179 王女が再会した
改訂版です。
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お姫様が来た以上は堅苦しいことをまったくなしにもできない。
夕飯が晩餐の席になるのも当然と言えよう。
食事がまだ運び込まれる前に大きな食堂に案内されたのだが……
「「ひっ!」」
魔導師コンビAとBが俺を見ただけで震え上がっている。
些かやり過ぎたようだと反省していたところで。
「お姉様!?」
何年かぶりにエリスとお姫様の再会がなされた。
天然なお姫様でも常に天然という訳ではないらしく姉を目の前にして子供のようにわんわん泣き始めてしまった。
対照的にエリスはお姫様が泣き止むのを待つ間も眉ひとつ動かすことはなく。
「今の私はエリス・フェア。しがない冒険者ギルド職員です」
クールに拒絶の言葉を紡ぐのみであった。
「お姉様……」
王女はショックが大きすぎたのか再び泣くことはなかったものの呆然としている。
「あなたの姉、エリスティーヌ・ゲールウエザーは死んだのです」
クリス王女に言い聞かせるエリスの口振りと態度は民間人って感じじゃない。
王女として振る舞いながら姉でないことを言い聞かせるとか矛盾の塊なんだが押し通すつもりのようだ。
「姫様」
マリア女史が躊躇わずに割って入る。
「エリスティーヌ様は御病気でお亡くなりになられました」
さらなる追い打ちになりそうなんだが、後々のことを考えれば間違った判断とは言えないか。
クリスを担ぎ上げてクーデターでも起こそうとか企む輩が出たらマズいもんな。
「こちらにいらっしゃる方は他人の空似である別の方です」
おお、言い切ったな。
「お間違えになっては御迷惑をおかけしてしまいますよ」
「死んだ人間に似ているというだけで殺されるなんてのは誰も望まんぞ」
ガンフォールが諭すように言うと、王女もくっと唇を引き結び現実を受け入れようとしていた。
「何もそこまで厳密に線引きしなくてもいいんじゃないか」
俺の発言がその場にいた全員の視線を集めてしまった。
「別に姉のそっくりさんと友達になることまで禁じられている訳じゃないだろ」
食堂内が完全に静まりかえってしまった。
もしかして言っちゃいけないことを言ってしまったのか?
嘘だと言ってよ、ガンフォール!
「ダメなのか?」
「いえっ、いいえ! そんなことはありません」
マリア女史の瞳が潤んでいる。
まるで救世主が現れたと言わんばかりの視線が送られてくるんですが。
しかも護衛組のダイアンやリンダも似たような感じだし。
そんなに感受性の高い人達だったとはね。
あれ? いままで空気な感じで存在感の薄かった神官ちゃんもなの?
胸の前で両手を組み合わせて神に祈りまで捧げているよ。
ええっ!? 魔導師ABもかよ?
コイツらさっきまでビクビクしていたのに今はポーッと上気した顔で夢見心地な表情ですよ。
すっごい居心地悪いんですけど?
おまけに俺が困っているのを楽しんでいるのかシヅカが忍び笑いしているし。
ツバキも苦笑しているのはそういうことなんだろう。
一見すると真顔なハリーも無理に無表情を貫こうとしているような雰囲気がある。
ホント、なんなんだ?
『くーっ、くくぅ』
やーい、朴念仁だって?
意味が分からん。
そんなことより俺が困惑している間にエリスが俺の言葉に乗っかることにしたようだぞ。
「私は一人っ子ですので、殿下のような妹がいると嬉しいです」
ぎこちない握手なんかも交わしている。
なんだよ、自分だって妹と呼びたいの我慢してたんじゃないか。
「是非ともお願いします」
クリスお嬢さんもその気になってるし。
そんなことならお姫様をやめちゃえばいいのにね。
そうすりゃフェア姉妹として生きていけるのに……
あ、なんか変なこと考えてしまった。
この2人を国民にするとか。
できっこないない。
強引にそれをすると俺がかっさらう格好になってしまう。
そうなればミズホ国がゲールウェザー王国から敵対国認定されるのは間違いないだろう。
そもそもお姫様が大した理由もなく一般人になんてなれる訳がないのだ。
国王だけでなく大叔父にあたる宰相までもが溺愛しているみたいだし絶対に手放すことはないだろう。
ゲールウェザー王国はまともな政治をしている大国だし最悪でも中立の関係にしておきたい。
無用な軋轢を生むような真似はしないよ。
ゲームの理論でも自分から敵対するのは下策ということが証明されているんだから。
それにエリスだって無国籍団体である冒険者ギルドがどういう反応するかしだいだし。
優秀な幹部を簡単には外に出さないと思うけどなぁ。
まあ、こちらはエリスがその気になれば自分で強引に解決しそうだけど。
なんにせよ、いつの間にか和やかな雰囲気になっていたお陰で晩餐会は堅苦しい空気に包まれずに済んだ。
「今宵は最近、我が国で流行っておる食文化を丸々披露してみた」
朝からバタバタしていたのは、急遽この和食御膳を出すことが決まったせいだろう。
「細かいことは言わん。食べれば堪能できるであろう」
手短に話を済ませて食事が始まった。
「これは変わった食器ですね」
お姫様が小首をかしげながらガンフォールの方を見る。
「新しく国交樹立した国の特産品じゃな」
「そうなんですねえ」
素直に感心するクリスお嬢さん。
マリアや護衛の面々はギョッとしていたけどな。
気難しいドワーフと新規に国交樹立できる国など近隣になかったはずだと思ったからだろう。
ましてや漆器の器など見たことはないはずだし。
「ナイフとフォークがありませんが?」
「これは和食といって箸という食器を使って食べる料理なんじゃよ」
言いながらガンフォールが箸を使って芋の煮物を切り分けて食べる。
「凄いです」
「そんなことはないぞ」
謙遜しながらも鼻高々なガンフォールだ。
「少し練習すれば使えるようになるじゃろう」
ドワーフ基準で少しじゃないですかね。
まあ、細マッチョな女将さん風ドワーフのおば様たちがフォローに入ってくれるようだけど。
和食を食べさせたかったのか和食器を自慢したかったのか、どっちだろうな。
初めて使う箸の使い方に悪戦苦闘するのが目に見えているのになぁ。
味わって食べられるのかね?
「これは……」
「麦のような粒なのに甘みがありますね」
「柔らかいのに噛み応えがあるわ」
「モチモチしてます」
「おかずに合う」
懸念は杞憂だったようで米の食感と味は好意的に受け止められていた。
こっちの主食たるパンはお世辞にも柔らかいとは言えないからというのもあるかな。
「それは米という穀物じゃ。食べられる状態になったものはご飯とも言うそうじゃ」
「味わい深い穀物ですね」
お姫様も気に入ってくれたようで何より。
「こうやって食べると更に味わいが変わるぞ」
ガンフォールがノリを巻き付けて食べてみせる。
「あ、食べやすいですね」
「この漬物をのせると絶品でな」
ゲールウェザー王国の面々が次々とガンフォールの真似をしていく。
「合いますね」
お姫様がニコニコで漬物をのせたご飯をパクパク食べる。
箸の扱いはあまりスマートではないが慣れの問題なので仕方あるまい。
それより、おかずはスルーでいいのかね?
案の定というか、マリアに指摘されて慌てて他のおかずも口に運んでいた。
中身が子供なのか天然なのか判断に迷うところである。
「隊長、見事な器ですよね」
護衛騎士部隊の隊長に話しかけたのは副隊長であるリンダであった。
夢心地を思わせる表情で食器を眺めている。
「確かに。芸術品のような出来映えだ」
応じる隊長のダイアンも似たようなものだ。
「我々が使っても大丈夫なのでしょうか」
部下は恐る恐るといった様子なのだが。
「もし間違って落としたりしたら……」
「怖いこと言わないでよ」
自分たちでは弁償できないような代物だと思っているのだろう。
高級品ではあるけど、そこまでのものじゃないんだけどね。
「興味があるか」
彼女らの話に割って入ったのはガンフォールだ。
そこから蒔絵の施された漆器や白さが際立つ磁器といった食器のうんちくを語り始めた。
間違ったことや嘘を言ったりはしないんだけど、すべて俺の受け売りだよね。
ドヤ顔で言われるとなんか腹立つんですが?
心を落ち着けるために食後のお茶を飲む。
黙々と食べ続けたから、もう食べ終わっているんだよな。
箸に慣れていない面々より早いのは致し方あるまい。
ふむ、旨い茶だ。
俺が売った緑茶なんだけど入れ方しだいで味が大きく変わってくるからな。
適温で濃さもほどよい感じでクセがない。
初めて緑茶を飲むゲールウエザー組には絶妙なお茶だと言えるだろう。
茶を注いでくれたオバちゃんを見て目立たないようサムズアップ。
歯をむき出しにしてニッと笑い返されてしまった。
晩餐の席でそれかよ。
ドワーフってのは男女問わず豪放磊落なキャラが多いよな。
いつの間にかガンフォールの話は料理の説明に移っていた。
レシピを教えたのは俺だから聞いてもしょうがないのでお茶を飲んで時間を潰す。
チビチビと飲んでも結局は飲み干してしまう訳で、仕方なくお代わりを貰う。
うん、2杯目も旨い。
じゃなくて!
いつ終わるのかと心の中でツッコミを入れていると──
「これらの食材や食器、さらにはレシピも我が友ハルトが提供してくれたのじゃ」
『ブ─────ッ!』
脳内でお茶を吹いてしまいましたよ?
リアルでは何とか飲み込んで事なきを得たけどさ。
『くーくー』
ローズには腹を抱えて笑われるし。
「すでに証明済みじゃが、ハルトは優れた魔法使いじゃ」
フェンリルの召喚を思い出したのか目撃者たちが一瞬で体を強張らせた。
怖がらせてどうするのかと言いたかったが、ガンフォールの話は終わらない。
「じゃが、書物を読み漁るだけの頭でっかちなそこらの賢者とは違う」
何が言いたいんだ?
「商人ギルドでは金クラス、冒険者ギルドでも黒ランクの腕利きじゃ」
気持ち悪いくらい持ち上げてくれたことで言いたいことが何となく読めた。
ここで本題に入る気だな。
「そして先日、驚くべきことを言いおった」
やっぱりね。
読んでくれてありがとう。




