24 更なる邂逅
改訂版です
妖精たちは気持ちの良い食いっぷりをしていた。
食材の提供をした甲斐があるってもんだが、食い過ぎだ。
パンパンに腹を膨らませて苦しそうに唸りながら寝っ転がった姿をさらしている。
俺も調子に乗って肉も野菜もジャンジャン追加したのは良くなかったな。
『胃薬は持ってないし』
時間に任せるしかないのかなとか思いつつコンロや食器を魔法で洗浄していく。
終わったら新魔法ドライヤー。
食器乾燥機より規模は大きくしているものの熱風を吹き付けるだけの魔法なんでね。
縮小して使えば家電製品のドライヤーと同じように使える。
でもって、あっという間に乾燥だ。
『やっぱ、便利だわ魔法って』
そこで、ふと思った。
『魔法で消化促進とかできないか?』
この世界じゃ食い過ぎに治癒魔法なんて発想はないだろうけど。
飽食なんて単語とは縁遠い世界だもんな。
とにかく妖精たちを苦しい状態から解放しよう。
『問題は、どうやるかだ』
内臓に身体強化の魔法をかけて消化を促進するか。
消化の負担になるであろう脂を抽出して体外へ転送するか。
『けど、がっついてたせいで噛んでないんだよな』
どちらの方法も内臓への負担は大きそうだ。
親が自分の子供によく噛んで食べろと口を酸っぱくして言う心境がよくわかる。
『他の方法か』
消化液を増やすのは得策とは言い難い。
消化までの時間が普通より長くなるから内臓へのダメージが大きくなる。
『単純に胃の中のものを細かく分解するとか……』
とりあえず自分で試してみる。
胃の中に意識を向けて内容物を把握し細分化する。
小さくなったら更に細かくして胃液と混ざりやすくして……
『これなら行けるか』
ただ、これだけじゃ苦しんでいる皆には足りない気がする。
俺は彼等のような食べっぷりはしていない。
『もう一声、欲しいな』
ここで内臓に身体強化をかければどうだろう。
いきなりの強化よりは負担が少ないはず。
粘膜の防御力も少し上げて。
終わったら内臓に治癒魔法だ。
『さて、上手くいくかな?』
新魔法ディジェスト発動!
「……………」
ネーミングが無駄に格好良すぎて痛々しい。
主な効果が消化を促すだけだしな。
そのくせ使い勝手が悪い。
理力と身体強化と治癒魔法を時間差で複雑に制御せにゃならんからな。
少なくとも魔導師クラスでないと使えなさそうな魔法だ。
魔導師というのは、この世界ルベルスでトップクラスの実力を持つ魔法使い。
魔法使いという呼称は魔法を使える人間全体を指して使う言葉だ。
それを細かく分類する場合、魔導師以外にも魔法士と魔術士がある。
最上位の魔導師は一般的に3種類以上の属性魔法を使いこなす者とされる。
それ以外では大規模魔法を使いこなすか特殊な魔法が使える場合にも該当するようだ。
自動車で言えばプロライセンスや特殊免許を所持しているようなものか。
その真逆が魔術士である。
生活魔法レベルでしか魔法が使えない。
魔法士はそれより上ということになる。
このラインが世間的にはシビアだ。
一般的に魔法使いは尊敬されるのだが、魔術士は一目置かれつつも扱いが軽い。
誰でも魔法が使える訳ではないので妬み嫉みが故のようだ。
まあ、これも【諸法の理】の情報だ。
だから実際の魔法使いを見なければ分からないこともあるはず。
機会を見つけて知識と認識に隔たりがないか確認すべきだろうな。
『さて、妖精忍者たちはどうなった?』
「……寝てやがる」
みんな楽になったのか寝息を立てていた。
ローズだけは歩き回って一人一人の顔を覗き込んで確認している。
思ったよりも面倒見の良い奴である。
バイオレンスな性格をしている割に仕事が丁寧だ。
そこまでしなくても俺が把握できてるから大丈夫なんだけど。
それを言ってしまうと身も蓋もないのでローズを止めはしない。
妖精たちを起こさないよう気を遣っているようだし。
『ゴブリンの殲滅戦が始まる前から眠ってないみたいだもんな』
俺が寝ている間も仮眠など取っている気配がなかった。
今までよく我慢していたなというのが俺の率直な感想である。
あと数時間は少々のことでは起きてこないだろう。
『目を覚ますのは翌朝か』
そうなると問題は先程からこちらの様子を覗っている奴をどうするか。
相手は気配を殺している上に魔法に頼らず足音を忍ばせている。
『隠蔽系のスキル持ちか』
向こうは隠せているつもりのようだが近づく前から気付いている。
生憎だが【気配感知】MAXは伊達ではない。
『問題はこいつが何者かだよな』
監視者は人型っぽいんだが人間ではない気がする。
『妖精たちの仲間か?
それとも敵対している相手か……』
いずれかで対処が変わってしまう。
面倒くさいから直球勝負で行こう。
威嚇しない程度に驚かせて反応を見る。
敵対するならぶちのめすだけだ。
錬成魔法でビー玉を数個作り出した。
一つは乳白色で他の半透明のやつより大きめだ。
これを理力魔法を使って相手にも見えるであろう速さで弾き出す。
言ってみれば見せ球だ。
狙うは相手の肩。
警告で急所は狙わない。
『さて、どう出る?』
木々の間を抜けていく白色球。
相手も気付いたようだ。
スルリと流れるような動きで木の陰に隠れた。
気配に揺らぎがない。
『冷静だな』
迂闊に動くよりは気配を殺しつつ隠れて様子を見た訳だ。
向こうは俺が確信を持って攻撃してきたかどうかが分からない。
ならば、その選択は正解のひとつだ。
慣れと胆力の両方がないとできはしないがな。
故に彼我の力量差も見極めていることだろう。
ここまで用心深い者がまさかの馬鹿でしたというオチはないはずだ。
それでは俺が確信を持って存在を察知しているということを知って貰うとしよう。
でなきゃビー玉を2種類用意した意味がなくなってしまう。
半透明のビー玉を散弾のように飛ばす。
狙いは向こうが隠れた木。
少し外し気味にして半分は通り過ぎる感じだ。
半分が木に当たった瞬間「ゴッ」と音がしてビー玉がめり込んだ。
だが、そこで終わらせない。
最初の白色球と飛んで行った半透明のビー玉を隠れている相手の目の前に転送する。
「っ!?」
さすがに驚くよな。
いきなり浮遊するビー玉が現れたらさ。
しかも居場所を特定されたかもしれないと動揺しているタイミングでだ。
白色を中心に半透明のを衛星のように回転させながらフワフワと浮遊させてやる。
これで己の存在がバレていないと思いはしないだろう。
面が割れていないとは考えるかもだが。
すなわち逃走という手段を選ぶ可能性がある。
が、この相手はそれをしなかった。
気配の遮断を解除してこちらに向かってくる。
観念したようだ。
シルエットはすらりとした人間の女だった。
肩まで伸びた黒髪は市松人形を彷彿とさせる。
顔立ちは大人のそれであり透き通るような白い肌に赤い宝玉のような瞳。
美人ではあるが人間ではないことは明らかだった。
服は和装をベースにしたイブニングドレス風だ。
色は髪と合わせた艶やかな黒一色。
前合わせに幅広の帯と帯締めらしきものまで使っており和を感じさせる。
一方で袖がなく背中から腰にかけて大胆に開いている部分は洋そのもの。
トータルで見れば印象は和風美人かな。
転送魔法でビー玉を回収した俺は先に声をかけた。
「すまないな。
迷惑をかけた」
無表情な女が首を振る。
言葉は通じるようだが心情までは推し量れない。
「お主が謝る理由はなかろう」
切れ味鋭い細剣をイメージさせる声で返される。
険はこもっていないので少なくとも最初から敵対的というわけではなさそうだ。
「星の数ほども湧き出したあの有象無象どもを召喚したというのなら話は別だが」
「なかなか鋭いな」
「なに?」
女の眉間に皺がよる。
「俺が原因でそれに近い結果を招いた」
「具体的には?」
あえて迂遠な言い方をしてみたが、眉間の皺は既になく無表情で先を促される。
どうやら冷静な判断ができるタイプのようだ。
「遠方から地脈を通じて届いた俺の魔力がダンジョンの迷宮核を暴走させた」
訝しげな目で見られてしまう。
信じろと言う方が無理のある話だ。
しかし俺の戦い振りも見ていたらしく迷うような素振りも見せていた。
「左様か」
しばらく考え込んでいた女が再び無表情に戻る。
『受け入れたってことか』
なかなか大物さんだ。
女は瞳孔のない赤い瞳で俺を見る。
何かを問いかけるかのように。
無言の間が続く。
俺から問うことはない。
ただ待つだけだ。
そうして、いかほどの時間が過ぎただろうか。
不意に女が口を開いた。
「此奴らをどうするつもりか」
先程よりもやや硬い表情だ。
ここで冗談めかした返答は御法度だろう。
「無防備に寝ているから結界でも張るさ」
「その後は」
「目を覚ますまで待つな」
「何故に」
「何がしたいのか聞くためだ」
女が再び怪訝な表情をしたので俺はダンジョンから出て以降のことを説明した。
「──それは確かに私にも分からんな」
「付き合いが長そうだな」
「互いに持ちつ持たれつの関係だ」
女は戦うのが苦手だと言った。
だから先程も隠れ潜むことを選択した訳だ。
俺以外の相手なら逃げ果せるのは難しいことではないだろう。
故に役割を分担していると話した。
妖精たちはダンジョンで食糧確保。
女は着るものをはじめとする物作り。
「ただ、私は金属の加工ができないのでな。
此奴らに強力な武器は用意してやれん。
それ故ダンジョンの下層で思うように進めず苦戦していた」
女は種族は違えど妖精たちを大事に思っている様子だった。
「運命共同体なんだな」
女が瞑目しながら深く頷いた。
「最初に言っておく。
俺は後始末に来ただけだ。
縄張りを荒らしたから相応の賠償は置いていこう」
妖精たちの要求は「縄張りに入ってこないで」だけかもしれないけどな。
変にビクビクしていたのも要求が通らなかったときのことを考えているのだろう。
他の可能性もないとは言わないが。
「ずいぶん欲がないのだな」
女の赤い目が細められる。
まあ、疑って当然ではあるな。
「欲なら色々とあるぞ。
当面の目標は脱ぼっちだった」
「ぼっち、とは?」
「独りぼっちのことだ」
「なるほど。
だが、矛盾しておらぬか」
女は皮肉めいた笑みを浮かべた。
「誰でもいいって訳じゃない。
要は信用できるかどうかだ。
とりあえず相棒はできたから良しとしている」
ちょうど見回りをしていたローズが戻ってきた。
両手を腰に当てて「どうだ!」と言わんばかりに胸を反らしている。
それを見た黒髪の女が固まってしまった。
「もしや精霊か……」
いい線行ってるけど確信は持てないようだ。
もしかすると【鑑定】スキル持ちかもな。
ローズのレベルが高いからほとんど何もわからないだろうけど。
「惜しいな。
精霊獣カーバンクルだ」
「なんと!?」
自分の声の大きさに女が焦って周囲を見渡した。
妖精たちは身じろぎこそする者はいたが、誰も起き出さない。
それを確認してようやくホッと一息ついた。
「よもや己の目で見る日が来ようとは」
あまり表情が変わらないものの驚いているようだ。
この調子だとベリルママが来たらどうなるんだろうな。
読んでくれてありがとう。




