213 メイド長の懇願
改訂版です。
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コンコンコン
今後の予定について話し合っている最中にドアがノックされた。
「なんじゃ、こんな夜更けに」
「知り合いだよ」
その言葉にボルトが軽く目を丸くさせつつもドアを開けて応じる。
「失礼いたします」
そう言って入ってきたのはマリア女史だったが寝具の用意などで来たのではなさそうだ。
「このような時間に何の用じゃな」
咎め立てるような口調にならないよう、やんわりとガンフォールが問いかけていた。
「夜分遅くに申し訳ございません」
深々とお辞儀をしてからマリア女史は話し始めた。
「ヒガ陛下にお願いがあって参りました」
思い詰めた表情でそんなこと言われると嫌な予感しかしない。
「話くらいは聞くけど」
どうか面倒事でありませんように。
「姫様と婚約していただきたいのです」
「は?」
思わずエリスの方を見るが、彼女も理由や事情などに思い当たる節がないらしく困惑していた。
なんとなくマリアの独断であろうことは見当がつくんだけど。
「訳を話すがよい。いきなりそれでは訳がわからぬ」
他人事だからか固まらずに済んだガンフォールがフォローしてくれた。
「実は──」
なんやかやと話は長くなってしまった。
細かな部分を省くと短くまとめられるんだけど、らしくない動揺の仕方で何度も話が支離滅裂になりかけたのだ。
王女の一大事となると、この人も取り乱すんだな。
ソードホッグに襲われていた時のことが思い出される。
あの時とは立場が逆だが血を分けたような存在なんだと話を聞いていて痛感させられた。
「隣国のバカ王子に求婚されているねえ」
勝手にバカをつけた訳じゃなくマリアがそう言ったのだ。
「ワシも聞き及んでおるが生粋のサディストで貴族たちからも恐れられておるそうじゃ」
王族であるにもかかわらずアラサーで許嫁もいないという話も納得の評判だ。
「あの国は腐っておるからのう。王も貴族もクズばかりよ」
それでも国として成り立っているのは締め付けの厳しさとクズには生きやすいからのようだ。
税金を搾り取る相手は生かさず殺さず、そして逃がさず。
他国から流れてくる犯罪者を兵士として採用することもあるのだとか。
「ならず者国家ってやつだな。周辺国からはさぞかし毛嫌いされているんだろう」
「その通りじゃ。盗賊どもが越境してくるせいで手を焼いておる」
「一働きしたら逃げ込む訳か」
「それだけではないぞ。人身売買のための誘拐も茶飯事のように行われておってな」
他人の命は紙切れ同然に考えている連中ばかりのようだ。
「それを見逃している国か。クズの極みだな」
「うむ。そういう連中の盗み働きも税の徴収対象になっておるそうじゃしのう」
見逃すどころか越境しての盗賊行為が推奨されていそうだ。
「しかも盗賊団を率いておるのが件の王子という噂まであってな」
「うわぁ……」
「日常的に辻斬りまでしておるそうじゃから、むしろ相応しいのかもしれん」
「そんな輩がクリス王女に求婚しているだって?」
「王や宰相は歯牙にも掛けておらぬよ」
だが、何度も手紙を寄越してしつこいらしい。
おまけに国境付近でやり口がセコい小競り合いを何度もしかけてくるそうで。
軍隊ではなく盗賊に襲撃させ警備の軍隊が追ってくると国境を越えるなとの警告付きで矢を射掛けてくるのだとか。
白々しいったらありゃしない。
それどころか相手を侵略者呼ばわりして自分たちの行為を正当であると主張しているそうだ。
そのせいで対応に苦慮している間に国境付近の村や兵士に被害が増加しているという。
「殿下は自分が嫁ぐことで被害が無くなるのならと婚約を陛下に進言したのです」
マリア女史の言葉にガンフォールが嘆息した。
「後先を考えておらんのう」
「即刻、却下されましたが」
「当然じゃ」
俺もそう思う。
王や宰相はあんまりそういう態度は見せないが宰相補佐官の一件で王女を溺愛しているのは明白だし。
「ですが、今後がどうなるかは不透明なのです」
どうやら被害はバカにならない状況に至っているようだ。
「国民からの突き上げが激しくなるのを見越して行動している訳か」
無理が通れば道理が引っ込むを地で行くような常識の通じない相手ならではの発想だ。
「クズ共の考えそうなことじゃ」
脅迫と詐欺もお手の物とか、ならず者じゃなくて犯罪者国家だよな。
「頭のおかしい連中の要求をのんだが最後だぞ。お嬢ちゃんを人質にして戦争吹っ掛けるに決まってる」
「そ、そんな!?」
絶望を絵に描いたような表情になったマリアが震え始めた。
「ワシも同じ意見じゃな。バーグラー王国にまともな者などおらぬよ」
気になったので【諸法の理】でチェックしてみた。
バーグラー王国、首都はロバー……
国土面積はゲールウエザーには遠く及ばないのに昔からちょくちょく戦争を吹っ掛けているようだ。
その他は噂話を補完するだけだった。
「縁戚関係を結ぶのは自殺行為だってのはお嬢ちゃんも理解してるんだろ」
「それは、はい」
マリア女史は、より深刻さを増した表情で俺の問いに答える。
「ですが、自分が説得してみせると姫様は仰るのです」
「絶対無理」
この場にいる全員が一斉に頷いたくらいあり得ない話だ。
「ですから、こうしてお願いに来たのです」
知り合って間もないような相手を妻にするとか大昔の日本かよと言いたくなる。
「もちろんタダとは言いません」
俺はまだ返事をしていないのに話を進めようとしないでほしい。
「私が自由に出来るお金は多くはありません。実家の援助を受けてもヒガ陛下にはご満足いただけないでしょう」
やっぱりマリア女史はいいとこのお嬢だったか。
いや、それよりも俺が銭ゲバのように思われてるのは何故なんだ?
金に執着しているような言動をした覚えはないんだが。
賢者を名乗っているのに商人ギルドで登録しているからとかだったら誤解されているよな。
「不足分は私自身の体でお支払いします」
おいおい、何かとんでもないこと言い出したぞ。
「この身はどのように扱ってくださっても構いません」
こんなこと言うからには性的なことを含む奴隷ってことだよな。
銭ゲバと思われる以上に虚しく悲しく、そしてムカついた。
「俺をバカにするなよ!」
殺気こそ振りまくことはなかったものの反射的に怒鳴ってしまったさ。
確かに美人のメイドさんは良いものだと思うし普通の主従関係はありだと思うが今回のようなものはダメだ。
俺の剣幕に気押されてしまったマリア女史は今まで我慢していたのか、とうとう涙をこぼし始めてしまった。
嗚咽とか漏らされると困るんですが?
いや、俺が悪いんだけど。
とにかく言わずにはいられない。
「懇願されて金までもらって奴隷付きで婚約だと?」
王女を思えばこそとはいえ、もっと自分を大事にしろと言いたい。
その思い入れの強さがあるが故に言っても聞く耳は持たないだろうけれども。
「しかも俺がどういう人間かを知りもせず提案するなど……」
ふつふつと怒りがこみ上げてくる。
そのエネルギーは一触即発の状態でたまっていく。
「バカにするのも大概にしろ!」
あ、しまった。
また怒鳴ってしまった。
読んでくれてありがとう。




