20 名前と契約
改訂版バージョン2です。
精霊獣カーバンクルが俺を見上げる。
「くぅ?」
と鳴いて不思議そうに首を傾げた。
『くっ、可愛いじゃないか』
捨て精霊獣にしなくて良かったと思う。
俺の中のカーバンクル像とは違うが、そんなことはどうでも……
念のために拡張現実で種族名を確認する。
[種族:カーバンクル]
卵の時から決まっていた正体が変わるはずもないのだが。
イメージの脱却はなかなかに難しいのである。
ちなみに俺が思い描いていた姿は古いパズルゲームの中に出てくるキャラクターだ。
主人公の相方でカレーライスが好物のマスコット的存在。
俺、あのゲームの2作目が好きだったんだよね。
「ホントにカーバンクルなんだな」
「くう!」
当然! と体全体を使って頷く精霊獣カーバンクル。
額の紅玉がキラリと光った。
鑑定結果によると、第三の目とも言うべき精神感応波のセンサー兼アンプだそうだ。
嘘発見器のような働きをするみたい。
『それで夢属性なのか』
精神系の魔法全般が夢属性ということなので頷くしかあるまい。
俺が考えに耽っているとカーバンクルは近寄ってきた。
俺を見上げながら脚をポンポンと叩く。
「くぅくくー?」
体を使いながら鳴き声を発する様は、さながら動く縫いぐるみである。
初見だと衝撃的な可愛らしさだ。
「名前か?
俺はハルト・ヒガだ」
「くぅ」
俺の返答に鳴き声と頷きで返してきた。
言語が全く異なるのに不思議と会話が通じ合う。
脳内スマホの言語補助アプリを使っても言語翻訳はできないのだけど。
どうやら鳴き声に念話のような精神波を乗せているらしい。
『さすが夢属性だな』
「くーくうくぅくっくーくぅくー」
「契約するから名前をつけてくれって?」
「くうっ!」
体全体で頷き強く肯定する。
『しかし、名前か』
鑑定したときの説明文によると今は仮契約の状態らしい。
名前をつけてようやく本契約になるとか。
「今すぐか?」
「くぅくっ!」
是非ともと言われてもなぁ。
「じっくり考えた方が良くないか?」
「くっくっくー」
両手を広げ上下にブンブンと振って懸命に抗議してくる。
仮契約は他者には解除不能なんだが、そういう問題でもないらしい。
個人的には落ち着いて考えたいのだが。
「自分の名前が昆布茶とか嫌だろ」
「くぅくっ」
もちろん、か。
俺も相方がそんな風に呼ばれるのは嫌だ。
「じゃあ適当に言っていくから気に入ったのがあれば、そこで止めろよ」
「くぅ~」
まずは小説や漫画などに登場するヒロインの名前を挙げてみる。
片っ端から却下された。
ネタ切れしたので見た目でリトライ。
「ラビ」
無言でそっぽを向くように首を振られた。
だんだん面倒になってきたようだ。
「ウサウサ」
これも省略形で否定。
「ピョン」
やはり否定。
「じゃあ鳴き声で、クー」
「くっくくぅ」
ようやく言葉で返事があったと思ったら、安直すぎるってさ。
「俺のネーミングセンスなんてこんなものなんだぜ」
「くーくぅ!」
それでも! ですかい。
根気強いというか、めげないね。
「カーバンクルだからってカーちゃんとか嫌だろう?」
「くぅっ!?」
『なんだ?』
ガックリと膝をついて四つん這いになったぞ。
『あ、項垂れた』
これ以上ないというくらい落ち込んでいる。
あまりに安直すぎたようだ。
「すまんな」
「くうーくうー」
「おおっ、どうした?」
急にすがり付いてきたぞ。
意味のない単なる鳴き声だったから俺には対処しようがない。
とりあえず怒っている風でないのは助かるが。
「くぅっくーくくぅくーくうくぅくーくくっ!」
「は?」
かなり必死な感じで訴えてきたぞ。
「生まれたばかりで母親になるのは真っ平だって?」
意味不明。
どうしてそうなると言いかけて、ふと気づいた。
カーちゃんじゃなくて母ちゃんではないかと。
「俺だって呼びたくないぞ、そんな名前」
「くう~」
安堵したらしくカーバンクルはヘナヘナとへたり込んでしまった。
まあ、気持ちは分からなくはない。
「ちゃん付けがダメだって言うなら、君付けでもダメだよな?」
念のために聞いてみた。
「くーくぅっ!」
もちろんっ! と全力否定。
「くーくーくうくぅくぅ」
種族名をもじるのは嫌ですか。
「そうは言うけどさぁ、ネタ切れだぞ」
アレもダメ、これもダメ、みんなダメ。
『せめて方向性だけでも分かればなぁ……』
でないと八方ふさがりだ。
「じゃあさ、どういうのが良いのか教えてくれよ」
「くぅ」
コクリと頷くカーバンクル。
「くぅくーくっくくうくーくっくっくぅ」
格好良くて可愛いけど呼びやすい名前だそうだ。
「無茶振りしてくれるじゃないか」
途方に暮れたいところだが、そうも言ってられない。
名付けとなれば一生もののプレゼントだからな。
日本じゃヤバい名付けをする親が増えているそうだけど。
ネット巡回でちょくちょく見かけてたんだよな。
『あれはなぁ……』
子供が生涯にわたって苦労することを思うと気の毒で仕方なかったさ。
ネタであることを切に願ったものだ。
ちなみに読みだけなら住民票を置いてる役所に行けば訂正は可能だ。
本格的に改名するのは戸籍に関わることなのでハードルが高いけど。
それを思えば断じて変な名前は回避せねばなるまい。
とは言うものの、既にネタ切れ状態。
『即刻決めろとか無理ゲーだ』
せめて時間的な猶予があればね。
本人の趣味や嗜好も考慮に入れられるだろうし。
そういうのが難しいとなると外見でしか決めようがない。
『ウサギ系は却下されたばかりだしなぁ』
そうなると額の宝石っぽいのに因むしかなさそうである。
「ルビー」
「くぅ」
却下、だそうだ。
鉱物系はいけるかと思ったんだが。
『ならば体色から引っ張ってくるか?』
薄桃色で真っ先に思いつくのはローズクォーツだ。
「じゃあ、ローズ」
クォーツは名前っぽくないので省略した。
これで完全にネタ切れだ。
『ダメなら不貞寝するぞ』
カーバンクルが首を傾げている。
検討の余地はあるようだ。
そのまま腕を組んで考え込み始めた。
即決で判断しないってことはボーダーライン上なのかもしれない。
『ドキドキさせてくれるじゃないか』
こういう時に待たされるのは胃に来るね。
やたら時間の経過が遅く感じる。
『ダメか?』
「くぅっ」
突如、カーバンクルが両手を腰に当てて俺の周りをスキップし始めた。
その表情は実に楽しげである。
「気に入ってくれたか?」
「くーくーくぅくっくうくくー」
エクセレントかつエレガントですか。
だったら即決してくれよと言いたい。
「その割には考え込んでたようだけど?」
「くうくっくーくーくぅくう」
反芻して余韻に浸っていた、だって?
「紛らわしいわっ」
「くうっ」
てへって……
ノリが軽い。
楽しげな表情でスキップも続けているし。
かなり気に入った様子だ。
それはそれで納得しづらいと思ってしまうのは却下され続けたが故だろうか。
これ以上考え続けるのは面倒だから御免被るけど。
「本契約ってことでいいか?」
「くーくっ」
もちろんと了承された。
ホッと一安心だ。
「ヨロシクな、ローズ」
しゃがみ込んで右手を差し出した。
向こうが手を伸ばせば握手もできただろうが目線を合わせておきたかったのだ。
カーバンクル改めローズもスキップを止め、手を差し出してきた。
「くーくー」
ヨロシク、だってさ。
お互いの手を握ると淡い光に包まれた。
その光が収束していくのと同時に掌から俺のものではない魔力が流れ込んでくる。
『ほう、魔力的な繋がりができるのか』
それは手を離しても変化がない。
意識しなくても互いの状態が伝わる感じがある。
居場所の特定には向いてなさそうだが、状態異常なんかは伝わりそうだ。
『これが本契約か』
「ん?」
ふと気づくと、手を離したローズが俺を見上げて固まっていた。
「どうした?」
無反応。
顔の前に手をかざして横に振ってみるが、やはり反応がない。
状態異常の感触はないんだが?
『勘弁してくれよ』
パソコンがハングアップしたときのように辟易した気分になった。
どうしたものかと考え込みそうになったところで脳内スマホがコールされた。
「うぉっ!?」
このタイミングでの電話は心臓によろしくない。
だが、ベリルママに報告してなかった俺が悪いとも言える。
メールだけでも送っておくべきだったかと反省しつつ、通話ボタンを押した。
『くう?』
『は?』
いつからベリルママはローズの真似をするようになったのか。
一瞬、我ながら寝ぼけたことを考えてしまった。
分かってるさ。
電話の使い方を知っているベリルママの第一声が「聞こえる?」な訳ないんだ。
そもそも鳴き声で語りかけてきたりするはずもない。
『聞こえるぞ』
よく見ればグループ通話のメンバーアイコンが表示されている。
『ベリルママですか』
ローズがフリーズしていたのは、そのせいだろう。
その時に脳内スマホを渡していたのは疑いようがない。
『あらら、気づかれちゃった』
『気付かない方がおかしいでしょう。
メンバーアイコンが出てますから』
誰からか確認せずに電話に出た俺が偉そうなことは言えないけど。
『あー、そうだったわね~』
あっけらかんとした返事に目眩を覚えた。
お茶目なのか天然なのか謎な神様だ。
読んでくれてありがとう。




