1748 種明かし?
どうにか法王の寝室から退出することができた。
強引に何もかもを無視してではなく、グリューナス法王を納得させた上で。
これは大きいと実感している。
仕事中毒な法王に休ませることと仕事を割り振ることを了承させたのだからな。
徐々に回復させる魔法を使うという真似をしなければ失敗していたことだろう。
安堵の溜め息をつきたくなったほどスリリングだった。
同行者がいなければ躊躇わずに嘆息していたと思う。
そう、王城の廊下を歩いているのは俺だけではない。
隣にはサリュースがいる。
つい先ほどまではポーン枢機卿もいた。
法王の寝室からは一緒に退出したのだがね。
向こうは俺のでっち上げの急用とは異なり仕事は山積した状態で忙しい身だからな。
俺も急用があることを取り繕う必要があるので早足だ。
それをキースが先導している格好である。
「ハルト殿」
オッサン枢機卿たちからも充分に距離を稼いだあたりでサリュースが声をかけてきた。
「何かな?」
ちょっと警戒しつつ俺は応じる。
妙な雰囲気を感じたんだよな。
単なる雑談ではなさそうなのに軽い空気というか。
ちなみにサリュースの表情から読み取れるものはなかった。
深刻さは見られないが、正反対の明るさがある訳でもない。
そのくせ口調は気軽なものだったりするというのが怪しさ満点。
「部外秘の急用だったのだろう?」
そう来たかと言いたくなるような話題だった。
こんなことを聞いてくる時点で答えは想像がついているはずだろうに。
「そういうことになっているな」
「私が同行しても構わないのかな?」
問いかけながらニヤリと笑っている。
「何の問題もないぞ」
俺は躊躇うことなくそう答えた。
ウソはすぐにバレるのが目に見えていたからな。
それに取り繕う方が面倒な絡まれ方をしそうだと判断した結果でもある。
「おやおや、どうやらブラフだったようだね」
軽く目を丸くさせながらもサリュースは肩をすくめた。
何処か呆れた雰囲気を漂わせてもいる。
やはり退出してからではなく話の途中から気づいていたようだな。
まあ、急用で呼ばれたはずが延々と喋り続けていた訳だし無理もなかろう。
勘のいいサリュースに気付かれるのは当然のことだと言えた。
オッサン枢機卿には気付かれていないと思いたいところである。
法王はどうだろうな。
あまり希望的観測は持たない方が良さそうだとは思う。
ただ、何故か熱烈なファン状態になっていたのでスルーしてくれそうな気はする。
「そういうことだ」
さすがはサリュースだと感心しながら俺は返事をした。
「では、退出する直前にグリューナス法王が眠ったのも?」
それにも気づいたか。
不自然には見えないように調整はしたはずなんだけど。
結果から推測すれば看破されることも無いとは言えないか。
油断も隙もあったもんじゃない。
単に俺が間抜けなだけかもしれないけどな。
「ああ、俺の魔法だ」
これも隠さない。
「今度こそ万全の体調に戻ってもらわないとな」
このことを理解しておいてもらう方が何かあった時に協力してもらいやすいし。
もちろん、何かなんてない方がいいんだけど。
「それが早まるように回復魔法もかけている」
あまり不自然に思われない程度の回復力にはとどめておいたけど。
「うんうん、さすがだね」
サリュースは満足そうに頷いている。
「万が一を考えておかないと何が起きるか分からないだろう」
「信用がないねえ、グリューナス法王は」
クックと喉を鳴らしてサリュースが笑う。
「俺は法王の人となりを熟知している訳じゃないから仕方あるまい」
あの場では法王も納得しちゃいたが、その考えが持続するとは限らない。
法王のワーカホリックな気質は病気と言ってもいいほどだしな。
「どう転んでもいいように保険をかけておくくらいはしないと安心できんよ」
誰もが有言実行の人である訳ではないのだ。
俺としても法王を信じたくはあるんだけどな。
「ということは今度は完全に回復するまで眠ってもらうことになるのかな?」
サリュースの推測は正しい。
そうしないと、おちおち帰ることもできやしない。
ノーム法王国にはすでに1週間以上も滞在しているというのに。
暇に飽かせて色々と見て回ったが、もう見るべきところはない。
え? もう1周すればいいって?
何の罰ゲームだよ、それ。
工場見学や観光地巡りだって2周したりはしないだろ。
長めに期間を空けてから再訪するなら分からなくもないけどさ。
「ああ」
俺は首肯しながら答えた。
「では、後でポーン枢機卿に知らせておかないとね」
「そうだな」
でないとノーム法王国の面々が不安になるだろうし。
「ただ、回復魔法のことは伏せておくべきだな」
「そりゃまた、どうしてだい?」
「法王の耳に入ったら無理をしかねない」
「ええーっ、それはどうかな?」
サリュースは俺の意見に懐疑的だ。
「ハルト殿が帰ってしまった状態で、そんなことをするだろうか?」
「自前でどうにかしようとする恐れは否定できないぞ」
ノーム法王国は宗教国というだけあって神官が多い国だからな。
「おぅおぅ、なんてことだ」
大袈裟な手振り付きで天を仰ぎ見んとするサリュース。
そこまでは思いつかなかったようだな。
「確かにそれは彼女なら考えかねないね」
そう言いながら諦観まじりの溜め息を漏らしつつ苦笑する。
「問題はそれが可能かどうかなんだが」
探るような目を向けてくるサリュースだ。
「何処まで本気になるかしだいじゃないか」
「ふむふむ、実現は困難というところかな」
「そうだともそうでもないとも言える」
「あららあらら」
サリュースは軽くズッコケるような感じで首を傾けた。
こういう仕草って、何処に行ってもあるもんなんだな。
「おいおい、どっちなんだい?」
苦笑いしながらサリュースが聞いてきた。
「どちらでもあるんだよ」
「んんっ、どういうことかな?」
さっぱり分からないとばかりに怪訝な表情を浮かべるサリュース。
「法王が思いつきだけで実行しようとするならサリュースの言う通り実現は困難だろう」
「ああ、そういうことね」
ようやく納得がいったとサリュースが頷いた。
「つまり本気になるというのは単なるやる気ではなく如何に根気があるかってことね」
「そういうことだ」
ただし、根気強く魔法の開発を続けたからといって確実に実現するという訳でもない。
1人でやろうとすれば困難なままだと思う。
手探りの状態で結果だけしか分からない魔法を開発するのだからな。
読んでくれてありがとう。




