22 地上での邂逅
改訂版バージョン2です。
俺とローズが大唐松の洞から出た。
その瞬間、シュバッと鋭く空気を切り裂く音が耳朶を打つ。
『へえ』
ちょっと感動。
あちこちに隠れていた50名を超える者たちが瞬時に集っていたからだ。
そして俺たちの眼前で綺麗に整列しつつ跪いている。
『片膝をついて畏まるとか、どこの忍者だよ』
第一印象はそんな感じ。
覆面はないし色にもデザインにも統一性がない忍者装束だけれど。
ただ、体型は人なんだけど面構えはややデフォルメが入った猫や犬だ。
デフォルメとリアルの中間といったところか。
ローズほど可愛い系にシフトしているわけではないので野性は感じる。
ただし二足歩行で骨格的にも人間に近い。
尻尾はあるけどね。
あと、背中にはデフォルメしたような小さい羽根があって天使っぽい。
忍者かと思ったらモフモフ度の高い獣人のようで天使かも?
『訳が分からんな』
とりあえずインパクトの高さで忍者として認識しておく。
異世界で忍者を見るとは思わなかったし厨二心をくすぐられたのが大きい。
しかし、ローズはそうじゃなかった。
天使もどきの犬猫忍者たちが飛び出してきた瞬間にスイッチON!
両手から鉤爪っぽいのが「シャキーン!」と飛び出して戦闘準備完了。
腕と同じくらい長くて反り具合なんか先折れの日本刀ですよ。
『どこに隠してたんだよ』
もはや暗器の域を超えている。
そんなの引っ提げてすっ飛んでいこうとするから困ったものだ。
相手は微塵も殺気など放っていないっていうのに。
「ストップだ!」
慌てて首根っこをつかんで阻止したけど。
「くう───っ!」
バタバタともがくローズ。
「落ち着けよ。
相手は無抵抗だぞ。
殺気立ってもないだろう?」
「くう?」
ローズの動きがピタリと止まった。
刀もどきの鉤爪もシュキンと音を立てて引っ込めたので下におろす。
『だから何処に仕舞ってるんだよっ』
追究したいところだが目の前に現れた忍者をどうするかが先だろう。
とにかく動かないし喋らない。
突撃しかけたローズにも気付いていたはずなのに応戦の構えを見せなかったし。
とにかく片膝をついてうつむき加減のままで畏まっているだけだ。
『敵意はないってアピールなんだろうな』
ファッションセンスはまちまちなのに意思統一は完璧だ。
改めて観察してみると似たような体格のが多い。
大半はローズより少し背が高い程度である。
最後部に小さいのが何人か。
それと一番手前の2名が俺の肩くらいまでの背丈がありそうだ。
『この2人がリーダーっぽいな』
忍者なら首領と言うべきだろうか。
なんにせよ、そういう存在のようだ。
向かって右側は厳つい顔のハスキー犬で見るからに怖そうだ。
左はシャープな雰囲気の猫さんである。
記憶違いでなければカラカルとかいう山猫だったと思う。
その他大勢は世界の犬猫大集合な感じだ。
背中の可愛らしい羽根がなければ、獣度が高めの獣人と思ったかもな。
こんな珍しい種族相手に【天眼・鑑定】スキルを使わないはずがない。
『猫っぽい方がケットシーか』
俗に言う猫妖精だ。
忍者装束のせいでイメージが湧きづらいが……
『犬っぽいのはパピシーだって?』
猫妖精ケットシーの親戚のようなものらしい。
「妖精が何の用だ?」
向こうが待ちなら俺から動くしかあるまい。
この世界の共通語で通用するか疑問だったけど。
「お初にお目にかかります」
カラカル顔が流暢に応じたことで杞憂だと判明した。
なんというか仕事のデキる女って感じの声だ。
そんなことを考えていると一同が深々と頭を下げた。
「ああ、初めましてだな」
「くー」
俺たちが返事をすると面を上げた。
が、元の状態に戻っただけなのでうつむき加減なままである。
「我らはこの近辺を根城としていた者にございます」
今度は渋い雰囲気を醸し出す武人って感じのハスキー顔が喋った。
「あー、そりゃすまん。
ゴブリンが大量に湧いたのは俺が原因だ」
「いえ、お気になさらず」
今度はカラカルが口を開いた。
交互に喋るのはなんでなんだろうな。
「我らは貴方様の戦いぶりに感服するばかりでした」
遠巻きに見られている感覚は覚えがある。
敵意のない相手をいちいち確認する気になれなかったから放置してたけどな。
「それで俺に何をしろと?」
集まってくるということは要求があるということだ。
抗議をしたくて来たって風には見えないからな。
『面倒くさそうだなぁ』
こっちは休みたくて仕方ないんですがね。
「俺と力比べでもしたいのか?」
軽い試合感覚で聞いてみたのだが。
「「滅相もございません!」」
震え上がってリーダー格の2人がハモっていた。
他の犬猫妖精たちも、少しだけ顔を上げてブルブルと全力で首を横に振っている。
直後にハッと気づいて、また視線を合わさぬように俯いた。
ちょっと傷つく反応である。
『まあ、ゴブリンどもを蹂躙するのを見てたと言うんじゃ無理ないか』
「偉大なる御方に挑もうなど恐れ多いことです」
その評価は勘弁してほしいが、カラカルはガクブル状態だ。
訂正を求めると余計に畏縮してしまうだろう。
「敬意を払ってくれる相手が手合わせを求めるなら吝かではないぞ」
一瞬、呆気にとられた表情になる一同。
「ありがとうございます。
ですが、我らは感謝を述べたくて参った次第」
ハスキー顔も震えながらどうにか目的を語った。
「感謝だって?」
「「はい」」
「我らはダンジョンが周辺地域を侵食していくのを食い止められずにおりました」
どうやらダンジョンが成長しつつあったようだ。
それを阻止するには迷宮核を消耗させる必要がある。
ダンジョン内の魔物を間引くだけで、それは可能なのだが。
「我らではダンジョンを弱体化させられませんでした」
「どうにか急速な拡張だけは防いでおりましたが、それが精一杯で……」
悔しそうに語るカラカルとハスキー。
『あり得る話か』
小規模なダンジョンも放置すれば大迷宮へと変貌してしまうことがあるようだし。
ここも森林地帯の全域が迷宮化していた恐れがある。
余裕がなかったようだし。
そういう状況はトラブルひとつで均衡が崩れてしまう。
妖精たちは薄氷を踏む思いでダンジョンと向き合っていたわけだ。
『そりゃあ、感謝もしたくなるか』
だが、同時にビビってもいる。
なにせ[一騎当軍]なんて称号がつくほどだ。
俺の前に出てくるだけでも相当の胆力を要求されるはず。
その義理堅さと勇気は称賛に値する。
「感謝の意、しかと受け止めさせてもらう」
俺の言葉に忍者妖精たちは一様にホッとした表情を見せた。
「だが、それだけじゃないんだろ」
次の言葉にはビクッと体を震わせていたが。
そして誰も喋らなくなった。
カラカルもハスキーも何か言いたげだが、口をつぐんでいる。
「怒らないから言うだけ言ってみ」
先頭の両名がポカンとした表情で俺を見上げた。
「そうそう、ちゃんと俺を見てくれ。
怖いかもしれんが、無闇に暴力を振るったりはしないぞ」
「こっ、これは失礼しましたっ。
我ら一同、粗相があってはならないと──」
「気にしなくていい」
苦笑しながらカラカルの言葉を遮る。
「俺としちゃ畏まられる方が疲れるんだよ」
そう言いながら地面に胡座をかいて座り込んだ。
ローズもそれに倣う。
座り方は胡座ではなく足を投げ出した形でだけど。
少しでも威圧感をなくそうと思ったからなんだが。
その程度で緊張がほぐれたりするなら苦労はしない。
『どうしたものかな……』
少しはリラックスしてほしいものである。
でないと俺も落ち着かない。
『妖精たちが苦々しく思っていたであろうダンジョンを封印してみるか?』
二度とダンジョンにならないと分かれば安心してくれるだろう。
我ながら妙案である。
「あー、ちょっとダンジョンを封印するからな」
先に予告してから、上半身を捻って振り返りつつ空間魔法を使った。
ベリルママが元の世界で外界と隔離するために使った魔法がお手本だ。
「はい、終了っと」
パパッと終わらせて前に向き直ると忍者妖精たちが平伏していましたよ。
『なんでだよっ!?』
想定外の結果に頭を抱えたくなったさ。
ローズが肩をすくめて両手を上に向けているくらいだし。
どうやらお手上げらしい。
『どうすりゃいいんだよ?』
解決の糸口すら見つからない。
違和感くらいはずっと感じているけどさ。
妖精たちの登場の仕方。
ビビっているのに外連味にあふれていたし。
そもそも格好がルベルスの世界にそぐわない忍者装束だ。
しかもアニメに出てきそうな派手派手しい感じの。
『まるで俺の趣味を事前に誰かが吹き込んだみたいじゃないか』
心当たりは大いにある。
「ラソルトーイ」
ボソッと呟くと妖精たちがビクッと反応した。
それで充分だ。
俺は脳内スマホのアドレス帳を開き電話をかける。
コール音1回でつながった。
予想外の早さに俺から話し掛けることができない。
『私に連絡を入れるとは賢明な判断だ』
挨拶もなしにそれですか、ルディア様。
『兄者の仕業だとよく分かったな』
やはり正解だったようだ。
『こういう仕込みを実現可能でやりそうな知り合いは他にいませんから』
軽い溜め息が聞こえてきた。
『そちらのフォローは任せた』
『はい』
『あれは私が締め上げておく』
言葉に怒気が混じっていたけど、ご愁傷様としか思えない。
悪ふざけが過ぎるラソル様が悪いのだ。
読んでくれてありがとう。




