っ当な奴ほど馬鹿を見るような国であるのは疑いようもない。
それはファントムミストで発狂死した奴隷が半数以上いたことからも証明されている。
なかなかハードというか過酷な運命だと思うが同情はできない。
絶望的な状況だから何をやっても許される、とはならないからな。
それは自業自得であり、因果応報なのも仕方のないことだろう。
生き残った者たちにとっては救いの手となったと思いたい。
長い不幸のトンネルを抜けたら暗雲立ちこめる先行きの見えない未来が待っていたじゃ辛すぎるだろ。
せめて嫌な奴らの姿を二度と見ることのないように自動人形たちを派遣したけどな。
ベリアルで地面に沈み込むように土葬され、綺麗サッパリ消えて無くなるわけだ。
もちろんアンデッドにもならない。
大きなストレス源は消えるから持ち堪えて欲しいところだが。
結局、どうなるかは本人たち次第。
自動人形には仕上げに奴隷の解放もさせてあるけど。
それで彼等の諦観がどれほど払拭できるだろうか。
気になるところだが、国民である元奴隷たちにこれ以上関わるつもりはない。
しばらくはビクビクしながら生活していくことになると思う。
嫌な奴らは誰一人としていなくなっているけど、いつ帰ってくるかと気が気じゃないだろうし。
朝になって目覚めたら消えるように居なくなっていたんじゃ、そう考えても不思議じゃない。
何故そうなったのかも彼等がどうなったのかも分からないからな。
それを説明してくれる者もいないのだし。
俺もいちいち説明して回るつもりはないよ。
人口激減したから国としては機能しなくなるだろうけど、同時に為政者もいなくなる。
当面はそれでなんとかなるんじゃないかね。
考えが甘いか。
周辺国から侵略行為が始まることは充分に考えられるな。
けど、俺はこの国を守ろうとは思わない。
冷たいようだが身内じゃないんでね。
可哀相？ 確かにそうは思うよ。
でも、俺は彼等を助けるためにこの国をぶっ壊しに来たわけじゃないからな。
今やってることは後始末の一環でしかない。
だったら俺が最後まで責任を持ってこの国を治めるという意見も出てくるかもしれない。
だが断る。
誰かがそれをする必要に迫られたのだとしてもだ。
俺は御免被るね。
ここまでやっておいて無責任と言われるかもだが、御免被る。
この国が周辺国に囲まれている時点で、その選択肢はない。
国境を接している国が大小７カ国はある。
そのうちの一つはゲールウエザー王国だが他の国は知らん。
そもそもゲールウエザー王国とだって今後の関係がどうなるか不透明なのだ。
ハッキリ言って、こんな飛び地はいらない。
しょっちゅう外交に気を遣わないといけないからな。
そういうのが嫌だからミズホ国を建国したのだし。
いっそのことゲールウエザー王国に押しつけるかね。
地図の国境線が歪な感じになるけどしょうがない。
それなりに人材はいるだろうから、俺が管理するより何とかなるだろう。
周辺国が煩く言ってくるとしても俺が支配するよりはマシなんじゃないかな。
俺のことを知ってる人間なんて限られているんだし。
ポッと出の奴が新国王ですとか言われて、はいそうですかとはいかないだろう。
たぶん今までの賠償請求とか言ってくるよ。
払わないなら全面戦争とかいう脅し文句つきで。
いちいち相手して潰すのは面倒だ。
そのうち諦めるにしても時間がかかる。
追い払うだけだからな。
世界征服とか狙ってるなら戦争を吹っ掛けてきた時点で叩き潰すんだろうけど。
生憎と俺はファミリーが欲しいのであって支配地域を増やすのが目的じゃないのだ。
戦争すれば大勢の人が死傷する。
向こうにだって家族はいるだろう。
憎しみや悲しみの連鎖を増やしてどうするんだって話だな。
そんなことをするくらいなら大国が支配する方がマシだろう。
上手く立ち回れば、あそこが占領したんならしょうがないという流れに持って行ける。
そう簡単にはいかないだろうけどな。
それでも俺が外交で四苦八苦するよりはマシだと思う。
なんにせよ元々の国民たちは今後も苦労するってことだ。
こればっかりは時間を掛けて解決していってもらうしかない。
何度も言うようだが、彼等に対するお節介はここまでだ。
次の後始末もあるしな。
だけど、まだ地下牢に放り込んだ連中をどうにかする段階じゃない。
無理やり連れて来られた奴隷がいるからな。
元からの国民じゃない者たちは俺の転送魔法待ちだ。
帰る場所があるなら帰った方がいいに決まっているよな。
問題は俺があっちこっち飛び回ってとなると時間がかかるってこと。
やっぱり、これは後回しにするか。
さすがに自動人形たちにそこまでの魔力は残っていないし。
ん？ 魔力充填済みの魔石を送ればいけるか。
そっちの方が手間も時間も省けそうだ。
そうしよう。
少しでも早く帰れた方がいいだろうしな。
早速、魔石を大量に転送だ。
これで後は任せたとできれば楽なんだが、そうは問屋が卸さない。
転送先とかの指示は出さないといけないし。
ただ、それは【多重思考】で制御すればいいだけなので苦ではない。
仮に【多重思考】で負荷がかかるような状況になるのだとしても歓迎するがね。
神級スキルって熟練度がなかなか上がらないからさ。
未だに半分超えてないんだわ。
他の神級スキルもね。
熟練度が上がるほど上げにくくなるのは当然だとしても極端すぎるくらい上がらない。
神級スキルなんだから当たり前と言われてしまえば、それまでなんだけど。
そんな中で今回、熟練度の低かった【魔導の神髄】が熟練度を急上昇させた。
【多重思考】などには一歩およばないくらいかな。
皆を進化させてしまった影響だ。
称号の［魔導を極めし者］と連動していたみたいでさ。
魔力関係のステータスが軒並み跳ね上がっている。
総魔力量は言うまでもない。
回復速度や回復力も桁違いに上がっていたし。
レベルアップしてないのにそれかよと思ったけど、レベルも上がってたよ。
大勢を進化させておいてしないわけがないよね。
今回が初めてだから特殊ボーナスみたいな感じで経験値が入ったみたいですよ。
レベル１０４１だってさ。
一気に１０レベルアップだよ。
あり得ないのか、むしろ当然なのか判断に苦しむところだ。
お陰で自分でもどう反応していいのか分からなくて戸惑うばかりである。
ひとつ言えることは、ますます人間離れしていくってことだ。
そりゃあステータスが激増するわけですよ。
それにしたって魔力関係は他よりも上がってたけどね。
他のステータスと伸び率で比較したら破格とも言える上がり方してたから間違いない。
たぶん今なら地脈を使わず大陸東方で大暴れした時の大技を使えると思う。
さすがに魔力はスッカラカンになるだろうけど。
あれだけの広範囲で攻撃魔法を使うなら、そんなものだろう。
試そうとは思わないさ。
疲れるのは嫌だし面倒くさいし。
何より派手なことして目撃されたりしたら目も当てられないからな。
これからも俺は自重しますよ。
どこが自重してるんだってツッコミ入りそうだけど。
そこは適度にってことで。
その感覚が一般常識の範疇から乖離しているかもしれんけど気にしない。
おっと、ずいぶん脱線してしまった。
ノンビリ休憩している場合じゃないぞ。
夜は短いからな。
次の問題解決と行こう。
帰るべき場所のある人達は自動人形たちに仕事をさせるってことで良いとして。
問題は行く当てのない人のケースだ。
ルーリアのように居場所がなく流浪していた人。
月狼の友のように故郷に帰れない事情ができて飛び出した人。
それと血縁がいても関係が良好でない人。
人それぞれ事情はあるだろうが帰る場所がない点では同類だ。
結構な数がいるんだよね。
城内だけなら数十人ほどだが国全体では千人弱はいるからな。
どんだけ拉致誘拐してきたんだよと言いたくなったさ。
頭のおかしい連中に文句をつけても、まともな返事などかえってくる訳はないんだけど。
それが分かっているから地下牢に押し込めた連中に愚痴を聞かせるつもりはない。
珍回答やとんでも回答を聞いてムカつきたくはないからな。
愚痴のひとつも言わなきゃやってられない心境ってだけだ。
それよりも建設的に行かなきゃな。
行く当てのない彼等をどうしたものか。
悩ましいところだ。
行く所がないなら、この国でも良いように思えるかも知れない。
碌でもない為政者共はいなくなるからな。
ただ、この国に対して拒絶感が強すぎるんだよねぇ。
自由になれるのなら逃げ出したいってのが口癖というか合い言葉のようになっている。
経歴の上辺の方ですぐに確認できるくらいだから相当なものだ。
さんざん酷い目にあわされて悪い印象しかないんだし当然か。
放置すれば勝手にどこか行くんだろうけど……
正直なところ迷いが生じている。
ラミーナが多いのも影響してるな、これ。
なぁーんかリーシャたちと重ね合わせちゃうんだよねぇ。
大森林地帯がヤバい状況だから帰る家どころか故郷すらないに等しいし。
そういう意味ではエルフもそうなんだろうけど、奴隷の中にはいなかった。
需要がなかったとは思えないから捕まえられなかったんだな。
ドワーフは何人かいる。
職人として連れて来られたみたい。
身寄りもなく国も捨てたような経歴になっている。
放浪していた頃はコミュ障だったみたいだな。
誤解されやすい言動をしていたようだ。
奴隷になってから積極的に周囲の仲間を守るようになっていった、か。
人として成長した切っ掛けが奴隷にされたからっていうのは皮肉な運命だ。
何が人を変えるか分からんな。
だからといって奴隷になることを推奨したりはしないけど。
ヒューマンの連中は酷い経歴のが多いな。
本人は家族から搾取される対象でしかなかったとか奴隷も同然だろ。
親が酒とギャンブルで借金を重ねて売り飛ばされたってのも似たようなものだ。
味方もない状態で虐待され続けて逃げてきたなんて異世界でもあるんだな。
幸福な記憶がないに等しいってのが悲しさと腹立たしさを同時に湧き上がらせる。
奴隷になって初めて仲間ができて助け合って生きてきたのか。
仲間同士で支え合って微かに希望を抱いていたって……
俺の涙腺を決壊させるつもりかっ!?
深く関わらないようにしようと思っていた決心がぐらつくだろうが！
読んでくれてありがとう。
