210 人の話は聞きましょう
改訂版です。
ブックマークと評価よろしくお願いします。
「損をして得になる道理などある訳がないじゃろ」
ガンフォールが否定してくる。
「そうでもないさ」
「何じゃと?」
ガンフォールが目を丸くさせた。
「この場合の損とは商人にとっては値引きやおまけをつけることだ」
「ふむ、そういうことじゃったか」
俺が軽く説明すると、すぐに納得の表情を見せたけどね。
周囲の方が意外に感じたらしくガンフォールの方を見て固まっている。
「あの、どういうことでしょうか?」
説明が足りなかったようでボルトが疑問を口にした。
ただし、俺にではなくガンフォールに向けて。
「分からぬか」
「はい」
「目先の損得勘定にとらわれておると得られぬものがあるということじゃ」
そう言われてもピンと来ないようでボルトは疑問を顔に残したままだ。
ただ、ミズホ組以外の多くの者たちはそんなボルトと同じような状態だった。
この時点でどういうことか気付いたのはエリスくらいのものか。
いや、クリス王女も少し戸惑いを見せた後にハッとした表情を見せたな。
この姉妹はなかなか優秀だな。
親父は空気になってるし大叔父である宰相は渋い表情で考え込んでいるけど。
「値引きやおまけはその場では損じゃろう」
ガンフォールは根気よく説明を続ける。
「じゃが、そうしない商人と比べれば評判を呼ぶのではないか?」
ここで初めてボルトが何かに気付いたような様子を見せた。
だが、まだ答えには至らないようで引っかかりを感じているような表情を残している。
そのせいか返事をすることも忘れて考え込み始めてしまった。
それを見てマリア女史が口を開く。
「長い目で見れば利益は大きくなるということですか」
「うむ、その通りじゃ」
ここでようやく宰相とハマーがハッとした表情を見せた。
続いて国王が「やられた」と言いたげな顔で溜め息をつく。
「どういうことですか?」
そう聞いてきたのは思考の海から戻ってきたボルトだった。
これだけヒントを出されて気付かないか。
まだまだ世間を知らないね。
まあ、あの兄貴やいとこに振り回されていたから無理ないか。
「評判を呼ぶということは、それだけ客が多く集まるということです」
マリア女史がそう言うとボルトも明確に表情を変えた。
「客が増えれば利益も増える……」
マリア女史が静かに頷きつつ俺やガンフォールの方を見てきた。
「実際の商売はそう簡単なものではないが信用や信頼は深まるだろうな」
「あ」
何かを思い出したかのようにボルトが声を上げた。
「なんじゃ、まだ何かあるのか」
「いえ、前にハルト様が仰られたことを思い出したのです」
「ほう」
「いかにすれば客を納得させて店に足を運ばせることができるかという話でした」
「よく覚えていたな」
あの話と繋げて考えられるなら、ボルトも伸び代はあると思う。
不足しているのは経験だ。
「確かに商人ギルドでそんな話を聞いたな」
ハマーも思い出したか。
「まあ、その辺の話はまた今度にしてくれ」
早めに軌道修正して脱線を予防する。
「今は商人の話だったが今回の話に通ずるものもある訳だ。世の中には金には換えられない益や得もあるからな」
「ふむ」
宰相が顎に手を当てて少し考えてから納得がいったように頷いた。
「信頼関係の構築ということですな」
「そういうことだ」
「わかりました。では、この件についてはお受けしておきます」
ようやく納得してくれたか。
「ですが、いずれ必ずや報いてみせましょうぞ」
出走前にゲートインを拒んでいる競走馬かよってくらい鼻息が荒い。
やれやれ……
「あー、はいはい」
疲れる爺さんだ。
「それじゃあ作業を再開するぞ」
パイプを器具で固定してフタの穴に入れていく。
上端のネジ周りに接着剤を塗布して次のパイプをねじ込む。
別の固定器具で上の方を固定してから下の固定を外しスルスルと中に落とし込んでいく。
後は下に到達するまで同じ作業の繰り返しだ。
「下までパイプが届いたら、これを固定する」
パイプのネジ部分は一回り太い接続用の短いパイプで繋げ、フタに取り付けた固定具に引っかけて落下しないようにした。
その上でネジ止めして完全に固定。
「ふうっ」
慎重さを要求される作業が終わったので一息ついた。
「こういうものが貴国では普及しているわけですな」
タイミングを見計らって宰相が話しかけてきた。
「まあね」
ミズホ国では魔道具を使った水道が発達しているので手押しポンプはほぼ存在しないのだが。
あるのは雰囲気を優先して設置した神社の手水舎くらいのものだろう。
「それじゃあ最後の作業、ポンプの設置と固定を始める」
固定はフタの裏側から填め込んだボルトを利用する。
これにポンプの台座部分に開けた穴を通してナットで締めていく。
止まるまでは手で回して、そこからはラチェット式のレンチを使う。
ジャコジャコジャコ
構造上の問題でうるさいのが難点だが電動工具を模した魔道具なんか使うわけにはいかないからな。
これならギリギリセーフだろうと思って使っていたが見事に食いつかれた。
「ほうほう、魔道具ではないのか」
「これは面白い道具ですなあ」
「逆回転を防止する構造ですか。ちょっと想像がつかないですね」
特に食い入るように見てきたのがドワーフの3人組である。
コイツらに機械もののギミックを見せるのは危険だな。
「とりあえず落ち着けよ」
「おお、すまぬな」
ガンフォールはすぐに離脱したのだが。
「あの回転する部分が歯車になっておると思うのだが」
「それだけではないでしょう」
ハマーとボルトが止まらない。
「おい、貴様ら」
ガンフォールが呼びかけるが──
「もちろんだ」
ハマーが議論を続けようとしている。
呼びかけ自体が大きな声でなかったせいか、聞こえていないようだ。
「どうやって逆回転を防止するかですね」
ボルトも気付いてないな、これは。
「いい加減にしろ」
静かながらも怒りを伴ったガンフォールの制止さえ効果がなさそうだ。
漫画なら背景におどろおどろしい「ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!」なんて書き文字が入ってそうなんだが。
「そうだ、そこが問題だ」
「ワシを無視するとはいい度胸じゃ」
今度はハッキリと言ったガンフォールだったが、両名は気付いた様子がない。
「一方にだけ回る構造が肝だな」
「サイズ的に見て、そう複雑なことはしていないと思いますが」
いつ気が付くのかと思って見ていても話に夢中で一向にその気配がない。
怒りゲージを満タンにしたガンフォールがこめかみに青筋を立てているんだけどね。
それを見たゲールウエザー組が冷や汗を垂らしつつオロオロしているというのに気付かないとは。
「自分はこの音がヒントになると思うのですが……」
「そうだな。着眼点は悪くないと思う」
あー、怒りゲージをオーバーフローさせたガンフォールが鬼の形相になっちゃった。
「こぉの馬鹿者どもが!」
とうとう我慢しきれなくなったガンフォールの怒声が周囲に響き渡った。
国王と宰相の王族コンビが震え上がり抱き合ってしまうほどの大迫力。
まあ、すぐに離れて真顔に戻ってたけどな。
「人の話を聞かんかあっ!!」
話を続けていた両者の額を鷲掴みにしてギリギリと力を込めていくガンフォール。
うはー、ドワーフの握力でアイアンクローですかい。
「いだだだっだだだだだだっだだだだだいっ」
「ギブですっ、ギブゥ────────……」
失神寸前までいったかもってくらい時間を掛けて両名を悶絶させてましたよ、ええ。
「すまんな」
ガンフォールが詫びてきた。
その脇で解放された両名は膝をついてゼエゼエと息を乱している。
「いいけどな」
ナットをすべて締め終えた俺はぐらつきがないか確認しつつ応じた。
苦笑が漏れてしまうのは仕方あるまい。
「そんなことより作業完了だ」
「「「「「おお─────っ」」」」」
何故か感慨深いと言わんばかりに感心されてしまった。
そんな大層なことはしていないんですがね?
読んでくれてありがとう。




