2 女神様に同情されていた
改訂版バージョン2です。
眩いと感じた光は唐突に消えた。
残るは窓から差し込む月明かりのみ。
あれほどの光の奔流を目にして瞬時に視力が回復するのが理解不能だ。
それ以上に理解不能なのが眼下にある見えてはならないもの。
そして目の前の妙齢の美女。
状況が把握できずに混乱する。
特に下方には俺の精神耐性を突き抜けてくる。
ひとことで言うならグロ注意な代物だ。
落ち着くためにも下は見ない。
見るのは正面の美女。
彼女は透き通るかのような白い肌の持ち主だ。
瞳の色は薄紫でロングヘアの銀髪は緩くウェーブがかかっている。
日本人でないことだけは確定だろう。
彼女は水色のゆったりした感じのロングドレスを身に纏っていた。
シンプルなデザインの服を上品に着こなしているあたりにセンスの良さを感じる。
イメージとしてはファンタジー系のアニメなんかに出てくる神官っぽいかも。
タレ目気味のおっとり系美人さんなので余計にそう感じるのかもしれない。
『あらあら』
上品な仕草でさりげなく照れている。
もしかして俺の心が読まれている?
『それは違いますよ。
あなたの思考が外に漏れ出しているだけです』
どないせえっちゅうねん。
……関西人でもないのに思わず関西弁で反応してしまったさ。
いや、まあ動揺しても状況は変わらない。
下の状況から考えるに俺の状態も想像が付く。
見ないよ?
下は絶対に見ないよ?
グロ注意だからね。
それよりも思考がダダ漏れの方が問題だ。
『むき出しの魂のままだと最初は苦労するかもしれませんね』
ああ、魂ってハッキリ言われてしまった。
やっぱ俺死んだんだ。
思考がダダ漏れになるのは、その影響か。
『口を閉ざすのをイメージしてください。
慣れれば無意識で喋るのと考えるのが切り替えられるようになりますよ』
宙に浮いている俺自身が透けている。
この状態で口を閉ざすってどうなんだ?
そういうことをするなら下の本体だろうとツッコミを入れたくなった。
パジャマを着てベッドの上で寝転がっているのが本体だ。
ただ、左半身がゾンビ状態だけど。
いや、見ないよ?
右半分がまともに見えるだけにグロさ倍増だから。
できれば記憶の方もモザイク処理でお願いしますと言いたいところだ。
『それは本当に申し訳ありません』
目の前の外国人さんが済まなさそうに頭を下げた。
あ、俺の思考がダダ漏れ……
口を閉ざすイメージで止められるんだっけ。
オーケー、そういう妄想系は得意分野だ。
あまり自慢にはならんがな。
で、意思の疎通は喋るのを意識すればいいのか?
『えーっと、聞こえますか』
『はい、凄いですね。
こんなに簡単に念話をマスターした人は初めてですよ』
なんか褒められたけど、俺からすると妄想は息をするような感覚だ。
言われるほどのことでもないのだが。
とにかく話を先に進めるとしよう。
この外人さん、事情を知っているようだし。
俺のこと死なせないって言ってた人と同じ声だからな。
しかも謝罪までしている。
俺が死んだ原因に関わっているからだと思われる。
問題は何者かってことだ。
責任者を要求したら即座に登場したってのがね。
夜中に寝室が閃光に包まれたと思ったら目の前にいた。
魂状態の俺と同じく宙に浮いてるし。
人間業じゃない。
いままでこれっぽっちも信じちゃいなかったが──
『もしかして神様ですか』
そう考える以外の答えが思いつかない。
『ええ』
唐突な俺の質問にも戸惑うことなくあっさり肯定。
『ただし、この世界を管理しているのは別の神です』
『仰っている意味がよく分かりませんが』
『私はこの世界とは異なるルベルスという世界を管理する神です』
管轄が違うってことらしい。
それは納得だ。
『はあ、異世界の神様ですか。
どうも初めまして、飛賀春人です』
自己紹介している場合じゃない気もするんだけど、なんとなく反射的に言葉が出ていた。
『私はベリルベル。
ベリルと呼んでくださいね』
『えーっと、余所の世界の神様がこっちの世界に来て大丈夫なんですか』
どう考えても越境とか越権行為に該当するんじゃなかろうか。
巻き込まれてとばっちりを食うのだけは勘弁願いたい。
『彼女は直属の上司ですし許可は得ていますよ。
私の従姉でもありますから普段でも許可を得るのは難しくありません』
身内が上司ということで気が抜けた。
安心したというか呆れたというか。
『なんか家族経営している会社みたいですね』
思わず余計なことを言ってしまった。
気分を害されても文句は言えない失言だ。
『この近辺の世界は身内ばかりですね』
俺の危惧はその一言であっさり払われたのだけど。
『姉さんが……あ、従姉なんですが、まとめ役になってます。
地球の概念で言うと会社の課長あたりの位置づけでしょうか。
今回は私の管理ミスで問題が発生したので解決のために協力してもらっています』
その話が本当だとすると、思ったより異世界は多く存在しているようだ。
家族経営の会社というイメージにはそぐわない。
同じ課内に身内が集められた感じだろうか。
役所じゃ身内を同じ課内に配属するとかあり得ないけどな。
いや、それよりも問題が発生したって話を気にするべきか。
そういや、加害者だとも言ってたな。
何かの事故で管轄外の異世界にまで影響が及んだと考えるのが妥当な線か。
けど、それって余程のことじゃなかろうか。
悠長に俺と会話をする余裕があるようだから被害者は俺だけかもしれんが。
だとすれば俺は極めつきで運が悪いことになる。
『それで死なれちゃ困るそうですが』
下を見ずに指さした。
『どう考えても死んでますよね、俺』
『いえ、危ないところでしたが死んではいませんよ』
『はあ……』
誰の目にも助からないとわかる状況をひっくり返せるそうだ。
『いまは仮死状態を維持しつつ魂の処理を進めています。
肉体は魂の処理が終わらないと手をつけられないので後回しになります』
どうやらマジらしい。
さすが神様と言いたいところだが……
『どう考えても特別扱いですよね。
問題になったりしないんですか?』
世の中にはいくらでも理不尽な理由で死んでいる人がいる。
そんな人たちを神様が蘇らせたなんて話は聞いたことがない。
おまけにベリル様は異世界の神様だ。
管轄外もいいところだろう。
『今回については特例中の特例です。
上の方からの指示でもありますので』
上の方って……
直属の上司より上のようだ。
まあ、問題にならないならどうでもいい。
『そのあたりの事情についてお話ししましょう』
『いいんですか?』
『春人さんは被害者ですから可能な限り説明しますよ』
気にならない訳ではないので聞くことにする。
発端は余所の世界の神様の不手際だったという。
問題のある何かが他の世界に飛散したそうだ。
それはベリル様の世界にも飛んできて拙いことに魔族の手に渡ってしまった。
結果、神様の眷属である亜神や仙人に匹敵する存在が数多く生まれることになったとか。
『話の腰を折るようで悪いんですが』
手を挙げて質問を試みた。
『何ですか?』
『亜神や仙人と言われてもピンと来ないです』
『それもそうですね。
ニュアンス的な説明でも構いませんか?』
詳細な説明を聞いても分からないだろう。
その方がありがたい。
『はい、それでお願いします』
『簡単に言うと亜神がパート社員、仙人がアルバイトに相当します』
役所で言えば非常勤と賃金支弁ってことだろうか。
『人間の中で功績のある者が仙人となります。
仙人から実績を積めば亜神へと昇格です』
『じゃあ亜神で実績を積めば管理神になれるということですか?』
『そこはちょっと違いますね。
実績を積んでもなれるのは管理神候補なんです』
『候補ですか?』
『はい、余程のことがないと候補にしかなれないんです。
この世界の人間で言うと履歴書を送って書類選考を待つ求職者に該当するでしょうか』
神様の世界もなんだか世知辛い。
もっとも候補のままで延々と就職浪人を続ける神様はいないらしい。
上級神が適正を見極めて準備が整えば管理の難易度を考慮した世界に送られる。
もっとも今回のように見極めが至らないせいで失態を演じる神様もまれにいるらしい。
ちなみに詰め腹を切らされるようなことはないとのこと。
せいぜい配置転換で終わるとか。
まあ、能力の限界を超える世界に放り込まれた神様も被害者だとは言える。
今回の場合、本当の被害者はとばっちりで火消しに追い回された他の神様たちだが。
ベリル様も被害者だと思う。
もちろん運悪く神様たちの事件に巻き込まれた俺が一番の被害者なんだろうけど。
『なるほど。
特例中の特例だという意味がよく分かりました』
だからといって調子に乗るのは良くないだろう。
畏縮はしないが自重するくらいが丁度いいか。
『話を戻してください』
本来の説明に戻ってもらう。
強力な魔族が数多く誕生してしまったところからだ。
『魔王が単体で出現した時のマニュアルは使えませんでした』
そのマニュアルというのは勇者の選定がメインになるという。
今回の話とは関係がないので細かなところは省略された。
『ひとつだけ』
手を挙げて質問してみた。
『勇者が出てこなかった時はどうするんですか?』
『その場合は仙人に命じて密かに討伐を行います』
セーフティーネットは人間には見せない訳だ。
お節介が過ぎると人間は努力しなくなり衰退するらしいし妥当な線だと思う。
『今回の事件はそれのもっと大変な状態だった訳ですね』
ベリル様が首肯した。
『亜神レベルの魔神まで現れてしまっては仙人ではどうにもなりません』
それは確かに。
『加えて魔王クラスの魔族や眷属などが多く出現しました。
対応を間違えば魔神がいなくても1日とかからず世界は滅んだでしょう』
桁違いの脅威ということしか分からない。
とにかくベリル様が全ての眷属に命じて討伐させるしかなかったそうだ。
ベリル様自身は戦いが彼女の世界に波及しないよう結界を張っていたとのこと。
そして戦争は亜神軍の圧勝で終結。
神様の結界の中で神様の援護を受けた亜神たちを相手にしたんじゃね。
魔神に勝ち目などある訳がない。
人間には滅亡クラスの脅威となる魔王も雑魚扱いされるわけで。
そうしてベリル様の世界ルベルスへの影響は最小限に抑えられたんだと。
『ただ、私の管理ミスがあったのです』
『はあ……』
『結界の強度と亜神たちへの祝福に気を取られすぎました』
他のことが疎かになったと言いたいのだろう。
案の定、異世界とつながる部分を結界で塞ぎ忘れていたってさ。
『つまり魔王クラスの化け物がこっちの世界に逃げてきたと?』
普通の人間が太刀打ちできない相手を捕り逃がすとか勘弁してほしい。
しかも真っ先に狙われたのが俺って、どんだけ運が悪いんだか。
『はい、その通りです』
まあ、下のグロ注意な状態も化け物の仕業なら理解はできそうだ。
納得はできんけどな。
『そのせいで春人さんは魂喰いに魂を半分食べられてしまったのです』
『魂喰いですか』
嫌な名前だな。
食べ尽くされたら己の存在が完全消滅してしまいそうだ。
『ええ、魔神のペットのような存在です』
なんか巨大な犬に齧られている自分を想像してしまった。
『その魂喰いを瀕死の状態にまで追い込みながら逃がしてしまったのです』
『で、そいつが俺を食べかけたと』
『そうなります。
重ね重ね申し訳ありません」
ベリル様が再び詫びた。
『これを御覧ください』
少し間を置いて俺の意識に映像が流れ込んできた。
亜神軍の戦いを編集&早送りにしているようだ。
黒い犬もどきが攻撃を受けたあたりで早送りの速度が若干落ちる。
それはボロボロの状態で横たわっていた。
が、その表情は殺意に満ちている。
次の瞬間、こいつは口を開き口腔内にどす黒い火炎のようなものが渦巻いた。
黒い炎のブレス攻撃とは厨二病患者たちを喜ばせそうな代物だ。
それを封じるかのように半透明の光の壁が押し寄せていった。
壁でブレスを無効化するのだろう。
が、奴は壁が到達する前に至近でブレスを暴発させた。
結果として奴の姿が闇の靄のようなものに覆われる。
姿は見えなくなったが狂ったような咆哮が空気を振るわせた。
自爆ダメージによるものだろう。
誰も巻き添えにしないのでは無意味に思えたが、そうではなかった。
その自爆攻撃は目的を完遂するための布石だったのだ。
己を焼くという強引な方法で姿を隠しつつ牽制する。
狂っているとしか思えぬ手段だったが、故に阻止や妨害を回避できたと言える。
靄が光の壁に接触して消え去ると、そこに奴の姿はなかった。
映像の再生はここで終了。
『自爆覚悟で逃亡ですか』
半殺しの状態で更に自分でダメージを入れるとか博打でしかない。
死に物狂いとはまさにこのこと。
それだけに、その後のことを考えると寒気がする。
おそらく回復のために俺を食らおうとしたのだろうが……
奴の賭けはギリギリで失敗。
自爆で余力を失い噛みつくのが精一杯だったようだ。
それでも何かしら超常現象的な効果を持っていたのだろう。
魂を半分食べられ左半身がゾンビ化するという結果に繋がったわけだ。
『魂喰いの討伐が間に合わず本当に申し訳なく思っています』
そんな風に言われると不安になる。
『……俺、助かるんですよね?』
『はい、それだけは間違いなくお約束します』
含みのある言い方に聞こえてしまうのは被害妄想が過ぎるのだろうか。
『ただ、人的な被害を被ったのはあなただけなのです』
俺だけ……
『もしかしなくても俺すごく運が悪かったってことですよね』
『その一言で終わらせるのが気の毒なのですが否定はできません』
ベリル様が深々とお辞儀をして本当に申し訳ないと謝罪した。
それはいいけど絶対に同情されてるよな。
最初からそんな雰囲気は感じていたけどさ。
神様に同情されるレベルで運が悪かったとは……
魂を喰われたことよりショックだよ。
読んでくれてありがとう。